機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ外伝 鉄屑の彼岸 作:ミニトレール
それでは本編どうぞ!
拘束区画。
床に座らされた船長ロブ・コッペルと幹部たちはもはや“商人”の顔をしていなかった。
汗
血
恐怖
モニターに映る売却リストが彼らの命綱を一本ずつ切っていく。
沈黙
重い沈黙
――最初に声を出したのはロブだった。
ロブ「……しょうがなかったんだ……」
誰も反応しない。
ロブ「俺たちは……運んでただけだ……そういう世界じゃないか……?」
その瞬間。
背後にいたデブリの一人が喉の奥から、壊れたような声を漏らした。
デブリ「……ふざけるな」
ロブがそちらを見る。
デブリ「“そういう世界”にしているのは…………あんたらだ!」
一歩
また一歩
そのデブリの足取りは震えているのに止まらなかった。
ロブ「……待て……話せば――」
その言葉が火を点けた。
ナルドが堪えきれずに叫ぶ。
ナルド「話しただろ!!!何回も!!!泣きながら、命乞いしながら!!」
声が割れる。
ナルド「“売らないでくれ”って!!!やめてくれって!!!俺たちは!!!」
拘束区画がざわめく。
デブリたちの中から押し殺していた声が次々と漏れ始める。
「戻りたいって言った……」
「妹がいるって……」
「母さんに会いたいって……」
ロブ「……だから何だ!!」
ついにロブも叫んだ。
ロブ「俺がやらなきゃ誰かがやる!!この世界は、そうやって回ってる!!」
――その瞬間。
エヴォルが動いた。
一歩。
ロブの目の前まで歩き、静かに、だが確実に拳銃を突きつける。
エヴォル「……それを」
低い声。
エヴォル「“回してた側”が言うんじゃねぇよ」
ロブの喉がひくりと鳴る。
エヴォル「世界がクソならせめて――俺たちは、ここで止める」
ロブ「……撃てるのか?……お前みたいな――」
パンッ!!
乾いた音。
エヴォルは撃っていない。
隣にいた別のデブリだった。
ロブの肩が血を噴く。
ロブ「――ぐぁっ!!」
混乱
悲鳴
だが、もう止まらない。
別の銃声。
さらに一発。
幹部が倒れる。
――銃声がすべての均衡を壊した。
拘束されていた他のクルーたちが、一斉に声を上げた。
クルーA「やめろ!! やめてくれ!!」
クルーB「違う!! 俺は命令されてただけだ!!」
クルーC「船長が決めたんだ!! 俺たちは――」
言葉は最後まで届かなかった。
次の銃声。
パンッ!!
クルーCの胸が内側から弾ける。
床に倒れる音が、鈍く、重く響いた。
誰かが嗚咽混じりに叫ぶ。
クルーD「俺は関係ない!!積み込みしかやってない!!」
その声に、デブリの一人が振り向く。
デブリ「……“積み込み”?」
一歩、近づく。
デブリ「檻に入れる作業を?泣いてる私たちを蹴り込む作業を?」
クルーD「……違……」
パンッ!!
頭部
即死
誰かが嘔吐した。
別のクルーが必死に床を這う。
クルーE「頼む!!金なら……金ならやる!!」
ロブの方向を震える指で示す。
クルーE「あいつが全部――」
ドンッ!!
銃声より先に殴打音。
ナルドだった。
顔面を殴り潰すように叩きつける。
ナルド「今さら責任押し付けてんじゃねぇ!!」
二発目
拳
三発目
銃声
クルーEの動きが止まる。
その隣で若いクルーが声を殺して震えていた。
クルーF「……知らなかった……本当に……知らなかった……」
ガルがその声を聞いて立ち止まる。
一瞬
迷う
だが――
別のデブリが叫んだ。
デブリ「嘘だ!!俺の番号、あんたの端末に入ってた!!」
クルーF「……っ」
逃げようとした瞬間。
パンッ!!
