機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ外伝 鉄屑の彼岸   作:ミニトレール

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来週には地元を離れてしまう・・・なんだか全然実感湧かないです。
新しい場所でも友達出来るといいなぁ・・・
それでは本編どうぞ!


第二十五話:帰る場所

静かな時間が、穏やかに流れていた――

 

……その時だった。

 

「……っと、お待たせ――」

 

雑な足音。

 

遠慮ゼロの声。

 

全員が振り返る前に、空気が一段だけ下がった。

 

ナルド「悪い悪い、トイレ長引いて――」

 

彼の姿を見た瞬間――

 

ユノ(小声で溜息)「……戻ってきましたね」

 

ルゥ(露骨に眉を寄せる)「帰ってきた……」

 

シア(トレー拭きながら目を逸らす)「空気読む才能、ゼロだよねあの人……」

 

フリーゲル側全員が “あぁ……” という顔。

 

だが――リリンだけは違った。

 

リリン「おかえりなさい、ナルドさん」

 

ふわっと微笑む。

 

“救いの女神”みたいな微笑み。

 

ナルドの心臓にクリティカルヒットした。

 

ナルド「っ……!」

 

耳まで真っ赤。

 

ナルド「い、いや! えっと! その! 俺は別に、その――!」

 

誰も聞いていないのに勝手にテンパる。

 

ユノは静かに目を伏せ、「あー、また始まった」 という顔。

 

そんな中――ナルドは勢いで踏み込んだ。

 

ナルド「リリンちゃん! えっとさ!」

 

ナルド「もし他に行きたい場所とか、見たいところとかあったら――」

 

ナルド「俺が!ちゃんと案内するから!」

 

ユノ(小声)「“ちゃんと”って言葉、こういう時ほど信用ないですよね」

 

ルゥ(小声)「うん……」

 

だが、リリンはまるでそれらに気づいていないかのように――

 

柔らかく笑った。

 

リリン「……すみません。私、この船の構造がまだよく分からなくて……」

 

そして――

 

両手で、そっとナルドの手を包み込んだ。

 

リリン「もしよろしければ――」

 

リリン「私を、エスコートしていただけませんか?」

 

天使の微笑み。

 

聖女のお願い。

 

生まれて初めて救われた男みたいな顔をするナルド。

 

ナルド「い、い、い――いくらでも!!」

 

ナルド「この俺が責任を持って案内しますとも!!」

 

完全にデレデレ、骨抜き、魂は宇宙に飛び立っていた。

 

その光景を見て――

 

ユノ(無表情)「……引きますね」

 

ルゥ(冷静)「尊厳を持って生きればいいのに」

 

シア(困った笑顔)「でも……楽しそうだから、いいのかな……?」

 

優しい世界はここまで。

 

問題は、その隣にいた護衛。

 

シウバは――笑っていた。

 

完璧な、礼儀正しい微笑み。

 

しかし。

 

目が、一切笑っていない。

 

シウバ「いやぁ……助かります。ナルド殿」

 

穏やかな声。

 

だが、頭の中では――

 

ナルドがリリンに手を置いた瞬間 → 手首破壊

肩へ触れた → 肩関節を逆方向に

調子に乗った場合 → 呼吸を奪って昏倒

 

何パターンもの“無力化ルート”を脳内で確定させていた。

 

シウバ(……その瞬間、半殺しにしてやる)

 

外見 → にこやか

内心 → 物騒

 

ナルドは当然そんなこと気づきもしない。

 

むしろ――守られている側の本人より命が危険なのは、むしろ彼だった。

 

ユノは横目でそれを見て、静かにため息をつく。

 

ユノ(……合掌ですね)

 

ルゥ(死の未来が見える)

 

そして――

 

こうして。

 

リリンの「優しい天使ムーブ」×ナルドの「即堕ち」×シウバの「笑顔で殺意MAX」

 

という、とんでもない温度差のまま――

 

“小さな艦内散策”が始まるのだった。

 

艦内通路。

 

足音が三つ並ぶ。

 

先頭――シウバ。

 

後ろ――リリン。

 

さらに横で――

 

ナルド「ブリッジって意外と狭いんだぜ? もっとこう、カッコいい司令室ってイメージ持たれがちだけど――」

 

完全にテンション高めの観光ガイド状態。

 

リリンは素直に頷いて楽しそうに聞いている。

 

リリン「そうなんですね……でも、“命を預かる場所”って感じがして――素敵です」

 

ナルド「お、おう!そうだろ!?」

 

デレッデレ

 

――その時だった。

 

曲がり角から、ひとりの少女が歩いて来た。

 

鋭い足取り。

 

無駄のない動き。

 

イーラ・ケンプ。

 

