機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ外伝 鉄屑の彼岸 作:ミニトレール
それでは本編どうぞ!
格納庫は――静かどころじゃなかった。
怒号、走る足音、担架の金属音。
戦闘が終わった直後なのに、今が“もう一つの戦場”みたいだった。
担架が置かれる。
そこに横たわるのは――血まみれのウルス。
リナがすぐ横へ膝をつく。
白い指が、震えもせずに止血材を当てた。
リナ「出血多い!血圧、まだ下がってる!」
声だけは、冷静。
手つきも、正確。
“医療班”として体が動いている。
だが――その奥で。
リナ(……怖い)
喉の奥に貼りついた感情を、必死に押し込めている。
それでも止まらない手。
それでも離れない目。
ミアが補助器具を渡す。
すぐ後ろには、ミークがいた。
ミーク「リナ、これ!縫合補助材!」
声が裏返りそうになる。
でも――止まらない。
ミーク「ウルス、意識保って!大丈夫……戻ってきて!」
怖い。
怖くて仕方ない。
――でも、逃げない。
それが、彼の“生き残るための強がり”でもあり――“本当の優しさ”でもあった。
ウルス「……はは……俺、そんな簡単に死なねぇよ……」
息は浅いのに笑う。
笑わせるな。
縫ってる手が震える。
リナ「喋らないで……喋ったら縫い直し」
少しだけ、声が強くなる。
でも
それは――必死の祈りの裏返し。
リナ「……生きるんだから」
誰よりも“弱気な自分”を、その言葉で殴りつける。
ミーク「……絶対、死なせないから」
それは慰めじゃない。
“宣言”
逃げてきた人生じゃない。
今は――立ち向かう側だ。
反対側。
セドリックの声が響く。
セドリック「損傷機体、順番にドックへ回せ!マーク!接合骨格の点検優先!」
動きに迷いがない。
“動いてないと崩れる”のを、自分で分かってる。
マーク「了解」
無駄な言葉も感情も乗せない。
ただ、作業する。
それが、彼の強さ。
ペトラは、必死にその背に食らいつく。
ペトラ「了解しました!……大丈夫です、やれます!」
声が少し震える。
でも、離れない。
泣くのは後でいい。
今は“整備士”だ。
――だが。
医療の叫び声。
整備の怒号。
その中で。
“ただ黙って立ち尽くす”者たちがいた。
フリーゲルの仲間たち。
視線の先には―― 一機の、ボロボロになったスパロディ。
ケッチが乗っていた機体。
胸部装甲は、内側へ ぐしゃり と押し潰されていた。
フレームが歪み油と血の匂いが混ざり合った鉄の塊。
機体の中心であるコックピットは――“完全に潰れている”。
誰もその中に“人がいた証拠”を直視したくない。
でも。
誰も目を逸らせなかった。
(――まだ、中にいる)
その“事実”が、全員の足を縛っていた。
出してやれない。
抱き締めてやれない。
名前を呼んでも、返事はない。
だけど――確かに“そこにいる”。
それが、余計に苦しかった。
怒鳴る奴がいる。
壁を殴り、拳を血だらけにする。
静かに座り込み、声も出せない奴がいる。
涙を噛み殺し、歯を食いしばる奴がいる。
誰一人――「諦めろ」なんて言えない。
誰一人――「大丈夫」なんて嘘も言えない。
ミアは、視線を逸らした。
ただの医療班じゃない。
ただの仲間でもない。
“救えない命”を前にするのは――一番、堪える。
それでも泣かない。
泣いたら崩れるから。
ルゥは、ただ立っていた。
拳を握って。
震えて。
それでも――倒れない。
誰かが見ていないと、崩れてしまいそうだったから。
その周囲で。
空気が“止まっている”。
時間が進まない。
誰も、一歩踏み出せない。
(なんで――帰ってこねぇんだよ)
誰も言葉にしないけれど、全員の胸に同じ叫びが渦巻いていた。
困惑
怒り
虚無
悔しさ
どれか一つじゃない。
全部が絡み合い、胸の中で暴れ回る。
それでも――
鉄の棺みたいなスパロディはただそこに静かに立っていた。
まるで――最後まで戦い抜いた証として。
そして、“そこにいた少年”の存在を無言で刻みつけていた。