背中。
倒れる。
ガルは歯を食いしばる。
視界が揺れる。
ガル(……止められない)
ガル(……もう、戻れない)
拘束区画は完全な混沌だった。
叫び
泣き声
怒号
銃声
誰かが叫ぶ
「もうやめろ!!」
「十分だろ!!」
だが――
“十分”なんて誰にも測れなかった。
最後に残ったのはロブだった。
床に転がり血に塗れ息も絶え絶え。
ロブ「……し…た…」
その声は、謝罪にも、言い訳にもなりきらない。
エヴォルが静かに近づく。
周囲の音が少しだけ遠のく。
エヴォル「………」
引き金
パンッ!!
ロブ・コッペルの体が力を失う。
静寂
銃声が止む。
誰も、すぐに動けなかった。
拘束区画には倒れたクルーたちと、立ち尽くすデブリたち。
嗚咽が、ぽつりぽつりと漏れる。
ガル「……終わった……?」
誰も答えない。
エヴォルは、銃を下ろし、低く言う。
エヴォル「……清算だ」
それが救いなのか、地獄なのか。
答えは、まだない。
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ブリッジ
火薬の匂いも、怒号も、もうない。
焦げた配線の臭いと、応急処置された計器の低い唸りだけが残っている。
誰もが疲れていた。
だが、誰一人として座り込もうとはしなかった。
――生き残ったという実感がまだ身体に追いついていない。
作戦卓を囲む四人。
エヴォルは椅子に深く腰掛け、背もたれに体重を預けるようにして天井を見上げている。
まるで、緊張が切れた瞬間のように。
エヴォル「……で?」
その一言で張り詰めていた空気がわずかに緩む。
エヴォル「この船、どこ連れてくつもりだよ」
エヴォル「まさか“次はもっとマシな檻です”とか言わねぇよな?」
ナルド「ははっ、言いそうで怖ぇ」
セドリック「笑い事じゃないだろ」
だが、その声もどこか力が抜けていた。
ルカは端末を操作しながら、肩をすくめる。
ルカ「安心しろ、売り物はもう載せてねぇ」
エヴォル「じゃあ合格」
ナルド「……で。結局この船、どこ行くんだ?」
実に雑な切り出し。
だが、その軽さが今はありがたかった。
ルカが、操縦席の端末を操作しながら答える。
ルカ「土星圏だ」
セドリック「……土星?」
ルカ「ああ。正確には――」
スクリーンに、コロニーのデータが投影される。
《サートゥルヌス・リング外縁:ノクティス・コロニー》
ルカ「ノクティス・コロニー 表向きは大都市と大規模交易所だが――」
指で周辺区画をなぞる。
ルカ「中心部以外は、ほぼ無法地帯。密輸屋、難民、元傭兵、ワケあり技術者……」
ルカ「“消えたい連中”の吹き溜まりだ」
拡大される映像。
巨大な円環都市。
だが、輝いているのは中心部だけだ。
その外周には――
無秩序に張り付くような居住ブロック。
違法増築された居住区、老朽化したドック、光の届かない影の層。
エヴォルは画面を一目見て鼻で笑った。
エヴォル「……うーわ……治安、最悪そうだな」
ルカ「褒めてる?」
エヴォル「最高に」
ナルド「中心以外、ほぼスラムじゃねぇか」
ルカ「そうだ、だが逆に言えば、誰も細かいことを気にしねぇ」
映像の拡大が止まる。
ノクティス・コロニー――巨大な円環都市が静かに回転していた。
エヴォルは鼻で笑い、肘を組む。
エヴォル「……ナルちゃんは気をつけろよ」
ナルド「あ?」
エヴォル「こういう街じゃ、一番最初に死ぬのは臆病な奴だ」
ナルド「だぁーれが臆病だ、俺は慎重なだけだっつの」
エヴォル「同じだろ?」
ナルド「ふざけんな!」
ナルドは立ち上がりかけ、指を突きつける。
ナルド「逆にだな!てめぇみたいな奴の方が、こういう場所じゃ危ねぇんだよ」
エヴォル「は?」
ナルド「異質なMS、目つき、雰囲気、降りた瞬間、お前は裏の連中に目ぇ付けられる」