彼女は三人に気づき、ピタ、と足を止める。

 

その視線が――一瞬リリンで止まり。

 

イーラ「……あんた、今朝の――」

 

ナルドが先に口を開いた。

 

ナルド「お、イーラ!」

 

手を振る。

 

イーラ「……あんた、なんでそんな浮かれてんのさ?」

 

めっちゃ冷たい声だった。

 

ナルド「はぁ!? 浮かれてねぇし!!」

 

浮かれまくりである。

 

そんなやりとりに、リリンは小さく笑って、礼儀正しく頭を下げた。

 

リリン「リリンです。今、こちらでお世話になっています」

 

イーラは一瞬だけ戸惑った顔になった。

 

“敵でも味方でもない”

 

“でも守られている女の子”

 

普通なら距離を置く相手。

 

だけど――

 

その声も、仕草も。

 

“丁寧で、柔らかくて、ちゃんと前を見ている”。

 

イーラ「……イーラだ。イーラ・ケンプ」

 

ほんの少しだけ声が柔らかくなる。

 

リリン「イーラさん、強い方なんですね」

 

イーラ「は?」

 

完全に不意打ちだった。

 

リリン「歩き方が……なんだか“戦い慣れてる人”って感じで」

 

イーラの胸に、ちく、と刺さる。

 

“強がらないといけない”

 

“弱音を見せられない”

 

そんな自分を――

 

“強い人”って、ただまっすぐに言われた。

 

心臓が、ほんの少しだけ軽くなる。

 

イーラ「……まあね」

 

少しだけ。

 

ほんの少しだけだけど。

 

口元が緩んだ。

 

だが――

 

次の瞬間。

 

視界に入る。

 

リリンの横でデレデレしてるナルド。

 

そして――

 

その横で、笑顔で静かに殺意を漂わせてる護衛・シウバ。

 

イーラの目がすぐに冷える。

 

イーラ(……なんだいこのとんでも光景は)

 

戦闘勘が即座に戻る。

 

イーラ「……まぁ、迷惑かけないようにしておけよ、ナルド」

 

ナルド「かけてねぇって!!」

 

イーラは溜息ひとつ。

 

そして――

 

リリンへだけ、ほんの少しだけ優しい眼差しで。

 

イーラ「じゃあな。……変なやつに絡まれたら、逃げろよ」

 

リリン「ふふ……ありがとうございます」

 

その言葉に――

 

イーラの表情が、ほんの少しだけ緩んだ。

 

それだけ。

 

でも、十分だった。

 

イーラは通路の奥へ去っていく。

 

リリンはその背中を見送って――小さく呟いた。

 

リリン「……優しい方ですね」

 

ナルド「どこがだよ!?」

 

即ツッコミ。

 

だが、シウバだけは静かに笑っていた。

 

シウバ「優しいですよ。ああいう人ほど――」

 

少しだけ寂しそうに。

 

シウバ「“人を守る側”で居続ける者です」

 

リリンはその言葉を胸に刻むように――小さくうなずく。

 

三人は歩き出す。

 

目的地へ。

 

――そして数分後。

 

ブリッジ前。

 

シウバ「着きました、リリン様」

 

リリン「……少し、緊張しますね」

 

ナルドは胸を張る。

 

ナルド「大丈夫だって! ほら――」

 

扉が静かに開いた。

 

光が広がる。

 

宇宙が、視界いっぱいに広がる場所。

 

――ブリッジ。

 

ここから、また新しい“関係”が始まる。

 

ブリッジの扉が――静かに開いた。

 

視界が一気に広がる。

 

前方全面の大型スクリーン。

 

ゆっくりと流れる星々。

 

その手前で光る航路ライン。

 

そこは“指揮の場所”だった。

 

人が集まる食堂とも違う。

 

格納庫とも違う。

 

――ここは「戦う船が、生きるために進む場所」。

 

リリンは思わず息を飲む。

 

リリン「……すごい……」

 

そんな彼女の隣で、シウバは仕事人の目に切り替えて周囲へ視線を配る。

 

ナルドは調子に乗り、胸を張る。

 

ナルド「ようこそ、フリーゲルのブリッジへ!」

 

その声に、数人の視線が向く。

 

最初に軽く手を挙げたのは――

 

ルカ・グレイ。

 

椅子を少し回し、いつもの軽い笑みを浮かべる。

 

だが、その目だけは相変わらず“仕事中”の鋭さを保っている。

 

ルカ「やぁやぁ。いらっしゃい」

 

それだけなのに、空気が少し柔らかくなる。

 

「歓迎する」と言わない。

 

けど、「拒まない」。

 

絶妙な距離感。

 

