もう一人のホワイトルーム生です   作:パクチーダンス

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第20話 謎解き

 

 4期生の最初の人数は74人だった。

 だが、3歳の時点で61人、

 5歳になることには50人にまで減っていた。

 

 呼吸困難になる者、嗚咽する程体を痛める者、そんな過酷な環境の中、信じられるのは己自身の力だけだった。教官に禁止されていなくても、会話する者は誰もいなかった。そう、この二人を除いて。

 

「なぜ情けをかける?」

 

 今は食事の時間。綾小路清隆は隣で黙々と食べ進める狡噛慎也へ疑問をぶつける。

 

「…………」

 

 狡噛は何も発する事なく綾小路を見ていた。

 

「なぜもっと徹底的にやらない?」

 

「向こうは立ち上がる気力は無かった。あれ以上は意味もないことだ」

 

 狡噛は綾小路から視線を切る。汁物を手に取り口に運ぶ。綾小路はしばらく狡噛を見ていたが、やがて自分も食べ始めた。

 

「あ、あの………」

 

 狡噛と綾小路の正面、小さな少女の発する声に、

二人はそろって顔を上げる。

 

「何だ?」

 

「え、あ、そ、その…………」

 

 その少女は二人の会話に混ざりたかったのだろうか。しかし、言葉が上手く出ず、少女はしどろもどろになり顔を俯かせる。

 

「どうかしたか?」

 

 狡噛は努めて優しい声で問いかけた。

 

「わ、私、ニンジンが嫌いなの」

 

「「…………」」

 

 突然嫌いな物を言われても、狡噛と綾小路は何と返せばいいのか分からなかった。最初の第一声を間違えたと思い、彼女は見る見るうちに顔を赤く染める。

 

「食べて欲しいのか?」

 

「良いの?」

 

 見るに見かねた狡噛は少女にそう告げると、先程の表情とは一変にして笑顔になった。

 

「お前も食うか?」

 

「………………………分かった」

 

 長い間を空けて綾小路も了承し、少女のニンジンを食べることになった。それ以来、その三人は何かと一緒になって行動することが多かった。食事も、試験の移動の際も、試験の合間のちょっとした時間にも。

 

 だが、それも長くは続かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっぱり分かりません」

 

「……森下さん、まだ5分も経ってないですよ」

 

 森下さんは勝手に狡噛君のベッドに入り、横になって足をバタつかせていた。まだ考え始めてからそう時間は経っていないのに、森下さんは諦めたのか携帯を手放していた。

 

「分からないものを分からないと言って何が悪いんですか。白石飛鳥、そう言う貴方は何か分かりましたか?」

 

 私は首を横に振る。

 

「いいえ。試験ですから、

    そんな簡単に分かるとは思っていませんよ」

 

 狡噛君が共有してくれた情報を元に私も頭を回してはいますが、何も思い浮かばないのが現状。

 

 『優待者』となった生徒の共通する部分を探してはいますが、特に気になる点も見当たらない。

 

 私は携帯の画面から視線を切り、狡噛君の方を見ました。彼は今何を考えているのか聞こうとした私ですが、彼は椅子に座って目を閉じていました。

 

「狡噛慎也、なに寝ているのですか起きてください。考えるのは私達に丸投げですか」

 

 森下さんがベッドから降りて、狡噛君の頭をペチペチと叩いています。鬱陶しそうに睨みつける狡噛君は森下さんの手を払いのけると立ち上がりました。

 

「もしかして本当に寝てました?」

 

「んなわけないだろ」

 

 狡噛君は、森下さんが寝そべっていた自分のベッドに腰掛けました。森下さんは部屋に入るなり、遠慮も無く狡噛君のベッドでくつろぎ始めました。それを見て狡噛君は何も言わずため息を吐いてましたが、

 

 ひょっとすると、目を閉じていたのは森下さんの気を引いて自分のベッドを取り戻すための行動だったのかも。無理矢理どかさない辺り、狡噛君は優しいですね。

 

「では何を考えていたんですか?」

 

「茶柱先生の説明を思い出していた」

 

「茶柱?」

 

 茶柱先生というと、一年Dクラスの担任の先生ですね。確か西川さんが試験の説明の担当職員は茶柱先生だったと前に言ってましたね。ちなみに私は星乃宮先生でしたが。

 

「内容を一から思い出していた」

 

 それは、茶柱先生の言葉を一言一句覚えていたと言うことでしょうか。

 

「それで、何か分かったのですか?」

 

「いや、それはまだだが一つ気になる点がある」

 

「それはどんな?」

 

「まず前提として、何故この試験のグループは干支になぞらえてあるのか」

 

