機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ外伝 鉄屑の彼岸 作:ミニトレール
――ケッチは、もういない。
それは事実として理解できるはずなのに、“現実”として受け止めるには――あまりにも唐突だった。
ロウの喉が、ひく、と鳴った。
ロウ「……ウソ……だろ」
声が震える。
普段ほとんど感情を出さない彼の声に、はっきりと“崩れ”が混じっていた。
ロウ「さっきまで、いたんだぞ……普通に……バカみたいに叫んで、前出て……」
指が震えて、トリガーを掴む感覚が遠のく。
ロウ「あれで……終わりかよ……」
息が浅くなる。
心が拒否する。
認めたくない。
ロウ(――死ぬって、こんな一瞬かよ)
言葉にはならない。
ただ、胸の奥で、少年の叫びが砕けた。
ガルも黙っていた。
だが――彼の沈黙は、ロウとは別の意味だった。
喉の奥で、何かが固まる。
視界の端で、歪んだまま沈んでいくケッチの機体が、焼き付く。
ガル(……俺も)
そう思った瞬間、背中が冷えた。
ガル(俺も……ああやって終わってたかもしれない)
前の戦闘。
死にかけて、奇跡的に助かった。
「生き残った」事実が――今、重くのしかかる。
ガル(俺とケッチの間に、何の差があった)
何もなかった。
ただ順番が違っただけ。
ガル(――明日は、俺かもしれない)
握る手に、汗が滲む。
戦いながら――
生存への恐怖が、骨の芯へ染みていく。
そんな二人の心の揺れを――
三尉は、逃さない。
むしろ“そこを見るために”撃ったのだと言わんばかりに。
三尉「……さて」
静かな声。
まるで、退屈そうに書類をめくる事務員のように。
三尉「一番“崩れやすい”ところから、墜とすか」
その言葉は、名指しではないのに――ロウの胸に突き刺さった。
ロウ「……ッ!」
呼吸が乱れた音が、通信に乗る。
ガルも息を止める。
三尉は淡々と言葉を重ねる。
三尉「さっきまで一緒にいた仲間が、一瞬で潰れて死んだ」
分析のような、実況のような、冷徹な言葉。
三尉「仲間と言うのは、そういう“死”に弱い」
ロウの指が、さらに震える。
三尉「とくに――」
少しだけ、声色が楽しそうに歪んだ。
三尉「“よく見てるタイプ”はな」
ロウだ
完全に――狙われている。
ナルド「ロウ、落ち着け!」
焦りを悟ったナルドが怒鳴る。
だが――
三尉の狙いは、もう“完全に”定まっていた。
三尉「二人目は――お前だ」
狩りは、まだ終わらない。
地獄はまだ続く。
三尉の機体が――
滑るように、ロウの正面へ回り込んだ。
三尉「さぁ……どう動く?」
その声は、静かで冷たい。
ロウの指が、引き金を握り――
乱れた。
ロウ「やめろぉ!!来るなぁ!!」
ばら撒くような射撃。
狙いは定まらない。
弾道に意思がない。
ただの“拒絶”だ。
三尉は――笑わない。
評価もしない。
ただ、一言。
三尉「弱いな」
次の瞬間。
その全部を“最低限の動き”で回避する。
旋回最小、無駄ゼロ、精度だけが異様に高い。
ロウ(……全部見透かされてる……!)
ロウの呼吸が崩れた。
喉が詰まる。
ロウ(ケッチの次は俺……俺だ!)
