機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ外伝 鉄屑の彼岸   作:ミニトレール

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今年ももうわずかになりましたね。来年も頑張って書いていきます!
それでは第八話どうぞ!


第八話:反撃の狼煙

砲撃音は、低く、腹の底に響いた。

 

金属同士が擦れるような振動が、貨物区画全体を震わせる。

 

天井の照明が一瞬、明滅する。

 

檻の中。

 

誰かが息を呑む音が、はっきりと聞こえた。

 

少年「……なに、今の……?」

 

少女「……攻撃……?」

 

ざわめきが広がる。

 

理解できない音。

 

理解したくない状況。

 

その中で――

 

エヴォルだけが、静かだった。

 

檻の格子に手をかけ、小さく息を吐く。

 

エヴォル「……来たか」

 

セドリックが、低く問いかける。

 

セドリック「……エヴォル。今の何だ」

 

エヴォルは、振り返らないまま答えた。

 

エヴォル「合図だ」

 

ナルド「……合図?」

 

エヴォル「反撃開始の、な」

 

一瞬、空気が凍る。

 

セドリック「……待て。“誰の”合図だ」

 

エヴォルは、ようやく振り向いた。

 

その目に、冗談はない。

 

エヴォル「ギャラルホルンだ」

 

檻の中の空気が、一段、重くなる。

 

少女「……ギャラルホルン……?」

 

少年「……じゃ、じゃあ助か――」

 

エヴォル「勘違いすんな」

 

低い声。

 

エヴォル「ギャラルホルンは守らねぇ、形式上保護するだけだ。」

 

少女「……え……?」

 

エヴォル「最初は“保護”って形を取る。施設に入れて、記録を取って――」

 

一拍。

 

エヴォル「身元が確認できなきゃ、“行き先不明”で外に出される」

 

少年「……それって……」

 

エヴォル「根無し、だ」

 

檻の中に、静かな戦慄が走る。

 

言葉は淡々としていた。

 

だからこそ、残酷だった。

 

セドリック「……だから、この船を……?」

 

エヴォルは頷く。

 

エヴォル「そうだ」

 

そして、何でもないことのように言う。

 

エヴォル「俺が通報した」

 

 

 

回想

 

暗い通路。

 

船内灯は落とされ、非常用の赤い誘導灯だけが、床を細く照らしている。

 

エヴォルは、壁に背を預けたまま、息を殺していた。

 

隔壁の向こうから、声が漏れている。

 

ロブ「……次の寄港で、まとめて処理する。デブリは23。MSは8機ってところか」

 

メイル「値は下がりますが、“数”があれば帳尻は合います」

 

アルゴ「黒いMSは?」

 

ロブ「あれは別枠だ。金払いがいい客用の“見せ札”だよ」

 

メイル「パイロットは?」

 

一瞬、間が空いた。

 

ロブ「……替えはいくらでもいる」

 

低い笑い。

 

エヴォルは、その言葉を聞いた瞬間――

 

何も考えなかった。

 

怒りも、恐怖も、名前すらない感情が、胸の奥で弾けただけだ。

 

腰の内側。

 

整備用端末を改造した、簡易通信機。

 

セドリックにも、ナルドにも言っていない。

 

言えば止められる。

 

それは、分かっていた。

 

エヴォル(……だから、言わねぇ)

 

指が動く。

 

匿名回線。

 

発信先――ギャラルホルン監査窓口。

 

入力内容は、短い。

 

・非合法MS複数

・ヒューマンデブリ売買

・取引予定座標

・貨物船〈ウィロウ〉

 

送信。

 

確認音が、やけに大きく聞こえた。

 

エヴォルは、端末を握り潰すように閉じる。

 

そのまま、壁にもたれた。

 

エヴォル(……これでいい)

 

助かるかどうかなんて、考えていない。

 

追われる未来も、命を奪われる可能性も。

 

全部、あとでいい。

 

ただ一つだけ。

 

檻の中にいた、まだ名前も知らない子どもたちの顔が浮かぶ。

 

エヴォル(……商品にされるくらいなら)

 

ゆっくりと、息を吐いた。

 