 干支である理由ですか。グループを分ける場合、大抵はアルファベットで分けますが、それでは各クラスの呼び方も同じなので避けたのだと思います。

 

「単にAとかBという呼称では、クラスを呼ぶのと被ってしまうからでは?」

 

 森下さんと同じ意見のようです。

 

「お前の言う通りかもしれない。だが、ただのグループ分けだと処理するには、俺はいささか疑問が残る」

 

「「…………」」

 

「目を向けるべきなのは、外側から付け加えられた新たな要素だ。今回の特別試験のみ与えられた干支のグループ、そこに何か『優待者』を見つける鍵があると俺は思う」

 

 敢えて干支にした理由ですか…………。

関係ないことですが、狡噛君は顎に手を当て考える仕草が、中々に様になっていますね。

 

「例えば、その干支の動物に関係する漢字が入っている生徒が『優待者』というのはどうでしょう?」

 

「それは俺も考えた。だがそれでは、グループ内に複数の生徒が該当した」

 

 干支は12種類の動物のことを指しますが、その動物達とは関係ない、ということでしょうか。

 

「動物に意識を向けさせるのが、学校側が仕組んだ罠なのかもしれません」

 

 確かに、森下さんの言うとおりかもしれません。

動物に気を取られること自体が学校側の用意した思考誘導だとすれば、

 

「それに俺は、『優待者』の法則を解くのは、

 それ程難しいものではないと考えている」

 

「その心は?」

 

「考えてもみろ。試験期間は、時間にすると87時間

(1日目の午前8時から4日目の午後9時まで)。それに1時間のディスカッションが6回行われる(1日は完全自由日を挟む)ことから79時間だ」

 

「議論の時間も差し引くのですか?」

 

「議論はあくまでもグループ内の『優待者』探し、そしてグループをどの結果に導くのかを話し合う場だ。『優待者』の法則を解く時間じゃない」

 

 狡噛君は79時間と言いましたが、私達が食事をする時間、寝る時間を差し引けばもっと短くなります。

 

「『優待者』の法則は、分かってしまえば至極単純で誰もが理解できるものである可能性が高い。そう極端に言えば、子供でも分かるようなものかもしれない」

 

 

 狡噛君のその言葉で、私達はもう一度考えました。今度は難しく考えず、子供の頃にやった謎解きの本を解くような、そんな感覚で。

 

 

 そして私達は、ある一つの解を見つけました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4回目のディスカッションが始まる少し前、私は携帯を操作しながら廊下を歩いていた。側から見たら誰もが危ないと思うだろう。そして案の定、私は曲がり角から現れた生徒に気付くのが遅れて、

 

「あっ!?」 「おっと」

 

 向こうが先に気付いてくれたおかげで衝突は回避出来たが、私は驚いた時にバランスを崩し、そのまま後ろに倒れそうになった。

 

「危なっかしい奴だとは思わなかった」

 

「ご、ごめんね狡噛君」

 

 倒れそうになった私の腕を引っ張って、体を支えてくれたのはAクラスの狡噛君だった。私が体勢を元に戻したのを確認すると、彼はすぐに手を離しポケットの中にしまった。

 

「何かあったのか?」

 

「ううん、特別試験のことで神崎君とチャットで話してただけだよ」

 

「そうか」

 

 廊下ですれ違ったり、休日のモールで見かけると、互いに手を上げて挨拶を交わすけど、こうして二人きりなのは須藤君の暴力事件のとき以来かな。

 

「進捗はどうだ?」

 

「『卯』グループのこと?それとも『優待者』の法則のことかな?」

 

「両方だ」

 

「ん〜何とも言えないな〜。グループの方はAクラスが話し合いに混ざってくれないし、法則の方もまだ進展がないね」

 

「……スマン」

 

 あっ、今のトゲがあったかも。

 

「いや、ごめんね!

 別に誤って欲しくて言ったわけじゃないの」

 

「分かってる」

 

 狡噛君はうっすらと笑みを浮かべていた。もしかして今のワザとかな。私が謝ること分かってた?

