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第一話 入学 修正版
人は、平等であるか否か。
この話を問われた時、俺は熟考するまでもなく正面に座る友に答えた。
否。人は不平等なものであると。
環境、血筋、あらゆる要素の違いによって人には差が生まれる。裕福な環境で育った人間と貧困な環境で育った人間とでは、培った経験や価値観も変わってくる。
人の命は皆平等だと誰かが言った。しかし考えてみてほしい。人を殺した人間とそうでない人間、どちらか一方を救えるとしたら、果たしてどちらを選ぶ?
次に俺はこう続けた。この社会は完全ではないと。
社会とは何か? そう問われた場合、幾つもの回答ができるが、重要なのは、人がいるだけでは社会は社会足り得ないということだ。
人間関係の構築、それぞれが担う役割、そして厳格なルール。これらがあって初めて社会が成り立つ。
人の平等を訴えるならば、人が作りし大きな仕組み、この社会を変えるべきだ。
だが、この社会に平等の機会を与えてもらえない、適応できない人間が発生することも、社会は組み込んでいる。重要なのは最大多数の幸福であり、全人口の幸福ではない。そしてそれに対し、治安が悪化することも致し方ない。不可能を実現しようとすれば、かならず破綻する。完全な社会は、完全な社会を諦めることによって成立する。
友は目を閉じて沈黙した。平等とは嘘偽りだらけだが、不平等もまた受け入れ難い真実であった。
そして友は今、その永遠の課題に新たな答えを見出そうとしていた。俺はその答えが、友・綾小路清隆の口から聞けることを……………………。
窓の外で移り変わる景色。俺は窓の外に視線を向け、バスに揺られながら目的地を目指していた。
東京都高度育成高等学校。日本政府が作り上げた、未来を支えていく若者の育成を目的とした学校で、希望する進学、就職先にほぼ100%を謳う。今年の4月から、俺はそこへ入学することになった。
「そこの君、席を譲ってあげようとは思わないの?」
俺は窓の外から視線を切り、その声が聞こえた方向に顔を向けた。このバスの中央の部分、OL風の女性が、優先座席に座っている金髪の青年に声を掛けている。
OL風の女性の横には年寄りの老婆が立っていた。なるほどな。段々と理解した。どうやらOL風の女性は、老婆を優先座席に座らせてやりたいらしい。
「実にクレイジーな質問だねぇ」
その青年は、素直に従うことはなかった。足を組み直し、ニヤッと笑っていたのだ。
「何故この私が、老婆に席を譲らなければならないんだい?どこにも理由はないが」
「君が座っているのは優先座席よ。お年寄りに譲るのは当然でしょう?」
「理解できないねぇ。優先座席は優先席であって、法的な義務は存在しない。若者だから席を譲る?ハハハ、実にナンセンスだねぇ」
俺が思った金髪の青年の第一印象は「変な奴」であった。それはまさに喋り方。日本語と英語が混在している。俺の友人も変な奴だが、金髪の青年はその上をいく。
しばらく様子を見ていたが、金髪の青年は席を譲るつもりはなく、イヤホンをつけて自分の世界に入ってしまった。確かに優先座席を老婆に譲るという義務はない。
他の乗客も席を変わろうとする気配が見られない。俺の友人も隣で眠っているフリをして事なきを得ようとしている。俺は見ていられず、自ら席を立ち上がった。
「婆さん、ここに座ってくれ」
「ありがとうございます」
俺は老婆に席を譲った。老婆は頭を下げ、俺が座っていた席にゆっくりと腰掛けた。OL風の女性も、俺に「ありがとう」と感謝した。俺は目的地に辿り着くまで立って過ごしていた。その様子を、狸寝入りしていた友人が目を開けて見ていた。
目的地に着いた俺はバスを降りると、最初に目にしたのは大きな門、新入生である俺を出迎えてくれているようだった。初めての学校生活。胸の高鳴りを微かに感じている。
「狡噛」
「狸寝入りはもういいのか? 綾小路」
俺は後ろを振り返った。俺の名を呼ぶこの男こそ、俺の友人であり幼馴染の綾小路清隆。生まれた時に感情を落としてきたような無表情。表情筋が働いておらず、笑ったところを見たことは一度もない。
「そこまで老婆に席を譲りたくなかったか?」
「そう言ってくれるな。オレは事なかれ主義として過ごしていたいだけだ」
「だとしても、席を譲るくらい構わないだろう」