エヴォル(俺が、先に地獄に行く)

 

赤い誘導灯が、彼の影を長く伸ばしていた。

 

回想終了

 

 

 

檻の中は、しばらく音を失っていた。

 

誰も、すぐに言葉を発せない。

 

砲撃音すら、遠く感じられる。

 

ナルド「…………は?」

 

ようやく出た声は、状況を理解できない人間のものだった。

 

セドリック「……エヴォル」

 

その声には、怒りと、焦りと、恐怖が混じっていた。

 

セドリック「それがどういうリスクか……本当に分かってるのか?」

 

エヴォル「分かってる」

 

即答だった。

 

エヴォル「だから、“保護される側”を選ばなかった」

 

セドリック「……」

 

エヴォル「この船を押さえりゃ、MSも、積荷も、航路も――全部、俺たちのモンになる」

 

ナルド「……ジャックする方が……生き残れるってことか……」

 

エヴォル「少なくとも、“選べる側”でいられる」

 

檻の中を、見回す。

 

エヴォル「番号じゃなく、名前でな」

 

檻の中。

 

砲撃の余韻が、まだ床に残っている。

 

誰も大きな声を出さない。

 

代わりに、視線だけが交差していた。

 

エヴォルが、ゆっくりと腰を落とす。

 

エヴォル「……よし。時間は、そうねぇ」

 

檻の影になる位置で、エヴォルは自分の腰元に指を差し入れた。

 

一瞬、誰にも見えない角度。

 

金属が擦れる、微かな音。

 

小型拳銃。

 

掌に収まるほどのサイズ。

 

弾倉には、三発。

 

ナルド「……マジかよ……どこに隠してたんだ……」

 

エヴォル「腰当ての裏。デブリのボロ装備なんざ誰もちゃんと調べねぇ」

 

セドリックは、銃を見て眉をひそめる。

 

セドリック「三発……少ないな……」

 

エヴォル「十分だ。“撃つため”じゃねぇ」

 

一拍。

 

エヴォル「通すための音だ」

 

セドリックは理解したように口を閉じた。

 

次にセドリックが静かに動く。

 

セドリックは、自分の靴底を、わずかに外側へ傾けた。

 

中敷きの裏。

 

そこに仕込まれていたのは――

 

薄い、白い破片。

 

陶器。

 

正確には、絶縁セラミック製の整備用スペーサー。

 

セドリック「整備区画で拾った。金属探知に反応しない」

 

ナルド「……それで何すんだ?」

 

セドリック「手錠のヒンジを削る。時間はかかるが、音は出ない」

 

“壊す”のではなく、“外す”。

 

セドリックらしいやり方だった。

 

最後に、ナルドが小さく咳払いをする。

 

ナルド「……俺も、ある」

 

上着の縫い目。

 

ほつれた糸を引き抜くと――

 

中から出てきたのは、細い金属線と、薄い板切れ。

 

金属線は、通信ケーブルの芯線。

 

板切れは、貨物タグの破片。

 

エッジが鋭く加工されている。

 

ナルド「……俺、逃げる用の道具だけはいつも作る癖あってさ……」

 

セドリック「……助かる」

 

ナルド「通気口の固定爪、これで外せる。狭いけど……通れるはず」

 

エヴォルは、三人の道具を一度見渡した。

 

銃。

 

削り具。

 

脱出口。

 

十分だ。

 

エヴォル「役割決めんぞ」

 

低い声。

 

エヴォル「俺は――ギャラルホルンを引きつける。お前らは船の制圧を頼む。」

 

ナルド「……はぁ!?」

 

セドリック「……待て。負担が大きすぎる」

 

エヴォルは遮るように拳銃をセドリックに差し出す。

 

エヴォル「これ持ってろ」

 

セドリック「……俺が?」

 

エヴォル「お前が一番、撃たない判断できる」

 

ナルド「……それ、褒めてんのか?」

 

エヴォル「最大級にな」

 

セドリックは、少し迷ってから、銃を受け取った。

 

セドリック「……必ず戻れ」

 

ナルド「マジでだぞ。こっちは何とかするから」

 