エヴォル「言ってろ」
ナルド「絶対だ。『高く売れそうだ』ってな」
エヴォル「……殺される前提じゃねぇかぁ!あぁ?」
ナルド「お互い様だろ!」
二人の声が重なり、ブリッジの空気がざらつく。
その時。
ナルド「なぁセド、お前もそう思うだろ?」
不意に話を振られる。
セドリック「……何がだ」
エヴォル「こいつ、ノクティスで真っ先に消えると思うか?」
ナルド「いや待てエヴォル、逆にセドみたいな技術屋の方が危ねぇのか?」
エヴォル「ああ確かに。工具持って歩いてたら、即攫われるな笑」
セドリック「……お前ら」
ナルド「『技術者は高値で売れる』ってやつだ笑笑」
エヴォル「身代金コース笑笑」
一拍
セドリックの眉がわずかに動いた。
次の瞬間――
ゴンッ
乾いた衝撃音。
エヴォルとナルドが同時に前のめりに倒れる。
エヴォル「っ……!」
ナルド「ぐっ……!?」
セドリックは拳を下ろしたまま淡々と言った。
セドリック「……うるさい」
静寂
エヴォル「いきなり殴るか?お前ぇ!?」
ナルド「ちょ、ちょっとは段取りってもんが――」
二人は顔をしかめながらも、まだ口を開こうとする。
その時。
セドリックがゆっくりと立ち上がり二人を真正面から睨んだ。
視線が交差した瞬間、エヴォルとナルドの声が止まる。
何も言わない。
だが、その場の空気が冷える。
二人「……」
二人は同時に目を逸らした。
セドリック「話を戻す」
短く、切り替える。
セドリック「ノクティスは無法地帯だが、秩序がないわけじゃない」
操作パネルを指で叩く。
セドリック「中心部は管理されてる。外周は自己責任、目立つ奴から利用される」
一拍。
セドリック「無駄に騒ぐな、無駄に目立つな、――生きて降りて、生きて帰る」
ナルド「……りょーかい」
エヴォル「……あいよ」
素直とは言えないが、反論はない。
ルカ「……」
ルカは三人を見渡し、わずかに距離を取るように身を引いた。
ルカ「……お前ら」
ルカ「思ってたより物騒だな」
誰も否定しなかった。
咳ばらいをしルカが説明する。
ルカ「ま…まぁとにかくなこのノクティス・コロニーはセドリックが言った通りほぼ無法地帯だ。」
モニターの向こうで、ノクティス・コロニーがさらに大きくなる。
光の層と、影の層。
これから踏み込む場所を、全員が無言で見つめていた。
ルカは画面を切り替える。
警備網の薄さ。
行政の介入範囲。
非公式ドックの多さ。
ルカ「身元不明の船が紛れ込んでも“よくあること”で済む」
セドリック「追跡の目も、薄れる」
ルカ「ギャラルホルンは中心都市しか見ない。外縁部は、最初から切り捨ててる」
エヴォルは、顎に手を当てた。
エヴォル「……一時退避地点ってわけか」
ルカ「立て直すには、ちょうどいい」
エヴォル「いいじゃねぇか」
あまりにもあっさりした返事に、三人が一瞬、エヴォルを見る。
エヴォル「逃げるのも、立派な戦術だろ?死なねぇためなら、尚更だ」
ナルド「……あー、なんか久しぶりに聞いた気がする」
セドリック「何がだ」
ナルド「“前向きなエヴォル”」
エヴォル「うっせぇ」
だが、否定はしない。
むしろ、少しだけ肩を回す。
エヴォル「ずっと“どう終わるか”ばっか考えてたからな」
エヴォル「“どう生き延びるか”に戻れただけだ」
一拍。
セドリックが、真剣な声で切り出す。
セドリック「……ルカ」
ルカ「ん?」
セドリック「なぜ、助けてくれたんだ?」
ナルド「俺も気になる」
エヴォルは黙っている。
だが、視線だけは逸らさない。
ルカは少し困ったように頭を掻いた。
セドリックの問いに、ルカはすぐには答えなかった。
端末から手を離し、ブリッジの床に視線を落とす。
ルカ「……話すと長いぞ」
エヴォル「短くてもいいんだぜ?」