その隣――計器に視線を落としたまま、ちらりとだけこちらへ目を向ける少年がいた。

 

フェル・マルティノ。

 

頬杖をつきながら、スクリーンの情報を追っている。

 

フェル「……マジに連れてきたのかよ?ナルド」

 

皮肉っぽい言い方。

 

でも。

 

声の温度は低くない。

 

ナルド「当たり前だろ! 俺は頼まれたら応える男だからな!」

 

フェル「はいはい。……“頼んでねぇ勢い”の方が強そうだけどな」

 

軽い言葉のやり取り。

 

でも、そこに敵意はない。

 

ただ――“警戒は解いていない目”。

 

仕事場としての緊張だけは、崩さない。

 

リリンは小さく会釈する。

 

リリン「こちらへ来てしまって……ご迷惑では、ありませんか?」

 

フェルはスクリーンへ視線を戻す。

 

フェル「まぁ。迷惑かどうかって聞かれたら……」

 

一拍置いて。

 

フェル「“まだ判断中”だな」

 

でも――その直後。

 

フェル「けど、邪魔なら誰も入れさせやしないさ」

 

ほんの少しだけ笑ってみせる。

 

フェル「だから、今は“大丈夫な客”って扱いだよ」

 

それは、彼なりの優しさだった。

 

リリンは少しだけ肩の力を抜く。

 

シウバはフェルへ静かに小さく礼を送る。

 

そんな二人の背後。

 

コンソールに指を走らせ、データを整理する少女がいた。

 

セラ・ヴァイス。

 

端末の光を眼鏡に映しながら、軽く振り向く。

 

セラ「生命反応スキャンも問題なし。危険物の反応もゼロ。……まぁ、すでに分かっていたことだけどね」

 

理屈で空気を整えるタイプ。

 

余計な感情は混ぜない。

 

セラは少しだけ優しい声にして続ける。

 

セラ「ここは戦闘管制区画。基本的には――“仕事中の場所”」

 

セラ「でも、見たいなら見ていくといいわ。ここが“この船の頭脳”だから」

 

リリンの瞳が、少しだけ輝く。

 

リリン「“頭脳”……」

 

セラは一瞬だけ視線をスクリーンへ向けて――

 

ごく自然に

 

セラ「この子たちは、ただ漂ってるだけじゃない“必死で生きてる船”の、道筋」

 

前方スクリーンには、航路ライン。

 

敵影に備えた警戒範囲。

 

索敵ラインを示す薄いリング。

 

フェルが静かに言葉を添える。

 

フェル「“綺麗”ってだけで済ませられたら、どれだけ楽かって話だよな」

 

それは皮肉。

 

でも。

 

近くで見ると――優しい目だった。

 

その少し後ろ。

 

各員の動きと表示された情報を見比べながら、全体の流れを確認している少年がいた。

 

ロウ・アーデン。

 

その目は誰か一人ではなく、この場全体を見ていた。

 

誰が何をしていて、どこに負担が寄っていて、次に何が必要になるのか。

 

まるで最初からそれを考える癖が身についているような視線。

 

ロウ「フェル、索敵ラインの更新、少し右に寄せた方がいい」

 

フェル「……ん?」

 

ロウ「このままだと死角が出る。ルカが次の変針入れた時、そっち側の確認が一瞬遅れる」

 

ルカが片眉を上げる。

 

ルカ「よく見てるねぇ、ロウ」

 

ロウは肩をすくめる。

 

ロウ「見えてるなら言っといた方がいいだろ?」

 

気負いのない声。

 

偉そうでもない。

 

ただ、必要だから口にする――そんな自然さ。

 

フェルが表示を確認し、舌打ちまじりに鼻を鳴らす。

 

フェル「……ほんとだ。気づくの早ぇな」

 

ロウ「お前が見落としたっていうより、全体の流れの問題だな」

 

誰かを責める言い方はしない。

 

けれど、曖昧にも流さない。

 

それがロウの立ち位置だった。

 

ルカがくすっと笑う。

 

ルカ「こういうのいると助かるんだよ。物事の全体見えてるタイプ」

 

ロウ「そんなんじゃない。テンパると俺はすぐに視野が狭くなっちまうしな」

 

ロウ「元から狭いやつもいるがな」

 

ナルド「誰のことだ!」

 

フェル「だいたいお前のことだよ」

 

小さな笑いが生まれる。

 

その中でも、ロウは一度だけリリンとシウバへ視線を向けた。

 

警戒。

 

観察。

 

そして――必要以上に怯えさせないための、静かな配慮。

 

ロウ「……お嬢様がいるなら、少しは見栄えも気にしろよ」

 

ナルド「え、今さら!?」

 

