第十三話 夏休み 1
『はっ…!はっ…!はっ…!』
その少年は何度も後ろを振り返りながら、必死に逃げていた。この白い部屋に逃げ場などあるはずがない。それでも逃げるのは、恐怖に突き動かされた人間の、本能的な行動だった。
やがて白い壁に阻まれ、逃げ場を失った少年は、
追いかけて来た俺を見て恐怖で顔を歪ませた。
『く、来るなぁ!!』
最後の足掻きとばかりに振り上げた拳を、俺はかわした。
『ガハッ!?』
俺は少年の首を掴み、そのまま背後の壁に押しつけた。次に、背中を打った痛みに怯んだ隙をつき、腹部に蹴りを叩き込む。そして最後は、その身体を地面へと叩きつけた。
『あ……がぁ………』
敵に容赦するな。それが、綾小路先生から教わったことの一つだ。
床に倒れ伏す少年に馬乗りになって、何度も、何度も拳を振り下ろした。次第に俺の拳は血で赤く染まり、最初は抵抗していた少年だったが、途中から、ただ身体を跳ねさせるだけになっていた。
俺の殴打は、綾小路先生から止めと言われるまで続けた。
『よくやった慎也。もう戻れ』
俺は立ち上がって瀕死の少年を見下ろした。少年の様子はまるで、肉食動物に襲われ、ただ死を待つだけの草食動物のようだった。
俺がやった。俺の殺意がそうした。これが、この真っ白な世界で生き残る為の唯一無二の方法だった。奪われ続けることから抜け出す為には、自分が奪う側に回ることだ。
俺は、今も真っ暗な闇を見つめ続けている。
〜狡噛慎也の視点〜
船が学校に到着したのは、午後8時過ぎだった。
客室を出る前に荷物の最終確認を終え、下船したすぐ側で整列させられた。先生からの短いお言葉と、船のスタッフ一同に礼を言い、ようやく寮に帰ることが許された。
俺は荷物の片付けを後回しにして、先にシャワーを浴びる選択をとった。そして2週間振りのベッドに身を投げる。この感触、肌触り、懐かしい感じがした。客船のベッドも快適だったが、やはり一番は使い慣れた自分のベッドだと俺は思った。
そうしてウトウトとしているうちに、俺は目を閉じ、次に開いた時は時計の針は午前10時を指していた。流石の俺も、旅の疲れが溜まっていたらしい。
俺はベッドから起き上がるとグッと体を伸ばし、キッチンへと歩き始めた。2週間も部屋を空ける為、冷蔵庫の中には何も入っていないようにした。それを開けてから思い出した俺は、洗面所の鏡で適当に身なりを整えると、寮から出てコンビニへと向かった。
(腹が減った………)
適当な菓子パンで腹を満たそうと手を伸ばした時、何か大事な事を忘れているような気がした。俺は起きてから初めて携帯を操作する。そこには、メッセージが届いていた。
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『鬼龍院楓花』
正午。ケヤキモールの噴水広場に集合。
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「忘れてた…………」
「何をですか?」
突然、隣から声がしたことに驚いた俺は、勢いよく首を90度回した。俺の動きにビックリした少女は身体を震わせた。
「山村」
「ご、ごめんなさい。
いきなり話し掛けてしまって…………」
深々とお辞儀をする山村。
「いや、それはいいんだが」
山村が近づいて来るのに全くと言っていいほど気が付かなかった。俺の注意力が散漫になっていたことも………いや言い訳はしない。失礼に当たるかもしれないが、彼女の存在感の薄さは度を超えている。彼女こそが、忍者の末裔なのかもしれない。
「飯を食う約束を忘れていてな」
「そうなんですね………」
「山村は朝飯を買いに来たのか?」
「あ、いや、お昼ご飯です……」
「ん? あぁ。もうそんな時間か」
俺は2ℓの天然水を幾つかカゴに入れてレジで会計を済ませた。飲み物だけでいい。食材はまた今度だ。
コンビニを出た俺と山村は、自然と二人で寮へと歩き始めた。というか、このまま別々に歩くのは不自然過ぎるし変に気まずい。それに、
「荷物を寄越せ」
「えっ?」
「寮に着くまでだ。さぁ、ほら」
「……ありがとうございます」
他人の買った物を見る趣味は無いが、山村から受け取った際に見えた限りでは、サンドイッチが2つ、アイスが2つ、お茶用パックが見えた。これが昼飯なのだろうか。サンドイッチ2つで足りるのか? 俺だったらこの三倍は食うけどな。
「あ、あの、狡噛君」
恐る恐ると言った様子で山村は話しかけて来る。
「なんだ?」
「狡噛君は、どうしてそんなに強いんですか?」
「強い?」
「誰に対しても臆することなく意見を言えるところ、