ルカ「無理だね」
苦笑にもならない、曖昧な表情。
ルカ「俺にはな、幼馴染がいた」
ナルド「……ほう」
ルカ「同じコロニーで育って、同じ学校で、同じクラスだった」
ルカ「ガキの頃から、ずっと一緒だ」
淡々としているが言葉の一つ一つが、慎重に選ばれている。
ルカ「ある年、学校の行事で別のコロニーに旅行に行くことになった」
エヴォルは何も言わない。
ただ、聞いている。
ルカ「……俺はその時確か風邪ひいてな、寝込んで行けなかった」
小さく、鼻で息を吐く。
ルカ「後で話を聞くつもりだった」
ルカ「土産話も、写真も、全部な」
一拍
ルカ「……でも、帰ってこなかった」
空気が静まる。
ルカ「船が、途中で消息を絶った。後日分かったのは――」
言葉が少しだけ低くなる。
ルカ「何者かに襲われたらしいってことだ。“人攫い目的”だった可能性が高い、ってな」
セドリックの指が、わずかに強く組まれる。
ルカ「……多分、デブリ確保だ」
断定はしない。
だが逃げ道もない言い方だった。
ルカ「俺はそのまま無気力に生きて“運ぶ側”になった」
自嘲気味に、肩をすくめる。
ルカ「笑えるだろ?」
ルカ「助けられなかった側が、気づいたら運ぶ仕事してるんだ」
ナルド「……笑えねぇよ」
エヴォルは、しばらく黙っていた。
そして、天井を見上げたまま、ぽつりと言う。
エヴォル「……だからか」
ルカ「ん?」
エヴォル「“見過ごせなかった”っての」
ルカは、一瞬だけ目を伏せる。
ルカ「……ああ」
ここで、少しだけ言葉を濁す。
ルカ「それと――もう一つ理由がある」
三人が見る。
ルカ「これは、詳しくは言わねぇ」
間。
ルカ「ただな……」
エヴォルを見る。
ルカ「目が覚めたんだ」
エヴォル「……は?」
ルカ「気づいたら、俺は昔と同じことを繰り返してた」
視線を逸らし、軽く笑う。
ルカ「それだけだ」
それ以上は語らない。
だが――
ルカの胸の奥では、はっきりしていた。
黒いMSから降りてきたエヴォルの姿に、あの時、戻らなかった幼馴染の面影が一瞬、重なったこと。
助けられなかった過去と、今、目の前にある選択。
(――今度は、間に合う)
そう思った自分にようやく気づいただけだ。
エヴォルは少し考えてから言った。
エヴォル「……じゃあ、今回は」
ルカ「?」
エヴォル「助けられた側が、ちゃんと生き延びてやる番だな」
ルカは何も言わなかった。
だが、その表情は――
どこか肩の荷が下りたように見えた。
ブリッジ
航路表示がゆっくりと切り替わる。
〈進路:土星圏/ノクティス・コロニー〉
確定音が鳴った瞬間――
張り詰めていた空気が、ふっと緩んだ。
エヴォルは椅子の背もたれに体を預け、伸びをする。
エヴォル「……よし。決まりだな」
ナルド「おう。スラムで再スタートかぁ」
エヴォルは、ちらりとナルドを見る。
エヴォル「まさかお前に助けられるとはなぁ?」
ナルド「感謝しろよ?今回のMVP様に!!」
エヴォル「はいはい。“輸送ブースター発掘男”」
ナルド「発掘言うな!!あれは“運命”だ!!」
声が大きい。
ルカが笑いながら肩をすくめる。
ルカ「結果的に助かったんだからいいだろ」
ナルド「だからって雑に扱うな!!」
エヴォル「雑に扱われるのはお前の才能だぞ?」
ナルド「なんだその才能!!」
セドリックは腕を組んだまま、ため息を吐く。
セドリック「……静かにできないのか」
エヴォル「無理だろ。今のお前ら見てみろ」
三人の視線が集まる。
エヴォル「全員、生きてる顔してる」
一瞬。
その言葉がじんわりと染みる。
ナルド「……あー」
ルカ「確かに」
セドリックも、わずかに口元を緩めた。
ナルド「じゃあさ」
身を乗り出す。
ナルド「ノクティス着いたら何する?」
エヴォル「まず飯」
