もう一人のホワイトルーム生です   作:パクチーダンス

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第五話 勧誘

 

 鬼龍院との出会いから数日。あれから鬼龍院とは特に何も無く、俺の日常は続いている。学年が違うから廊下ですれ違うこともないし、大勢の生徒がいる食堂で顔を合わせる確率も低い。

 

 だがあの時、鬼龍院は帰る際に「またご馳走になる」なんて言葉を残していった。俺が拒否しようにも、既に扉を開けて出て行った後だった。やはり彼女は自分勝手な人間だ。唯我独尊、なんて言葉が似合う女性も珍しい。だがその生き方が、鬼龍院自身の魅力を高めているのかもしれない。

 

「明日、CクラスとDクラスの話し合いがあるらしいぜ。狡噛、お前どっちが勝つと思う?」

 

 休み時間、トイレから帰ってきた俺に橋本が声を掛けてきた。

 

「正直、どっちでもいい」

 

 俺は橋本と会話しながら、席に戻って次の科目の教科書を鞄から取り出す。

 

「確かにAクラスにとってはどちらが勝つか負けるかはどうでも良いが、お前はそうじゃないと思ってさ」

 

「どういう意味だ?」

 

 橋本は何か言いたそうな顔をしているが、口を開こうとはしない。

 

「言いたいことがあるなら言え」

 

 俺がそう伝えると、橋本は周囲を見渡した後に顔を近づけてきた。そして小声で、

 

「お前は葛城や坂柳の指示に従わないから、どちらかのクラスの肩を持ってるんじゃないか?」

 

 呆れたことに、橋本は俺が他クラスと繋がっていると思っているのか。俺は鼻を鳴らす。

 

「その豊かな創造を、

 もっと勉強の方に活かしたらどうだ?」

 

「言ってくれるぜ。なら俺の思い過ごしということで良いんだよな?」

 

「当たり前だ。授業が始まるぞ。とっとと座れ」

 

「……分かったよ」

 

 橋本は席に戻っていく。分かった、とは言うものの橋本の表情は納得などしていなかった。俺はそんな橋本を気にも留めず、扉から教師が入ってくるのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 CクラスとDクラスの暴力事件についての審議が生徒会室で行われる。どうやら殴ったとされるDクラスの生徒は須藤、図書館でCクラスの山脇に殴りかかろうとしていた男子生徒だった。

 

 見た時から短期で粗暴の悪そうな奴だとは思っていたが、今回の事件の中心人物だとは。

 

「………………」

 

 図書館での一件、そして今回の暴力事件。この二つは、どちらもCクラスが関わっている。わざと挑発して手を出させようとしていた山脇、そして今回、須藤に殴られたと訴えたCクラス。これは偶然か。それとも………………。

 

「ねぇ君、ちょっと良いかな?」

 

 昇降口で外靴に履き替えながら考え事をする、そんな俺は誰かに声を掛けられ思考を一旦ストップした。後ろを振り返ると、ライトブラウンな髪色にひまわりの髪飾りを付けた女子生徒が立っていた。

 

「狡噛慎也君、だよね?」

 

「そうですが」

 

「良かった。やっと会えたよ」

 

 目の前の女子はホッとした顔をする。先程の発言から俺を探していたようだが、一体何の要件なのか。

 

「コレ、見覚えあるよね?」

 

 そうして俺の目の前に出されたのは、携帯に紐で取り付けられたお守りだった。それには見覚えがある。数日前、俺が日用品売り場で拾った物と一致する。

 

「君が拾ってくれたんだよね?」

 

「………どうして俺だと?」

 

 確かに俺が拾った物だが、素直に認めはせず、何故俺が拾い主と分かったのか尋ねた。

 

「店員さんに聞いたの。どんな生徒が届けてくれたんですか?って。そしたら、最近から見始めた顔だからきっと1年生だって。それに、身長が高くてイケメンだって言うから」

 