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医務室は、まだ“戦場の匂い”をしていた。
血の消毒臭。
焦げた金属の匂い。
薬品の冷たい匂い。
その真ん中で――ウルスは仰向けに横たわっていた。
医療機器の数値は、安定している。
命は、繋ぎ止めた。
――けれど。
胸の奥にあるものだけは、どうにもならない。
ウルス「…………」
目は開いている。
動ける。
痛みも、もう耐えられる。
けれど――
起き上がらない。
起き上がれない。
リナが包帯を確認しながら、静かに言う。
リナ「……状態は安定。もう動いても死なない」
少しだけ、声を柔らかくする。
リナ「でも、絶対安静。無茶したら――殴るから」
ウルスは小さく笑おうとして――笑えなかった。
代わりに、声が落ちる。
ウルス「……俺が、悪かった」
医務室の空気が止まる。
ウルス「俺が前出なきゃ…俺が、ミスしなきゃ……ケッチは…死ななかったかもしれねぇ……」
歯を食いしばる。
声が擦れる。
ウルス「俺が殺したみたいなのかもな……」
言葉は、止まらなかった。
ミア「――違う」
強い声音。
医療班じゃない、“仲間”の声。
ルゥ「……私はあの時、ウルスがいなきゃあの船は終わってたと思う」
ミーク「……助かった命はあったんだよ」
ウルスは目を閉じる。
だが――噴き出すように続けた。
ウルス「……それでも……!」
喉が震えた。
ウルス「……怖くなったんだよ!」
リナが、はっと息を飲む。
ウルス「あの時は、“やるしかねぇ”って、頭が勝手に動いてた。だけど今になって……やっと……怖くなってきたんだよ……!」
声が震え、呼吸が乱れる。
ウルス「俺……本当に死んでたかもしれねぇよな……?ケッチみたいに……潰されて…中で、何もできねぇまま……死んで……」
ウルス「……なのに“守れてよかった”って顔……できるかよ。そんなカッコいい奴じゃ、俺……なれねぇよ……!」
涙が、溢れた。
ウルス「俺……怖ぇよ……死ぬの、怖いんだよ……!」
抑え込んでいた本音。
アドレナリンが切れて――全身を襲ってきた恐怖。
声にならない嗚咽が落ちる。
リナは――そっと、彼の手を掴んだ。
その手は震えていた。
でも、強く温かかった。
リナ「……当たり前でしょ」
優しい声じゃない。
強い声だった。
リナ「死ぬのは怖い。仲間が死ぬのは、もっと怖い」
一拍置く
リナ「“怖いまま戦った”んだよそれは、弱いんじゃない――一番、強い」
ミアが唇を噛む。
ルゥが静かに目を伏せる。
ミークが涙を堪える。
リナは静かに言葉を落とす。
リナ「後悔するのは、ちゃんと“命を見てるから”怖くなるのは、“本当に死にかけた”から……それでいい」
そして――
彼の手を、強く握る。
リナ「ウルス」
リナ「生きた。守った。そして、怖かった」
リナ「全部、正しい」
その瞬間――
ウルスは耐えきれず、声を漏らして泣いた。
弱いからじゃない。
逃げてきたわけでもない。
ただ――“生きた”代償として。
誰も止めない。
誰も、笑わない。
“戦った奴だけが流せる涙”だから。
――そして、一日が過ぎた。
艦の空気は、まだ重い。
だけど――“前へ進むための重さ”だった。
格納庫横。フリーゲルの面子が集まっていた。
ウルスも、体を引きずりながらも来ていた。
ゆっくり歩く足取り。
でも、“ここだけは外せない”顔。
機体の前。
ケッチの――潰れたスパロディが、まだそこにある。
誰の目にも、焼き付いている機体。
誰も、軽い言葉は吐けない。
沈黙
だが、それは逃げる沈黙じゃなかった。
「どうするか」を、ちゃんと考えるための沈黙。
最初に口を開いたのは――
ナルドだった。
ナルド「……葬儀、どうする?」
その言葉が、現実を確定させた。
ロウが唇を噛む。
ガルが目を閉じる。
ミアが震える息を吐く。
ナルド「遺体は……出せねぇ」
言葉にするのが、こんなに辛いなんて。
ナルド「だから――“どう送るか”を決めねぇといけねぇ」
誰も冗談は言わない。
誰も逃げない。
