もう一人のホワイトルーム生です   作:パクチーダンス

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第三話 中間テスト 

 

 中間テストの範囲が変更されたことにより、俺は勉強会に顔を出す日が多くなった。悪態をついても仕方がなく彼らは机に向かう。

 

 試験の日も刻一刻と差し迫ってきているのもあり、彼らはいつもよりピリピリとした雰囲気を纏っていた。学力が比較的に高い白石や真田なんかも同様だ。

 

 吉田は特に真剣味を帯びている。下手したら退学なんて笑い話にもならない。

 

「………………」

 

 クラスメイト達が必死に勉強している中、俺は今日も本を読んでいた。それは椎名から薦められた、アメリカの有名な小説家、レイモンド・チャンドラーの代表作「さらば愛しき女よ」。やはり本好きな彼女のチョイスは中々に良い。

 

 主人公の私立探偵フィリップ・マーロウは、出所したばかりのムース・マロイと出会う。彼は昔の恋人ヴェルマを探していたが、彼女が働いていた店はすでになく店主も殺されていた。

 

 マーロウは事件に巻き込まれながらもヴェルマの行方を追う。調査を進めるうちに、ヴェルマは別人として裕福な生活を送っていたこと、そして過去を隠すために多くの悲劇が起きていたことが明らかになる。そして最後には、ムースの純粋な愛情と、現実の残酷さが衝突し、悲劇的な結末を迎え……………。

 

 この物語の面白い所は、マーロウが感情を表に出さず、皮肉を言いながら真実を追う姿にある。マーロウの暴力や腐敗した社会の中でも、自分なりの正義を貫こうとする姿勢に、俺は何処か惹かれるものがある。

 

(タフでなければ生きていけない。

 優しくなければ生きている資格がない、か…………)

 

 俺は主人公のセリフを心の中で唱える。この言葉は何故か、俺の心にストンを落ちた。

 

「面白いですか?」

 

「ん?あぁ。白石は本は読まないのか?」

 

 勉強ばかりで息が詰まるのか、白石は俺に声を掛けてきた。そしてまた、吉田からの視線が刺さる。

 

「自分から手に取って読んだりは、余りないですね」

 

「普段はどう過ごしているんだ?」

 

 白石飛鳥とはどんな人間か。この会話をキッカケに聞き出しても良いかもしれない。未だ彼女についてはよく分かっていないのが現状。休日何してるのかも想像がつかない。

 

「普段、ですか。そうですね………私は「上等だ!かかって来いよ!」…………何でしょうか?」

 

 誰かの吠える声が、静かな図書館に響き渡る。クラスメイト全員、顔を上げて声がした方へ振り向く。まるで、今から喧嘩が行われるかのような怒声だった。だが俺は、その声には聞き覚えがあった。

 

「一体なに?」

 

 折角の集中力が途切れてしまったのか、帆足の声には僅かな苛立ちを孕んでいた。

 

「俺が見てくる。皆んなは引き続き勉強していろ」

 

 俺は席を立って発声源へと歩いて行く。するとそこには、以前見かけた綾小路とそのクラスメイトらしき人物達。そして、彼らを見下した目で見る男子生徒の姿が。

 

「1ポイントも持ってない不良品の分際で、生意気言うじゃねぇかよ」

 

「何だとコラ!」

 

 やはり、声の主は赤髪の奴だったか。

 見た目でわかる通り短気で血の気が多そうだ。

 そして、煽り立てるコイツは何だ?

 

「大体、お前らフランシス・ベーコンだとか言って喜んでいるが、テスト範囲外のところを勉強して何になるんだよ?」

 

 何?

 

「えっ? どういうこと?」

 

「あぁ? まさか知らねぇのか? 

 これだから不良品の集まりはよぉ」

 

「いい加減にしろ、コラ」

 

 赤髪の奴は席から立ち上がり、

 煽り立てる男子生徒の胸ぐらを掴み上げた。

 

 マズイな。声が一段と低くなった。

 奴はもうキレる手前だ。いや、もうキレてるか。

 

「………………」

 

 様子を見て立ち止まっていた俺を見つけた綾小路は、浮かしていた尻を椅子に下ろした。まさか、俺に止めさせるつもりなのか?