背筋を冷やす現実。
握る手が汗で滑る。
――その横で。
ガルは震えていた。
歯がかすかに鳴る。
心臓が速すぎる。
ガル(……怖い)
それは誤魔化しようのない本音だった。
視界に焼きつく。
圧し潰されたケッチの機体。
ガル(次は俺かもしれない)
本能が叫ぶ。
――逃げろ、と。
ガル(……でもよ)
だが
ガルは――逃げないことを選んだ。
恐怖を抱えたまま、震えごと、握り潰すように。
ガル「……撃つ!」
短い、低い声。
震えていたのに――
その声だけは、まっすぐだった。
弾丸が走る。
狙いは――三尉機の“動線”。
邪魔をするだけの弾じゃない。
確実に三尉を止めるための弾。
三尉「……鬱陶しいな」
初めて、声音に苛立ちが混じった。
その瞬間、三尉の機体に、弾が当たった。
火花
装甲が削れる。
しかし致命には至らない。
ナノラミネート装甲が衝撃を殺す。
ただの傷。
三尉は無視した。
いや、できた。
三尉「そういう“軽い攻撃”は無意味だ」
冷たく断じる。
そのまま踏み込む。
完全に、ロウだけを見据えて。
三尉「二機目」
トマホークが、掲げられる。
巨大な刃が、視界いっぱいに広がる。
――ロウの脳が、止まった。
ロウ「やだ……やだやだやだやだ!!……いやだぁ……!」
声が、幼くなる。
呼吸が壊れ、涙が溢れる。
震える腕で、頭を抱え込んだ。
戦場で、完全に“子ども”に戻る。
ロウ「やだよ……死にたくねぇよ……」
振り下ろされる――
――その瞬間。
衝撃
強烈な金属音。
巨大な影が、ロウの視界を覆った。
ナルド「――ッ!!」
ナルドが駆るスパロディが、左腕を差し込んでいた。
刃を受け止める。
火花が散る。
衝撃がコックピットまで響く。
装甲が――裂ける音。
内部フレームが悲鳴を上げる。
左腕が押し潰されていく。
警告音
それでも――
ナルドは退かない。
ナルド「ロウは……俺の仲間だ!!」
限界まで力を込め――三尉の攻撃を押し返した。
トマホークの衝撃が跳ねる。
ナルドのスパロディの左腕は――完全に沈黙した。
ぶら下がるように垂れ下がり、もう使い物にならない。
三尉の息が、わずかに荒れた。
三尉「……チッ……!」
明確な“感情”。
苛立ち。
三尉「邪魔を……するな。デブリが!」
その声は、冷たさを崩した。
静かに燃える怒り。
三尉「計画通りに進まないというのは、実に不愉快だ」
初めて――
三尉の“完璧さ”に、ヒビが入った。
ロウは震えたまま。
ガルは恐怖を噛み殺し。
ナルドは左腕を失ってなお――前に立つ。
戦場が音を変えた。
スパロディの左腕が潰れ―それでも前に立ち続けるナルド。
ロウはまだ震えていた。
ロウ「……ッ!……はぁ……はぁ……!!」
涙は止まらない。
呼吸も乱れたまま。
ケッチの死、守られた自分、「今、生きてる」という現実の重さ。
ロウ「なんで……なんで俺……まだ、生きてんだよ……」
その問いに――
最初に答えたのはナルドだった。
ナルド「――当たり前だろ!」
短く
でも、絶対に折れない声。
ナルド「“生きてていい”からだよ!」
ロウが息を止める。
ナルド{ここにいるのは、“生き残った奴”じゃねぇ“まだ生きてる奴”だ」
一拍
ナルド「それは……“戦場に残されてる”ってことだ」
震える声じゃない。
怒鳴り声でもない。
ただ、真っ直ぐな声。
ナルド「ロウ。怖いのは当たり前だ」
ロウの目に、涙とは違う熱が灯る。
ナルド「ケッチが目の前で死んで、怖くないわけねぇだろ。震えて当たり前だ」
少しだけ、笑って。
ナルド「でもな――」
言葉に、僅かな熱が宿る。
ナルド「“震えながらでも立つ奴”が――“生きて戦ってる奴”なんだよ」
ロウの喉が震えた。
ロウ「…………」
その横で、ガルが小さく言う。
ガル「……俺も、怖い」
それだけ。