全員が、“仲間の死”を見据えて立っていた。
ロウが、ゆっくりと手を上げる。
ロウ「……外には、出すな」
声は震えていた。
でも、強かった。
ロウ「こうなったケッチを宇宙に、放り出したくねぇ」
ガルが続く。
ガル「……ならこの機体ごと、“残す”か……それとも、“送り出す”か」
重い問題。
でも、避けちゃいけない。
大切な仲間の“最後”。
誰かのためじゃない。
自分たちが前に進むための答え。
エヴォルは――黙って彼らを見ていた。
決めるのは、自分じゃない。
“共に戦った者たち”だ。
ナルドが、ゆっくりと呟く。
ナルド「……ケッチなら、どう言うかな」
そこで、一瞬だけ笑いが生まれた。
誰も、泣いてばかりじゃいられない。
少し呼吸が戻る。
そして――
フリーゲル全員で、ケッチの見送りを決める話し合いが始まった。
それぞれが、それぞれの想いを持って。
誰も、“軽く終わらせないために”。
――かすかな音がした。
金属が、床を転がる乾いた音。
全員が振り向く。
潰れたスパロディの胸部から、何かがポロリとこぼれ落ちた。
小さい。
黒い油で少し汚れた――
何かの機械パーツ。
ロウが、無意識に歩み寄る。
しゃがみ込み、そっと拾い上げた。
ロウ「……なんだ、これ」
掌より少し小さい鉄片。
だが、ただの破片には見えない。
“選んで大切にしてたモノ”――そんな手触り。
その瞬間。
ロウの脳裏にある記憶が――鮮明に蘇った。
【回想】
フリーゲルの名前が決まって数日後
食堂内。
ケッチが、得意げに何かを掲げていた。
ケッチ「見ろ、これ!」
いきなり自慢げに叫ぶ。
数人が振り向く。
ガル「……なんだそれ」
眉ひそめながら近づく。
ナルド「機械のゴミか?」
適当な悪態。
ケッチが即座に噛みつく。
ケッチ「ゴミじゃねぇ!!」
声がデカい。
手に持たれてるのは――
今、ロウが持っているのと同じ小さな金属パーツ。
ミアが覗き込む。
ミア「これ……部品?」
ケッチは胸を張る。
ケッチ「バイクのパーツだよ」
一瞬、空気が止まり――
次の瞬間。
ロウ「……バイク?」
思わず笑いそうになる。
ナルド「宇宙で?」
ガル「どこ走んだよ」
小さなからかい。
だけど、悪意はない。
ケッチは一瞬むくれる。
ケッチ「……いいだろ別に!」
そこへ――
空気を柔らかくするように、ミークが静かに笑って入る。
ミーク「でも……そんなに大事そうにしてる理由、ちゃんと教えてほしいな」
ケッチは、少しだけ照れた顔になった。
強がりが少し崩れる。
ケッチ「……俺の“お守り”なんだよ」
ロウ「お守り?」
ガル「パーツが?」
ナルド「変わってんなお前 笑」
ムッとするケッチ。
ケッチ「は!?なんだよそれ!悪ぃかよ!!」
ミークが慌ててなだめる。
ミーク「わ、わかったから! 落ち着いてケッチ!ね?」
ケッチは、少しだけ視線を落とした。
そして――
珍しく素直に言葉を出す。
ケッチ「……俺さ」
皆の視線が集まる。
ケッチ「いつかさ自分でバイク作って……地球でも、火星でも、どこでもいいから……いろんなとこ走ってみてぇんだよ」
声は、今まで聞いたことないくらい――
まっすぐだった。
ケッチ「空気吸って、風感じて、誰にも命令されねぇで好きなとこまで、好きなだけ走って……」
一瞬、黙る。
ケッチ「……それが、俺の夢だ」
そして――少し照れた笑い。
ケッチ「悪いかよ」
ロウは――笑った。
優しく。
ロウ「悪くねぇよ」
ナルド「いいじゃねぇか」
ガル「お前らしい」
ミア「……似合ってると思う」
ルゥは静かに頷く。
ミークは柔らかく笑う。
ミーク「……叶うといいな」
ケッチは耳まで真っ赤になりながら鼻を鳴らす。
ケッチ「――じゃあさ!お前らも言えよ!」
急に調子を戻す。
ケッチ「俺だけ言うのズルいだろ!夢、あるだろ!?」
笑いが広がる。
ほんの少しだけ、未来を素直に話せた時間。
――その瞬間で。
記憶は途切れた。
ロウの手の中。
握り締めたままの小さな金属。
ケッチが――未来を信じて持っていた、“夢の欠片”。
ロウの頬を、涙が一筋静かに伝った。