「それだけで俺と分かったんですか?」

 

 俺は店員に名前を名乗ったりしていない。決済の際に学生証を提示する必要があり、その時に名前を覚えていたなら分かるが、彼女の話だとそうではない。背が高いだのイケメンだの、それは個々によって捉え方が違ってくるものだろう。ならどうして俺だと分かったのか。  

 

「後は………ちょっとした人海戦術、かな」

 

 人海戦術か。彼女は人を動かしたりする人間には見えないが、まぁいいか。

 

「戻ってきて良かったですね」

 

「コレ気に入ってたんだ。落とした時は本当に焦ったけど、拾ってくれて本当にありがとう」

 

「なら今度は、落とさないようしっかり結んでおいた方がいいですね」

 

「うん。あっ、まだ自己紹介してなかったね。

 私の名前は朝比奈なずな。よろしく」

 

「狡噛慎也です」

 

 俺は笑顔で差し出された手を優しく握った。

 

「どうやら見つかったようだな、なずな」

 

 廊下からポケットに手を入れながら歩いて来たのは、入学当初の頃、2年生の廊下で出会ったこの学校の生徒会副会長・南雲雅だった。

 

「そうなの。この子が見つけてくれたんだよ」

 

 そして南雲は俺の前に立つ。

 

「なずなの探し人がお前だったとはな、狡噛」

 

「お久しぶりです。南雲先輩」

 

 俺は目の前にいる南雲に軽く頭を下げる。

 

「あ、あれ? 二人は知り合いなの?」

 

 朝比奈は俺と南雲を首を動かし交互に見つめる。

 

「えぇ。実は入学当初、

 南雲先輩にはお世話になりました」

 

「そうなの雅?」

 

「まぁな。悩める後輩の為に先輩として軽く助言をしたまでさ」

 

 実際、この学校の秘密を知る上で南雲の助言には役に立った。それについては感謝している。

 

「雅が後輩を気にかけるなんて、珍しいこともあるもんだね」

 

「心外だな。俺だって新しくできた可愛い後輩に優しくすることだってあるさ」

 

「う〜ん。ちょっと信じられないかな。

 狡噛君、もし雅に虐められたら私に言ってね」

 

「前提として、虐められないよう努めます」

 

「あはは、大丈夫だって。雅は堀北先輩一筋だから。後輩である君には何もしないよ」

 

「それはどう言う意味ですか?」

 

 俺は一瞬、南雲が同性愛者なのかも知れないと考えてしまい、身の危険を感じて半歩下がった。それを見た南雲は、

 

「オイなずな。妙な誤解を生む発言はやめろ」

 

「あははー、ゴメンゴメン」

 

 朝比奈は舌を小さく出して謝る。

 

「チッ。だがな狡噛、俺はお前に興味があるんだぜ」

 

 コチラに笑みを浮かべる南雲に対し、俺はまた半歩後ろに下がった。

 

「………もうそのくだりはいい。狡噛、お前この後暇か?」

 

 この後は寮に帰るだけだ。

 

「予定はありません」

 

「なら飯でもどうだ? ポイントは気にする必要はねぇぜ。俺が奢ってやる」

 

「狡噛君、雅がこんなこと言う出すなんて中々無いよ。ここは甘えちゃいなよ」

 

 タダほど怖いものは無いと言うが、

 

「……そうですね。ご馳走になります」

 

 ここは先輩の言葉に甘えるとしよう。そうして俺は、南雲とちゃっかり後を着いて来た朝比奈と一緒にケヤキモールへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先頭を歩く南雲に着いて行く俺と朝比奈。ケヤキモールに入ってから数分、南雲はとある店の前で足を止めた。

 

「入るぜ」

 

 ここは確か、ケヤキモール内で数少ない和食店一つ。しかも、料理も他の店とは比較にならないほど高く格式ある店だった筈だ。高校生が簡単に入ることは出来ない。そんな店に、南雲は悠々と暖簾をくぐって店に入って行く。