セラ「今さらね」

 

フェル「早速視野狭すぎんだろ」

 

ルカだけが少し楽しそうに笑う。

 

ルカ「大丈夫。うちはいつも通りの方が、多分安心するさ」

 

そう言ってから、ルカは改めてリリンへ視線を向ける。

 

ルカ「――ま、見ての通り。ここは完璧な場所じゃない」

 

ルカ「けど、誰かが死にそうになった時に、見て見ぬふりする連中でもない」

 

静かな言葉。

 

飾らない。

 

けれど、確かな芯があった。

 

その空気に触れて、リリンはようやく少しだけ――

 

この船の中にある温度を理解し始めていた。

 

ルカが軽く手で合図を送る。

 

ルカ「まぁ、とりあえず――」

 

笑って言う。

 

ルカ「“ようこそ、ブリッジ”へ」

 

その言葉だけで――

 

ブリッジという場所が、少しだけ“居場所”として認めてくれた気がした。

 

リリン「……はい」

 

胸に手を当てて、静かに微笑む。

 

リリン「とても……素敵な場所です」

 

その横で――

 

シウバは密かに安堵し。

 

ナルドだけはドヤ顔だった。

 

ブリッジは、また仕事の空気へ戻っていく。

 

しかし、この瞬間――リリンは確かに、“この船の今”を見た。

 

ブリッジは静かだった。

 

無駄な会話も、騒がしさもない。

 

ただ、宇宙を進むための“現実”だけが流れている場所。

 

リリンはそっと視線を動かしていた。

 

メインスクリーン、航路表示、点滅する薄い警戒ライン。

 

そして、それを当たり前の顔で操作するクルーたち。

 

リリン(……すごいです)

 

ただ逃げているだけの船じゃない。

 

ただ戦うだけの場所でもない。

 

“生きるために、必死で考えて、選んでいる場所”。

 

リリンは胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じていた。

 

そんなとき――

 

シウバが一歩だけ前に出た。

 

穏やかな声で。

 

シウバ「――そろそろ、戻りましょうか。リリン様」

 

リリンは振り向く。

 

リリン「……あ」

 

ほんの少し名残惜しそうにスクリーンを見る。

 

シウバはその視線を見てから――優しく微笑んだ。

 

シウバ「また来ればいいんです。ここは逃げ場ではなく、“帰ってこられる場所”ですから」

 

リリンは少しだけ驚いて。

 

それから、嬉しそうに微笑んだ。

 

リリン「……はい」

 

そこへ――

 

ナルド「え、もう戻るのかよ!? まだ案内するところ――」

 

シウバが、ゆっくり彼の方へ向く。

 

笑顔のままで。

 

目だけ一切笑っていない笑顔で。

 

シウバ「――ナルド殿」

 

静かで、柔らかい声。

 

しかし、ブリッジの空気を一瞬だけ止める圧。

 

シウバ「お嬢様は“お客様”です。……そして“命を狙われている方”です」

 

一拍置いて。

 

シウバ「“安全第一”でいきましょう。……ね?」

 

ナルド「…………っ」

 

肩がピクリと揺れた。

 

一瞬で理解する。

 

――これは“優しいお願い”に見せかけた“完全通告”。

 

ナルドはバツが悪そうに頭をかいた。

 

ナルド「……わ、分かったよ。はいはい。安全第一だろ、分かってるっての」

 

負け惜しみの声で言いながらも。

 

完全に引き下がっていた。

 

フェルが口元を緩めて小さく笑う。

 

フェル「……やるね、あの人」

 

セラは眼鏡を指で押し上げ、小さく頷いた。

 

セラ「論理的に正しい上に、感情の整理も促す……良い“護衛”ですね」

 

ロウは感心しながら。

 

ロウ「俺も身に着けたいね。ああいう所作ってやつ」

 

ルカが肩をすくめる。

 

ルカ「“子守り”じゃなくて、“守ってる人間の言葉”だな。……嫌いじゃない」

 

ブリッジの空気が、ほんの少し和らぐ。

 

シウバはリリンへ向き直り、柔らかく頭を下げる。

 

シウバ「では、リリン様。帰りましょう」

 

リリンは嬉しそうに微笑む。

 

リリン「はい。ありがとうございます。……皆さんも」

 

軽く会釈してブリッジを後にしようとした――その時。

 

ナルドが手を挙げた。

 

ナルド「じゃあ最後に一つだけ!一つだけいいか!?」

 

全員が「またか」という顔をする。

 

フェル「はいはい。どこ行こうってんだい?」

 

ナルドは胸を張って言った。

 

ナルド「格納庫!来客用の奥にある本格格納庫!マルファスとか、スパロディとか、俺達の主力が並んでる――“あそこ”!」

 