誰かが、その涙に気づく。
そして――
ロウの手元に、目がいく。
ミア「……ロウ」
震える声。
視線の先にあるものを見て――
思わず、口を押さえた。
ガルが近づいた。
ガル「それ……」
言葉が止まる。
喉が詰まる。
ナルドも視線を落とし――息を呑んだ。
ナルド「……ケッチの、だな」
静かな確信。
ロウは、震える声で頷いた。
ロウ「……ああ……ケッチの“お守り”だ」
その言葉を聞いて、表情が変わる者がいた。
“知っている組”と“知らない組”。
その差が――一瞬で埋まっていく。
誰かが問う。
セラ「……それ、どういう……?」
事情を知らない者の、不安と恐怖を含んだ声。
ミークが、喉を震わせながら説明する。
ミーク「……ケッチの夢なの。いつか自分でバイク作って……いろんな場所、走り回りたいって……そのための、“夢の欠片”」
言葉にした瞬間――
空気が変わる。
全員の胸に、ケッチの“未来”が残っていた感覚が刺さる。
ルゥが、ぎゅっと拳を握る。
ルゥ「…夢、あったんだね」
その声が、痛いほど優しかった。
しばらく、誰も言葉を続けられなかった。
それぞれの胸で、それぞれのケッチが呼吸していた。
その時――
誰かが、ぽつりと呟いた。
声は震えていない。
むしろ、優しい。
エヴォル「……旅、させてやろう」
みんなが、ガルを見る。
エヴォルは、潰れたスパロディを見つめたまま言った。
エヴォル「走るのが夢だったんだろ。だったら――」
エヴォル「せめて、“この広い宇宙”くらいは……自由に旅させてやろうじゃねぇか」
その言葉が――胸の奥まで届いた。
ミアが涙を溢す。
ミア「……いいそれ、いい……」
ルゥが静かに頷く。
ミークが唇を噛んで、笑う。
セドリックは息を吐き――静かに言った。
セドリック「宇宙葬だ」
はっきりと言った。
揺れない声で。
セドリック「ケッチの夢も、ケッチの戦いも、ケッチが“ここにいた証拠”も」
そして――ほんの少し、笑う。
セドリック「全部まとめて――宇宙へ放してやろう」
ロウは、手の中の“夢の欠片”を強く握りしめた。
ロウ「……ああ」
涙のまま。
でも、迷いはなかった。
ロウ「あいつ、遠くへ行きたがってた。だったら――最後くらい、どこまでも行かせてやらねぇとな」
誰も否定しない。
誰も迷わない。
ただ――
フリーゲル全員の気持ちが同じ方向を見ていた。
胸の奥が、焼けるように痛い。
それでも――
“送り出すための痛み”だった。
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暗い宇宙を背景に無骨な甲板が静かに横たわる。
中央には――金属のコンテナ。
その中に、潰れたスパロディが“包まれている”。
ケッチの“最後の居場所”。
たくさんの命を守ってくれた機体。
そして――
もう帰ってこない仲間。
艦内放送が切られる。
喧噪は、ない。
ただ――呼吸だけの世界になった。
エヴォルが前へ出る。
短く、息を吸い。
エヴォル「……ケッチ」
言葉が重い。
エヴォル「お前は……ずっと前に出て、真っ先に危険に飛び込んで、それでも、笑ってた」
静かに目を伏せる。
エヴォル「俺は……仲間が死ぬのはやっぱ慣れねぇ」
拳をぎゅっと握る。
エヴォル「――だから忘れねぇ」
それだけ言って、静かに下がった。
次にナルド。
戦闘の時とは違う声で。
ナルド「……ケッチ」
笑おうとして、笑えない。
ナルド「お前、バカで、声うるさくて、喧嘩売ってきて」
でも――
ナルド「頼りたくなる時は、だいたいお前だった」
喉が震える。
ナルド「ありがとな」
ただ、それだけ。
順番なんて、誰も決めていない。
自然と――
仲間たちが前へ歩いていく。
ルカは、笑うようで笑えない顔で。
ルカ「……俺、さ」
息を吐く
ルカ「航路見てるから分かるんだ“死ぬ確率”って、現実にある」
ほんの少しだけ、笑う。
ルカ「それでも進めたのは怖くなかったからじゃない。お前が“怖くても進める奴”が居てくれたからだ」
目を細めた。
ルカ「だから誇っていい。胸張って旅してこい」