エヴォルは軽く笑った。

 

エヴォル「信用されてんなぁ俺......さて」

 

そして――

 

檻の中のデブリたちを見る。

 

エヴォル「アンタらはどうする?」

 

震えている者。

 

歯を食いしばる者。

 

目を逸らす者。

 

重たい沈黙が、しばらく続いた。

 

砲撃の余韻が、まだ壁を震わせている。

 

遠くで警報が鳴り始めているのが分かる。

 

誰もすぐには答えられなかった。

 

恐怖。

 

不安。

 

諦め。

 

それらが、絡みついて離れない。

 

エヴォルは、急かさなかった。

 

ただ、檻の中の全員を、同じ高さの目線で見回す。

 

エヴォル「……今すぐ強くなれとは言わねぇ」

 

静かな声。

 

エヴォル「上手く戦えとも、言わねぇ」

 

一歩、前に出る。

 

エヴォル「でもな――“選ぶ”ことだけは、今ここでできる」

 

檻の奥で、誰かが小さく息を呑んだ。

 

エヴォル「俺たちは、お前らを商品だとは思ってねぇ」

 

セドリック「番号でも、用途でもない」

 

ナルド「生きてる人間だ」

 

その言葉が、少しずつ、檻の中に染み込んでいく。

 

長い沈黙のあと。

 

一人の少年が拳を握りしめる。

 

震えながら、それでも、一歩前へ出る。

 

少年「……俺は……」

 

声が詰まる。

 

少年「もう……売られるのはごめんだ!」

 

その一言が、檻の空気を切り裂いた。

 

少女が歯を食いしばる。

 

少女「……私も……戻りたくない……あんな場所に」

 

別の少女が、恐る恐る、顔を上げる。

 

少女「……怖い……でも……一人で待つ方が、もっと怖い……」

 

一人が声を出すと、それは、連鎖した。

 

少年「……戦う……!」

 

少女「……一緒に行く……!」

 

別の声。

 

また別の声。

 

重なり合う、小さくて、必死な声。

 

やがて――

 

檻の中に、はっきりとした“意思”が満ちる。

 

セドリックは、静かに頷いた。

 

セドリック「……決まりだ」

 

ナルド「……全員だな」

 

エヴォルは、その光景を見渡し――

 

ゆっくりと、息を吸い。

 

そして、はっきりと笑った。

 

エヴォル「よし」

 

その瞬間。

 

檻の外で、再び砲撃音が腹の底を揺らした。

 

警報が、より激しく鳴り響く。

 

エヴォル「行くぞ」

 

低く、だが力強く。

 

エヴォル「――ここからは俺たちの革命だ」

 

檻の中で、デブリたちが声を上げる。

 

恐怖の叫びではない。

 

悲鳴でもない。

 

生きるための、初めての――咆哮だった。

 

 

檻の解錠は、思ったより静かだった。

 

セドリックがセラミック片をヒンジの隙間に滑り込ませる。

 

力を入れすぎない。

 

焦らない。

 

“削る”というより、“撫でる”に近い動き。

 

カリ……

 

ごく小さな音。

 

警報も、足音もない。

 

ナルドが、呼吸を殺して部屋の扉側を見張る。

 

数分後。

 

金属の留め具が、音もなく外れた。

 

セドリック「……いけた」

 

エヴォルが檻の扉をゆっくり押す。

 

――開いた。

 

檻の中に、空気が流れ込む。

 

誰かが、思わず息を吸った。

 

エヴォル「……よし。静かに出ろ。走るな。声も出すな」

 

デブリたちは、互いの顔を見ながら、順番に檻を抜けていく。

 

恐怖はある。

 

だが、さっきとは違う。

 

“選んだ後”の恐怖だった。

 

ナルドが、通気口の固定爪を外す。

 

金属線が、器用に噛み合いを外していく。

 

カチ。

 

通気口が、わずかに開いた。

 

ナルド「……通れる。細いけど、いける」

 

エヴォルは頷く。

 

エヴォル「よし。ここから分かれる」

 

低い声で、はっきりと。

 

エヴォル「セドとナルドは、あっちだ」

 