即答
ルカ「現実的だな」
エヴォル「腹減ってる時に人生考えてもロクな結論出ねぇ」
ナルド「賛成!!俺、ちゃんとした肉を食ってみてぇ!!」
セドリック「……金は?」
エヴォル「なんとかなる」
セドリック「根拠は?」
エヴォル「生きてる」
セドリック「………はぁ」
ナルド「強ぇ理論だなぁ」
ルカ「スラム向きだ」
四人の笑い声が、ブリッジに広がる。
さっきまで漂っていた血と後悔の匂いは、もうない。
あるのは――
不格好で、行き当たりばったりで、それでも確かな“前進”。
船はゆっくりと加速する。
土星圏へ。
ノクティス・コロニーへ。
檻ではない場所。
戦場でもない場所。
エヴォルは前方スクリーンを見つめながら言った。
エヴォル「……よし」
いつもの軽さで。
エヴォル「次は、生き延びるだけじゃなくて――ちゃんと生きる番だ」
エヴォル「人間としてな!」
ナルド「おっ、珍しく真面目」
セドリック「今のうちだけだろ」
ルカ「それで十分だ」
セドリックは航路を確認しながら小さく頷いた。
船は星々の間を抜けていく。
笑い声を積み荷にして。
――ノクティス・コロニーへ。
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宇宙は、広い。
だが――
噂が広がる速度はそれ以上だった。
ギャラルホルン管轄域。
非公式通信網。
裏の航路。
沈黙を守るはずの報告書の行間。
そこかしこで同じ言葉が囁かれ始めていた。
「黒いMS」
「一撃で艦を貫いた」
「ナノラミネートを無視した」
そして、必ず付け加えられる。
――ガンダムではないか?
広い部屋だった。
本来なら整然としているはずの執務室は、今は見る影もない。
書類は床に散乱し、端末は壁に叩きつけられ、机の脚が一本、歪んでいる。
中心に立つ男が、荒らしていた。
息が荒い。
肩が上下し、拳は血が滲むほど握り締められている。
部屋の入口で、部下が一歩踏み出した。
部下「……二佐。どうか、落ち着いてください」
その言葉が、引き金だった。
二佐と呼ばれた男は、ゆっくりと振り返る。
次の瞬間――
ドンッ!!
拳が机に叩きつけられ、鈍い音が部屋に響いた。
二佐「落ち着け……?」
低い声。
だが、抑えきれていない。
二佐「落ち着けだと?」
視線が、鋭く部下を射抜く。
二佐「落ち着けると思うのか!?」
机を掴み引き倒す。
二佐「アルバロスが――」
声が、震えた。
二佐「一撃で落とされたんだぞ!?」
部屋の空気が、凍りつく。
男は歯を食いしばり、言葉を吐き出すように続ける。
二佐「あの船には……あのMS隊には……」
一瞬、言葉が途切れる。
そして、細く、掠れた声で。
二佐「……あいつがいたんだ」
沈黙。
男は、視線を落とす。
二佐「士官学校の頃からの仲でな……」
思い出すように、ゆっくりと言葉を選ぶ。
二佐「厳しいところもあった」
二佐「口数も多くは無かった」
小さく、息を吸う。
二佐「だが……誰よりも部下思いで……」
拳が、わずかに震える。
二佐「……優しい奴だった」
脳裏に浮かぶのは、並んで歩いた廊下。
同じ訓練場で、肩を並べた時間。
同じ理想を語った夜。
二佐「……同じ場所に立つと思ってた」
声が崩れる。
男の頬を涙が一筋、静かに伝った。
だが――
それはすぐに怒りへと変わる。
男は顔を上げる。
二佐「黒いMS……」
吐き捨てるように。
二佐「絶対に許さない」
拳を握り天を仰ぐ。
二佐「必ず見つけ出す」
二佐「必ず……仇は取る」
視線が壁に向かう。
そこに掲げられているのは――
白い蝶の紋章
静かに、しかし確かな誓いを込めて、男は言った。
二佐「この――」
二佐「ナハトファルターの家紋に懸けて」
部屋に重い沈黙が落ちる。
