もう一人のホワイトルーム生です   作:パクチーダンス

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第14話 六日目〜最終日

 

 六日目夜、この日は夕方から雨が降り続けていた。俺たちは外に出ることもできず、洞窟の中でクラスメイトと雑談して時間を潰していた。明日でこの無人島ともお別れ。皆の緊張が緩んでいるのが見てとれる。

 

        ザーーーザーーー

 

 雨は時間が経つにつれて激しさを増した。俺は雨が落ちる音を聞きながら、目を閉じていた。最近知った事だが、どうやら世間ではASMRというのが流行っているらしい。

 

 Autonomous Sensory Meridian Responseの略称であり、聴覚から得られる情報、音に心地よさを覚えるらしい。それにはリラックス効果や睡眠導入効果もあるようだ。今の俺は、自然の音に耳を傾かせながら、その効果を実証している。

 

       ジャリ………ジャリ………

 

 雨の音とは別に、誰かが俺に近づいてくる足音が聞こえてくる。

 

「ツンツン」

 

「…………」

 

「ツンツンツン」

 

 どうやら邪魔が入ったようだ。俺は目を開けると、目の前には頬を指で突ついてくる森下の姿があった。

 

「何のようだ?」

 

「暇です狡噛慎也、構って下さい」

 

「悪いが他を当たれ」

 

「それは無理です。誰も私の相手をしたがらないので、狡噛慎也に頼んでいるんです」

 

 コイツ、クラスで浮いている自覚があったのか。森下の予測できない奇行は、日々クラスメイトを悩ませている。今も、クラスメイトが俺を憐れむ視線を向けてくる。見てないで助けてくれてもいいんだがな。

 

「はぁーーー」

 

「………なんですか、そのため息は」

 

「いや、何でもない。それよりもここに座って大人しくしてろ」

 

「分かりました」

 

 俺の指示通りに、森下は俺の横に体育座りした。

 

「明日で特別試験も終わりますが、狡噛慎也は私たちのクラスが勝つと思いますか?」

 

「さぁな、俺はどこでもいい」

 

 なにせ、今回の特別試験は清隆が動く。最初から勝敗は見えている。葛城や龍園、一之瀬では相手にならない。

 

「狡噛慎也は本当に興味がありませんね。返しもつまらない。そんな男は女性からモテませんよ?」

 

「ならお前は、俺たちのクラスが勝つと思っているのか?」

 

「叶うのならば、勝ってほしくないと考えています」

 

 森下は一度辺りを見渡し、俺に顔を近づけて小さな声で話した。

 

「何故?」

 

「以前も言いましたが、私は坂柳有栖の派閥に所属しています。今回の特別試験でAクラスが勝利、それも他クラスに大差をつけて勝利を収めた場合、坂柳有栖から葛城康平に乗り換える生徒が出て来てもおかしくありません。だからこそ、Aクラスには負けて欲しいんです」

 

 森下は常日頃からの言動で人に避けられてはいるが、クラスの中でも頭は切れる方だろう。

 

「坂柳の派閥にいる人間からしてみれば、葛城の存在は邪魔でしかない。当然の理由だな」

 

「………どこまでも他人事ですね。派閥が無くなりクラスが一つに纏まっても、狡噛慎也は今の状態と変わらずですか」

 

「いや、そんな事はない。クラスが一致団結した時には、俺もクラスの為に協力するつもりだ」

 

 これから学校側は、幾度も俺たちに特別試験を課してくる。身の振り方も考えなければならない。だが、嫌な事をやらされるのはゴメンだけどな。

 

「本当ですか?」

 

「あぁ、坂柳や葛城にもそう言ってある」

 

「そうですか…………」

 

 森下は、地面に転がっている石を足で遊びながらそう言った。それを眺めていると、俺はふとある事を思い出した。

 

「なぁ、借りた本はもう読んだのか?」

 

「はい。もう読み終わって船に乗る前に返しました」

 

 森下が借りた本、『恩讐の彼方に』は短編小説ゆえ、短い時間で読み終わることができる。そんな事よりも、俺は森下の読んだ感想が聞きたかった。

 

「どうだった?」

 