でも、嘘が一切ない声。
ガル「でも撃つ」
静かな覚悟。
それは“背中を押す言葉”じゃない。
ただの“並んでいる事実”。
ロウは――泣き止まなかった。
止めなかった。
でも
震える手で、ゆっくりとトリガーを握り直した。
ロウ「……俺も」
小さく
けど、確かに。
ロウ「死にたくねぇよ。でも――」
ロウ「“逃げたままの俺”には、なりたくねぇ!!」
三尉の視界で、動揺と躊躇いを背負っていたはずのロウ機が――
再び銃口を向ける。
涙のまま。
震えたまま。
それでも――
今度の射撃は“生きようとする意志”を帯びていた。
三尉「………」
初めて、明確な苛立ちが混じる。
計算上“崩れているはずの駒”が、戦場へ戻ってきた。
ナルドは少しだけ息を吐く。
ナルド「それでいいんだ」
背中で言う。
ナルド「それが――俺たちの戦い方だ」
ロウ「……行くぞ」
ガル「……ああ」
三尉は息を吸う。
三尉「無駄な足掻きを」
しかし、その声には僅かな誤差――焦りの色が混じっていた。
戦場が、再び――燃え始めた。
――そして視点は、エヴォルへと変わる。
マルファスの中、遠くの戦場に響く激しい戦闘の音。
エヴォルは僅かに視線を向け、短く呟いた。
エヴォル「……死ぬなよお前ら」
それだけ言って――
前へ進む。
ここにも、別の地獄がある。
――宙域が火花で染まる。
残ったゲイレールは二機。
一機が、男Aの軌道を狙い――
もう一機が、真正面からエヴォルに挑んでいく。
ロングブレード
ただの実体剣。
だが――
それを振るう男Aは“剣だけ”で戦っていなかった。
男Aのゲイレールは、弾幕の中を 斜めに滑る。
まるで宙に敷かれている、“見えない細いレール”をなぞるかのように。
敵の射撃が、その軌道を読めない。
普通なら避ける軌道ではなく“撃たれる側に寄っていく”軌道だからだ。
敵「……!?当たらない!?」
その声に、男Aは低く応じる。
男A「無駄撃ちだ」
僅かに旋回。
だが、旋回角は異様に小さい。
ほんの数度。
それだけで弾が外れる。
男Aは“避けていない”。
弾のほうが、勝手に外れている。
男A「焦っているな」
静かな声。
次の瞬間――
ロングブレードが、空間を裂いた。
切り込みは一撃。
無駄な振りも、構え直しもない。
ただ、正確に。
ゲイレールの関節部へ“突き刺すためだけ”の軌道。
クロウシールドがえぐれる。
敵「ぐうっ……!?」
男Aは押し込まない。
引く
一度退く
その“引き”が――
敵の姿勢を完璧に狂わせる。
男A「……ここまでだ」
手首だけでブレードを滑らせ――
正面装甲へ、斜めに叩き込む。
鋼が割れる感触。
内部で破裂音。
ゲイレールは――力なく、沈黙した。
男A「一機、墜とした」
ただ事実だけを落とし、振り返らず次の戦場へ視線を向ける。
――対照的に
マルファスは――“襲いかかる側”の動き。
エヴォル「オラオラオラァァァ!!来ねぇのかぁ!!?」
両腕部100mmライフルが、荒れ狂うように火を噴く。
その“密度”が異常だった。
狙いを定めているのに、嵐のよう。
敵「ぐ、うおおおお!!」
敵ゲイレールが逃げるように回避する。
装甲をかすめる弾が火花を走らせる。
それでも、エヴォルは止まらない。
背面スラスターが咆哮し、マルファスが一直線に――
獲物へ噛みつく獣のように、距離を詰める。
敵「来るな!!」
逃げようとして、敵が射撃を振り返らずに撃つ。
普通なら、それは“危険な撒き射撃”。
しかし――エヴォルは笑う。
エヴォル「撃てよ!もっと撃ってこいよ!」
正面から突っ込む。
弾が掠め、装甲が削れる。
だが止まらない。
距離が詰まるほど、エヴォルの笑みが強くなっていく。
それは殺すためだけの集中の証であった。
敵(こいつ……!俺を真正面で殺す気だ……!)