そして――
物語は次の場所へと移っていく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
とあるコロニー・バー
薄暗い照明。
安酒の匂い。
換気の悪い空気が肺の奥に残る。
カウンターの端。
情報屋が、肘をついたままグラスを回している。
その右隣に黒いスーツの男。
男はゆっくりと煙草を取り出した。ライターを鳴らす。
――ジュボ。
炎が灯る。
黒いスーツの男「……その話」
煙草に火をつけながら視線を上げる。
黒いスーツの男「本当に確かな筋なのか?」
情報屋は鼻で笑った。
情報屋「疑うのは結構だがな今回はかなり固いぜ?」
グラスを指で弾く。
情報屋「ギャラルホルンの連中から、二重に裏を取ってる」
情報屋「ギャラルホルンの艦が一撃で“貫かれた”ってのは間違いねぇ」
黒いスーツの男は返事をしない。
ゆっくりと煙を吸い吐く。
黒いスーツの男「……一撃、か」
低く呟き、視線をカウンターに置かれたグラスへ落とす。
琥珀色の液体が、わずかに揺れる。
黒いスーツの男「船を一撃で沈める“MS”なんてのは」
黒いスーツの男「MSじゃなくて、厄災だ」
情報屋「だな」
情報屋「だから噂になる」
黒いスーツの男「噂は――人を呼ぶ」
情報屋はにやりと笑った。
情報屋「狙う側もな」
一瞬の沈黙。
黒いスーツの男が、顔を上げる。
黒いスーツの男「……で」
黒いスーツの男「今、その黒いMSがどこにいるかは?」
情報屋は少しだけ表情を曇らせる。
情報屋「悪いが、それは言えねぇ。確定情報がない」
黒いスーツの男「……そうか」
それ以上追及しない。
男はグラスを取り、静かに酒を口に含んだ。
だが――
情報屋が指を一本立てる。
情報屋「ただし、だ」
黒いスーツの男が酒を飲む手を止める。
情報屋「黒いMSは分からねぇが、近くにいた“貨物船”の航路なら、知ってる」
空気がわずかに変わる。
黒いスーツの男「……幾らだ」
情報屋「追加で二十万メリア、ギャラ―なら三十だ」
黒いスーツの男は黙って懐に手を入れる。
札束を取り出し、数えることなくカウンターに置いた。
二十万メリア。
情報屋はそれを掴み、懐へ滑り込ませる。
情報屋「土星圏だ。今向かってるなら……」
少し考えてから続ける。
情報屋「ノクティス・コロニー」
情報屋「確率は、そこが一番高い」
黒いスーツの男は静かに頷いた。
黒いスーツの男「感謝する」
立ち上がりスーツの裾を整える。
情報屋「また頼むかい?」
黒いスーツの男は、肩越しに答えた。
黒いスーツの男「ああ。いつも通りで」
一歩、扉へ向かい――
ふと、思い出したように足を止める。
黒いスーツの男「……ダイヤの原石は勝ち取りたい性分なんでね」
情報屋「へぇ。相変わらず物騒だな。
黒いスーツの男「……他の呼び名でよんでくれ。案外気に入っているんだ。」
男は無言でカウンターに置いてあったボルサリーノ帽を手に取る。
埃を払うでもなく、ただ、静かに頭に乗せた。
つばが落ち、目元が影に沈む。
情報屋「――ブラックアウト、か」
情報屋はため息まじりに笑う。
情報屋「生きてたら、また一杯やろうぜ」
男は返事をしない。
ただ、帽子を深く被る。
そのまま振り返らず扉を押し開けた。
扉が開き、外の光が差し込む。
次の瞬間、男の姿は喧騒の向こうへ消えていた。
バーには、安酒の匂いと――
新しい火種だけが残されていた。
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薄暗い通路。
非常灯の白い光が、床に長い影を落としている。
その中央を歩く少女はフード付きの外套を深く被り、顔が見えないようスカーフで口元まで覆っていた。
年は十六。
だがその足取りは落ち着いている。