ミアの肩が震える。
ミア「……なんで」
湧く涙を止められない。
ミア「ご飯、まだ作ってあげられたのにもっと、叱りたかったのに……」
拳を握る。
ミア「でも、ありがとう」
それだけで精一杯だった。
静かに、一言。
ルゥ「…………ばいばい」
ただそれだけ。
でも――
それで十分だった。
セラは唇を噛んだ。
セラ「……私は、合理性とか“仕方ない”って言葉で物事見てた」
俯く。
セラ「でも、あなたの死は、“仕方ない”なんかで片付けたくない」
涙を拭う。
セラ「だから、覚えてる。理屈じゃなくて、“あなたという事実”を」
震えた声。
アルター「……ケッチ兄ちゃんもう……怒鳴られないの、寂しい」
目を伏せる。
エミルの声が震える。
エミル「ケッチ兄ちゃん!俺……もっと話したかった!」
涙を拭わず、そのまま泣いた。
短く、重い。
ハンス「……ありがとう」
それだけ。
でも、誰よりも重かった。
リナは静かに言う。
リナ「助けられなくて……ごめん」
拳を握る。
リナ「でもあなたの仲間は、まだ生きてる」
強い目。
リナ「それで、許して」
フェルは目を細める。
フェル「……やっぱり最悪だな、この世界」
皮肉の声。
だが――
最後に微笑う。
フェル「だからこそ行ってこいよ、広いとこまで」
ノア「……聞きたいこと、いっぱいあったのに」
震え声。
ノア「答えてくれよな。向こうで誰かに自慢してろよ?」
イーラは歯を食いしばる。
イーラ「……弱音も吐けねぇで死ぬとかさ」
悔し涙を流す。
イーラ「そんなのってないよ……」
シアは涙を落としながら。
シア「ご飯、もっと食べさせたかった……」
ウルスはまだ傷を抱えた体で立ち、
ウルス「……悪い」
頭を下げた。
ウルス「俺が未熟で守れなかった」
拳を強く握る。
ウルス「でもお前が命懸けで守ったもんは絶対無駄にしねぇ」
その声には――
強さが戻っていた。
ユノは空を見上げる。
ユノ「星はね遠いけど、消えないんだよ」
優しい声。
ユノ「ケッチもそう」
ロウは――
“あのバイクパーツ”をスパロディの手のひらに置き、
ロウ「……行けよ」
静かに言う。
ロウ「広い宇宙、走ってこい」
涙が落ちる。
その時。
足音。
遅れて現れる――整備班。
セドリック、マーク、ペトラ。
三人は無言で、“あるもの”を運んでいた。
――鉄で出来た。
――溶接の跡が雑で。
――でも。
間違いなく「バイク」の形をしていた。
一瞬で皆が息を呑む。
ミアが手を口に当てる。
ロウが目を見開く。
ウルスが震える。
セドリックは、不器用に鼻を鳴らし。
セドリック「……間に合わせたかった」
声がかすれる。
セドリック「走れはしねぇ。エンジンもねぇ。ただの鉄塊だ」
それでも、胸を張る。
セドリック「――でも、“形”くらいは夢にしてやりたくてな」
マークは言う。
マーク「……こいつは俺たち整備班からの、最後の贈り物だ」
ペトラは涙を拭う。
ペトラ「ケッチさん……いってらっしゃい」
三人は――
そのバイクを、コンテナの中へ静かに納めた。
スパロディの横に。
ケッチの“夢”の隣に。
最後に、セドリックが呟く。
セドリック「……行ってこい。ケッチ」
そして――
皆が見守る中。
金属コンテナは静かに外へ押し出され、宇宙へと滑っていく。
音の無い世界へ。
ただ、星々の光だけが――
ケッチの最後を照らしていた。
離れていくコンテナを――
全員が、ただ見つめていた。
光のない宇宙で、星を受けてわずかに輝く金属の箱。
そこに、ケッチがいる。
そこに、ケッチの夢がある。
そして――
いま、確かに “彼は旅立っている”。
誰も言葉を発さない。
泣く音すら飲み込んだ静寂。
ただ、胸に穴が空いたみたいな痛みだけが――
全員の心臓を掴んでいた。
その時だ。
――ブォォォン…………ッ。
重低音が、甲板の空気を震わせた。
ルカが眉をひそめる。
ルカ「……リアクター音?」
フェルが首を振る。
フェル「違う……振動の質が――」
次の瞬間。
誰もが、“絶対にあり得ない”と理解した。
――ドルルルルルルルルル…………!!
