機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ外伝 鉄屑の彼岸 作:ミニトレール
それでは本編どうぞ!
リリンが退室し――扉が静かに閉まる。
空気が、変わった。
柔らかさも、遠慮も消える。
ここからは、“戦う側”だけの空気。
ルカが深く息を吐き――視線を鋭くする。
ルカ「――まず、整理だ」
テーブルに指を軽く叩きながら、淡々と、しかし鋭く言葉を並べる。
ルカ「ギャラルホルンの令嬢がいる。事故死って言われてる父親がいる。でも、その娘は追われてる」
ルカ「証拠もない。正式手続きも踏んでない」
そして――
ルカ「“それなのに、お前らは生きてる”」
そこで目を細める。
ルカ「――妙だよな?」
鋭い問い。
責めるでもなく、煽るでもない。
ただ、“事実としておかしい”と突きつける。
セドリックが、そのまま重ねる。
セドリック「もう一つある」
セドリック「ギャラルホルンのゲイレールを“お前らが運用できてる”って事実だ」
視線がアンクに突き刺さる。
セドリック「盗んだもんじゃねぇ。扱い方を知ってる。整備も、運用思想も、戦術思想も理解してる」
淡々と言う。
そして――切り込む。
セドリック「少なくとも――お前ら、“外の傭兵”じゃねぇだろ」
シウバの拳が、少しだけ握られる。
アンクの瞳が静かに細くなる。
エヴォルが口を開く。
エヴォル「あと一個」
腕を組んだまま、顎を少しだけ上げる。
エヴォル「“追っ手の本気度が足りねぇ”」
アンクとシウバが、わずかに反応する。
エヴォル「あの時の奴ら――殺す気なら、もっとど派手に来たはずだ」
そして、低く吐く。
エヴォル「――“静かに処理したい相手”の追い方だった」
応接室が静かになる。
沈黙が、“理解の音”を響かせる。
ルカがまとめる。
ルカ「つまり――」
一本の線を描くように言葉を重ねる。
ルカ「・事故って嘘じゃないのか・ただの逃亡じゃなく“消される案件”ではないのか・でも露骨にはやれない相手・だから静かに処理したい」
そこで、ルカの声が低くなる。
ルカ「――違うか?」
アンクとシウバの視線が交錯する。
一瞬の逡巡。
そして――
アンクがゆっくりと目を閉じた。
静かな呼吸。
覚悟を固めた音。
アンク「……概ね、正しい」
その一言で、応接室の温度が――わずかに下がる。
セドリック「じゃあ――」
鋭く迫る。
セドリック「どこまで話す気がある?」
アンクは即答した。
アンク「“彼女が知らなくてもいい部分”までは」
アンク「――話す」
その横で、シウバが小さく苦笑する。
シウバ「ここまで来たら……誤魔化す余地ねぇよな」
そして――
アンクは顔を上げた。
真っ直ぐに、フリーゲルの三人を見る。
アンク「まず結論から言う」
低く、真実を切り出す声。
アンク「――あの“事故”は事故じゃない」
一拍。
空気が揺れる。
アンク「暗殺だ」
まっすぐな宣告。
どこにも逃げ道のない言葉。
シウバが目を閉じたまま苦く笑う。
シウバ「証拠は――あったんだ……!」
しかし、その笑みはすぐに消える。
シウバ「……けど全部、“正規手続きで潰された”」
セドリックが息を呑む。
ルカの目が鋭く光る。
エヴォルの表情が険しくなる。
アンクは淡々と続ける。
アンク「事故の捏造。証拠の封鎖。口封じの圧力」
拳がわずかに震えた。
アンク「そして――理由だ」
視線が強くなる。
アンク「……ジェルヴィス家は、木星圏から土星圏までの宙域管理権の《優先権》を持っていた」
静かな声が、応接室に落ちる。
アンク「交通・治安・通商。その“全てを押さえる権利”。本来なら――リリン様の父上が、その調整役として座り続けるはずだった」