不安はある。
それでも取り乱さない。
左右を固める二人の男は、一歩後ろ気味に位置を取り、決して少女より前に出ない。
前を歩く男が足を止めた。
男A「……周囲、問題ありません」
低く、だが穏やかな声。
後方の男が、小さく頷く。
男B「今のところは、です。ですが……油断はできません」
少女は二人を見上げるようにして、静かに問いかけた。
少女「……来そうですか?」
男Aは即答しない。
一瞬だけ考え、それからはっきりとした口調で答えた。
男A「可能性は否定できません」
男A「ですが――」
少女の目を見る。
男A「私どもが必ずお守りします」
少女は、少しだけ安心したように息を吐いた。
少女「……ありがとうございます」
男Bが、周囲を警戒しながら続ける。
男B「もう少し別の手段を取りたかったのですが……現状ではそれが叶いません」
少女「……だから、こうして?」
男A「はい。ご不安をおかけしていることは、重々承知しております」
少女はしばらく黙って歩いたあと、ぽつりと言った。
少女「私……迷惑を、かけていますよね」
男Bは、即座に否定する。
男B「いいえ。決して、そのようなことはございません」
男Aも、穏やかに続けた。
男A「これは、私どもの判断です。……そして選択です」
少女「選択……?」
男A「はい“従う”よりも、“連れて行く”方を選びました」
言葉は丁寧だがそこに迷いはない。
少女はその意味を完全には理解できない。
だが――
二人が自分のために何かを捨てたということだけは伝わっていた。
少女「……戻れなく、なりますよね」
男Bはほんの少しだけ、目を伏せた。
男B「恐らくは」
男B「ですが、それでも構いません。貴女が無事でいらっしゃる方が重要です」
通路の先に次の区画へのハッチが見える。
男A「まもなく、管轄の薄いエリアに入ります。どうか、もう少しだけ我慢なさってください」
少女は小さく頷いた。
少女「……はい」
その仕草は育ちの良さを隠しきれない。
三人の足音が通路に遠ざかっていく。
彼らが誰なのか。
なぜ少女を守っているのか。
そして、何から逃げているのか。
それはまだ語られない。
だが確実に――
黒い機体の噂と同じ時代に別の“運命”も動き始めていた。
動く三つの火種、そして彼らは新天地土星へと舵を切ってゆく。
今回はマルファスの設定と書こうと思ったのですがそれは番外編に乗せることにしました。
代わりにこの回ではエヴォルたちを助けた唯一の大人。ルカ・グレイの紹介をしようと思います。
キャラクター紹介④ルカ・グレイ
名前:ルカ・グレイ(Luca Gray)
年齢:25歳
性別:男性
所属:ウィロウ
役職:操舵・航行責任者/ブリッジ実務統括
立場:事実上の“艦の司令塔兼リーダー”
象徴的ポジション:「前に進むか、引くかを決める男」
戦う側ではなく、“運ぶ側・選ぶ側”の人間。
外見イメージ
体格:細身〜中肉、長時間のブリッジ勤務で無駄な筋肉は少ない
表情:軽く笑っていることが多い
目つき:ふざけている時ほど、目だけは冷静
仕草:緊張すると無意識に指でコンソールを叩く
嘘を感じると相手を見ずにモニターを見る
性格(表)
軽口を叩く
飄々としている
空気を壊さない
笑いで緊張を逃がすムードメーカー
深刻な話題ほどあえて冗談を挟む
性格(内側)
誰よりも慎重で現実的
情に弱い
「助ける」と決めたら、撤退を選べなくなる
自分の命より“他人の後悔”を優先してしまう
感情を隠すために、あえて軽く振る舞う癖がある
性格の核
ルカは「諦めを知っている楽観主義者」。
ただ明るいわけではない。
ただ冷静なわけでもない。
「最悪」を想定した上でそれでも“笑う側”に立つ人間。
誰よりも――