敵にやっと理解が追いつく。
だが、もう遅い。
マルファスが――
一気に沈む。
敵の照準が、一瞬だけズレる。
視界の下から――
“黒い悪魔”が跳ね上がる。
エヴォル「――今だッ!!」
バスターリッパーが展開。
刃が展開する音が、コックピットにすら響く。
バスターリッパーを下から突き上げていく。
ゲイレールの胸部装甲が、紙のように裂けた。
内部のコックピットが露出。
そこへ――ほぼゼロ距離で100mmライフルの銃口を押し付ける。
エヴォル「くらえ!!」
引き金を引き、直撃する。
内部から爆ぜる光。
ゲイレールは光の破片になって――散った。
エヴォル「……っし。まずは一機」
息を吐く。
男A「こちらも撃墜完了した」
声が重なる。
ほんの一瞬だけ――
戦場が静かになった。
だが――
それは、“静かになったように思えただけ” だった。
――警告音
――動体反応
男A「……っ!?」
エヴォル「……マジかよ!?」
沈んだはずの一機が――
まだ、生きていた。
半壊
フレームは歪み、片足は千切れ、装甲は剥がれ落ち――
それでも。
まだ、“前”に進む。
コックピット内。
敵パイロットの声が、狂気のように響く。
敵「……まだ、だ……!」
息が荒い、血が混じる。
それでも。
叫ぶ。
吠える。
敵「まだだあああああああ!!!」
ゲイレールが――
炎の塊のように、加速した。
その先にあるのは――
逃げる小型船。
護衛対象。
守るべき命。
敵「せめて……ッ船だけでもおおおおおおおお!!!!」
完全に――特攻。
命を、本当にそのまま投げつけてきた。
エヴォル「チッ!!」
男A「……まずい!!」
焦り
完全に――“油断”だった。
止められる位置にいない。
特攻するゲイレールの背後には小型船があるためうかつには撃てない
スラスターが悲鳴を上げる。
二人は同時に理解した。
二人(間に合わない――!!)
エヴォル「……クソッ!!」
男A「……ッ!」
その瞬間――
特攻するゲイレールに一つの影が突っ込んでいく。
真っ直ぐ。
迷いなく。
――ウルスのスパロディであった。
ウルス「――――!!」
叫びは、言葉にならなかった。
だが、その叫びは――
戦場の全てに、確かに届いた。
ほぼ衝突するような軌道。
回避ではない。
防御ですらない。
“ぶつかりに行く”動き。
エヴォル「おい!ウルス!!」
男A「――まさか貴様!!」
止まらない。
止められない。
――衝突
衝撃波が走る。
視界が一瞬、白くなる。
爆発、そして金属が砕ける音。
構造が悲鳴をあげ――
炎が静かに消えた。
沈黙
動かなかった。
特攻したゲイレールは今度こそ完全沈黙した。
そして――
ウルスのスパロディは、至る所の装甲が傷つき、黒焦げ、ボロボロの状態であった――
それでも、小型船の前に“壁”のように立っていた。
通信がノイズだらけで繋がる。
ウルス「……は……っ……はぁ……く……」
息が荒い。
血が喉に絡んだ音がする。
それでも――
ウルスは笑った。
ボロボロの声で。
ウルス「……これで……さっきのミスは……チャラだろ?」
少しだけ視線を上げるように。
ウルス「エヴォル……」
血を吐く音。
それでも、笑ったまま。
エヴォルは――思わず小さく吹き出すように笑った。
エヴォル「ああ……」
短く返す。
その声は、本当に嬉しそうだった。
エヴォル「チャラだ」
少し、間を置いて。
エヴォル「……でもな」
ほんの少し、笑う。
エヴォル「帰ったら――シュミレーターでもう一回訓練だ」
ウルスが苦笑した。
ウルス「ははっ…………反省……してるっての……」
言葉が、少しずつ弱くなる。
だが――息は、まだある。
まだ――“生きてる”。
男Aは静かにそれを見ていた。