 

 俺の心を読んだのか、綾小路は俺だけに分かるよう小さく頷いた。

 

「お、おいおい。まさか本当に暴力を振るうつもりなのかよ? マイナスを食らうぞ? いいのか?」

 

「こちとら、減るポイントなんかねぇんだよ!!」

 

「やめなさい須藤君!」

 

 腕を引いた。コイツ、マジで殴るつもりなのか。

 

 俺は須藤と呼ばれた男子生徒との距離を一瞬で縮める。そして、ニヤついた顔に振り下ろされる筈だった拳を、あわや惨事というところで阻止した。

 

「その辺にしておけ」

 

「なっ!? 何だお前!?」

 

 いきなり後ろから現れた俺に腕を掴まれ、須藤は驚愕する。そして、俺の手を振り解こうと暴れるがそうはさせない。

 

「落ち着け。お前がしようとした行為は、お前自身の問題ではない。クラスメイトにも迷惑がかかることが分からないのか」 

 

「は、離せよ!」

 

「離してはやるが、手を出さないと誓うか? これ以上騒がれたら図書館を利用する生徒の迷惑になる。その場合は学校側に報告することになるが、それでいいな?」

 

「………チッ」

 

 須藤は軽く舌打ちした後、腕の力を緩めた。それを確認した俺も腕から手を離す。

 

「お前もさっさと行け」 

 

 挑発していた男子生徒にも、

 即刻ここから立ち去るよう伝える。

 

「チッ、もう少しだったのに………」

 

 その男子生徒は小さく吐き捨てるように言ってその場から去った。わざと殴らせるつもりだったな。

 

「ちょっといいかしら?」

 

 事態が収束した後、Dクラスの堀北が話しかけてきた。

 

「何だ?」

 

「さっきの男子生徒、中間テストの試験範囲が変更になったって言ってたんだけど、本当なの?」

 

「あぁ。ちょっと見せてみろ」

 

 俺は堀北から社会の教科書を渡してもらい、試験範囲の初めのページをめくった。

 

「試験範囲はここからだ。お前達が今勉強しているところは一切出てこない」

 

「全然違う………」

 

「なぁ、試験範囲の変更はいつ聞かされたんだ?」

 

 困惑している堀北の隣、赤の他人を装った綾小路から質問が飛んできた。

 

「一週間前も前の話だ。

 お前達、担任から聞かされてないのか?」

 

 クラスメイト達と顔を見合わせる綾小路。

 そして首を横に振った。

 聞かされていないとは、担任は何をやっている?

 

「今すぐにでも担任に確認した方がいい」

 

「そうするわ。ありがとう」

 

 俺に感謝を告げる堀北だが、軽く睨むような目で俺を見てくる。あの夜の場に居合わせた俺に対し、何か言いたいことでもあるのか。何にせよ、睨まれる筋合いは無いな。

 

「じゃあな、勉強頑張れよ」

 

 俺は応援を込めて須藤の肩をポンと叩き、元の場所へと帰る。そして帰り際、本棚の後ろに隠れている女子生徒へ声を掛ける。

 

「遅かったな一之瀬」

 

「あ、あははー、私がいるのバレてた?」

 

 ごまかし笑いをしながら、一之瀬が本棚の後ろから現れた。

 

「見ていたなら、手伝ってくれても良かったんじゃないか?」

 

「いやー、狡噛君がいたからさ、私の出番はないかなーって」

 

「………まぁいい。一之瀬、あの挑発していた生徒、何処のクラスだか分かるか?」

 

「あれはCクラスの山脇君だね」

 

 Cクラス、椎名と同じクラスか…………。

 

「お前も戻ったらどうだ? クラスメイトが待ってるだろ?」

 

「狡噛君もね。お互い頑張ろうね」

 

 一之瀬は俺に手を振って、クラスメイトがいる場所へ戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中間テスト当日。ピリピリとした空気が教室を包み込んでいた。それはあの森下も例外ではなく、その表情には緊張が見え隠れしていた。珍しい顔が見れた。

 

「ただいまより、中間テストを始める。私語はもちろん厳禁。カンニングを行った人間は、すぐにテストを中断し、即刻退学となる」

 