「読んで一つ、納得がいかない所がありました」

 

「それは何処だ?」

 

 森下は石ころを蹴って俺に言った。彼女の納得がいかない事が何なのか興味を持った俺は、森下の言葉に被り気味で質問した。

 

「何故、父を殺した主人公を、殺された父の息子は許したのか」

 

「……なるほどな。だがあれは、主人公が罪の深さに悩んだ末、人生を捧げてトンネルを掘り進めた。その姿に心を打たれて2人は和解した」

 

「物語ですからそれでいいと思いますが、私は共感出来ませんね。もし、私の父と母が殺されたら、一生許さないです」

 

「そうか…………」

 

 俺はどうだろうか。肉親が殺されても、俺は相手を許すだろうか。いや、そんな事考えても仕方が無い。俺には親がいない。故に、森下の気持ちにも共感できない。

 

 俺にとって親に近しい人間は誰だろう。綾小路先生か?研究者達か?いや違う。あの場所にいる誰も当てはまらない。考えるだけ無駄か。たとえいたとしても会いたいとも思わない。俺はずっと一人でなんとかしてきた。そしてこれからも、俺は一人でなんとかしていく。

 

「どうしました?狡噛慎也」

 

「……いや、何でもない」

 

 その後、森下とたわいもない会話を繰り広げながら時間を潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終日。全てのクラスが集合場所で整列し、正午になるのを待っていた。だがCクラスは龍園ただ一人。やはり何処かで身を潜めていたのか。待っている間、後ろから橋本が話しかけて来る。

 

「これで終わりか。長いようであっという間だったな狡噛」

 

「そうだな」

 

 ようやくこの無人島ともおさらばだ。早く部屋でシャワーでも浴びたい気分だ。キィィン、と拡声器のスイッチが入る音が砂浜に響く。

 

「まず初めに、この一週間大変ご苦労だった」

 

 拡声器を持った真嶋先生が、俺たちに労いの言葉をかける。その言葉でやっと一週間が終わったんだと生徒達は実感できた。

 

「ではこれより、特別試験の結果発表を行う。なお、試験結果に関する質問は一切受け付けていない。自分達で結果を受け止め、次の試験に活かしてもらいたい」

 

 俺は真嶋先生の声を聞きながら、ある方向を向いていた。それはDクラス。清隆は目を瞑って結果を待っていた。

 

「まず、最下位はCクラスの 0 ポイント」

 

 その結果を聞き、Dクラスの生徒の何人かは龍園を見て笑っていた。当の龍園は、何故自分のクラスが0ポイントなのか理解出来ていないようだ。

 

「続いて3位はAクラスの120ポイント。2位はBクラスの140ポイント」

 

 AクラスとBクラスのポイントは僅差だった様だ。しかし、重要なのはそこではない。

 

「なっ、どういう事だ……?」

 

 葛城の困惑した表情。いかにも自分の予想していた結果ではない。そんな顔をしていた葛城を横目に俺は、

 

(流石だな、清隆)

 

 俺は心の中で清隆に賛辞を送った。

 

「そして、1位はDクラスの225ポイント、以上で試験結果の発表を終わる」

 

 真嶋先生が話し終えた後、葛城の周りに取り囲むかの様に、Aクラスの生徒達が集まる。その表情は、とても結果を喜んでいるようには見えない。

 

「どういう事だよ葛城!」

 

「どうして私達が3位なの!」

 

「お、おい!お前ら落ち着け!」

 

 葛城を問いただすクラスメイト達を見向きもせず、俺は喜びの声をあげているDクラスを見ていた。

 

「よっしゃーー!!」

 

「うおおおおお!!やったぜ!!!」

 

 互いに笑顔を見せ合うDクラスの面々。俺の視線に気付いた清隆は小さくコクリと頷いた。

 

「葛城!説明してもらおうか!何でこんな結果になったんだ!」

 

 もうここにいる必要はない。俺はクラスメイト達を置いて船に向かい歩き出す。

 

「狡噛くんは宜しいのですか?」

 

 一人歩く俺を気にして白石が声を掛けて来る。

 

「あぁ。そんな事より早くシャワーでも浴びたい」

 