私には出来ません。本当にすごいと思います」
「すごいって……」
大袈裟だと俺は思うが、山村の中では、それはとても大きな事なのだろう。自分にとって取るに足らないと感じることが、他人も同じとは限らない。自分を主張すること、それは彼女にとって、きっと100点を取るよりも難題なんだ。
「山村、お前に大切ものはあるか?」
「大切なもの……ですか……?」
「そうだ。人は、自らが大切だと信じるものを傷つけられた時、初めて激しい抵抗を見せる。それは怒りだけじゃない。奪われることへの恐怖と、守れなかった自分の後悔が、反抗という形を取る」
俺は自分が意識しない内に、拳を強く握っていた。
あの時、俺は守れなかった。連れて行かれる彼女に、手を伸ばせなかった。
「こ、狡噛君……」
「何だ?」
俺が山村を見た時、彼女の顔は何処か怯えていた。
「何か、あったんですか……? 顔が怖いです」
「! あぁ、すまん」
いけない。何を熱くなってるんだ俺は。もう終わったことなのに。
「もし、自分にとって大切なものが出来たなら、お前だって変われるさ」
「変われるんでしょうか……」
自分が変わるビジョンが見えない山村は、視線を下に落とした。
「人は変われる。変わらない方が不自然なくらいだ」
そう言う俺自身は、どうだ? 何か変わったのか。俺の中の時計の針は、あの日から止まったままだ。上から偉そうに言っているこの口を塞ぎたくなる。
伝えられた集合場所、時間5分前には辿り着いたが、既に鬼龍院はベンチで座って待っていた。近付くと、彼女は人の気配を察知してコチラを振り向き、俺だと分かると小さな笑みを浮かべた。
「遅いぞ。私を待たすとは何事だ」
「すまん。荷物の片付けに手間取った」
鬼龍院はベンチから立ち上がって俺の正面に立つ。
「言い訳は無用だ。今度からは15分前に来る事を心掛けるんだな」
鬼龍院はそう言って俺の横を通り過ぎる。
「悪かったよ」
鬼龍院からのお有難いアドバイスを受け取り、彼女の後ろをついていく。
「昼はもう食べたのか?」
「まだだ」
朝も食べてないから、腹は結構減っている。
「なら先に腹ごしらえといこうか。狡噛、君は何か食べたい物はあるか?」
「食べた後に何処か行くのか?」
「色々とな。さて時間は有限だ。早く決めろ」
正直、何処でもいいとは思うが、この答えも鬼龍院的にはいただけないのだろう。
「寿司」
俺は最初に頭に浮かんだものを言った。
「そうか。ならあそこに行こう」
俺の返答を聞いた鬼龍院は、どこかを指差した。
俺はその指が示す先へと視線を向ける。するとそこには、某有名な回転寿司チェーン店があった。
店内に入ると、人の数は多からず少なからずといった感じだった。お昼時だから混んでいると思ったが、まぁ、こんな日もあるか。俺達は直ぐにテーブル席に着いた。
「アンタは、こういう店には良く来るのか?」
「いいや来ない。私の舌は肥えていてね。普段はもっと高い店を選ぶ」
高い店で高い飯を食う。
俺の中の鬼龍院はその方が解釈が一致する。
「前々から思っていたが、結構良いとこのお嬢様なんじゃないか?」
「否定はしない。そんなことより、早く食べたらどうだ。腹が空いているんだろう? ポイントのことは考えなくてい。私の奢りだからな」
半ば強引に話を逸らされ、鬼龍院はテーブルに置かれたタッチパネルを俺に渡した。
「なら、お言葉に甘えるとしよう」
〜白石飛鳥の視点〜
2週間の船旅が終わっての翌日。この日の午後、
私は西川さん、帆足さん、他数名のクラスメイト(女子)と一緒に、ケヤキモールでショッピングをすることになりました。昨日いきなり決まった事で、私は明日起きても疲れていたら断ろうと決めていました。けど、自室のベッドで寝て起きたら元気を取り戻していました。若い身体って本当に不思議ですよね。
「いや〜清水君って、絶対に西川さん狙ってるって」
「え〜、そうかな〜。私は別にって感じだけど」
恋。こういった話は、女の子の大好物です。誰が誰を好きだとか、誰と誰が付き合っただとか。閉鎖的な空間では、噂はあっという間に広まっていく。ましてや、それがクラスメイトの恋愛となれば、なおさらのこと。
「ねぇ、白石さんもそう思うよね?」
「どうでしょう。私は清水君と、あまり話した事はありませんから」
清水君だけじゃない。私は、西川さん達のように自分からクラスの男子と話したりしない。向こうから話し掛けて来た時場合のみ、適当に相槌を打つ。けど、
『それってデートの誘いか?』
彼だけは別…………。
「あれ? あそこにいるの狡噛君じゃない?」
えっ?