何も言わない。
ただ、その姿を――
確かに目に焼き付けていた。
戦いは、まだ終わっていない。
だが――守るべきものは守られた。
それが、ただ一つの“結果”。
――そして、物語は再びナルド達へと戻る。
――衝撃音が、遠くで響いた。
爆発
通信の揺れ。
そして、遅れて知らせが入る。
ルカ「ゲイレール二機……完全撃破!」
その報告が、戦場全体を一瞬だけ撫でる。
誰かが息を吐いた。
ロウも、ガルも――
ほんの一瞬だけ、その言葉に救われた表情をする。
ナルド(……エヴォルか)
ナルドは、かすかに笑った。
あの悪魔じみた奴が、また無茶をして――
そして、きっちり守ったのだと理解する。
だが――
その余韻は、一秒も許されなかった。
三尉「安堵するには早い」
冷や水をぶちまけるような声。
戦場の温度が、また急速に冷えていく。
三尉「三機堕とした程度で全て終えたつもりになるな」
三尉「まだ、私が残っている」
その声音は、苛立ちではなかった。
静かな――“殺意”だった。
ナルドの背筋が冷える。
ナルド「まだ……終わってねぇ」
ロウが息を呑み、ガルが指を強く握り直す。
三尉の声が、冷酷に落ちる。
三尉「ここからが本番だ」
次の瞬間。
宙域が――
再び、獣のように吠えた。
三尉機が動く。
速い
さっきとは違う。
“冷静に狩る側”の動きではない。
だが――荒れたわけでもない。
むしろ逆
無駄が削ぎ落とされ――“殺すための効率”だけが研ぎ澄まされた動き。
ロウ「……来る!!」
瞬間、射撃。
狙いは――ロウでも、ガルでも、俺でもない。
――“三人の連携の要所”。
動線を切る位置、射線を崩す高さ、回避で“分断される”角度。
ガル(……分かってる)
こいつは――
俺達“全員”を相手にしている。
ガルの弾幕が三尉にかかる。
回避
読んでいたかのような最短回避。
ロウの射撃が重なる。
それすら織り込み済みの動き。
ロウ(当たらねぇ……!)
焦りが喉に絡む。
でも――俺は、もう止まらない。
止まれねぇ。
ナルド「二人とも――」
短く、吐き出す。
喉が張りつくような緊張の中でも――声は、思ったより落ち着いていた。
ナルド「ここからが、“勝負”だ」
左腕が機能しなくなったスパロディが三尉機の正面へ躍り出る。
ロウとガルが、左右へ散る。
三機が――
三尉を包囲する形で動き出す。
三尉は――笑わない。
怒らない。
ただ
静かに、冷たく呟いた。
三尉「いいだろう――殺り合おうか」
宙域が裂ける。
決戦が始まった。
三機対一機
だがそれは、“数の暴力”には、ならなかった。
三尉機がただ静かに――動いた。
速い、鋭い。
そして、異様に正確だ。
ロウが撃つ、ガルが撃つ。
三尉は、避ける。
避け方が――“異様”だった。
最短回避、最小旋回。
一動作の全てが、“致すため”だけに存在する。
ほんの一瞬の間に、三尉は三機分の動線を――“理解している”。
ロウ「くそっ……当たらねぇ!」
ガル「……動線、読まれてるな」
ナルドは、正面で食い止める。
左腕が動かない機体で。
それでも――退かない。
正面で三尉機を止める “楔”。
三尉「――邪魔だ」
短く、ただの評価のような声。
三尉機のトマホークが閃く。
一直線。
まるで“狙い撃つ刃”。
ナルドが受ける前に――
ガルが割り込んだ。
その瞬間。
胸部を抉る衝撃。
ガル「――ッ!!」
警告音が爆発する。
スパロディの胸部装甲が、内側へ押し潰される。
外から見るだけでも、“歪んだ”のが分かる衝撃。
ロウ「ガル!!」
息を呑む声。
だが――
ガルは倒れない。
まだ、落ちない。
立っている。
ガル「……大丈夫だ……!まだ撃てる……!」
震える声。