「ふふ、そうですね」

 

 そう微笑む白石は、俺の歩くペースに合わせる様に後ろからついて来る。

 

「おーい、待てよ狡噛」

 

「待ちなさい狡噛慎也、私を置いてくとは何事ですか」

 

 そうして俺は、白石、橋本、森下を連れて船に戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 船に戻ってから数時間後、俺がベッドで横になっていた時に携帯にメッセージが入った。差出人は坂柳だった。

 

『私の部屋にお越しください』

 

 俺はメールの内容を読むと、ベッドから起き上がり支度をする。支度とっても洗面台の鏡で崩れた髪を整えるだけだ。

 

「何処に行くんですか?」

 

 相部屋である真田が、読んでいる本から顔を上げて声を掛けてきた。

 

「友人に呼ばれてな、少し出る」

 

「分かりました」

 

 真田に一言伝えて部屋を出た俺は、坂柳が泊まっている部屋まで向かう。その途中、廊下ですれ違った葛城が何か言いたそうな目を向けてきたが、俺は気にする事なく歩いていた。

 

 坂柳の部屋に辿り着くと、俺は部屋をノックする。開いたドアの隙間から顔を覗かせたのは神室だった。

 

「いらっしゃい」

 

 坂柳の相部屋の人間は神室だったのか。俺は部屋に入室すると、ベッドに座っている坂柳の姿があった。

 

「こんにちは、狡噛君」

 

「あぁ、元気だったか坂柳」

 

「えぇ、何の変わりもなく」

 

 この一週間、坂柳はずっと船の中で過ごしていた。職員以外誰もいない船の中で。さぞ退屈だったろうな。

 

「神室さん、私が呼ぶまで少し外に出て行ってくれませんか?」

 

「ナイショの話ってわけね。分かったわ。終わったらメールして」

 

 神室はそう言い残して、スタスタと部屋から出て行った。出て行かせたことに、俺としては少し申し訳なさを感じていた。

 

「さて狡噛君。この一週間お疲れ様でした」

 

「あぁ本当にな。逆にお前は退屈だろ?」

 

「そうですね。話し相手が居なくて寂しかったです。狡噛君、立っているのも何ですしここに座って下さい」

 

 坂柳はそう言うと、自分の横のスペースをポンポンと優しく叩いた。

 

「良いのか?」

 

「構いませんよ」

 

 坂柳が良いと言うので、俺は坂柳の横に座った。

 

「結果はもう聞いたのか?」

 

「はい、神室さんから既に聞いています。これで葛城君の信用は崩れ、派閥は瓦解するでしょうね」

 

 不適な笑みを浮かべる坂柳。なんとも腹黒いお嬢様だな。何だか葛城が可哀想になってきた。

 

「120ポイントも残せたのは良かった方じゃないのか?何にしても、俺たちのcpも毎月もらえるppもプラスされる」

 

 今回の特別試験ではマイナスにならないことが確定していた。だから、少なからずポイントが上がることは試験開始から分かっていた。

 

「……………もしかしてご存じありませんか?」

 

「何を?」

 

「Cクラスとの契約のことです」

 

 Cクラスとの契約?一体何の話だ。

 

「その様子では、ご存じないようですね」

 

 坂柳は「はぁ…」とため息をついた。よく分からない俺は、坂柳が話し出すのをじっと待つ。

 

「聞いたら驚くかもしれませんよ?」

 

 うっすらと笑みを浮かべ、片目を閉じて俺を見る坂柳。

 

「おいおい、一体どんな契約を結んだんだ?」

 

「『Aクラスの生徒は、毎月200cp分のppを龍園に支払わなければならない』」

 

「…………は?」

 

 何だそのふざけた契約。葛城は密かに龍園とそんな契約を結んでいたのか。驚きを通して呆れた。

 

「どうやら葛城君は、まんまと龍園君の策に嵌ったようですね」

 

 フフフと笑う坂柳だが、目は笑ってはいなかった。怒っているようにも見えた。それとも葛城に失望したのか。俺は坂柳の顔を横目に視線を落とした。

 

「今回Cクラスは負けても後からお釣りがくるというわけか」

 