俺と綾小路は門をくぐり、階段を登ると、大勢の生徒が掲示板らしき物に集まっていた。どうやら自分たちの所属するクラスがあそこに貼られているのだろう。俺達もクラスが何処なのかを確認する。
「狡噛はAクラスか」
「お前はDクラス、
どうやら別々のクラスみたいだな」
クラスはAからDまで存在しており、綾小路はDクラス、俺はAクラスにそれぞれ別のクラスに配属されることになった。同じクラスにならなかった事を少し残念に思いながらも、俺達は校舎へと移動を開始する。
「なぁ狡噛」
「何だ?」
「俺はこの3年間を大切にしたい。だから極力目立たず、事なかれ主義として過ごしていたい」
「後半はともかく、前半部分は同感だな」
卒業するとまたあの施設に逆戻りになる。もう二度と、外の世界を拝む事は出来ないだろう。ならば、この3年間は自由に過ごしたい。その気持ちは俺も同じだ。
「極力互いに干渉しない事にしよう」
「別に構わない。だが、何か助けがいる時は言ってくれ。まぁ、お前に助けなんて要らないだろうけどな」
校舎に入った二人は上履きに履き替えて、それぞれのクラスに向かって歩き始めた。だが俺は、すぐにAクラスに向かわずに、校内を探索する事にした。正確な時間はまだまだ分からないが、まだ10分ほど時間はあった筈だ。階段を登らず、長い廊下を歩いて行く。廊下に取り付けられた窓からは、桜の木が見える。
美しいと俺は思った。自分の真っ白な世界が彩られていく感覚を覚える。これを目にしただけでも、外へ来た価値はあったのだ。満開に咲く桜の花。風が吹くと、桜の花が窓から入ってきて俺の足元に落ちてきた。その桜の花びらを拾う。
「まるで、桜を初めて見た様子だな」
廊下で立ち尽くす俺に声を掛けてきたのは、眼鏡をかけた男子生徒。どこか人を寄せ付けない硬い雰囲気。身長は俺の方が高いが、その佇まいから滲み出る風格は歳上だと言われずとも悟った。
「………いえ、自分がいた所は、あまり桜が見れなかったものですから」
俺は咄嗟に考えついた嘘を吐いた。実際は、ここに来るまで桜なんて一回も見た事がなかったのだ。
「そろそろクラスに向かった方がいいだろう。狡噛」
先輩は、自分のポケットから携帯を取り出して時間を確認していた。もうそんな時間か。いやそんなことよりも、何故自分の名前を知っているのか。俺は目の前の先輩を警戒した。
「何故、俺の名前を?」
「俺はこの学校の生徒会長を務めている堀北学だ。新入生の情報は生徒会に降りてくる。既に1年生の情報は一通り目を通しているが、その中でもお前は特に印象に残っている。なにせ、今年の入学テストを全教科満点をとった二人の生徒のうちの一人。過去を見てもその前例は無い」
話しながら俺の方へ歩いてくる。そして真横を通り過ぎる直前、堀北学は立ち止まり俺にこう告げた。
「お前には期待しているぞ。狡噛慎也」
「生憎と、自分は期待されるような人間ではありません」
「フンッ生意気な奴だ。まぁいい。少しばかりの安寧を楽しんでいろ」
堀北学は去って行った。俺は去り際に残したセリフに疑問を浮かべるが、あの男の言う通りそろそろクラスへ向かった方が良さそうだ。
教室の扉を開けると、その音に反応した、既に教室の中にいた生徒達の視線を集めることになった。俺はそれらの視線を無視して、黒板に貼られていた座席表から、自分の席の位置を確認する。
俺の席は、廊下側から数えて3列目の一番後ろの席だった。俺は席を確認したのち、クラスメイトの視線を集めながらスタスタと歩き、自分の席に着席した。
向けられる視線、主に女子生徒が8割、男子生徒が2割といったところか。特に気になるのが、ベレー帽を被り杖を持っている小柄な少女。足にハンディキャップを背負っているのだろうか。こちらを値踏みするかのように、ただジッと見つめてくる。
「ねぇ、カッコ良くない?」
「すごいイケメン、同じクラスになれて良かった〜」
女子のヒソヒソ声が聞こえてくる。それは俺の容姿を褒めるもの。悪い気はしないのだが、男子生徒から俺を妬むような目を向けてくる。勘弁してくれ。
「初めまして」
横から可愛らしい声がした。そこには、クリーム色に近い髪の毛、目の下に特徴的なホクロ、誰もが認める容姿の優れた美少女が座っていた。
「白石飛鳥といいます。よろしくお願いします」
挨拶されたのなら、コチラも返さなければ。
「狡噛慎也だ。よろしく」
俺はそう言って白石という女子生徒に手を差し出した。しかし、彼女は驚いた顔で俺の手をジッと見つめていた。
(何か間違えたか……………?)