セドリックの眉が、わずかに動く。
アンク「だが、その権利を欲しがった貴族がいた」
ルカが目を細める。
アンク「ジェルヴィス家と同じ宙域を狙い、“優先権”を《奪い取りたい》連中だ」
そこで、シウバが低く付け足す。
シウバ「本来、その席はジェルヴィス家のもの。他の家は、どうやっても“二番手”止まりだった」
シウバ「だから――“邪魔な一番手”を消すことにした」
言葉の温度が下がる。
シウバ「“事故”に見せかけて、家ごとまとめてな」
アンクの拳が、机の下で静かに握られる。
アンク「だが、完全には消しきれなかった」
視線が、扉の向こう――リリンが出ていった方へと流れる。
アンク「ジェルヴィス家の正当な後継として――“優先権の証明そのもの”が、残った」
アンク「――リリン様だ」
応接室の空気が、一気に締まった。
シウバが続ける。
シウバ「“正式な後継”が生きてる限り、ジェルヴィス家の権利は完全には消えねぇ。どれだけ書類を偽装しても、“本人”が証言したら覆される可能性がある」
シウバ「だから――消したい」
短く、冷たい結論。
そして。
アンクはわずかに息を吸い直し――言葉を続けた。
アンク「……ここまで話した以上、もう一つ隠しておくわけにはいかない」
セドリックが眉を動かす。
アンク「おおむね察しているとは思うが、俺とシウバは――もともと《ギャラルホルンの兵士》だった」
空気が硬く鳴る。
ルカの視線が鋭く突き刺さる。
エヴォルが静かに腕を組み直した。
シウバが苦く笑う。
シウバ「“内部の人間”だったからこそ、見えたことがある」
シウバ「だから知ってる。“上からの命令で、真実が作り替えられる世界”だってことを」
アンクの声が静かに締まる。
アンク「俺たちが戦ってるのは、“利権を守るための戦争”じゃない」
アンク「“ジェルヴィス家を、この宙域から存在ごと消し去ろうとしている連中”から――最後の一人を守るためだ」
重い言葉が落ちる。
それは――嘘でも虚勢でもない、“覚悟”そのものだった。
“事故は暗殺”
“証拠は潰された”
“そして理由は――利権”
そこまでは――理解した。
だが、それだけでは終わらない。
ルカが、静かに息を吸った。
ルカ「……だが、一個ひっかかる」
アンクが視線を向ける。
ルカ「暗殺側の都合は分かった。その連中から見れば、リリンは“消したい存在”だ」
ルカ「けどな――」
ルカは指を鳴らす。
ルカ「“ギャラルホルン全体”でそこまで必死に動くとは思えねぇ」
目が鋭くなる。
ルカ「本来なら」
指を折る。
ルカ「・身辺保護・事情聴取・名目上の“安全確保”」
そして、静かに締める。
ルカ「――“公式”に処理するはずだろ?」
つまり。
ルカ「なのに現実は」
再び指を折る。
ルカ「・追われてる・非公式・証拠握った奴は、全部消されてる」
そして――
ルカ「“内部で完全に割れてる”ってことだろ」
セドリックが腕を組む。
セドリック「もっと直球で言うなら――」
冷静な声。
セドリック「“暗殺に関与してる貴族側”と“止めたいが止められない側”。“情報も権限も握れない側”」
目を伏せる。
セドリック「あんたら――強引な手口で逃げ出したんだな?」
アンクの沈黙が、そのまま肯定だった。
シウバが低く笑う。
シウバ「正解」
そして――苦い現実を落とす。
シウバ「俺らは、“あの日”――」
声が少し掠れた。
シウバ「リリン様を……半ば“誘拐”みてぇに連れ出した」
応接室の空気が揺れる。
ルカ「……やっぱり、そうなるか」
セドリックが眉をしかめる。
セドリック「護衛任務じゃねぇ。“勝手に動いた”ってことか」
アンクが静かに頷く。
アンク「正式な命令なんてものはなかった。逃がせ、という指示もない」
拳を握る。
