三日目昼、仕事がなく手持ち無沙汰だった俺は、一人洞窟周辺を散歩していた。浜辺で豪遊していたCクラスの連中は、他の探索グループの報告ではもぬけの殻であったらしい。全員リタイアしたんだと戸塚は馬鹿にしていたが、そんな事はあり得ない。少なからず龍園は、必ずこの無人島の何処かにいる筈だ。
(探すつもりなんて無いけどな………)
清隆は、今回の特別試験でDクラスを勝利に導かなくてはいけない。俺が思いつく事などアイツはとっくの前に気付いている。俺が手を貸さずとも、勝利を収めるだろう。故に、俺は今まで通り変わらない。クラスのリーダーの指示に従い、動くだけ。
(俺はもう用済みか…………)
綾小路先生が俺を必要としないのなら、俺の卒業後はどうなるんだ?もうホワイトルームに戻ることも出来ず、帰る場所を失った俺は、一体何処へ………。
「…………………」
清隆とも、この3年間で最後なのかもしれない。ホワイトルームで子供たちの育成のために二度と会えなくなる。そう思うと、寂しくもあり、悲しくもある。清隆は如何だろうか?感情を何処かへ落としてしまったアイツは、俺との別れを悲しんでくれるだろうか?
「見つけましたよ、狡噛慎也」
「……………森下か、どうかしたか?」
誰かが近づいて来る足音が聞こえていたが、その人物は森下だった。
「的場信二の探索グループが、トウモロコシが生えた場所を見つけたようです。なので力のある男子を数名を連れて来いと」
トウモロコシか、食料もポイントで購入しないといけないため、少しはポイントも浮くだろう。
「俺じゃなきゃダメか?橋本や鬼頭がいるだろ?」
「鬼頭隼は参加します。橋本正義は探しましたが見つかりませんでした」
橋本が居ない?アイツ何処行ったんだ。一人で他クラスの情報収集か?
「そうか、仕方ないな。とりあえず洞窟に戻れば良いか?」
「はい、案内役が待っていますので、すぐに来てください」
俺は森下の後を追うように洞窟へ戻る。ただ少し疑問がある。何で森下は俺の居場所が分かったのか。まぁ、そんなに気にする程でもないので、俺はすぐに頭の隅に追いやった。
俺とAクラスの他数名は、案内役の帆足に連れて行かれて、トウモロコシを取りに駆り出された。だがその場所では、的場が誰かと揉めている光景が目に入った。
「ここは俺たちAクラスが先に見つけたんだ。お前達クラスに渡すわけにはいかない」
「そうはいかねぇよ!ここを先に見つけたのは俺達だ!お前らなんかに渡さねぇぜ!」
的場に反論したあの赤髪の生徒、見覚えがあるな。昨日見たDクラスの中にいた筈だ。それに、後ろにはDクラスと思われる生徒数人。その中には、しれっと清隆もいるじゃないか。
「待ってください。ここは3クラス均等に分けるべきです」
メガネをかけた生徒がそう発言する。どうやらDクラス以外の他クラスの生徒もいるようだ。龍園率いるCクラスは、ほぼ全員リタイアしているのでBクラスの生徒だろう。どうやら、3クラスが同時にこの場所を見つけたようだな。
「的場君、連れて来たよ」
案内役の帆足が的場に声を掛けた。
「済まなかったな帆足、ご苦労だった」
「おい、仲間を連れて来て何するつもりだ?」
Dクラスの生徒の一人が的場に問い掛ける。的場はその生徒を見て鼻で笑った。
「何するかって?トウモロコシを取るために呼んだんだよ。そんな事も一から全部言わないといけないのか?Dクラスの生徒は?」
「何だと!?」
鼻で笑われた生徒は声を荒げる。学校で不良品と呼ばれるDクラスを嘲笑う的場。少しやり過ぎだな。これはもう学校の悪しき伝統だろうな。こうなると向こうも一歩も引かなくなる。
「お前達と話しているだけ時間の無駄だ。おい、ここのトウモロコシを全て取り尽くすぞ」
的場は連れてこられた俺たちを見てそう言った。
「なっ!?ふざけんじゃねぇ!そんな事させるかよ!」
赤髪の生徒が的場の前に出る。だが的場は笑みを崩さない。身長的には赤髪の生徒に見下ろされているが、内心では見下している。
「何だ?暴力を振るうのか?存分に振るうが良い。証人はここにいる全員だ」
「……ッ……クソ!」
ギュッと拳を握りしめている赤髪の生徒。事態は悪化するばかりだ。俺は清隆の方を見るが、事態が勝手に収束するのを願っているのか、目を瞑って立っている。仕方ないな。
「的場、流石に俺達だけ取るのは不公平だ。他のクラスにも分けるべきだ」
俺は揉めている2人の間に入った。ここで、的場が俺に喰いついた。
「何を言うんだ狡噛、これだけのトウモロコシがあれば食料にポイントを使わなくて済む」