人と挨拶する時は、こうして握手を交わすものだと学んだが、まさか、先生は俺に嘘を教えたのか。
いや、そんなはずはない。
「あぁ、すみません。少し驚いてしまって。改めまして、どうぞよろしくお願いします」
驚いた理由は分からないが、彼女はコチラに微笑みながらその小さな手を差し出した。俺はそのか弱い手を優しく握りしめた。
キーンコーンカーンコーン
時計の針がホームルームの時間になり、それと同時に一人の男性が入って来た。その男性は、教卓に立ち、生徒たちを端から端まで見ているようだった。
「諸君、入学おめでとう。私がこのAクラスの担任になる真嶋智也だ。よろしく」
歳は30くらいの男性、見た目は真面目、そして堅物といった感じだろうか。俺は担任になる真嶋先生に軽く頭を下げた。
「この学校には学年ごとのクラス替えは存在しない。卒業までの3年間、私が担任として君達全員と学ぶことになると思う。今から1時間後に入学式が体育館で行われるが、その前にこの学校の特殊なルールについて書かれた資料を配らせてもらう」
前から回された資料を受け取って、俺は目を通す。
この学校には特殊なルールが存在する。その一つとして、この学校に通う生徒はすべて、敷地内にある寮で生活しなければならない。そして外部との連絡は一切禁止。当然、敷地外に出ることも許されない。ただしその反面、遊びが充実している。カラオケ、映画館、カフェ、その他諸々。
この資料は入学前に配られたものであり、ここにくるまでにある程度は目を通してある。そして、この学校最大の特徴としては、
「今から配る学生証カード。それを使えば、敷地内にある全ての施設を利用できたり、売店などで商品を購入できる。ただしポイントを消費することになるので注意が必要だ。そして、学校においてこのポイントで買えないものはない。学校の敷地内にあるものなら、なんでも購入可能だ」
なんでも購入可能…………か。
「施設では機械にこの学生証を通すか、提示することで利用可能となっている。それから、ポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。お前たち全員、平等に10万ポイントが支給されている筈だ。なお、1ポイントは1円の価値と同等だ。説明はこれで以上とする」
教室がざわつきだす。この学校に入学したばかりなのに、自分たちの財布には、10万円が支給されているという事実。高校生に与える金額としては大きいのではないか。そして、俺が気になるのは真嶋先生が話していた内容。
「何か質問があれば後で職員室まで来てくれ」
そう言って真嶋先生は教室から出て行った。俺は、配られた資料のSシステムという部分のページを机に広げてそれを見つめていた。
(このSシステム、かなり臭いな………)
この教室には40人の生徒がいる。他の1年生のB、C、Dクラスも同じ人数と考えると、40×4=160人。そして、その全員に10万ポイントが配られたら1600万ポイント、ポイントは円と同等と言っていたので1600万円になる。ふざけていると言う他ない。それに、真嶋先生は………。
「みんな、少し良いだろうか?」
俺の思考はそこで中断させられた。俺は顔を上げ、その視線の先には、身長が高くてスキンヘッドな男子生徒が席から立っている。
「3年間共に過ごす仲間として、自己紹介をしようじゃないか」
「じゃあ、僕からですね。僕はー」
流れるように、俺から見て左側の席から順に自己紹介が始まった。自己紹介は一番重要だと綾小路と話していた。ここでミスると、後々の友人作りに苦労するだろうと。だが、事前に言う事を決めていれば何の問題もない。
「俺の名前は狡噛慎也。好きな事は読書だ。これから3年間、よろしく頼む」
短い紹介だったが、パチパチとクラスメイトからの拍手が飛んで来た。どうやら自己紹介は成功といってよさそうだ。自己紹介は滞りなく終わると、皆は体育館に向かう為にクラスから退室していく。俺も例に漏れず、教室を出ようとすると、
「なぁ狡噛、俺と一緒に行かないか?」
後ろからフランクに話し掛けて来たのは男子生徒の一人、橋本正義だった。
「構わない、行こうか橋本」
最初は誰もがよそよそしくなると思うが、橋本は最初から友人だったかの様に話し掛けて来た。これには勇気がいる行動だ。俺は橋本の提案を素直に受け入れた。
「なぁ狡噛、この学校の女子ってよ、レベルが凄く高いと思わないか?」
「確かにそうだな」
今まで学校に通ったことがないから、女子のレベルがどうこう言われても分からない。しかし、隣の席の白石やその他のクラスメイトは、俺の主観でも容姿が優れていると言える。
「お前の隣の白石なんか、マジ美少女だよな」
「橋本、入学初日から早くも狙いを定めているのか?」
そんなたわいもない事を話しながら、俺達は体育館へと足を運んだ。
入学式は、特段面白くも何ともなかった。隣の橋本は欠伸をしていたし、他の生徒達も集中力が散漫しているようだった。校長先生が祝辞を述べた。内容としては生徒達に成長を促す話であった。