 龍園翔、想像以上の策士だな。

 

「全く困ったものです。狡噛君が動いてくれていれば、こんな事にはなっていなかったでしょうね」

 

「それはどうだろうな。試験時の俺は、常に葛城の側にいたわけじゃない」

 

 葛城はppの汎用性の高さを見落としている。これで毎月、龍園の懐には毎月80万ppが入ることになる。さて、そろそろ本題に入ろう。

 

「それで?俺をここに呼び出した理由は?」

 

「……………」

 

 俺は視線を上げると、坂柳と目が合う。

 

「狡噛君、天才とは何ですか?」

 

 天才とは何か、か。難しい質問だな。

 

「一概に何かとは言えない。質問を質問で返すようで悪いが、坂柳は天才とは何だと思う?」

 

「天才とは、生まれた瞬間に決まっているものです」

 

 坂柳は俺の目を見てそう言ったが、彼女の目はどこか違うところを見ているように感じた。

 

「人は、刻まれたDNA以上のことはできません。凡人として生まれた者は、どこまで行っても凡人の域。どれだけ環境に恵まれようとも、学習者が優秀でなければ天才になりません」

 

 それは俺が15年過ごした場所、ホワイトルームの存在を否定する発言に等しい。凡人から天才を作る。それがホワイトルームの目的だからだ。

 

「怒りましたか?」

 

 坂柳は唐突にそう聞いてきた。

 

「どうしてだ?」

 

「今の私の言葉は、狡噛君を否定することに繋がるからです」

 

「別にいいさ。天才の定義は人それぞれだ。俺は天才じゃないと自覚しているし、そうなりたいと思ったことは無い」

 

 俺は上半身を動かし坂柳に向けた。坂柳は俺の次の言葉を待っている。

 

「お前は綾小路清隆を倒したいのか?」

 

「はい。私は彼を倒し、天才とは教育で決まるものではなく、生まれた瞬間に決まっているものだと証明したいのです」

 

 今まで見たことの無い坂柳の力強い瞳だった。

 

「そうか………」

 

「私には無理だと思いますか?」

 

 彼女はベッドから降りて、側に置いてあった杖をとって俺の正面に立った。俺の視界には坂柳の全身が見える形となった。

 

「私には綾小路清隆を倒すことはできないと思いますか?」

 

 この瞬間、俺は坂柳有栖という人間を見た。彼女はその身体能力のハンデから様々な苦労があったことだろう。時には人に助けられ、同情され、もしかしたら悪態をつかれていたのかもしれない。だが彼女は、気高くあろうとした。それは普段の振る舞い、言動から見て取れる。持ち前の頭脳で他者を圧倒し、下に見られることなく人を従わせる。もう二度と、自分を侮らせないため、彼女は強くあろうとした。

 

「アイツは強いぞ」

 

 俺は清隆と共に過ごし、アイツの強さを横で見てきた。

 

「さっきのお前の言葉に、俺はYESもNoも答えられない。それは、これからのお前が見せてくれ」

 

「勿論です」

 

 坂柳は迷いなく即答した。俺はベッドから立ち上がり、彼女に手を差し出した。

 

「坂柳、お前の力になろう。そして俺に見せてくれ。お前が綾小路清隆を倒す、その瞬間を」

 

「はい、狡噛君」

 

 坂柳の小さな手が差し伸べられ、俺たちは握手を交わす。その小さな手からは想像もできないほど強い力で握られた。

 

(清隆、俺は坂柳を応援したいと思う。済まないが、俺はお前の平穏を壊してしまうかもしれない)

 

 これから俺は、クラス闘争に身を投じることになる。坂柳と清隆が対決する、それを特等席で眺めたいと強く思った。

 

「それで坂柳、清隆とはいつ会うつもりだ?」

 

「そうですね、学校に帰ってからにしましょうか」

 

「……良いのか?」

 

 今日とは言わなくても、明日にでも会うと思っていたが。

 

「狡噛君。まさかこのまま船で学校に帰る、なんて思っていませんか?」

 

「何?」

 

 坂柳はニヤリと笑っていた。

 

「始まりますよ。次の特別試験が」

 

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