そして、振り返って。

 

ナルド「――あそこ、案内してやりてぇんだよ」

 

リリンはきょとんとして瞬きをした。

 

リリン「……見ても、いいんですか?」

 

ナルドは満面の笑み。

 

ナルド「もちろんだ!フリーゲルの中心と言っても過言でもない場所だぜ?」

 

ルカが少し考え――頷く。

 

ルカ「……まぁ。そこならいいか」

 

視線をシウバへ向ける。

 

ルカ「護衛が“いい”ならな」

 

シウバは――ほんの少し笑った。

 

シウバ「ええ。でしたら――」

 

優しく。

 

けれど、確かな声で。

 

シウバ「ご案内、お願いしましょう。ナルド殿」

 

ナルドが親指を立てる。

 

ナルド「任せろ!!」

 

リリンは嬉しそうに微笑んだ。

 

リリン「よろしくお願いします、ナルドさん」

 

その笑顔にまた心臓を撃ち抜かれたナルドは――

 

即死寸前のテンションになりながら。

 

ナルド「……へ、へい!! 任せてくださいお嬢様!!」

 

そして――

 

三人はブリッジを後にした。

 

残されたフリーゲルのクルーたちは。

 

ただ少しだけ、安心した顔で見送っていた。

 

格納庫の奥。

 

来客用スペースを抜け――さらに奥へ入った、その“本当の心臓部”。

 

そこには。

 

――鉄の匂い。

 

――油の匂い。

 

――そして、息づくリアクターの気配。

 

リリンは無意識に息を呑んだ。

 

視界の先。

 

黒鉄の悪魔のような機影――ガンダム・マルファス。

 

その隣には、傷を修復されつつもまだ戦場の血の匂いを残すスパロディたち。

 

そして、その手前では――

 

四人の男たちが、汗を滲ませながら黙々と鍛錬していた。

 

エヴォルは片手で重りを持ち上げ、肩を回しながら無駄のない動きを繰り返す。

 

ハンスは巨大な器材を“道具の延長”みたいな感覚で使いこなしている。

 

セドリックは工学視点で身体の限界と負荷の管理を確認し――

 

ウルスは自分の体が壊れる前提みたいな顔で無理な負荷をかけ続けていた。

 

そして。

 

ダニエ。

 

彼はマルファスの足元でぐでっと寝ていた。

 

セドリックが横で鍛錬しているのに、完全にマイペース。

 

その空気を、乱暴に切り裂くように――

 

ウルスがダンベルを持ち上げながら声を張る。

 

ウルス「お前も!やったらどうだ!トレーニング!!」

 

重量を持ち上げるたびに、床がわずかに軋む。

 

その迫力とは対照的に――

 

ダニエは微動だにせず、目も開けずにぼそりと。

 

ダニエ「……後でやる~……」

 

まるで風に流すみたいな声。

 

その言葉にウルスの額にぴくりと青筋が浮く。

 

ウルス「お前!いつも!エヴォルのMSの下にいるよな!!」

 

ぐっと負荷をかけながら、睨みつける。

 

ダニエは寝返りすら打たずに――

 

ほんの少しだけ口元を緩めた。

 

ダニエ「……だってここが一番あったかいんだもん~……」

 

その瞬間。

 

エヴォルが吹き出す。

 

エヴォル「ははっ!お前!暖房扱いかよ俺の相棒を!」

 

セドリックは額を押さえながらため息をつく。

 

セドリック「合理的なんだが……発想が完全に猫だな」

 

ハンスは静かに頷く。

 

ハンス「……居場所の選び方としては、間違ってない……」

 

ウルスはしばらく固まり――

 

そして、力任せにダンベルを持ち上げる。

 

ウルス「……せめて!起きろよ!!」

 

ダニエ「……起きてるよ~……」

 

――目は閉じたままである。

 

そんな、汗と鉄と危険の空間に――

 

ナルド「よぉよぉ」

 

軽い声が割り込んだ。

 

ナルド「汗苦しい男衆ども〜」

 

全員の視線が、ゆっくりナルドに向く。

 

ナルド「――リリン様を汚すんじゃねぇぞ?」

 

ピタァッ、と空気が止まった。

 

次の瞬間。

 

全員(お前が言うのか)

 

って顔をした。

 

言葉にはしない。

 

言わないが、表情が一斉にそれを叫んでいた。

 

セドリックは額を押さえ。

 

ウルスは微妙に眉をひそめ。

 

ハンスは無表情のままジト目気味になり。

 

エヴォルは鼻で笑う。

 

エヴォル「おいおい。一番信用ねぇ奴が言うんだな?」

 