 教室に入ってきた真嶋先生が教卓に立ち、中間テストの説明が行われる。中間テストは、国語・数学・英語・社会・理科の5科目の各100点となっている。問題用紙と解答用紙がそれぞれ、裏を向けたまま配られる。一番後ろの席の生徒に、用紙が回された時、

 

「それでは、テスト開始」

 

 真嶋先生の言葉で、皆が一斉に用紙を表面に返す。ペンの走る音だけが、この教室に響いている。クラスメイト達は、今まで勉強した成果を全力で発揮することだろう。というか、発揮してもらわなければ、何の為に時間を割いてやったのか分からない。

 

 問題を一通り見終わった俺も、遅れてペンを握った。

 

 問題は、テスト開始の合図から約10分程で解き終わってしまった。俺にとっては単なる作業に過ぎず、そっとペンを置いて目を瞑る。そうして終了の合図を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5教科最後の科目、英語が終わった時、クラス全体の緊張が一気に解けた。グッタリと机に突っ伏す者や、グッと背筋を伸ばす者。隣のクラスメイトと笑い合う者など様々だ。

 

「これで中間テストは終わりだ。皆、よく頑張ったな。結果は数日後に分かる」

 

 テスト用紙を回収し封筒の中に入れた真嶋は、教室から出て行った。続々と席を立って話し始めるクラスメイト。俺は、その様子をジッと眺めていた。

 

「お疲れ様です、狡噛くん」

 

 隣人である白石が、労いの言葉を掛けてきた。

 

「お疲れ。手応えはあったか?」

 

「多分大丈夫だと思います」

 

 白石の学力ならば、赤点を取る事も無いだろう。

 

「お疲れ様です、狡噛慎也」

 

「お前もな、森下」

 

「私にかかればあんな問題、チョチョイのチョイですよ」

 

 テストが始まる前までは緊張した顔をしていたのに、終わった途端に元気になりやがって、まったく調子のいい奴だ。

 

「試験の結果までドキドキしますね」

 

「このクラスから赤点が出る事はあり得ないでしょう。もしそんな人間がいたとしたら、それは狡噛慎也でしょう」

 

「おい、何で俺なんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、俺は夕飯の食材を買うべくスーパーへと足を運んだ。入学して早々、新しいことにいつくか取り組もうと思った俺が最初に手を出したのが料理だった。

 

 最初は、料理動画に出てくる品を見たまんま作っていたが、今では手本を見ずに自分で考え作れるようになった。正直、外で食べるよりもポイントの減りが少なくてメリットでしか無い。機会があれば、綾小路にも料理を振る舞ってやろうと密かに思っていた。

 

 無料コーナーに置かれている食材は、無料ということもあって、どこか痛んでいたり消費期限が間近な物ばかりだ。お金に余裕がある限り、それらを手に取ったりはしない。俺は無料コーナーを素通りして新鮮な野菜が並べられている場所へと向かう。

 

 俺はトマトを買う為に野菜売り場に来た。トマトはなにかと便利だ。例えば、サラダの盛り合わせを作る際に緑の中に赤を付け加えて彩りを与えたり、切るだけでそのまま一品としても出しやすい。

 

 俺は一パックに4つ入っているトマト、一番手前に置かれていたパックに手を伸ばして取った。

 

「あっ」

 

 そう声を漏らしたのは、俺と同じパックを手に取った、紫がかった青の髪色を持つポニーテールの女子生徒だった。

 

「すまん」

 

 俺はすぐに手を離した。なんてことはない。俺がその一つ奥のパックを取ればいいだけのこと。トマトのサイズに若干の違いあれど、気にするほどでもない。

 

「あ、ご、ごめんね。狡噛君」

 

 その言葉の後、彼女はハッとしたような顔をして口を手で隠した。それに訝しむ俺に対し彼女は、

 

「い、いや、何でもないの! ホントごめんね!」

 

 慌てて手を振る。そんなに動揺されれば、

 反対に気になって仕方ないが……………。

 

「分かった」

 

「えっ?」 

 

「もう行ってもいいか? 他にも買いたい物がある」

 

「あ、うん……」

 

 俺の名を知ってるのは、多分ランキングのせいだろう。だが「しまった」というような顔、咄嗟に俺の名前を言ってしまったからという線もあるが………まぁ聞いたところで教えてくれなさそうではあったし、深く考えなくてもいいかもな。