「あっ、ホントだ!」
西川さんの指の先を追うように視線を向けると、
そこにいたのは狡噛君と、その横を歩く知らない女性の姿だった。
「誰だろうあの人、すごく綺麗……」
「噂になってた一つ上の先輩じゃない? 狡噛君、やっぱり彼女いたんだ!
盛り上がるクラスメイト達。
容姿端麗。それに、彼女は頭から足の先まで上品さを感じさせた。並んで歩く二人の姿は、とても絵になっている。本当に、絵になる。
「白石さん、大丈夫……?」
隣にいる帆足さんが、私の耳元で話し掛けて来た。
「大丈夫ですよ」
「でも………」
心配そうに見つめる帆足さんに、私は首を横に振った。
「帆足さん、狡噛君が誰と出掛けようと、それは狡噛君の自由ですよ?」
夏休み、私以外の女性と出掛けることは知らなかった。けど驚きはしなかった。彼のルックスを見れば、美しい女性が集まることなんて予想出来たからだ。
「あっ、こっちに気付いた。お〜い狡噛君〜!」
西川さんが狡噛君に手を振る。すると、彼は面倒臭そうに手を上げて返した。私も後ろで小さく手を振った。その時、不思議と彼と目が合った、ような気がした。やがて腕を下ろした狡噛君は、女性と一緒に何処かに歩いて行った。
「クラスのみんなに伝えないと」
「えぇ〜やめなよ〜」
私は観察者。彼とは一線を引いて、遠くから見ていることが私の役目。本当ならば、この距離が適切なのだ。まるで映画の、主人公である彼と、エキストラの通行人Aである私。
私は、その役から飛び出そうとしている。これが悪いこと、ルール違反だとは分かっている。けど私は決めたのだ。たとえ、どんな痛い目に遭おうとも。この好奇心を抑えつけることが出来ないのだがら。
〜狡噛慎也の視点〜
腹を満たした俺達が次に立ち寄った場所は、スポーツが楽しめるアミューズメント施設。その施設の一角、ボウリング場だ。だが、俺にボウリングの経験は無い。それを聞いた鬼龍院は、珍しいものを見たような顔をしていた。
「まずは一回、思うように投げてみるといい」
適当な重さのボウリングボールを選び取り、右手の親指・中指・薬指を嵌める。そして、ファウルゾーンから約18 m程離れた10本のピンを見据える。
初球。まずは力任せに放り投げてみるか。バゴーンッ、とボールとピンがぶつかる音がする。投げたボールは、思いの外、多くのピンを倒すことができた。だが3本残った。
「中々筋が良い。けど今のは力任せに投げたな」
「コツとかありますか? 先輩」
「ククッ、もう少しリラックスして投げろ。後、ボールを離すのが遅かったな。床の近くから前へ転がすよう意識しろ」
「なるほど」
話しているうちに、俺が投げたボールが機械に乗って帰ってきた。幸いにも、残ったピンは固まっているため、狙いを定めやすい。鬼龍院から貰ったアドバイスをもとに、続く二球目を投げた。ボールは吸い込まれるように残るピンを倒していき、スペアを取る。
「やるじゃないか。本当に初心者か?」
「アンタの教えのおかげだな」
「フッ、そう褒めるな」
鬼龍院の番になって、俺は後ろから彼女のフォールを観察することにした。無駄のない華麗な動き、助走をつけて投げたボールは、レーンの真ん中を転がり、余裕でストライクを決めた。俺は小さく拍手をすると、彼女は満更でもないような顔をする。
1ゲームが終わる頃には、俺のボウリングスキルは上級者と遜色ないくらいにまで上達した。そして2ゲーム目に突入する。
俺は助走をつけて投げようとした時、
「さっきの女子達は君のクラスメイトか?」
突然、鬼龍院が後ろから話し掛けてくる。俺の集中力を散らすための嫌がらせか。しかし、俺の投げたボールは全てのピンを倒した。後ろを振り返ると、
案の定、鬼龍院がニヤリと笑っていた。
「あぁそうだ」
俺が椅子に腰を下ろすと、入れ替わるようにして鬼龍院は立ち上がった。
「わざわざ遠くから手を振ってくれる女子がいるんだ。告白の一つ二つされたんじゃないか?」
「無いな」
鬼龍院もストライクを決めて、優雅に帰ってくる。