ナルド「はぁ!? なんだその信頼の無さは!?」

 

セドリック「事実だからだろう」

 

シウバは苦笑い。

 

リリンだけが困ったような――でも優しい笑顔を浮かべていた。

 

リリン「……皆さん、トレーニング中だったんですね」

 

エヴォルがタオルで汗を拭きながら肩をすくめる。

 

エヴォル「まぁな。戦えねぇなら、ここに立つ意味がねぇからな」

 

ウルス「……おはよう…ございます」

 

ウルスは礼をしてから、少し照れたように視線を逸らす。

 

リリンはぺこりと頭を下げる。

 

リリン「お邪魔してしまって、すみません」

 

ハンスは静かに首を横に振る。

 

ハンス「……問題ない…です。ここは、見られて困る場所ではないので……」

 

セドリックが少し笑う。

 

セドリック「むしろ、“こういう場所なんだ”って知ってもらうには丁度いいですしね」

 

ダニエは――

 

ぐーぐー寝てた。

 

リリンはきょとんとする。

 

リリン「あの方は……?」

 

リリンの問いに、少しの間だけ沈黙が落ちる。

 

そして――

 

エヴォルがちらりとダニエの方を見て、鼻で笑った。

 

エヴォル「――こいつか?」

 

肩をすくめる。

 

エヴォル「気にすんな。ただの“省エネ人間”だ」

 

どこか呆れたような、でも完全に否定していない言い方。

 

セドリックは眼鏡を軽く押し上げ、淡々と補足する。

 

セドリック「ダニエ・フロスト。補助要員です」

 

一拍置いて。

 

セドリック「いつもはあんな感じですが――」

 

視線を細める。

 

セドリック「非常時に限っては、俺たちの中でも上位の処理能力を発揮してくれますよ」

 

ナルドが肩をすくめて、半ば呆れたように口を挟む。

 

ナルド「いやいや、そんな大層なもんじゃねぇだろ」

 

ダニエを親指で指しながら。

 

ナルド「ただのサボり魔だよ、あいつ」

 

苦笑混じりに。

 

ナルド「いっつも寝てるし、起こしても“う~ん…”とか言って動かねぇし」

 

少しだけニヤつく。

 

ナルド「まぁ、たま~に役に立つこともあるけどな?その程度だろ」

 

ウルスは少しだけ困った顔をしながらも、小さく頷く。

 

ウルス「……あの状態でも、完全には寝ていないっぽいです」

 

ちら、とダニエを見る。

 

ウルス「実際、呼べば……すぐ反応します」

 

少しだけ言いにくそうに。

 

ウルス「……たぶん」

 

ハンスはしばらく無言でダニエを見つめ――

 

静かに、ぽつりと。

 

ハンス「……壊れないための、やり方……です」

 

一瞬だけ視線が柔らかくなる。

 

ハンス「……ああしてる時が、一番“正常”なのかもしれません」

 

――その時。

 

ダニエ「……う~ん……起きてるよ~……」

 

寝たまま、ダニエがぼそっと呟いた。

 

目は閉じたまま。

 

微動だにしない。

 

ただ、確かに――

 

“全部聞いていた”みたいに。

 

ダニエ「ど~も~……お嬢様~……ここMSしかないけど……楽しんで~」

 

その気の抜けた声に――

 

リリンは一瞬きょとんとして。

 

それから、ふっと小さく笑った。

 

リリン「……はい」

 

フリーゲルという船。

 

ただの“戦艦”ではない。

 

“命を削ってでも戦う人間たち”の場所。

 

――それを、少しずつ理解していく。

 

その横でナルドはまだ騒いでいた。

 

ナルド「ていうかなんだよさっきからその視線はよ! そんな俺が信用できねぇのかよ!?」

 

エヴォル「できねぇよ」

 

セドリック「できないな」

 

ウルス「普通に不安」

 

ハンス「論外」

 

シウバはにこりと笑って。

 

シウバ「私もですね」

 

ナルド「アンタもかぁぁぁ!?」

 

リリンだけは――くすっと笑った。

 

ほんの少しだけ。

 

心から、楽しそうに。

 

そしてその笑顔を見て。

 

この場の誰もが。

 

――ああ、守らなきゃな。

 

心のどこかでそう思うのだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ハンスとウルスは無言で器材を片付け、セドリックは工具を持ってスパロディへと向かう。

 

シウバは「少し離れて見守る」位置へ移動し、ナルドは……まだニヤついていたが、さすがに空気を読んで黙る。

 

すると。

 

自然に残ったのは――エヴォルとリリン。

 

……それと寝ているダニエ。

 

彼女は巨大な黒鉄の巨人――ガンダム・マルファスを見上げていた。

 