 

「あっ、ちょっと待って!」

 

 彼女は、この場から立ち去ろうとする俺を何故か呼び止めた。

 

「何だ?」

 

「あ、その、私、網倉麻子って言うの!!」

 

「狡噛慎也だ」

 

 いきなり自己紹介されて俺も反射的に名を名乗ってしまった。それに声が大きくて少し驚いた。

 

「あのまま別れる流れだったと思うが?」

 

「えっと、知らない人に自分の名前を知られているって、なんかその、嫌じゃない? だから不公平だと思って…………」

 

「……………………」

 

 不公平か。まぁ網倉の言う通り、俺の知らない人間が俺の名を知っているのは良い気はしないな。

 

「網倉は何処のクラスなんだ?」

 

 名前も知れたしはいさよなら、とはいかない。第一印象から彼女は怪しい。杞憂かもしれないが、いくつか質問して探っておいた方が身の為か。

 

「私はBクラスだよ」

 

 ということは一之瀬と同じクラス。

 

「狡噛君は、Aクラスだよね?」

 

「よく知ってるな」

 

「あー、その、狡噛君は女子に人気だから。自然と耳に入ってくるんだよ」

 

「そういうものか…………」

 

 俺は網倉と話しながらも、陳列棚から商品を手に取ってカゴに入れていく。

 

「狡噛君、もしかして自炊するの?」

 

 今度は網倉の方から話題を振ってきた。

 

「まぁな。ポイントを無駄に消費しなくて済むに越したことはないさ」

 

「面倒臭くないの?」

 

「そうは思わないな。人が面倒臭いと思うのは大抵の場合、やることが多いときや結果が見えないとき、または関心が無いことに取り組むとき。その点、俺は料理を楽しいと思っている。今の所はな」

 

「なるほど………」

 

「網倉は?」

 

「ボチボチかな。友達と外で食べることが多いから」

 

 網倉は笑顔で答えた。友人か。偶には俺も、誰かを誘って飯でも食いに行こうか。話しているうちに、買いたい品を全部揃い終えた俺はレジの方へ歩く。

 

「俺はもう行くが………」

 

「あ、そうだよね。じゃあね狡噛君、また何処かで」

 

 手を振って見送る網倉に、俺も手を挙げて答える。最初はつい疑ってしまったが、本当は普通の女子高校生なのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 買い物を終えた俺は、寄り道せずそのまま寮へ帰った。自動ドアが開き中へ入った時、ロビーの椅子に座っている綾小路を発見した。

 

 こんなところで何を? そう思ったが、極力干渉しない約束の為、視線を切り素通りしようとした。その矢先、

 

「待ってくれ」

 

 綾小路に止められた。

 

「どうかしたか?」

 

「お前を待っていた。頼みがあるんだ」

 

「俺に頼み? 明日は雨でも振るのか?」

 

 俺は綾小路に視線を合わせず会話する。

 誰か来た時、すぐに他人のフリを装えるために。

 

「ポイントを貸して欲しいんだ」

 

「いくらだ?」

 

「10万pp」

 

 10万、やけに多いな。何の買い物をするんだ? 

 まぁいい、綾小路が俺に頼ってくるなんて初めてのこと、ここは何も聞かないでおくか。

 

「貸す代わりに条件がある」

 

「何だ?」

 

「連絡先、交換してくれ」

 

「……お安い御用だ」

 

 俺はポイントを綾小路に譲渡する際に連絡先も交換した。この先、対面では会わずとも電話越しで話す機会があるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中間テストの結果が知らされたのは、試験当日から二日後であった。ホワイトボードに張り出されたクラス全員のテストの結果を見たが、やはり赤点を取った人間はいなかった。ちなみに今回のテストも、満点は俺と坂柳の二人だけだった。

 

「今回の中間テストで、赤点を取った者はいなかった。よくやった皆んな。この調子で、次の試験も頑張ってくれ」

 

 クラスメイト達の安堵の声が聞こえて来る。学力が高くても、不安な者は不安だろう。クラスの雰囲気も柔らかくなった。

 

「これで今日は終わりだ。それでは皆、また明日」

 