アンク「だが――“そのまま残せば、確実に殺される”状況だった」
シウバが吐き捨てるように言う。
シウバ「そして、“やってないことにされる”」
目を伏せ、苦い笑みを浮かべる。
シウバ「証拠は残らない。犯人は出てこない。全部“事故”のまま終わる」
アンクの声が低くなる。
アンク「だから――奪った」
短い言葉。
だが、その重さは計り知れない。
アンク「上官命令を無視し、権限外の判断で“貴族令嬢を攫った”形になった」
ルカが目を伏せる。
ルカ「つまり――」
静かに言葉を締めた。
ルカ「“暗殺派の敵”であり同時に《ギャラルホルンの裏切り者扱い》ってわけか」
アンク「……ああ」
シウバが静かに笑う。
シウバ「俺らは今――」
言葉を絞る。
シウバ「“守ってるつもり”でも制度上は《反逆者》だ」
その言葉が、応接室の底に沈む。
セドリックは、椅子に背を預ける。
セドリック「――最低だな、状況」
エヴォルが鼻を鳴らした。
エヴォル「それでも、連れ出したんだな」
アンクは――即答だった。
アンク「当然だ」
迷いも言い訳も、欠片もない。
ただ――信念だけ。
アンク「俺は、あの人の娘を守るためにここにいる」
静かに。
しかし、胸を打つほど強く。
アンク「“恩人の娘を見殺しにする人間”じゃない」
セドリックが――ほんの少しだけ、目を細めた。
ルカは、笑うでもなくただ聞いていた。
エヴォルは短く息を吐く。
エヴォル(……馬鹿だな)
だが――嫌いじゃない馬鹿だ。
静寂。
誰も軽く息を吐かない。
今この瞬間、この先の航路そのものを決める会議になっていた。
ルカが指を組み、ゆっくりと顔を上げる。
ルカ「――じゃあ、最後の確認に入ろう」
その声は、柔らかい。
だけど、一切の冗談がない。
ルカ「“それでも”――」
視線がアンクとシウバを刺す。
ルカ「“俺たちが共闘する価値があるのか”」
静かに。
ただ、真正面に突きつける。
ルカ「“俺たちの命を賭けて良い案件なのか”」
アンクはまっすぐ見返す。
何も言わない。
今は――“こちらが言う番”だから。
その横でセドリックが息を吸った。
セドリック「……まず、リスクからだ」
淡々とした声。
セドリック「ギャラルホルンの内部抗争に、俺らみたいな奴らが首を突っ込む」
セドリック「普通に考えりゃ――ただの自殺行為だ」
指を折る。
セドリック「補給線は細い、武装は最低限、整備ドックも不安定“逃げ切るだけ”でもギリギリ」
そして、目を細める。
セドリック「そこに“政治案件”を背負えば――」
セドリック「逃げ場は、ほぼ消える」
シウバが息を呑む。
アンクは一切表情を崩さない。
セドリックはなおも続ける。
セドリック「航路も問題だ」
指で宙に線を描く。
セドリック「近辺は“ギャラルホルンの庭”監視ラインも多い。……正直、“気づかれずに通り抜ける”のは不可能に近い」
そして言う。
セドリック「“戦う覚悟”が必要になる」
沈黙。
ただ、その現実を全員が飲み込む時間。
セドリックは息を吐いた。
セドリック「ただな」
僅かに、優しい声になる。
セドリック「価値が無い話でもない」
ルカとエヴォルが視線を向ける。
セドリック「彼女が“まともに戻れる未来”があるなら――」
静かな声。
セドリック「“俺たちの立場も守られる可能性”が出る」
ルカが目を細める。
セドリック「つまり――“命懸けのリスク”と同時に、“生還できた時の最大の安全網”でもある」
ほんの少し笑い、
セドリック「皮肉だな。危険すぎる賭けほど――成功すれば一番美味い」
そこで口を閉じた。
ルカがゆっくりと息を吸う。
ルカ「俺の仕事は、“皆を死なせない選択”をすることだ」
淡く笑う。
だが――その瞳は鋭いまま。