それでも、トリガーを握り直し――三尉へ銃口を向け続ける。
三尉「……厄介だな」
感情の色が、僅かに滲んだ。
“面倒”という――僅かな苛立ち。
だが、形勢はまだ三尉有利。
ロウとガルが削れていく。
三尉の刃は、常に命を狙っている。
そして――その中で。
ナルドだけが――下がらなかった。
真正面。
ただ一番危険な位置で、三尉機の目の前を塞ぎ続ける。
刃を受ける。
射撃を潜る。
左腕が機能しなくなった機体で。
それでも――どかない。
三尉の声音が低くなる。
三尉「いい加減……しつこいぞ!!」
冷たい音。
殺意の温度だけが、はっきりと上がる。
ナルド(――わかってる)
ナルドは喉の奥で笑った。
ナルド(“こいつ”は、完璧すぎる)
そして――完璧ゆえに。
“許してしまう瞬間”がある。
理論外の、常識から外れた、“人間の発想”に。
ナルド「……なら――」
呟き。
スパロディの右腕が動く。
掴む。
自機の――左腕。
ロウ「――ナルド!?」
ガル「……何を――!」
構わない。
迷わない。
引き千切る。
鉄が悲鳴を上げる。
フレームが裂ける。
装甲が裂け飛ぶ。
火花と共に、スパロディの“左腕”が――もぎ取られた。
三尉(……デブリ)
三尉の脳裏に―― 一瞬、過ぎた言葉。
次の瞬間。
ナルドが――
投げた。
三尉にかつてやられたときの、“あの”意趣返し。
デブリ投擲。
――いや
“自分の腕”という最悪の、最大のデブリ。
ナルド「――デブリだよ」
叫びが飛ぶ。
左腕が――ゲイレールの顔面に叩きつけられる。
視界が暗闇に染まる。
センサー、一瞬死滅。
三尉「ッ――!?」
【たった一瞬】それだけで充分だった。
体勢が崩れる。
狙いがズレる。
“完璧”が――崩れた。
ナルド「――テメェの得意技だろうが!!」
喉が裂けるほど叫び、右腕のブレードを振り抜く。
三尉機の左肩を貫く。
三尉は――歯を食いしばる。
まだ墜ちない、まだ戦う。
三尉「……小賢しい……!」
怒りが、そこにはあった。
“完璧な自分への侮辱”。
ナルドにトマホークが振り抜かれる――
だが――遅い。
すでに――仲間がいた。
ロウ「――ッ!!」
至近距離射撃。
頭部へ直撃。
カメラアイが砕け散る。
ゲイレールの視界――完全死滅。
三尉「――!」
そこで――“狙ったのはそこじゃない”。
ガル
胸部へ――真正面から撃ち抜く。
さっき、自分がやられた“痛み”の“精度”で。
容赦なし。
ガル「――墜ちろ!」
トリガーを引く。
胸部装甲、押し潰れ。
内部フレーム――圧壊。
コックピットが――内側へ、めり込む。
三尉「――――ギっ」
息が詰まる。
骨が砕ける音が、身体の内側で鳴る。
肺が潰される。
呼吸が――奪われる。
それでも、三尉は叫んだ。
三尉「……俺が……俺が、“人間”で……」
喉が潰れる。
声が、掠れる。
三尉「……デブリに……負…る……わけ――」
言葉が、そこで。
終わった。
圧壊。
完全沈黙。
三尉――死亡。
ただの鉄の塊だけがそこに残った。
戦場の音が、ようやく静まった。
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爆発音も、悲鳴も、もう――どこにもない。
ただ、金属の軋みと、残骸の漂う無音だけが残る。
エヴォルは、ゆっくり息を吐いた。
マルファスの計器に流れる診断データを流し見てから、前方の機影に目を向ける。
――男Aのゲイレール。
ボロボロだった。
外装は剥がれフレームがむき出しの箇所も多い。
そして――
背面スラスターから、黒い煙が漏れていた。
そんな状態でありながら。
それでも、あの男は墜ちなかった。
通信が繋がる。
男A「……助かった」
短く、それだけを言う。