 真嶋先生が教室から出て行くと、続々と席を立ち上がり、会話が始まるクラスメイト。皆で喜びを分かち合う姿を、俺はジッと眺めていた。あの場所(・・・・)では見られなかった光景だ。

 

「狡噛君」

 

 隣の席の白石が声を掛けてきた。

 

「お疲れ様でした」

 

「白石もな」

 

「狡噛君はまた満点でしたね。勉強会では一切教科書を開けていなかったのに、どうしてでしょう?」

 

「さぁ、何でだろうな」

 

 適当返す俺に、白石はキョトンと首を傾げていた。

 

「狡噛君」

  

 座っている狡噛の側に近づいて来たのは、真田康生であった。

 

「どうした真田?」

 

「放課後に、クラスの皆んなで中間テストを無事に乗り切ったことを祝って打ち上げをするんですが。良かったら来てくれませんか?」

 

 打ち上げか。俺はテストで苦労など一切していなかったが、まぁ折角誘ってもらえたんだ。

 

「分かった、俺も行こう」

 

「よかった。皆も喜びます」

 

「白石、お前はどうする?」

 

「そうですね……………ぜひ私も参加させて頂いていいですか?」

 

 白石は一瞬考える様子を見せたが、打ち上げに参加することを選んだ。

 

「もちろん」

 

 真田は自分の席へ戻って行く。それを見届けた俺は、

 

「白石。お前、大勢で集まるのは苦手か?」

 

「えっ?」

 

 白石は俺からの急な質問に戸惑った表情を浮かべた。

 

「そう、ですね。どちらかと言えば一人で過ごす方が好みです。ですが、だからこそクラス全体でのイベントごとは参加しようと心掛けています」

 

 当てずっぽうで言ってみたが、どうやら当たりらしい。

 

「そうか」

 

「分かりましたか?」

 

「……何がだ?」

 

「私のことです。狡噛君の隣人がどんな人物なのか、少しは分かってくれましたか?」

 

 揶揄うようにして笑みを浮かべる白石を、俺は何処か魅力的に感じた。なるほど、確かにこれはクラス一の美少女だなと素直に感心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Aクラスの打ち上げには、クラスの半分以上が参加していた。その中には坂柳の姿もあった。こういう場所には姿を現さないと思っていたが、クラスメイトと親睦を深めることも戦略の一つという考えに落ち着いた。そんなことよりもだ。

 

「狡噛慎也、早く注文しなさい」

 

「少し待て。まだ考えてる」

 

「優柔不断な男はモテませんよ。あーあ、優柔不断な狡噛慎也のせいで注文が遅くなるー」

 

「………………」

 

 コイツ、人をイラつかせる才能があるのか。というか何故、森下は俺の横に座っている? 皆、俺が座る席に近づこうともしない。完全に孤立させられた。

 

「決まったからボタンを押せ」

 

「何故私が押さなければならないのですか? 待たせた狡噛慎也が押すべきでしょう」

 

「………………………………」

 

 それはその通りだが森下、

 お前が女じゃなければ手が出てた。

 

 他の席から俺を同情する目を向けてくる。同情するなら変わってほしいんだがな。

 

「狡噛慎也」

 

 店員に注文し終わった途端、森下が声を掛けてくた。

 

「なんだ?」

 

 料理が来るまで大人しくしていてほしい。

 そう思いながら、俺は鬱陶しそうに尋ねた。

 

「どうして貴方は、何処の派閥にも所属していないのですか?」

 

「………………」

 

 森下はふざけていると思えば、急に真面目な顔して話をぶっ込んで来るからやりにくい。

 

「じゃあ、真面目な答えかふざけた答え。どっちがいい?」

 

「両方で」

 

「そんなものはない」

 

「ハァ………では真面目な方で」

 

 何故お前がため息を吐くんだ。それにしても真面目な答えを選んだか。まぁ、それしか用意してなかったしな。

 

「いずれクラスは一つになる。だから、どちらの派閥に所属しようと関係ない。以上だ」

 

「なるほど、そういうことですか」

 

 その言葉で森下は納得してくれたようだ。

 

 坂柳か葛城か、どちらがリーダーに相応しいのか。それは近い将来ハッキリとするだろう。

 

 そして間も無く注文した料理がそれぞれのテーブルの上に置かれ、俺たちはグラスを掲げる。そして乾杯の音頭と共に、近くにいる生徒達とグラスを鳴らす。

 