 

「そういう狡噛君はどうなの?『辰』グループって結構ツワモノ揃いで大変なんじゃないの?」

 

 葛城君、龍園君、神崎君、平田君、

 堀北さん、櫛田さん、クラスのリーダー的存在の

 生徒が集まっているから苦労しそうだなぁ。

 

「まぁな。

 けどその中にお前がいないのが俺には不思議だが」

 

「あはは。私は大した人間じゃないよ」

 

 自分で言ってて嫌になる。そうなの。私は大した人間じゃない。それよりももっと酷くて醜い…………

 

「そんな顔するのは、過去に"何か"があった奴だ」

 

 やばい。私今、顔に出ていたのかも。

 

「い、嫌だな〜。そんなんじゃないよ〜」

 

 今の私、ちゃんと笑えているのかな。

 ちゃんと誤魔化せているのかな。少し怖いな。

 

「………スマン、少し踏み込みすぎたな。そういえば一之瀬、一つ頼みがあるんだが聞いてくれるか?」

 

「へっ!? 頼み? な、何かな?」

 

 急に話が切り替わって頼み事をして来るなんて。

私としては嬉しいんだけど。

 

「Bクラスの『優待者』を一人、俺に教えてくれ」

 

「えっ?」

 

「代わりに俺のクラスも『優待者』を一人教える」

 

「えっ、ちょっ、ちょっと待ってよ。

 どうしてそんなこと………………」

 

 落ち着け私。いきなりぶっ込んできて驚いたけど、

つまり、『優待者』の情報を交換し合うってことだよね?

 

「どうしてそんな提案をしてきたのか、

         教えてもらってもいいかな?」

 

「あぁ。実は『優待者』の法則を探す内に、ある法則が成り立つことに気付いた。だが、確証が得られないままでいる。その為に他クラスの『優待者』を一人知ることが出来れば立証できる」

 

「もうそんなところまで来てるんだ」

 

 すごい。流石Aクラスと言うべきかな。

 いや、狡噛君が凄いのかな? だけど、

 

「その説が立証出来れば、全ての『優待者』が分かっちゃうんだよね?それだと、さっきの取引は意味がないんじゃないかな?」

 

 私達Bクラスの他二人の『優待者』も当てられてマイナスを喰らっちゃう。どう考えたってフェアじゃないよ。

 

「お前の言うとおりだ。

 だから、さっきの取引に付け加えたいことがある。

 

  AクラスはBクラスの『優待者』を当てない。

 

 この条件の上で、互いのクラスの『優待者』を一人ずつ教え合おう」

 

「………良いの?」

 

 AクラスはBクラスの『優待者』を当てない。

 ならその逆は? BクラスからAクラスについては何も条件を付けてない。この条件は、むしろ私達に利があるんじゃ………

 

「引き受けてくれるか?」

 

「……………分かった、良いよ。

         だけど私からも条件があるの」

 

「やはり書面に書いた方がいいか?」

 

「ううん、そうじゃないの。狡噛君って聞いた話だとクラス競争に興味ないんじゃなかった?どうして今回からクラスの為に動き出したのかな?」

 

「少し違う」

 

「えっ?」

 

「クラスのためじゃない、坂柳のためさ」

 

「坂柳さんのため?」

 

 それってどういう…………。

 

「昔の自分を思い出した。勝ちたいと思う強い気持ちに、手を貸してやりたくなっただけだ」

 

 勝ちたい。坂柳さんがそんなことを…………。

 結構意外だな。彼女はドライな人だと思っていたのに。そんな熱い思いがあったなんて。けど誰に?

 

「今この場でもいいか?」

 

「あ、うん」

 

 以前に交換した狡噛君の連絡先から、『優待者』の情報が送られてきた。

 

「この生徒が『優待者』なの?」

 

「信用ないなら、俺の退学で良ければ賭けよう。

 今ここでの会話を録音してくれ」

 

「いや、そこまでしなくてもいいよ!」

 

 そんな簡単に退学を賭けるなんて言葉、狡噛君よく言えるよね。普通は避ける筈なんだけど。それだけこの情報が本当だと念押ししてるのかな。

 

 私も『優待者』の情報を送る。狡噛君は携帯の画面を数秒眺めてポケットしまった。

 

「礼を言うよ」

 

「ううん、大丈夫。これは取引だからね。でもさ、私が本当に『優待者』の情報を送ったからどうか分からないよ?」

 

 なんて揶揄ってみると、狡噛君はフッ笑った。

 

「それはすぐ分かることだ。だがな、皆から慕われる

 一之瀬帆波という人間の善性を、俺は信じてる」

 

「……………」

 

 話している今も、

 狡噛君の力強い瞳が私を捉えている。

 

「言わせて貰えば、それは時に武器にもなり弱点にもなりうる。だが、それらをお前自身が理解していれば、弱点は相手を誘う罠にもなる」

 

「………狡噛君って、なんだか先生みたいだね」

 

「何?」

 

 本当に同じ年?っていうくらいに落ち着いた雰囲気があるし、妙に彼の言葉に引き込まれるというか、存在感があるというか………、何だろう?

 

「…忘れてくれ。柄にもないことをした。じゃあな」

 

 狡噛君はその場から逃げるように立ち去ってしまった。なんだろう、不味いことでも言ったかな?

 

 私は、彼の大きな背中が消えるまで眺めていた。

 

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