「次は、堀北学生徒会長からのお言葉です」
壇上に立つのは、つい1時間前に廊下であった堀北学だった。堀北学は、新入生に激励の言葉をかけた。これも成長を促すような話であった。
そして堀北学が話している時、確かに俺と目が合った。
「狡噛、クラスへ戻ろうぜ」
「あぁ」
橋本に声を掛けられ、俺は壇上から降りて行く堀北学から視線を外して体育館から出て行った。
入学初日の日程はこれで終わり。生徒達は校舎を出て寮へと歩いて行くが、俺はその流れに乗らずに校舎を見て回ることにした。単にまだ帰りたくない気分だったからだ。それに、
(少し気になることもあるしな…………)
俺は再び探索を開始する。俺は階段を登り1年生のフロアに足をつける。廊下を歩くが人の気配が全くしない。既に俺以外の一年生は帰っているようだ。
「………………」
見られている。そう感じるのは、天井に取り付けられた監視カメラの所為だろう。監視カメラは廊下だけではなく、各教室に数台取り付けられている。やけに多い。これが普通のことであるのかどうかは、俺には判断出来ない。
次に俺は3階へに行く。ここは2年生のフロアのようだ。まだ帰っていないのか、教室の中から話し声が聞こえる。やはりこのフロアにも監視カメラがあった。
そして教室を覗く。そこで俺はある事に気がついた。
「こんなところで何してる?」
後ろから声を掛けられた。俺はゆっくりと声の方へ振り向く。最初に目についたのは金髪。顔立ちは美男子とも言える。
「見ない顔だな? 1年生か?」
「はい。1年Aクラスの狡噛慎也といいます」
先程の発言、そしてここのフロアにいることから先輩であると伺える。
「狡噛、最初の質問に戻ろうか。何故ここにいる?」
「1年生が2年生のフロアにいてはいけませんか?」
「いや、そんな規則は無いさ。ただ、入学初日に2年生のフロアを訪れる1年生は珍しいからな。先輩に用事でもあったか?」
「いえ、そのようなことは。ただ校内を探索しようと思っていただけです」
金髪の先輩は顎に手を持っていき、何かを考えるような仕草をする。そして、俺を観察するような目を向けてくる。
「何か成果はあったか?」
「特には……………いえ、
先輩に一つ質問してもよろしいですか?」
「言ってみろ。
「先輩のポイントはどのくらいありますか?」
俺の質問に先輩は目を見開いた。一瞬、その表情で固まると、うっすらと笑みを浮かべた。
「驚いたな………」
「何がです?」
「いやこっちの話だ、済まないが狡噛。お前の、
答えられないか。と言うことは、俺の質問は、先輩の答えられる範囲から逸脱しているということ。
「そうですね。人の財布の中身を聞く行為はあまりにも失礼でした。申し訳ありません」
「いいさ。そんな事で怒りはしない。だが狡噛、先輩として一つアドバイスをやろう」
「何でしょう?」
「急に財布が潤ってはしゃい仕舞うだろうが、
「………分かりました。肝に銘じておきます」
「フンッ。じゃあな、お前も早く帰れよ」
先輩との話はなかなかに有意義だった。このフロアにいてもこれ以上得るものはないだろう。早々に移動するか。
「最後にもう一つ宜しいですか?」
「まだ何かあるのか?」
「先輩のお名前を聞いていませんでした」
金髪の先輩は「そう言えばそうだった」というような顔をして、俺に不敵な笑みを浮かべながら、
「南雲雅。生徒会副会長を務めている。もし興味があるのなら、生徒会の門を叩くといい」
それは俺が日用品売り場に行った時のことだ。寮は必要最低限の物しか用意されておらず、それ以外は自分で買いに行かなければならない。
そこで俺は、陳列棚をボーッと眺めている友人を見かけた。俺は不自然の無いよう友人に近づき、棚から物を取りながらコッソリと話しかける。
「元気にしてるか?」
「まぁな」
「もう友人は出来たのか?」
「いや、全くだ」
「そうか」
味気ない会話を繰り広げ、俺と綾小路は別々の方へと歩いて行く。
だがその時、視界の端に気になるものが目に入った。それは無料コーナー。ポイントを使い果たした者への救済措置なのだろうか。
高度育成高等学校に入学して、早一週間が経った 。1年生達は寮生活にも慣れつつあり、新しい環境に適応し始めていた。俺はというもの、放課後は街に出掛けるのが常であった。外の世界と隔絶された生活を送っていた俺にとっては、全てが興味を引かれるものばかりであった。
ある日、Aクラスはクラスメイトの仲を深めるための親睦会を開くことになった。その誘いに俺も乗ることにした。それに、普通の高校生が何を考え、どんな事をしているのかを学ぶ良い機会でもあるからだ。
そして放課後、ぞろぞろと集団で下校して訪れたのは、イタリアン風なレストラン。店内には客が一人もいなかった。どうやら今日は俺達の貸し切りらしい。参加者はクラス全員ではなかったが、ほぼ全ての席が埋まっていた。
「飲み物は行き渡ったかな?