 

「私達も行こ」

 

 朝比奈も後に続いて店内に入って行く。朝比奈には緊張が見られない。何度か入ったことがあるのだろうか。ともかく俺も入店する。

 

 暖簾をくぐると、まず俺達は玄関で靴を脱ぐ。木製床の上を歩きながら、店員の誘導で個室へと案内された。

 

「ここは初めてか?」

 

「はい。少し緊張します」

 

「フッ、そうか」

 

 一枚板のテーブルに俺と南雲は対面、朝比奈は俺の横に腰を下ろした。

 

「頼め。何でもいいぞ」

 

 俺は南雲からメニュー表を渡され、受け取って中を開くとまず目に飛びついたのはポイントの額。単品は全て1000pp以上、その下は存在しない。セットは最低でも3000ppもいくのか。本当に何でもいいのか?俺は南雲の財布の中身が気になって仕方がない。

 

 俺は恐る恐る3500ppするものを選択して朝比奈にメニュー表をさっさと渡した。

 

「えーと、なら私はコレかな」

 

「決まったな」

 

 南雲がインターホンを鳴らして店員を呼ぶ。そして注文を終えた俺達は料理が運ばれてくるのを待つ。

 

「さてと、これでやっと話せるな。ここにお前を連れて来たわけを」 

 

 南雲は急に真剣な表情へと変化する。

 

「美味しい料理を食べるのが目的では?」

 

「なわけあるかよ。真面目な話だが狡噛、俺はお前をスカウトしたいのさ」

 

「えっ、それってまさか…………」

 

 朝比奈は目を見開く。

 

「狡噛、生徒会に入らないか?」

 

「俺を、生徒会に……………?」

 

 まさか、現生徒会副会長から生徒会に勧誘されるとは思わなかった。

 

「理由を聞いてもいいですか?」

 

「勿論だ。お前を生徒会に誘う理由は3つある」

 

 南雲は三本の指を立てた。

 

「まず1つ目は、お前が今年の入学試験で全教科満点を取ったことだ」

 

「スゴッ!?」

 

「……………」

 

 朝比奈は驚愕を露わにした。

 

「スゴイじゃん狡噛君! 全教科満点だなんて。そんな人、本当にいるんだね!」

 

「………ありがとうございます」

 

 朝比奈は俺の背中をバンバンと叩いて(結構強い)褒めてくれる。褒めてくれるのはいいが、そろそろ痛いからやめてほしい。

 

「今年はお前だけじゃなくもう一人満点を取った奴がいるが、そいつの事はまぁいい。

 次の2つ目は、お前が入学初日にこの学校の秘密を暴いたからだ」

 

 叩くのが止んだ。俺は隣に首を動かすと、朝比奈が口をポカンと開けており、唖然とした表情を作って俺を見ていた。ちょっと可笑しくて笑ってしまった。

 

「全てを理解していたわけではありません」

 

「だが来月も10万ppポイントが振り込まれないことを確信していたろ? あの時俺が話しかける前にも、お前は監視カメラを気に掛けたり、教室の中を覗いていた。気が付いたんだろ? 机の数が少ないことに」

 

「えぇ。ですが退学していたとは思いませんでした」

 

「まぁな。俺も初めに聞かされた時は驚いたが、今ではもう慣れた」

 

 南雲は注文をする際に出された茶を飲んだ。

 

「そして最後の3つ目は、お前が鬼龍院に興味を持たれているからだ」

 

「鬼龍院………?」

 

 何故アイツが出て来るんだ?