通気口の東側を指す。

 

エヴォル「お前らも一緒に行け。この船の制圧が最優先だ」

 

セドリック「……お前は?」

 

エヴォルは、もう答えを決めている目だった。

 

エヴォル「俺は別ルート。ギャラルホルンを何とかする」

 

ナルド「だからそれが無茶だっつって――」

 

エヴォル「時間稼ぎだ。向こうが本気出す前に、船を押さえりゃ勝てる」

 

セドリックは歯を噛み締める。

 

セドリック「……生きて戻れ」

 

エヴォル「死ぬつもり何てねぇさ」

 

軽い言い方。だが、目は真剣だった。

 

そのとき。

 

通気口へ向かおうとした、その直前。

 

背後から、はっきりした声が上がった。

 

少年「……待ってくれ!」

 

全員の動きが止まる。

 

振り返った先にいたのは、檻の中で最初に「戦う」と言った少年。

 

少年「俺も……あんたと一緒に戦いたい」

 

セドリックが即座に一歩前に出る。

 

セドリック「……駄目だ」

 

即断。

 

だが、怒鳴りはしない。

 

セドリック「悪いが信用できない。俺たちは今から命を賭ける。素性も分からない相手と、いきなり背中は預けられない」

 

少年は、口を開きかけて――閉じた。

 

その一瞬の間を、ナルドが割り込む。

 

ナルド「……でもさ」

 

視線をガルに向けたまま、続ける。

 

ナルド「こいつ、逃げ道探してる目じゃねぇよ」

 

セドリック「ナルド」

 

ナルド「“賭ける気”の目だ。俺、ああいうの分かる」

 

セドリックは眉をひそめる。

 

セドリック「感覚論だ。それで死ぬこともある」

 

ナルド「でもよ。少なくとも――」

 

ナルドは、檻の中を見回す。

 

ナルド「こいつらは“あっち側”の目じゃねぇ。売る側でも、使う側でもない」

 

一拍。

 

ナルド「俺たちと同じ側のはずだ」

 

沈黙が落ちる。

 

その中で、エヴォルが一歩前に出た。

 

エヴォル「……お前」

 

少年を、まっすぐに見る。

 

エヴォル「名前は?」

 

一瞬の迷い。

 

だが、少年は胸を張った。

 

少年「ガル」

 

一拍。

 

ガル「ガル・ハインツだ」

 

はっきりと。

 

逃げも、誤魔化しもない声。

 

その名を聞いた瞬間、セドリックの視線が、わずかに変わる。

 

エヴォル「……阿頼耶識、持ってるな」

 

ガルは背中を向け、脊椎の付け根を隠さず見せた。

 

エヴォルたちと同型の端子。

 

ガル「ここに来る前にも、MSに乗らされてた」

 

ナルド「……やっぱりな」

 

セドリック「……それでも、即席の連携は危険だ」

 

エヴォルは口角を吊り上げる。

 

エヴォル「だから聞いたんだ」

 

一歩、近づく。

 

エヴォル「分かってるか?ただでさえ死ぬかもしれねぇ状況だ。そこに首突っ込むってのは自分でリスクを上げるってことだ」

 

ガルは視線を逸らさない。

 

ガル「分かってる」

 

拳を握る。

 

ガル「でも……足手まといにはなりたくねぇ」

 

一拍。

 

ガル「また“選ばれる側”に戻るくらいなら、自分で選ぶ」

 

その言葉に、ナルドが小さく息を吐いた。

 

ナルド「……ほらな」

 

セドリックは、しばらく黙っていた。

 

そして、短く言う。

 

セドリック「……援護限定だ。独断行動は許さない」

 

エヴォルは、にやりと笑った。

 

エヴォル「決まりだな」

 

ガルを見る。

 

エヴォル「俺の後ろだ。無理だと思ったら、即離脱しろ」

 

ガル「……ああ!」

 

通気口の向こうで、デブリたちが息を呑む。

 

“選ばされた商品”の中から、“名乗る人間”が生まれた瞬間だった。




革命のときは近い!
それでは次回もお楽しみに!
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