それでは皆んな、3年間よろしくね! 乾杯〜!」
この店を予約してくれた女子生徒の音頭で、俺達は近くの席に座るもの同士でグラスを当てて乾杯する。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
俺の隣に座っているのは真田康生。彼は吹奏楽部に所属しており、数日前に音楽や読書の話で気が合い仲良くなった。
「なぁ狡噛、ここのペペロンチーノ美味いらしいぜ。お前も食うよな?」
「あぁ」
橋本が「すいませ〜ん」と手を挙げて店員を呼ぶ。
「え〜と、ペペロンチーノとカルボナーラ、あとキノコのやつも下さい」
「おいおい、そんなにも食べるのか?」
「分け合って食べれば良いじゃねぇか。真田、お前も食うだろ?」
「えぇ、いただきます」
橋本はメニュー表をパタンと閉じると、テーブルに身を乗り出して俺と真田の方に顔をググッと近づけてきた。
「そろそろ入学して一週間が経つけどよ、気になる女子とかできたか?」
何かと思えばそんなことか。
「全く」 「僕も同じです」
「おいおいマジかよ。真田はともかく狡噛、お前はあの白石と隣の席なんだろ? 気になったりしないのかよ?」
「白石とは、必要以上のことは話していない」
朝、席に着いて「おはよう」と言ったり、帰る際に「また明日」と声を掛けるだけの間柄。それ以上のことは何もない。
「それじゃあ狡噛は、白石のことは好きじゃないってことだな?」
「その認識で合ってる」
「白石じゃ満足しないってか。
流石はイケメンランキング1位の狡噛さんだぜ」
「何だそれ?」
「知らねぇのか?1年生の女子達が俺たち男子に秘密で作ったランキングだよ。まぁ、当人の耳に入らないのはよくある話だよな」
なるほど、裏でそんな順位が決められていたとはな。だが秘密にしているのに、既に男子に把握されているのは良いのか?
「でもよ〜、白石はクラスの男子達に人気なんだぜ。お前がもっと上のレベルを目指すって言うなら、Bクラスの一之瀬とか「狡噛君、私達とも話そうよ〜」」
ニコニコして近づいてきたのは、左右の三つ編みと口元にあるホクロが特徴的な女子生徒、西川亮子と先程話題に上がっていた白石であった。
「ちょっとズレて」
「あぁ」
ソファ席に座っていた俺と真田は、二人が座れるように横にズレてスペースを作った。しかし、四人も座るには窮屈で西川の肩が俺の肩と密着する。
「ねぇ、さっきは何の話をしてたの?」
「えっと、そうだな…………」
先程の会話は女子に、というか白石本人に聞かせられる内容ではない為、言い淀む橋本は変な汗をかいている。真田も「どうしたものか」と頬をかいている。
「お前の話だ西川」
「えっ? 私のこと?」
助け船を出そう。
「あぁ、お前がいつもニコニコしてるから可愛らしいと俺が二人に言っていたんだ」
「「!?」」 「あらあら」
「へぇ〜、そうだったんだ! 狡噛君、もしかして私に気があるの?」
さらに強く肩を密着させてくる。コイツわざとか。
「さぁ、どうだろうな」
俺はグラスを手に取り烏龍茶を一口飲む。
「ねぇ、もし狡噛君が本気なら、付き合ってあげてもいいよ?」
このテーブルに座る者達の視線が俺に集中する。俺の次の言葉を待っているようだ。
西川の顔は、俺を揶揄っているようにしか見えない。それにしても、あげてもいいよ、か。なるほど強かな女だ。
「魅力的な提案だが断る」
「どうして?」
「俺には勿体無いかな」
恋愛に興味が無いわけではないが、それよりも気になることがある。それはこの学校の事。学校は明らかに何かを隠している。それが気になって仕方がない。
「それはちょっと自分を過小評価し過ぎじゃない?