静かに、そして少し戸惑いながら。

 

リリン「……これが、エヴォルさんのモビルスーツ、なんですね」

 

エヴォルは肩をすくめる。

 

エヴォル「あぁ。こいつが――俺の相棒だ」

 

リリンは、しばらく何も言わなかった。

 

ただ、じっと見上げる。

 

その横顔は、好奇心でも、恐怖でもない。

 

……理解しきれていない、だけど――それでも知ろうとしている表情。

 

リリン「……怖く、ないんですか?」

 

エヴォル「ん?」

 

リリンは胸に手を当てて、少し言葉を探し――続ける。

 

リリン「戦うことも……傷つくことも……」

 

リリン「……誰かが、いなくなってしまうことも」

 

その声には震えがなかった。

 

ただ――素直な問い。

 

エヴォルは少しだけ視線を逸らし、鼻で笑った。

 

エヴォル「怖くねぇって言ったら、嘘になるな」

 

リリンは目を瞬かせる。

 

エヴォル「死ぬのも嫌だし、仲間がいなくなんのも御免だ」

 

拳を軽く鳴らす。

 

エヴォル「……だから、戦う」

 

短い言葉。

 

だけど――そこに迷いはない。

 

エヴォル「“怖いから守る”」

 

エヴォル「“失いたくねぇから殴る”」

 

エヴォル「俺の理由なんて、その程度だ」

 

リリンは――その答えが、少し意外だったように目を見開いた。

 

貴族の、政治の、責任や義務で戦う大人たちしか知らない彼女にとって――

 

それは、あまりにもまっすぐで。

 

あまりにも、“人間らしい”。

 

リリン「……強い人、ですね」

 

エヴォルは苦笑した。

 

エヴォル「強くなんかねぇよ」

 

視線をマルファスに向ける。

 

エヴォル「俺はただ、“守りてぇ奴ら”がいるだけだ」

 

少し間を置いて。

 

エヴォル「……アンタも含めてな」

 

リリンの瞳が、ほんの少し揺れた。

 

胸の奥に、何か温かいものが落ちる感覚。

 

リリン「……私なんて」

 

思わず、零れてしまった本音。

 

リリン「私は……何もできません」

 

リリン「皆さんに守られてばかりで……」

 

握られた指先が、僅かに震える。

 

リリン「私がいるせいで、皆さんが危険に――」

 

言いかけた瞬間。

 

ぽす。

 

エヴォルの手が、リリンの頭に乗った。

 

リリン「……え?」

 

エヴォル「それ以上言うな」

 

乱暴な声なのに――不思議とどこか優しい。

 

エヴォル「“守られてる奴”が“守ってくれてる奴”の覚悟に泥塗るな」

 

リリンの目が、見開かれる。

 

エヴォルは視線を逸らしたまま続ける。

 

エヴォル「アンタは、アンタのままでいい」

 

エヴォル「笑ってりゃいい」

 

エヴォル「泣くときは泣いていい」

 

エヴォル「怖いなら怖いって言え」

 

そして、軽く笑う。

 

エヴォル「それで十分だ。……それが、“守る理由”になるからよ」

 

リリンの胸の奥で――何かが、ほどけた。

 

温かいものが込み上げる。

 

泣くほどじゃない。

 

でも――泣きそうなくらい、嬉しかった。

 

リリン「……はい」

 

柔らかく、小さく、でも確かな声で。

 

リリン「……ありがとうございます、エヴォルさん」

 

笑う。

 

ただ、笑う。

 

それを見て――エヴォルは、少しだけ視線を逸らす。

 

エヴォル(……やっぱり危ねぇな、このお嬢様)

 

その笑顔は。

 

“守らせたくなる笑顔”だった。

 

ほんの少し。

 

ほんの一瞬。

 

――マルファスの影が二人を包み込み。

 

静かな時間が流れた。

 

シウバが静かに一歩前に出る。

 

軽く咳払い。

 

シウバ「……そろそろ、戻りましょう。リリン様」

 

優しいけど、責任を背負った護衛の声だった。

 

リリンは、ほんの一瞬だけ――

 

マルファスと、その前に立つエヴォルを振り返る。

 

リリン「……はい」

 

名残惜しそうに、でも無理に笑顔を作らず――素直な表情で頷く。

 

シウバは軽く会釈し、歩き出す。

 

リリンが、その横に並ぶ。

 

その瞬間――

 

ナルド「ま、待った待った待った!!!」

 

場の空気を読まない声が炸裂した。

 

全員の視線が、一斉にナルドへ向く。

 

ナルド「実は案内途中でして!?格納庫フロアBとか、訓練エリアとか――いやむしろ俺の私室とか――」

 

ゴンッ!!