――金属の獣が咆哮するような、
――荒く、泥臭く、
――まるで、
機械が走る音。
風を切る、地を蹴る――
バイクのエンジン音。
本来、宇宙では聞こえるはずのない音。
ミア「……え……」
目を見開く。
ロウが息を呑む。
ロウ「……ケッチの……」
ウルスの手が震える。
ウルス「……冗談、だろ……」
ノアは、目の前の現実と理解が噛み合わず――
ノア「宇宙なのに……音……するわけ……ないのに……」
ルゥは口元を押さえた。
涙が落ちる。
ルゥ「……聞こえる……」
エヴォルは、拳を握ったまま――ただ宇宙を見る。
エヴォル「……やるじゃねぇか」
静かに笑った。
ナルドは笑いながら、ぼろぼろ泣いていた。
ナルド「テメェ……マジで……っ……」
ガルは天を仰いだ。
ガル「……ああ、そうだよな。お前はそういう奴だよ……」
ミークは震えながら微笑った。
ミーク「……走ってる……ほんとに……」
セラは言葉を失い、ただ涙をこぼす。
ハンスは目を閉じて――
静かに頷いた。
リナは唇を噛みながら呟く。
リナ「……良かった」
アルターは声を押し殺して泣く。
エミルは――
声を張り上げた。
エミル「ケッチ兄ちゃん!!」
ユノは空を見つめ笑って泣いた。
ユノ「……ね、星と同じだ。遠くに行ってるのに、ちゃんと“ここ”に届く……」
イーラは歯を食いしばる。
イーラ「……置いてくなよ、バカ……」
シアは手を胸に当てた。
シア「行け……行って……」
ノアは震えながら。
ノア「ケッチ……ケッチ……」
フェルは目元を拭い。
フェル「最高に馬鹿で、最高に格好いいぜ……お前!」
ルカは肩を震わせながら、
静かに笑う。
ルカ「……航路、もう決めたんだな。止めねぇよ」
セドリックは、拳を額に当てた。
セドリック「……動かねぇはずのバイクが……走ったか」
マークは無言のまま微笑い。
ペトラは涙を隠さず流した。
そして音は――
コンテナの横を駆け抜けるように強くなり、そして、
――走り去る音に変わっていく。
ブォォォォォン……
遠ざかる。
まるで、星の海を駆け抜けているかのように。
――ォォォォォン……
――…………
――……………………
やがて――
完全に、消えた。
静寂。
そして――
聞こえた。
確かに。
耳じゃない。
脳でもない。
心に、直接届く。
――あの馬鹿みたいな、元気な声。
「……ありがとな」
優しい。
でも、いつもの調子で。
「俺、行ってくるわ!」
その瞬間――
コンテナの向こう側。
宇宙空間に、一瞬だけ“人影”が浮かんだ気がした。
笑って片手を上げて――
仲間に背を向け、走り去る影。
幻かもしれない。
奇跡かもしれない。
ただの、慰めの錯覚かもしれない。
でも――
“全員が、見た”。
“全員が、聞いた”。
だから――
それは、真実だった。
エヴォルは――
静かに呟く。
エヴォル「……いってこい」
ナルドは肩を震わせ、笑った。
ナルド「帰んなくていい。二度と帰ってくんな。二度と死ぬな――ケッチ」
ロウは涙を拭い、まっすぐ前を向いた。
ロウ「俺らも、前に進む」
ウルスは胸に拳を当てた。
ウルス「ありがとう……ケッチ」
甲板に集う仲間全員が――ただ、静かに祈った。
星の海を駆け抜けていく仲間の未来を。
その魂が、もう痛みに縛られずただ自由に――
走り続けられますように。
英霊は自由に駆け出してゆく、このどうしようもない残酷な世界を
それでは次回もお楽しみに