命が失われる可能性を現実として理解している。
能力・技能
高精度な軌道計算能力
戦闘宙域・デブリ帯・重力圏航行すべてに対応
予測修正が異常に早い
判断力
状況変化への反応速度が非常に高い
“最悪の未来”を先読みする思考癖がある
情報感覚
嘘や隠し事に敏感
言葉より「間」と「沈黙」を読むタイプ
技術理解
整備知識や戦闘知識あり
MS運用への理解が深い
ブリッジ側と現場側、両方の視点を持つ万能型
現時点で明かされている過去
かつて――
幼馴染(学生仲間)(学校は高校にあたるもの)がいた。
学校行事で別コロニーへ移動する船に乗る予定だった。
だがルカは当日風邪で欠席する。
その船は――
襲撃され帰ってこなかった。
後に知ることになる。
それがヒューマンデブリ確保目的の襲撃だったと。
その日からルカは人生に対する気力を失った。
何かを目指すことも、何かを信じることも、何かを選ぶこともやめた。
ただ流されるように学校を卒業し、流されるように仕事を探し、流されるように――
商船《ウィロウ》に乗る。
ウィロウがヒューマンデブリを“商品”として扱っている船だということを、ルカは最初から知っていた。
それでも乗った。
心のどこかでありえないと分かっていながら期待していた。
「もしかしたら――あいつはここに流れ着いてくるかもしれない」
そんな淡い希望のために。
最初の頃はルカは罪悪感に耐えられなかった。
デブリたちの目をまっすぐ見られなかった。
だが――
日々は続く
仕事は回る
船は進む
やがてその痛みは擦り切れていった。
感じないことに慣れていった。
しかし、ウィロウのクルーの中でただ一人だけ――
ルカはデブリたちを“人”として扱い続けた。
飯を投げ渡さない
彼らに対し暴力を与えない
一人ひとりの顔を見る
名前を呼ぶ
誰も気にしないような取るに足らない行為。
だが、それだけはやめられなかった。
それは幼馴染への名残だった。
もし、あいつが生きていたなら。
もし、あいつがここに来ていたなら。
――せめて、こんな扱いはされていてほしくなかった。
だからルカは、誰に見られていなくても、誰に評価されなくても、“人として渡す”ことだけは、やめなかった。
彼がデブリを見捨てなかった理由。
それは、正義でも、勇気でもない。
――もう二度と「何もしなかった自分」を増やしたくなかっただけだ。
エヴォルへの思い
ルカはエヴォルの中に、幼馴染の面影を感じている。
本人は自覚している
だが誰にも言わない
言葉にした瞬間、関係が壊れると分かっているから
それは――
彼にとっての“静かな呪い”でもある。
価値観
命は「数字」ではなく「顔と名前」
効率より“後悔しない選択”
大人ぶっているが根は不器用な優しさの塊
自分を“運ぶ側”ではなく“選ぶ側”に置きたい
正義よりも「見捨てなかった自分」を信じたい
他キャラクターとの関係
エヴォル
信頼しているが、放置できない危げのある青年
友達であり、ブレーキ役
無茶を止める最後の声
心のどこかで「失いたくない存在」になっている
セドリック
理屈と現実を担う“もう一人の頭脳”
同格の責任者
感情と計算のバランスを取り合う関係
無言でも意思疎通できる相棒
ナルド
空気を軽くする側の“共犯者”
遠慮のない関係
緊張した場を壊す役割を分担している
キャラクター総評
ルカ・グレイは英雄ではない。戦士でもない。
――だが、誰かが生き残るための“選択”を引き受ける男だ。
船が皆の“居場所”である限り彼はその舵を最後まで離さない。
というのが現時点でのルカ・グレイの設定となっております。
諦めていたところを誰かの姿を見て再起する。そんな人間を書いてみたくなり彼を作りました。
なんか鉄血っぽくて良くないですか?
それでは番外編へどうぞ~