「お疲れ」

 

「はい。お疲れ様です」

 

 俺も森下と乾杯する。そして料理に手をつけようとした時、

 

「狡噛」

 

「橋本?」

 

「ちょっと外で話したくてよ。森下、狡噛を連れて行くぜ」

 

「……………」

 

「残念ですが、狡噛慎也は私に離れたくなくて仕方がな「分かった、早く行こう」」

 

俺は席から立ち上がり、橋本の後ろをついていくことで店の外へ出る。外は既に暗くなっており、街灯が静まり返った街を照らしている。

 

「すまねぇな狡噛」

 

 俺に背を向けていた橋本が振り返り、外へ呼びつけたことを軽く謝る。

 

「皆んなの前では出来ない話なんだろ?」

 

「ああ、そうだな。単刀直入に言うけどよ、狡噛、坂柳の派閥に入らないか?」

 

 派閥への加入か、なるほど、中で話すことができないわけだ。この打ち上げに参加しているのは葛城派閥の人間もいる。あの中で話せる内容ではないな。

 

「悪いが、それは前に坂柳に直接断っている」

 

「知ってるぜ。それを承知で頼んでいるんだ」

 

 知っているなら何故俺を勧誘する?

 

「お前がこっちに入ってくれれば、負ける事はない。俺はな狡噛、お前を買っているんだぜ」

 

「それは光栄だが、俺は争い事はゴメンだね」

 

 読書をしている方が何倍もマシだ。綾小路と同じく、平穏な学校生活を送るために俺はここに来たのだから。

 

「なんでだ狡噛?この先、クラス間での争いは増すだろうし、いつまでも無関係を決め込む事はできないぜ」

 

 橋本は、是が非でも俺を坂柳の派閥に加えたいらしい。坂柳はそんなに信用がないのか? それとも、俺が葛城派閥に入る可能性を恐れているのか?

 

「橋本、俺は坂柳派閥にも葛城派閥にも入らない。お前は、坂柳をAクラスのリーダーに相応しいと思っているんだろう? ならそれを貫き通せ」

 

「………確かにお前のその通りだ。でもよ、信じてついていくってのも、中々に勇気がいることなんだぜ」

 

 橋本の言うことにも一理ある。信じてついて行く、口にするのは簡単なことだが、実際に行動すると不安にもなる。特に坂柳、あれは全て自分で決めてしまうタイプだろうよ。何も聞かされていないから余計に不安なる。

 

「橋本、お前は俺を買っているんだったな?」

 

「あ、ああ。そうだぜ狡噛」

 

 やっと入る気になってくれたか、そんな顔をしている橋本だが、それは間違いだ。

 

「なら、俺が今から言うことを信じろ」

 

「……………………」

 

 信じること。不安な橋本には酷な話ではあったが、俺はさらにこう続けた。

 

「葛城如き、坂柳の足元にも及ばない。二分したクラスは一つとなり、坂柳が全てを掌握する」

 

 俺は少し話しただけで理解した。坂柳有栖は相当な切れ者。それは高校生の域をゆうに超えていると。この先、葛城が頭脳で坂柳に勝てるビジョンが、俺には全く見えてこない。

 

「……狡噛、それは本当か?」

 

「安心しろ橋本。俺は普段こんな事を言わないが、100パーセントそうなる」

 

 入学してからまだ2ヶ月程、坂柳有栖をまだ完全に理解出来ていないから不安なだけだ。この先、坂柳の実力が皆にお披露目されるだろう。

 

「……分かったよ狡噛。お前の言葉を信じてみるよ」

 

「ああ、それでいい。そろそろ戻るぞ」

 

 まだ橋本の目は不安の色が完全には消えていないが、今の所はこれで良いだろう。俺が平穏な学校を過ごすために、坂柳には頑張ってもらわなければ。

 

「……………………」

 

 席に戻ったら、俺が頼んだ料理が無くなっていることに気付いた。誰かが俺の料理を食べた。そんなことする奴は一人しか思い当たらない。

 

「おい森下」

 

「美味しかったです」

 

 はぁーと深くため息を吐いた。そして再び店員を呼んで同じ物を注文した。

 

 

 

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