 

乾いた音が、格納庫に響いた。

 

ナルドの頭ががっくり沈む。

 

横にいたウルスが、無表情のまま手を下ろした。

 

ウルス「いい加減……黙れ」

 

セドリック「言い切る前に止めたのは褒めてやる」

 

ハンス「フロアBなんてもん……ないだろ。適当言うな」

 

ダニエは「……すや……」(寝てるのに、空気は理解しているように額にシワが寄ってる)

 

リリンは――

 

リリン「……っ」

 

一瞬、驚いたあと。

 

ぷ、と笑ってしまった。

 

それは、上品に押し殺した笑いじゃない。

 

年相応の、自然な笑顔。

 

リリン「……仲良し、なんですね」

 

セドリック「――ええ。少なくとも、“こういう時だけは”」

 

ナルド(頭押さえながら)「……理不尽……」

 

完全な自業自得だった。

 

リリンは軽く会釈する。

 

リリン「今日は、ありがとうございました」

 

ウルスはぶっきらぼうに鼻を鳴らし、

 

ウルス「……また来てください」

 

セドリックは軽く手を振り、

 

セドリック「次は、もう少し落ち着いて案内できるといいんですがね」

 

ハンスは小さく頷いただけ。

 

だが、それで十分だった。

 

リリンとシウバが背を向け、ゆっくりと格納庫を後にする。

 

その背中を――

 

エヴォルは黙って見送っていた。

 

ポケットの中で握り締められた拳。

 

自分でも気づかないほど強く握る。

 

エヴォル(……守る)

 

エヴォル(もう誰も――理不尽に奪わせねぇ)

 

その拳は、怒りではなく。

 

覚悟とほんの少しの優しさを宿していた。

 

マルファスの影の中で――静かに、しかし確かに、それらは燃えていた。

 

モビルワーカーが静かにドックへ滑り込む。

 

ハッチが閉じ、気圧が戻る音が響いた。

 

やがて――扉が開く。

 

先に降りたシウバが手を差し出し、リリンを支えるようにして外へと導く。

 

そこへ――

 

アンクが早足で近づいてきた。

 

アンク「リリン様」

 

声は落ち着いている。

 

だが、その奥に張りつめた緊張がまだ僅かに残っていた。

 

アンク「……船内は、フリーゲルはどうでしたか?」

 

問いかけは優しく。

 

しかし、護衛としての確認でもある。

 

リリンは少しだけ考え――ふふ、と小さく微笑んだ。

 

リリン「……すごく、温かい場所でした」

 

アンクが瞬きをする。

 

リリン「賑やかで、少し怖くて、でも優しくて……皆さん、すごく“生きている”って感じの人たちでした」

 

胸の前で、ぎゅっと両手を重ねる。

 

リリン「……好きになれそうです。あの船」

 

その言葉に――

 

アンクの肩が、ほんの僅かに緩んだ。

 

アンク「それは……何よりです」

 

静かに息を吐くように言った。

 

そこへ、横で腕を組んでいたシウバが、すっと視線を逸らす。

 

シウバ「……ただ、一名ほど問題児が」

 

アンク「……」

 

リリンは慌てて首を振る。

 

リリン「ナルドさんは――とても楽しい方でしたよ?」

 

アンクとシウバの顔が、同時に微妙なものになる。

 

シウバがやれやれと肩を落としながら言う。

 

シウバ「“楽しい”という評価で済ませていただけるなら、助かりますが……あの男、距離感という概念を宇宙の外に投げ捨てておりますので」

 

リリンは、くす、と笑って首を横に振る。

 

リリン「でも――悪い人じゃないです」

 

少しだけ遠くを見るように。

 

リリン「“優しい人”でした」

 

シウバは一瞬だけ驚き、それから小さく吹き出した。

 

シウバ「……本当に。あなたは優しい方だ、リリン様」

 

アンクもわずかに笑みを浮かべる。

 

アンク「――迷惑は、かけられませんでしたか?」

 

その問いだけは真剣で。

 

リリンは小さく首を横に振る。

 

リリン「いえ。ちゃんと、守っていただきました」

 

言ってから――アンクを見る。

 

リリン「……あなたたちが、守ってくれているのと同じように」

 

アンクは、きっと目を細めた。

 

アンク「なら――よかった」

 

そう言って、深く頭を下げる。

 

アンク「お帰りなさいませ、リリン様」

 

リリンは――少し照れながら、けれど嬉しそうに。

 

リリン「……ただいま、です」

 

静かな――温かい帰還の瞬間だった。




ここにいてもいいのかもしれない、その思いで温かくなる。
それでは次回もお楽しみに!
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