だって狡噛君はランキング………じゃないや、
結構女子に人気なんだよ」
「それは光栄だな」
「なんか軽くあしらわれている感じがする」
「気のせいだ」
と、ここで店員さんが料理を運んできてくれた。
良いタイミングだ。
「美味しそうですね」
テーブルの上に置かれた料理を見て白石がそう呟いた。
「西川、白石、お前達も食うか?」
「そうですね。少し頂きます」
「私も少し貰おうかな」
橋本が率先して小皿に料理を盛り付け始める。俺の分だけ明らかに多かったが、これは話題を逸らしたお礼か?
親睦会はあっという間に時間が過ぎ去って、帰りは揃って寮へと帰る。街灯が俺達の足元を照らし、帰り道を案内しているようだった。俺はクラスメイト達の一番後ろを歩いており、楽しく話している姿を眺めていた。
「狡噛君」
俺の前を歩いていた白石が立ち止まる。そして、
俺が横に来ると同時に速度を合わせて歩き始めた。
「どうかしたか?」
「先程のお話です。
どうして西川さんを断ったのですか?」
「それはさっき言った」
「そうですね。確かに西川さんは可愛らしくて男子からの視線を集めています。けどそれは狡噛君も同じです」
「俺も男子の視線を集めてるって?」
俺がそう言うと、白石は口を手で覆い隠して肩を震わせた。彼女は笑いを堪えているようだった。
「面白かったか?」
「ふふっ、すみません。少し意外でした。
狡噛君も冗談を言うんだなって」
「白石の中で俺はどんな人間なんだ?」
面倒臭い追求から逃れるため、俺は不自然の無いよう話題を逸らす。
白石の足が止まる。俺も次いで足を止め、俺達は互いに互いを見つめていた。
「そうですね……………他人に優しい。でも、自分には厳しい。狡噛君はそんな人だと思います」
「そうか………」
自分で自分を分析するのは結構難しい。その場合は、他人に自分がどんな人間なのかを聞いてみるのが一番だが、返ってくる答えは人によって様々だ。
加えて、知り合って一週間にも満たない白石に聞くのはどうかと思うが、俺は妙に納得してしまった。
「逆に、狡噛君は私をどんな人間だと思いますか?」
白石飛鳥はどんな人間なのか。教室では隣人。
クラス随一の美少女。西川とは仲がいい。
今はそれくらいにしか浮かばない。
そう、たかが一週間程度で相手を知る事は難しい。俺が納得してしまうような答えを導き出せたの白石は、入学当初から俺を観察していたのではないか。思い返してみれば、授業中に隣から視線を度々感じていた。白石飛鳥とはどんな人間か…………。
「狡噛君?」
「俺はまだ白石のことをよく分かっていない。これからは隣人同士、もっと親睦を深めようと思う。それでいいか?」
白石はクスッと笑った。
「えぇ、そうしましょう。では改めまして、
私の名前は白石飛鳥です」
今度は白石の方から手を差し出してくれた。
「狡噛慎也だ。改めましてよろしく頼む」
「はい」
俺はその手を優しく掴んだ。
4月中旬。親睦会から数日が経った頃、俺は放課後に職員室を訪ねることにした。真嶋先生に色々と質問をするために。扉の前には、ピンク髪の女子生徒と女教師が楽しく会話していた。
(あのピンク髪…………)
女教師が歩いてくる俺に気が付いた。
「あれ? もしかしてAクラスの狡噛君?」
確かこの教師はBクラスの担任。
「はい。星乃宮先生、
真嶋先生は職員室にいらっしゃいますか?」
「真嶋君? 居ると思うから呼んでくるわね。
一之瀬さんまた後で」
「あ、はい」
星乃宮先生はそう言い残して職員室へと入って行った。俺は扉の前に立って戻ってくるのを待つことにした。それに、何やら横から視線を感じる。
「………俺の顔に何かついてるか?」
「えっ!? あっ、いや何もないよ!