 

「つい一昨日、お前と鬼龍院がデートしている所を俺のクラスメイトが目撃した」

 

「デートではありません。あれは無理やり付き合わされたんです」

 

 ここは否定しておかなければ。

 

「そうか、まぁなんでもいいさ。大事なのは、堀北先輩や俺に一切興味を示さなかったあの鬼龍院が、お前にだけは興味を示した。これがお前を勧誘する決め手になったのさ」

 

「随分と高く鬼龍院先輩を評価していますね」

 

「あの女は協調性が皆無でクラスで浮いてはいるが、学力や身体能力は共に学年でトップクラスだ。クラス同士の争いにも参加せずのらりくらり。アイツが本気で取り組めば、俺も危なかったかもな」

 

 あの人、そんなに凄かったのか。ただの迷惑な先輩ではなかったらしい。

 

 そう言って笑う南雲だが、目は笑っていなかった。鬼龍院が本気でやっても、絶対に自分が勝つと思っているのだろう。

 

「狡噛君て、とても凄い子だったんだね………」

 

 最後は言葉すら出てなかった朝比奈が、ポツリと呟いた。

 

「朝比奈先輩は鬼龍院先輩とはお知り合いですか?」

 

「うん。だけど普段話す機会はほぼ無いよ。廊下ですれ違ったら挨拶するくらい。孤高の存在、高嶺の花って感じかな」

 

「高嶺の花? 彼女が?」

 

「そうだよ。女子にも人気があるんだよ」

 

 高嶺の花か………まぁ分からんでもない。彼女のルックスならば、男女問わず視線が集まるだろう。

 

「さて話を戻すぞ。狡噛、この3つの理由から俺はお前を生徒会に勧誘したい。さぁどうする? この話を受けるか?」

 

「……………俺からも3つ質問してもいいですか?」

 

 今度は俺が三本の指を立たせた。

 

「いいぜ」

 

「ありがとうございます。まず1つ目は、生徒会に入ったら俺はどんな恩恵が得られるのでしょうか?」

 

「部活動の活躍次第でppが付与されることは知っているな?同じ様に生徒会活動に取り組めばppが手に入る。なにしろ生徒会の業務は多くてな、頑張れば頑張るほどそれに見合った報酬が得られる」

 

「なるほど」

 

 ppは沢山あっても困らない。むしろ、この学校ではppをいかに有効的に使うかが肝になってくる、そんな気がする。社会でもそうだ。金の多さで出来る範囲が違ってくる。

 

「一番は、学校の仕組みに多少の口出しが出来ることだ。生徒会長にもなれば、ある一定の権限が与えられる。教師も簡単には首を横に振れねぇ」

 

 この学校の生徒会長にはそこまでの力があるとは素直に驚きだ。この学校の顔としての役割。堀北学、彼はどれだけの責務と重圧を身に背負っているのだろう。

 

「次に2つ目、俺のクラスの葛城が生徒会に受け入れられなかった理由を聞かせてもらえますか?」

 

 それは4月初めの頃、葛城は生徒会の門を叩いたようだが、残念ながら受け入れてもらえなかったらしいのだ。葛城はこの2ヶ月見てきたが優秀な生徒と言っても差し支えない。何故跳ね除けられたのかを俺は知りたい。

 

「あれは堀北先輩が下した決定だ。俺はそれに関与していない。だけどそうだな、葛城が生徒会に加入できなかったのは、そのうち俺に飲み込まれると思ったんだろう」

 

 飲み込まれる、はてどう言うことだろうか。しばらく待っていても南雲は口を開かなかった。仕方が無い。

 

「最後に3つ目、南雲先輩は生徒会長になって何がしたいんですか?」

 

 南雲はしゃべらない。ずっと俺の目を見ている。彼は茶を飲むべくグラスに手を伸ばす。全てを飲み干し、そして答える。

 

「狡噛、その質問に答えてやるにはお前はまだ知らなすぎる。例年通りならば、お前達1年生は一旦この学校を出ることになるだろう。そして始まる、この学校の本当の試験がな」

 

「本当の試験……?」

 