事務的な声音。
だが、そこには確かに――“感謝”があった。
エヴォル「おう」
軽く返す。
男A「ここまで付き合わせた。礼を言う」
そう言って、彼は機体を小型船へ向けて旋回させようとした。
――ギギ、と嫌な音が響き。
ゲイレールのスラスターが煙を吹いた。
エヴォル「……おいおい」
呆れたような声が漏れる。
男A「問題ない」
強がるように言うが――どう聞いても、まともじゃない。
エヴォル「問題だらけだろ。見て分かる。お前、そのまま航行したら途中で死ぬぞ」
男A「こちらの船にも補修ドックはある。すぐに応急修理は可能だ」
迷いのない声。
そして――その後。
男A「俺達はノクティス・コロニーに向かわねばならない」
ぽつ、と。
呟きのように漏らされた言葉。
エヴォルの眉が動く。
エヴォル「……ノクティス?」
その名に、エヴォルの脳裏でいくつもの情報が繋がる。
エヴォル「奇遇だな。俺達もそこへ向かう予定なんだよ」
男Aが僅かに沈黙する。
エヴォルは続けた。
エヴォル「今回みたいなこともあった。この先も“厄介ごと”がある可能性はデカい」
一拍
エヴォル「あんた……強いだろ?だったら――コロニーに着くまで共闘しねぇか?」
静寂
男Aはすぐには答えなかった。
沈黙が数秒続く。
戦場より重い沈黙。
やがて――短く、吐くような息。
男A「……了解した」
淡々とした返答。
だが、それは確かな了承だった。
男A「こちらも――借りができた」
そこで、彼は別線通信を開く。
男A「???。状況は?」
男B「こっちは無事航行可能だ!いつでも合流できる!」
男A「……こちらは損傷度が重い。合流次第、修理優先だ」
その時――
レーダーに反応。
味方識別
エヴォル「……来た。か」
振り向く。
スパロディ三機が――
こちらへ、ゆっくりと近づいてくる。
そして通信が開く。
ナルド「……エヴォル」
ロウ「ふぅ……」
ガル「……なんとか、な」
エヴォルは――笑った。
エヴォル「おう!お前らも終わったか!」
その声に、ほんの少しだけ安堵と誇りが滲む。
エヴォル「聞いてくれよウルスの奴、すげぇんだぞ」
通信の向こうで、誰かが息を飲む。
エヴォルは続けた。
エヴォル「突っ込んできたゲイレールをな――まるで“闘牛”みたいに、真正面で突っ込んで受け止めやがった」
少し笑う。
エヴォル「命懸けでよ」
ウルスの通信がか細く入る。
ウルス「……っへ……当然、だろ……俺は壁役、だからな……」
声は弱いのに――誇らしかった。
少しだけ、静かな笑いが続く。
だが――
次の瞬間。
エヴォルの顔がゆっくりと――険しくなる。
エヴォル「………おい」
エヴォル「……ケッチは?」
戦場よりも。
爆発よりも。
冷たい沈黙。
ナルドはすぐに答えなかった。
ロウも、ガルも、何も言えなかった。
やがて――
ナルドが、苦しむように息を吐いてから。
ナルド「……やられた」
その一言だけを、押し出すように言った。
ロウの息が震える。
ガルは言葉を失う。
ウルス「……マジ……かよ?」
血の混じる声で――それでも否定したい声。
エヴォルは――何も言わなかった。
数秒。
ただ、唇を結んで、目を閉じる。
そして――
エヴォル「…………帰ろう」
静かな声。
戦いの後の――重く、現実的な声。
エヴォル「今日はもう充分だ。戻るぞ」
そして、男Aに向ける。
エヴォル「ついて来い――先導してやる」
男Aは一瞬だけ黙り――
短く答えた。
男A「……頼む」
戦場を離れ、守った命と、失った命と――
それぞれの重さを抱えたまま艦へ帰投する。
ノクティス・コロニーへ向かう新たな道が――
静かに始まる。
生き残ったのに、何かが減っている。
それでは次回もお楽しみに!