ごめんね。ジロジロ見ちゃって」
あはは、と気まずい雰囲気を誤魔化すかのように苦笑いする女子生徒。
「……………」
この生徒、以前橋本が言っていた外見的特徴と一致する。もしや彼女はBクラスの…………
「もしかして、Bクラスの一之瀬帆波か?」
「あっ、うん! 初めまして! 私は一之瀬帆波。
狡噛慎也君だよね? よろしくね」
「よろしく」
俺の手を差し伸べた手に、一之瀬は間をおかずに対応した。
「狡噛君は、先生に何の用事なの?
あっ、言えなかったら別に良いんだけど」
「そんな大事な話じゃないさ。少しばかり、
「えっ? それって………」
ガラガラと職員室の扉が開き、真嶋先生と星乃宮先生が姿を表した。
「狡噛、俺に何の用だ?」
「用件を話す前に、よろしければ応接室をお借り出来ませんか? 自分には、
その瞬間、真嶋先生の目の色が変わった。その後、星乃宮先生と一之瀬に視線を移し、
「それは………………なるほど、分かった。
ならば、中に入って聞くとしよう」
「はい、失礼します。一之瀬、じゃあな」
「うん……」
中へと入る真嶋先生に続いて俺は職員室へ入り扉を閉める。その際、星乃宮先生が俺を意味深な目で見つめていた。二人の表情が物語っている。俺が今から質問する内容は、誰にも聞かせられないということが。
応接室に連れて行かれた俺は、真嶋先生にソファに座るよう誘導された。俺が「失礼します」と言い腰掛けると、真嶋先生は対面に座った。
「さて狡噛、何を聞きたいんだ?」
「はい。俺から先生に聞きたいのは3点あります。まず一つは、入学初日に説明してもらった10万ポイントの件です。本当に来月も10万ポイントは振り込まれるのでしょうか?」
「……………………」
しばらくの沈黙の後、真嶋先生はこう答えた。
「済まないが狡噛、
「では二つ目、教室や廊下、校外に至るまで監視カメラの台数が異様に多いと感じました。これについても何か理由はあるのでしょうか?」
「それも
ここまで来ると、もはや全てが怪しくなってくる。
まぁ、
「最後に、俺以外にも、Aクラスの生徒で真嶋先生のところにやって来た生徒はいますか?」
「なるほど、それなら答えられる。お前以外に質問してきたのは、坂柳有栖だ」
坂柳。杖をついているあの女子か。
「ありがとうございます、以上です」
「もう良いのか?」
「他にも聞きたいことはありますが、
先生は
「そうか………今年のAクラスは優秀だな」
「よぉ狡噛」
職員室を出て、少し歩いた先の曲がり角から姿を表したのは橋本。
「何か用か?」
「お前が職員室から出てくるのを待っていたんだよ」
ならコソコソせずに堂々としていればいいのに。
「そうか」
俺は橋本の横を通り過ぎる。
「えっ? ちょ、待ってくれよ狡噛!
今から来て欲しいところがあるんだよ」
「断る。今から夕飯の買い出しがある」
「お前自炊してんのか? 偉いな。
あぁちよっと待ってくれよー!」
橋本の制止を聞かず歩き続け、俺は昇降口で外靴に履き替える。
「今から外で食わないか?
お前に会いたいって奴がいるんだよ」
「俺に? 誰のことだ?」
「それは会ってからのお楽しみさ」
面倒なことに巻き込まれそうな気がしてならない。
このまま帰ってやろうか。
「頼むよ狡噛。お前を連れて来れなかったら、後から何言われるか分からねぇんだよ。俺を助けると思ってさ」
両の手を合わせて懇願する橋本。
「…………はぁ。分かった行くよ」
橋本に連れられ、俺は中華料理店に入店した。ドアベルが鳴ると店員が近づき、コチラに綺麗なお辞儀をした。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「大丈夫です。連れが中にいるんで。狡噛、こっちだ」
「あぁ」
店員がもう一度ペコリと頭を下げたので、俺も軽い会釈をする。橋本に案内されたのは店の一番角、そこに二人の女子生徒が座っていた。
「連れて来たぜ、坂柳」
「ありがとうございます。橋本君」
俺と橋本は席に着く。その際、俺は橋本に背中を押されて奥側に座らされた。それによって、坂柳と対面で座る形となった。
「改めまして自己紹介を、私の名前は坂柳有栖、
そしてコチラは神室真澄さんです」
神室と呼ばれた女子生徒は、無愛想な顔をしながらも軽く頭を頷いた。
「狡噛慎也だ。それで? 俺に一体何のようだ?」
「その前に、注文されてはどうですか?」