ルカ「だから、本音言うと――“巻き込みたくねぇ”」
エヴォルは黙って聞く。
アンクもシウバも息を呑む。
ルカは続ける。
ルカ「でもな」
少し目を伏せ、呟く。
ルカ「――俺は嫌なんだよ」
手を握る。
ルカ「“理不尽に潰される側”が、“何も知らないまま消される世界”が」
アンクが、ほんの一瞬だけ目を見開く。
ルカは静かに顔を上げる。
ルカ「助ける義務はねぇ。守る責任もねぇ」
しかし――
ルカ「でも見て見ぬふりする義理もねぇ」
短く、切るように言い放つ。
その瞬間――エヴォルが、壁から背を離した。
重く、靴音が響く。
ゆっくりとテーブルへ歩み寄り――椅子には座らず、腕を組んで立つ。
エヴォル「俺はな」
低い声。
エヴォル「ムカついてる」
アンクもシウバも視線を上げる。
エヴォル「“あの時”からずっとだ」
男の声は――怒っていた。
しかし、それはただの激情ではなく。
“戦場の男の怒り”。
エヴォル「ウルスが死ぬとこだった。ケッチは、本当に死んだ」
拳が鳴る。
エヴォル「それが、“誰かの権力争いの後始末”でした?――」
エヴォル「ふざけんなよ」
静かに。
だが、殺意にも似た温度。
エヴォル「自分から“悪いことしたわけでもねぇ奴ら”が“知らねぇ間に殺される世界”なんざ――」
吐き捨てる。
エヴォル「――嫌いなんだよ」
沈黙。
誰も口を挟まない。
彼は続ける。
エヴォル「だから俺は――戦う」
迷いは一切ない。
エヴォル「守る価値があるとか、政治的価値があるとか、正直どうでもいい」
歯を食いしばる。
エヴォル「“守りてぇ奴がいて”」
エヴォル「“ぶん殴りてぇ相手がいる”」
そして――笑う。
エヴォル「それで十分だろ」
静寂。
それは――
重くて、しかし温かい静寂。
ルカが息を吐いた。
セドリックもわずかに笑った。
アンクとシウバは――
ただ黙って、その言葉を飲み込んでいた。
ルカが締める。
ルカ「――フリーゲルは」
顔を上げる。
静かな決意の声。
ルカ「“お前らの敵にはならない”」
それは即ち――
“共闘を受ける”答え。
アンクの拳が、机の下で僅かに震えた。
シウバが目を伏せ、息を吐く。
ルカは続ける。
ルカ「ただし――」
鋭い目に戻る。
ルカ「条件付きの共闘だ」
まだ終わりじゃない。
ここから先は――“正式な条件の交渉”へ入る。
静かな空気のまま、ルカが椅子に背を預け、息を吐く。
ルカ「……じゃあ、“条件”の話をしようか」
それは優しい声。
しかし――内容は一切甘くない。
ルカ「まずひとつ目」
視線を真正面に据えたまま言う。
ルカ「――“守る範囲”の話だ」
アンクとシウバの視線が、自然と引き締まる。
ルカ「俺らが守るのは」
指を一本立てる。
ルカ「“リリン・ジェルヴィス”――ただ一人だ」
アンクの拳が小さく震え、シウバは目を伏せて口の端をわずかに緩める。
ルカ「お前ら二人は“優先二位”だ。守る努力はするが――」
きっぱりと言い切る。
ルカ「あのお嬢さんより優先されることは、絶対にない」
エヴォルも、セドリックも口を挟まない。
これは揺るがない現実だ。
アンクは即座に頷いた。
アンク「異論はない」
シウバ「当然の話だ。俺たちも――それで構わない」
ルカは軽く頷き、
ルカ「次」
指を二本にする。
ルカ「――“拒否権”だ」
その言葉に、アンクとシウバが眉を動かす。
ルカ「俺たちは軍隊じゃねぇ。命令で動く組織でもない」
淡々と
ルカ「だから――」
ゆっくり言葉を落とす。
ルカ「“戦え”と言われても、納得できねぇ戦いなら――“断る”」
静かな宣言。
セドリックが補足する。
セドリック「航路選択も同じだ」
セドリック「“死なずに済む選択肢があるのに“無理に危険に突っ込め”って言われても、従わねぇ」
目を細める。