「君は恋愛に興味は無いのか? 引く手数多だろうに」
「……無いわけじゃないが、誰かと付き合おうとは思わないな」
「何故?」
何故、何故ってそれは………。
「あれ? 楓花ちゃん、それに狡噛君? 久しぶり」
「二人でボウリングか、仲がいいなお前ら」
俺は名前を呼ばれて後ろを振り返った。
「南雲先輩に朝比奈先輩………」
南雲は俺と鬼龍院を見て面白そうな笑みを浮かべ、隣の朝比奈は手を振っていた。
生徒会へ勧誘されてから今日まで会うことはなかった、実に3ヶ月ぶりの再会。それに後ろにも何人かいるため、クラスメイトと遊びに来たのだと思われる。
「先輩方、お久しぶりです」
「そういえば、1年生は昨日帰って来たんだったな。
船の旅はどうだった?」
「楽しむ暇は無かったですね。なにせ、旅の半分は無人島に居ましたから」
「俺たちの時もそうだった。洗礼って奴だ。だが、帰って来て早々に女とデートとはやるじゃねぇか。
それも、相手が鬼龍院ってのもな」
南雲は俺から視線を動かし、足を組んで椅子に座っている鬼龍院を見下ろしていた。
「デートじゃありません」
「狡噛の言う通りだ。これはデートではない。彼は私を待たせるし、会っても服の一つも褒めない男だ。女を喜ばせるということを知らないらしい」
鬼龍院の皮肉たっぷりの発言に、南雲と朝比奈は呆れたような、冷ややかな視線を俺に向けてきた。
「それは楓花ちゃんが可哀想だよ。狡噛君は、もっと女の子との接し方を学ばないとね。顔が良くても、気遣いが出来ない男は駄目なんだよ」
「………すみません」
その後、俺と鬼龍院は南雲の提案で、彼らのグループに混ざって遊ぶことになった。俺の投げる番が来るまでの間は、朝比奈から女性の扱いをレクチャーしてもらっていた。その様子を、鬼龍院は愉快そうに眺めていた。そんな時、
「ところで狡噛」
南雲から話し掛けられる。
「はい」
「あれから3ヶ月くらい経った。期限はまだ先だが、
あの話、少しは考えてくれたか?」
あの話、それは生徒会への加入の事だろう。あと2ヶ月あると言えど、長く待たせるのは相手にとって失礼に当たる。それにもう、俺の腹は決まっていた。
「ぜひ、お受けしたいと思います」
俺の生徒会入りの話を知る朝比奈は、どこか嬉しそうに俺を見ていた。だが、一方の鬼龍院は、意外そうな表情を浮かべていた。
「理由を聞こうか」
南雲は足を組み、椅子の背もたれに身を預けた。
「はい。南雲先輩が以前おっしゃっていたように、ある程度の発言力を得ることは、この学校を生き抜く上で何かと都合がいい、そう判断しました。それに、その力がいずれ、クラスメイトの助けに繋がることだってあると思います」
「勧誘した俺が言うのもなんだが、お前はこの話を受けないと思っていた」
確かにその通りだ。生徒会なんて俺の柄じゃないし似合わない。けど、
「たまには、柄にもないことをしてみるのも悪くないかと思いまして」
南雲は俺の目をじっと見据えていた。俺も、その視線から目を逸らさなかった。子供っぽいかもしれないが、目を逸らしたら負けだと思っていた。やがて、南雲の口角が上がった。
「そうか。その返事が聞けて良かったぜ」
「よろしくお願いします。南雲生徒会長」
「ハッ、その呼び名はまだ早ぇよ」
この選択が、この先の俺にどう影響をもたらすのか、まだ分からない。
だが俺は、自分で決めたことを後悔するつもりはない。今までも、そしてこれからもだ。
「まさか、夕飯までご馳走してくれるとは思わなかった」
「言っただろ。私の奢りだと」
南雲の一団と別れた後、俺と鬼龍院はダーツやビリヤードなど遊びを変えて色々と楽しんだ。娯楽施設を出る頃には、空はすっかり夕焼けに染まっていた。
このまま寮に向かって帰ると思っていたが、鬼龍院は「ついて来い」とだけ言うと、何処かへ歩き出した。俺は何も聞かず、その言葉に従って後ろを歩いていった。そうして辿り着いたのは、以前、南雲に連れられて来た老舗の料亭だった。どうやら鬼龍院はこの店を贔屓しているらしい。