「……そうだな」
俺は坂柳からメニュー表を渡され、橋本と一緒に眺める。ここの店に入ったのは初めてだ。というか、中華料理店入ること自体初めての経験。さて、何を頼もうか。
「ここの天津飯はとても人気らしいですよ」
「ならそれにするか」
俺は天津飯を、橋本は麻婆丼をそれぞれ頼むことになった。
「そろそろここへ連れて来たワケを聞かせてくれ」
「………狡噛くんは、この学校をどう思いますか?」
「何て答えたらお前は喜ぶ?」
俺は坂柳の質問に対して質問で返す。だが坂柳は微笑んでいた。
「狡噛くん、アナタは既に、この学校の異質さに気が付いているのではありませんか?」
「異質さね、誰もがこの外部と閉鎖された学校を異質と思うが」
「確かにその通りですが、私の言いたい事はそこではありません」
「じゃあ何だ?」
「それは私の口からではなく、ぜひ狡噛くんの口から聞きたいんです」
俺は橋本、神室へと視線を移す。二人は俺と坂柳の会話に入らず、ただ見守っている。そして、再び視線を坂柳に戻した俺は軽く息を吐く。
「来月10万ポイントが貰えないことか?」
橋本と神室は目を見開く。坂柳は期待通りだと言わんばかりに笑みを浮かべていた。
「何故そう思ったんですか?」
「計算すればわかる事だ。各学年が160人、全学年に同じ額が支払われていた場合、その総額は約5千万ポイント。これが本当なら、俺は日本の財務省に問い合わせたくなる」
「他にはありませんか?」
坂柳は、まだ俺に言わせたいらしい。
「さっき言った総額の話だが、あれは正確じゃない。理由は上級生の人数だ。まぁ、この学校が年によって入学してくる生徒の数が違うのなら、話は別だがな」
「どう言う意味?」
今まで無言だった神室が口を開いた。
「2年生も3年生も、生徒の数は160人も満たしていない」
俺が2年生のフロアに立ち寄り、教室を覗いたところ、机の数が40にも満たなかった。それが今まで引っかかっている。
「いいえ、この学校は毎年、必ず過不足なく160人の生徒を入学させています」
「なら生徒の数が少ない理由は?
坂柳、お前は何か知ってるのか?」
「あくまでも私の推測ですが、ほぼ当たっていると確信しています。それについて話す前に、狡噛君にはお願いがあるのです」
ほぼ確信か。是非とも聞かせてほしいものだな。
だが、お願いを飲んでから話す、ということか。
「何だ?」
「どうか私と友達になってくれませんか?」
友達ね。失礼ながら胡散臭さを感じる。
それは、本当に読んで字の如くで良いのか。
「ご安心ください。私は読んで字の如く、
狡噛くんとお友達になってほしいのです」
俺の考えが読まれた。どうやら坂柳は、
人の考えを読む事に長けているようだ。
だが神室は何か言いたそうな目で坂柳を見ていた。
まぁ、深く詮索しないでおこう。
「そうか。なら安心した」
「うふふ。これからよろしくお願いしますね」
俺は坂柳に右手を差し出した。差し出された俺の手に対し、彼女は俺よりも一回り小さな手を差し出す。
頼んだ料理が運ばれて来て、話はキリのいいところでストップ。俺達は軽い会話を交えながら食べ進めた。その後、店を出た帰りに俺は坂柳に聞かされた。この学校のこと。それが、ただの推測・憶測ではないと俺の脳は判断できてしまった。そして同時に、俺はとんでもない学校に入学してしまったと心の中で吐露した。
4月も残り数日となった日のこと。
午後最後の授業で、真嶋先生から俺達生徒へ、抜き打ちの小テストが出された。
「今からこのプリントの問題を解いてもらう。もちろん言うまでもないが、カンニングは禁止だ」
突然のテストで、クラスメイト達がざわめき出す。だが有無を言わさず、真嶋先生が一番前の生徒にプリントを配っていく。
「受け取ったものから始めてくれ」
俺は前の生徒からプリントを受け取ると、シャーペンを持たず、問題文に目を通していた。なんて事ない、授業を真面目に受けていたら解ける問題。それに、俺にとってはこんなのヘソで茶を沸かすくらいに簡単で退屈なものだ。
「………………」
ペンの走る音が教室に響く。俺もペンを手に持ち、
一切の手を抜かず問題を解答する。
「終了だ。後ろから回してくれ」
俺は前の生徒に解答用紙を回した。
そして始まる、5月1日。
真嶋先生から聞かされたこの学校の真の姿。
俺はこれから始まるクラス間の争いに、否が応でも巻き込まれる事になる。