セドリック「俺たちは――“仲間を守るために戦う”。“政治のために死ぬ”気はない」
アンクはしっかりと頷いた。
アンク「……理解している。それが“共闘”だ」
シウバ「命令じゃない。並んで立つってことだな」
ルカの表情が少し和らぐ。
ルカ「三つ目」
最後の指が立つ。
ルカ「――“対価”だ」
アンクとシウバの背筋が自然と伸びる。
ルカ「基本方針は一つ」
静かに言う。
ルカ「“俺たちの命に見合う価値”を提示してもらう」
シウバが息を呑む。
アンクは真正面から受け止める。
セドリックが補足する。
セドリック「情報だ」
セドリック「ギャラルホルン内部の情勢。土星圏の実際の監視網。保安回避ルート」
目が鋭くなる。
セドリック「持ってる限りの手札を出してもらう」
シウバは即答した。
シウバ「ある限り出す。隠す意味もねぇ」
ルカが続く。
ルカ「もし無事に着いたら“将来的な保護”の話も、正式ルートで通してもらう」
シウバが笑う。
シウバ「それも……約束する」
アンクが短く頷く。
アンク「“彼女の未来”に関わる部分なら、俺たちは全て動く」
そして――アンクが、真正面から頭を下げた。
机の向こうの三人へ。
深く、迷いなく。
アンク「アンク・ヘルマン」
静かで、しかし力のある声。
アンク「“この選択に責任を持つ”」
拳が震える。
アンク「リリン様を連れ出したのは、俺たちだ。彼女を巻き込んだのも、俺たちだ」
アンク「そして――」
顔を上げる。
目には、決して揺れない意志。
アンク「お前たちを、この戦いに巻き込んだ責任も――俺が背負う」
シウバも頭を下げる。
シウバ「俺も同じだ。逃げるためじゃない」
シウバ「守るために、ここにいる」
静寂。
その真っ直ぐすぎる誓いが、応接室の空気を締める。
その流れの中――
エヴォルが、コツ、と靴先で床を鳴らした。
全員の視線が向く。
エヴォルは腕を組んだまま、面倒くさそうに――だけど“本当に大事な話”をする顔になっていた。
エヴォル「二人が言ってた……将来的な保護の話だ」
アンクとシウバが顔を上げる。
エヴォル「土星圏のノクティス・コロニー」
視線を逸らさず言う。
エヴォル「あそこに――俺ら全員を正式登録で住民扱いにしろ」
アンクとシウバの目が見開かれる。
セドリックが一瞬驚き、すぐに理解した顔をする。
ルカは少し笑った。
エヴォル「“滞在許可”じゃねぇ」
はっきり言う。
エヴォル「――個人IDを取れるようにしろ」
息を呑む音が響いた。
アンクは理解した。
この要求が――どれだけ“重い意味”を持つか。
エヴォルは続ける。
エヴォル「ここにいるルカ以外の全員は、“存在しない人間”だ」
エヴォル「“最初から人として認められていない奴ら”だ」
静かに吐く。
エヴォル「だからだ」
拳を握る。
エヴォル「“ここで命張るなら”――」
エヴォル「せめて、“人間として生きられる未来”ぐらいは保証しろ」
沈黙。
ルカの胸が、少しだけ熱くなる。
セドリックは静かに目を伏せる。
シウバは歯を食いしばり――そして小さく笑った。
シウバ「……ああ、それは――」
アンクが、はっきりと頷いた。
アンク「約束する」
迷いの無い声。
アンク「必ず通す」
視線を強くする。
アンク「“お前たちの未来”も――俺たちが背負う」
沈黙。
そして――
フリーゲルとアンクたちの共闘が正式に結ばれた瞬間だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
静かな通路。
ギャラルホルンの艦とは、まるで違う。
薄暗くて、ところどころ打ち直された壁。
無骨で、少し傷ついていて――でも、不思議な温かみがあった。
リリン(……戻る場所、どっちでしたっけ?)