「お前の言う通り、ポイントを消費する必要は無いかもしれない。だが、他のクラスも同じ事を目的としてここにいる筈だ」
「だからどうした?これは特別試験だ。これは戦いなんだ!まさかお前は、不良品の方を持つのか!」
Aクラスというプライド故か、的場も引くに引けなくなっている。4月の時点では、的場はこんな奴では無かった気もするが。たかだか最初に配属された先がAクラスだったというだけで、こうも人は変わるものなのか。
「BクラスもDクラスも済まないな。お前達も好きにトウモロコシを取ってくれ」
「おい!何を言うんだ狡噛!」
「……良いのですか?」
Bクラスの生徒が的場をチラッと見た後、俺に視線を合わせてそう言った。
「そもそも、ここは占有スポットでも無いから何処のクラスの場所でもない。口論しているだけ時間の無駄だ。キレイに3等分にはいかないだろうが、各々持てる分だけ取ればいい」
「狡噛!勝手に話をー」
的場がさらに俺に食ってかかろうとすると、鬼頭が後ろから的場の肩に手を置いて静止させた。
「俺達も休憩を削ってここにいる。削られた分、お前が代わりに働くか?」
「鬼頭………クッ……!」
鬼頭の圧に気圧されたのか、的場は怯んで一歩後ろに後退した。話は終わったようだな。
「さて、俺達も取ろうか。鬼頭手伝ってくれ」
Dクラスの生徒がトウモロコシを取り始めているのを見て、俺達も混ざろうと鬼頭に呼びかける。
「あぁ」
鬼頭は短い返事をしてトウモロコシを取り始めた。いつも口数の少ない鬼頭だが、俺に賛同してくれたことに内心感謝した。
「済まないな、慎也」
「そう思うなら、お前がどうにかしたら良かっただろ」
「日和見主義の俺には無理だ」
トウモロコシを取る最中、清隆と気付かれずに会話をしたが、目立ちたくないって、それは俺も同じなんだがな。
各クラスがトウモロコシを取り終えて解散する時、メガネを掛けたBクラスの生徒が俺に話しかけて来た。
「ありがとうございます。君が来てくれなければもっと時間が掛かっていたでしよう」
「別に構わない。そっちは十分取れたか?」
「はい、あっそういえば名前を言っていませんでしたね。僕の名前は浜口哲也です」
浜口が右手を差し出して来たので、俺も右手を出して握手を交わす。
「狡噛慎也だ」
「君が狡噛君でしたか、会えて良かったです」
どうやら以前から俺の名前を知っていたようだ。ランキングから俺を知ったのだろうか。その後、Bクラスが去ると俺は的場達へと戻っていく。
「狡噛、この事は葛城に報告するからな!」
「勝手にしろ」
怒りを抑えられない的場が俺を睨みつけて来るが、俺はどこ吹く風のように軽く受け流す。そんな事より、俺は鬼頭に声を掛ける。
「鬼頭、さっきは感謝する」
「………感謝はいらない」
俺にそう言って鬼頭は歩き出した。それを対し俺はフッと笑い、口角を上げると鬼頭の後を追うように歩き始めた。
四日目朝、俺は少し早い時間に起床した。隣には橋本が背を向けて寝ている。俺は橋本を起こさないようにテントから出ると、洞窟の外へ歩いて行く。
外へ出ると、森の奥から鳥の鳴き声が聞こえて来る。この無人島にも、少なからず生き物がいるようだな。無人島試験も折り返し、あと三日でフカフカなベッドに眠ることが出来ると思うと、俺は自然と口が綻んでしまった。
点呼の時間が来るまで周辺を散歩しようとした時、俺は何処からか見られている事に気がついた。警戒心を抱きながらも、その場で首を動かし辺りを見渡す。
「あ、あの……」
声が聞こえる。俺はその発生源である、人が一人隠れるくらいの大きな岩を見た。
「お前は………」
その岩の影から姿を現したのは、同じAクラス所属のの山村美紀であった。
「お、おはようございます」
山村は俺の目ではなく足元を見て挨拶する。俺の顔はそんな所にないぞと言いたかったが、
「あ、あの、ジロジロ見てしまってすみません」
山村は俺を見て何度も頭をペコペコ下げている。別に謝る事でもないし、そんなに頭を下げられたら申し訳なくなってしまう。
「早いな、あんまり眠れなかったのか?」
「は、はい。そう、なんです」
あんまり人と会話をした事がないのか、山村の言葉は辿々しい。
(しかし影が薄い奴だな。目を離すと見失ってしまいそうだ)
山村の気配に気づいたのは偶然だ。もしかすると、清隆でさえも彼女の気配を感じ取るのは難しいかもしれない。
「さっきは………」
「?」
声が小さくて何を言ったか聞き取れなかった。俺は山村に近づくと彼女は体をビクッと震わせた。
「済まない、怯えさせるつもりはなかったんだ。もう一度言ってくれないか?」
「………さっきはなんで、笑っていたんですか?」