「君が生徒会入りするなんて意外だったよ」
「自分でもそう思う」
「別れる時に、南雲が言った言葉は覚えているな?」
「あぁ」
ボウリング場を出た時、南雲は俺にこう言い残して去って行った。
『狡噛、あの時言えなかった質問の回答だが、今ここで教えてやるよ。俺はこの学校を、真の実力主義に変えていくつもりだ。敗者は地べたを這いつくばり、本当の強者だけが生き残れるーーーそんな学校にな』
真の実力主義………俺はこの学校に来てから日が浅い。だからそう言われてもピンと来てなかったが朝比奈含め他の先輩達は違っていた。緊張、不安、恐れ、全て顔に現れていた。
「現時点で、2年生の退学者が何人いるか知っているか?」
「いいや」
「15人だ。その半数以上は、南雲の策略によって退学させられている」
注意(15人という人数は作者が勝手に作りました)
「………………」
「南雲が生徒会長に就任したらこの先、もっと大勢の生徒がこの学校を去ることになるだろうな」
もっと大勢の生徒、それは2年生だけに限った話じゃないだろう。1年生にも、南雲の魔の手が及ぶ可能性だってありうる。
「アンタは、大丈夫なのか?」
「私は自分の力でどうにでもできる。心配は無用だ」
「そうか」
話題が途切れると、互いに言葉を交わさないまま、妙な沈黙が流れていた。少し経ってから、鬼龍院は「あぁ」と何かを思い出したように口を開いた。
「"誰かと付き合おうとは思わない"、確か君はそう言ったな」
「どうでもいいこと覚えてるんだな」
鬼龍院はテーブルに肘をつき、組んだ両手の上に顎を乗せると、こちらをじっと見つめた。
「そんな事はない。君はその言葉の前に、"無いわけじゃない"と恋愛に興味があることを否定しなかった。その矛盾した考えに疑問の余地がある」
「……………………」
再び沈黙が流れる。鬼龍院は俺の言葉を待っている。この沈黙は、俺が破らない限り終わらない。
テーブルの上に置かれた水の入ったグラス、その側面には、結露による無数の水滴が付いている。その中の一粒が、ゆっくりとグラスを伝い、コースターへと落ちた。
「俺には、自分が誰かを幸せにしている姿が思い浮かばない。いや、出来ないと思っている」
はぐらかす事は出来たはずなのに、俺は本音を漏らしていた。
その言葉を聞いた瞬間、鬼龍院は目を見開いた。そして、先ほどまでの軽い雰囲気は消えて真剣な顔つきになる。
「君がそう思うのには、何か余程の理由があるのだろう。もし良ければ、聞かせてくれないか?」
只事ではないと悟ったのか、彼女は姿勢を正し始めた。俺は、喉が乾いていないのにも関わらず、グラスを手に取り水を飲んだ。そして、グラスを元の位置に置く。
「俺の人生は、ずっと誰かを傷つけて生きてきた。時折、傷つけた彼らの顔を思い出す。決して忘れることはない。俺の今までは、彼らの犠牲の上に成り立っている。本当に、どうしようもないヤツなんだ」
やめてと叫ぶ声に、俺は一切の躊躇が無かった。
負ければ終わりだと思っていた。こんな所で終わりたくない、それだけで頭がいっぱいだった。
「……どうやら、私は君の
鬼龍院はそう言うと、深く頭を下げた。
「謝らないでくれ。むしろ、少し気が楽になったよ。誰かに自分を打ち明けたのは、これが初めてだから」
「………そうか。
だが、先輩として一つ言わせてもらおう」
「えっ?」
「お前がこれまで、誰かを傷つけてきたことは事実なのだろう。だが、その過去だけでお前のすべてが決まるわけでは決してない」
鬼龍院は真っ直ぐに俺を見た。そして静かにこう続ける。
「傷つけた者たちを忘れられないというのなら、その記憶を抱えたまま生きればいい。無理に忘れようとする必要もない。だが、その過去を理由に自分を責め続けるのはやめろ。そんなことを続けていれば、いつかお前の心まで壊れてしまう」
「…………」
「お前が本当に、自分をどうしようもない人間だと思っているのなら、これから先はーーー誰かを傷つけるためではなく、誰かを守るために生きてみろ」