足を止めて振り返る。
さっきまで、アンクとシウバが一緒にいた。
でも、「ここで少しお待ちください」
そう言われてから――
リリン(少し……歩きすぎました)
自覚した瞬間。
胸が、少しだけきゅっとなる。
逃げている途中でも、怖くなかった。
アンクがいた。
シウバがいた。
でも――
“今は一人”。
リリン(……戻らなきゃ)
そう思って足を進め――
――迷った。
完全に。
リリン「……」
声も出ない。
ただ胸の奥が、じわじわと不安で満たされていく。
リリン(……迷惑、ですね。勝手に歩いて、勝手に迷って……)
自分でも笑えてしまいそうになる。
でも笑えない。
喉が、きゅっと狭くなる。
その時――
足音。
軽くて、小さくて、静かな足音。
声もかけられる前に――
視線が、リリンの横に立つ気配を捉えた。
「――迷いましたか?」
穏やかな声。
振り向く。
そこにいたのは、白い髪を後ろでまとめた少女だった。
年は……自分より少し上くらい。
でも雰囲気はとても静かで、落ち着いている。
少女は、柔らかく微笑んだ。
ユノ「ここ、少し構造、分かりづらいですよね」
リリンは――きょとんとして。
それから、少しだけ恥ずかしくなって目を伏せた。
リリン「……はい」
リリン「少しだけ……散歩するつもりだったんですけど」
ユノは首を傾ける。
ユノ「そうなんですね」
一切責めない。
呆れもしない。
ただ、“受け止める声”。
それだけで――胸の中の不安が、少しほどけた。
ユノは胸に手を当てて軽く会釈する。
ユノ「ユノ・スタークです。航路の補助と、星図の管理をしています」
リリンは慌ててスカートの端を掴む。
リリン「リリン……リリンです」
言い慣れた自己紹介しか出てこなかった。
“何者なのか”を言う癖がない。
いつも――“誰かが説明してくれていた”。
ユノは、それだけで察したように微笑んだ。
ユノ「……大丈夫です」
ユノ「言いたくないことは、言わなくていいんです」
リリンは目を瞬かせた。
リリン(……優しい人)
そう思った。
ユノが続ける。
ユノ「案内します。……どこへ行きますか?」
少し迷って――リリンは、正直に言った。
リリン「……どこに戻ればいいのか、分からないんです」
リリン「邪魔にならない場所なら……どこでも」
ユノはほんの少しだけ驚いて。
そして、小さく笑った。
ユノ「じゃあ――」
振り返り、手招きする。
ユノ「“星が見える場所”にしましょう」
リリンはきょとんとした。
ユノは言う。
ユノ「ここは、戦う人たちの船です」
ユノ「怖いことも、悲しいことも、たくさんあります」
歩き出しながら――
ユノ「でも――星を見ている間だけは、皆“生きてる”って感じられるんです」
リリンは一瞬だけ目を見開いた。
リリン(……生きている)
その言葉が、とても温かかった。
リリンは静かに頷く。
そして、二人は並んで歩き出した。
少しずつ、同じ歩幅になっていく。
――まだ知らない船の中。
――まだ知らない人々。
――まだ知らない世界。
でも。
ほんの少しだけ。
リリンは“ここに居てもいいのかもしれない”と思えた。
――会談が、ひと区切りついた頃。
重かった空気が、少しだけ緩む。
ルカが背もたれに体を預け、軽くストレッチする。
ルカ「……よし。じゃあ、ひとまず話はここまでにして――」
ふと周囲を見渡す。
ルカ「……あれ」
セドリック「どうした」