「あぁ、早くベッドで寝たいなと思っていたんだ」
山村は先程よりも大きな声を出した。どうやら一人で笑っている所を見られていたようだ。少し恥ずかしさを覚えながらも、俺はそう伝えた。
「ベッド…………そうですね、早く船で一息したいですよね。皆さん、同じ気持ちだと思います」
「そうだな」
山村美紀。彼女の影の薄さを上手く利用すれば、他クラスの情報収集に役立つかもしれない。船に帰ったら坂柳にでも伝えてやるか。その後、俺は山村と点呼の時間が来るまで雑談をしていた。まぁ、俺が一方的に話しかけていたがな。
点呼が終わり、各々が与えられた仕事に取り掛かろうとしていた時、俺は葛城に声を掛けられて、洞窟から少し離れた木陰で二人になった。
「それで、何のようだ?」
木にもたれかかっている俺は、目の前の葛城に問う。
「昨日、的場から報告を受けてな。お前が他クラスの肩を持つ言動をしていたと」
どうやら的場は、あれから葛城にあの日の出来事を律儀に報告していたようだ。
「的場の奴、なんか言ってたか?」
「コチラが得る筈だった食料を、自分勝手に他クラスへ与えたと怒っていたぞ」
「そうか」
質問したのに興味が無さそうな返事をする俺に、葛城は腕を組み出した。
「クラス間での争いに興味が無いのは理解しているが、今は特別試験中だ。Aクラス存続の為に頑張っているクラスメイトの足を引っ張るような真似はやめてもらいたい」
「それ、的場から全てを聞いた上での発言か?俺は場を納める為に最善だと思った事をしたまでだ」
「………どいうことだ?」
俺は葛城に、あの日何があったのかを詳細にかつ丁寧に説明した。すると、段々と葛城の顔が下を向き始め、終いには目を瞑りだす。
「そうか、なるほどな……」
葛城は一呼吸おくと、顔を上げて目を合わせた。
「済まない、嫌な役をさせてしまったようだな」
穏便派の葛城なら、俺に文句をつけないことは分かっていた。余計な衝突を避けること。だからあのような行動にも出ることが出来た。簡単な事だ。
「別にいい、的場の言う通り勝手にやっただけだ」
「そうか…………」
俺は体を預けていた木から離れて、洞窟に戻ろうとした。
「もういいか?」
「一つ聞かせてくれ。お前はこの先も、クラス間の争いに対し無干渉を決め込むつもりか?」
「そのつもりだが」
それは既に知っているだろう。何故改まって聞く必要があるんだ?
「今のAクラスが本当の意味で一つになった時、その時はお前にも力を貸してもらいたい」
「………そうだな。もしそんな時が訪れたら、俺も協力しよう」
五日目昼、俺はAクラス数名と共に海で釣りをしていた。既に1時間は経過しているが成果は良くない。バケツの中には、小魚が数匹が泳いでいるだけだ。
「中々釣れねぇな」
「まぁこんなもんだろ。初めてにしては良くやった方じゃねぇか?」
肩を落とす吉田に、橋本はバケツの中を覗きながらそう言った。
「これ誰が食べるんでしょうか?」
「ジャンケンだろうよ。これで腹が満たされるかは微妙だけどな」
俺は真田と橋本が話しているのを横目に見て、竿の針に餌を付けていた。そして、大きく振りかぶって海を放り込む。うきが水面に浮かんで波紋を作る。
釣りは我慢との勝負だと橋本が言っていた。海を見ながら餌に魚ぎ食いつくのを待つ。俺はこの時間は嫌いではなかった。
「な、なぁ、狡噛」
そんな時。横にいる吉田が俺に顔を近づけてきた。その表情からは焦りが読み取れた。
「なんだ?」
「ずっと聞きたかったんだけどよ、お前ってもしかして白石の事が好きなのか?」
またその話か。吉田が「どうなんだ?」という視線を向けてくる。どうやら高校生というのは、この手の話題が尽きないらしい。
「ただの一クラスメイトだ」
「そ、そうか。そうだよな!いやー良かった」
吉田は、これでもかと嬉しそうな表情を作る。俺は分かりやすい奴だなと思った。
「良かったな吉田。白石はまだフリーのようだぜ」
「な、なんだよ橋本。何で白石フリーだと、俺が良かったっていう風になるんだよ?」
「いや別に、何でだろうなぁ」
ニヤニヤとした表情を浮かべる橋本。
「おい橋本、何ニヤついてるんだよ」
橋本が吉田を揶揄っている様子を見て、真田がクスリと笑った。俺もそれに釣られて笑みをこぼす。
「つーか狡噛、お前女子と遊びすぎだぜ。白石や西川とかさ。白石は言うまでもないが、西川も結構男子から人気なんだぜ」
「的場とかよ、いつもお前を見て僻んでたぜ」
「そんなつもりは無い。向こうから誘ってくるんだ」
「まったくよ、イケメンランキング1位の狡噛さんの言うことは違うぜ」
「それいつまで言うんだ」