ルカ「リリンちゃん、迎えに行ってやらないと……って思ったら」
明るく言おうとして――止まった。
ルカ「……迎えに行く場所、どこだ?」
沈黙。
セドリックとエヴォル、そしてアンクとシウバが同時に顔をしかめる。
セドリック「……待機室、伝えたか?」
シウバ「いや――“少し外で待っててくれ”としか……」
アンクの眉間が、ぎゅっと寄る。
アンク「……」
――立った。
無言で。
椅子が音を立てる。
ルカ「落ち着け。まず探そう。艦内だ。すぐ見つかる」
アンク「分かっている。だが――」
握る拳が震えていた。
アンク「“失う感覚”だけは、慣れない」
それを聞いたエヴォルは、軽く鼻を鳴らす。
エヴォル「だったら探そうぜ。“迷子のご令嬢”なんざ、洒落にならねぇ」
シウバが息を吸い直し、表情を引き締める。
シウバ「俺は通路を見てくる」
セドリック「俺たちは艦橋側を当たる。あとは――船内の連中にも声を回す」
ルカが手を打つ。
ルカ「“慌ててるときほど冷静に”。いいな?」
アンク「ああ」
――そして。
彼らは、彼女を探すために動き出した。
艦内の上部区画――小さな展望ドーム。
扉が開き、視界が一気に開ける。
宇宙。
ただの黒ではない。
無数の光が散りばめられた、深くて静かな世界。
リリンは、思わず息を飲んだ。
リリン「……きれい……」
ユノは隣に立ち、軽く笑う。
ユノ「戦場の近くでも、逃げ続けてても――」
ガラス越しに星を見つめる。
ユノ「星だけは、変わらないんです」
リリンは、その横顔を見る。
静かで、落ち着いていて――でも、どこか少し寂しそうで。
リリン「……ユノさんは、怖くないんですか?」
ユノは少しだけ考えて――首を横に振る。
ユノ「怖いですよ。ちゃんと」
でも、と続ける。
ユノ「それでも――」
ユノ「ここにいる人たちが、生きようとしてるから」
微笑む。
ユノ「だから、私も生きようって思えるんです」
リリンは胸の奥が、じんわりと温かくなるのを感じた。
リリン(……ここは、ただ逃げてるだけじゃないんだ)
リリン(戦って、生きようとしてる人たちがいる場所――)
そんな時。
――遠くで足音。
呼ぶ声。
「リリン様!」
聞き慣れた声。
リリンの肩がピクリと動く。
振り向く――
アンクがいた。
息を整え、しかし視線は必死で。
シウバも後ろで小さく息を吐いていた。
ユノは察して、一歩下がる。
リリンはほんの一瞬申し訳なさそうに俯き――それから微笑った。
リリン「……ごめんなさい」
アンクは、数秒黙って。
そして、ほっと笑った。
アンク「ご無事で、よかった」
怒らない。
責めない。
ただ、それだけを言う。
リリンは胸の奥がまた少し温かくなる。
ユノが軽く会釈する。
ユノ「見つかって、良かったです」
シウバが苦笑い。
シウバ「……迷ったら誰かを呼んでください。私たちの心臓に悪いです」
リリンは少しだけ照れ笑いを浮かべた。
そして――
ふと、もう一度だけ星を見る。
リリン(お父さま――)
リリン(私、まだ“ちゃんと怖がれていない”かもしれない)
リリン(でも――)
リリン(ここで、生きている人たちの中で――)
リリン(私も、生きていたい)
そう思えた。
ほんの少しだけ。
ほんの一歩だけ。
この場所に――近づけた気がした。
――少女はまだ知らない。この星空の下で、自身をめぐって争いが動き始めることを。
それでは次回もお楽しみに!