「それが終わって帰ってきたら、改めて話してやる。俺がこの学校をどうしていきたいか。あまり答えてやれなくて申し訳ないが、ここまでの話を聞いてお前の気持ちを聞いておきたい」

 

「…………………………………………」

 

 この学校の本当の試験、今後俺が、俺達1年生が待ち受けているもっと大きな何か。まったく、俺はとんでもない学校に入学してしまった。俺はここで、入学当初の自分を思い出した。

 

 俺が入学初日に思ったのは、高校生活3年間を大切にしたいという気持ちだ。限られた時間の中、どれだけ自由に謳歌出来るのか。だが、大切にしたいとは抽象的であり、具体的なことをは思い浮かんでいない。大切とは何だろうか。それは人それぞれ違って来るが、俺にとって大切なこととは何だろうか。何故だろう。俺は今、大きな分岐点にいる気がする。

 

「どうなんだ?」

 

 痺れを切らして尋ねてくる南雲。

 

「ここが俺のターニングポイントかもしれません」

 

「………どう言う意味だ?」

 

「この話を受ける受けないで、俺の今後の学校生活が大きく変わって来る、そんな予感があるんです」

 

 今すぐ答えを出すのは勿体無い気がする。まだ吟味していたい。そう俺は強く思う。

 

「この話、すみませんが保留にしてもいいですか? 俺には考える時間が必要なんです」

 

「………分かった、いいだろう。ただし期限は10月が始まる前だ。それまでには答えを出してもらう」

 

 まだ4ヶ月も先なんだな。

 

「随分長く待ってくれるんですね」

 

「堀北先輩の生徒会の任期は10月で終わる。そこからは俺の番ってわけさ」

 

「はい。それまでには必ず」

 

「連絡先を交換しておく。携帯を出せ」

 

「あっ、私も私も!」

 

 そうして俺は南雲と朝比奈の連絡先を手に入れた。新たな二人の先輩との出会いが俺に何をもたらすのか。そして、良いタイミングで店員が料理を運んで来てくれた。俺達は手を合わせ、見るからに美味しそうな料理に舌を唸らせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜朝比奈なずなの視点〜

 

「少し先を外します」

 

 狡噛君が立ち上がり、私達に断りを入れてから個室を出て行った。多分お手洗いなのだろう。丁度いい、私は雅に聞きたいことがある。

 

「ねぇ雅」

 

「どうしたなずな?」

 

 私の声に、雅は食べる手を止めた。

 

「どうして狡噛君を生徒会に入れたいの?」

 

「理由はさっき言っただろ?」

 

「…………確かに狡噛君は優秀な生徒だってことは分かった。でも、本当はそれだけじゃ無いでしょ?」

 

 雅は箸を置き、そして天井を見上げた。

 

「この1年間で分かったのさ。今の2年の中で、俺を楽しませてくれる奴はいないってことがな」

 

 雅の顔は、声は、何処か悲しように感じられた。

唯一、雅の相手になる楓花ちゃんは戦いに参加する気がないから、仕方がないのかもしれない。

 

「俺達Aクラスは、他クラスとcpを大きく引き離した。次の特別試験でも差が広まれば、Aクラス卒業はほぼ確実だ。良かったな」

 

 そうなのだ。私達Aクラスのcpは、Bクラスでも500cpもの差が存在している。C、Dクラスはもう逆転など絶望的で、戦意はとっくに失われている。雅には勝てないと諦めてしまっている。まだ戦う意思があるのはBクラスだけ。

 

「雅には本当に感謝してる。私達は、たまたま雅と同じクラスだったから。そのお陰で安泰な地位にいる」

 

「フッ、運が良かったな。これからも、俺の為に働いていればそれでいいんだよ」

 

 それはそのつもりだけど………。

 

「誰も相手がいないから、雅は堀北先輩にちょっかいを掛けているんだよね?」

 

「まぁな。だがその堀北先輩もこの学校にいる時間は残りわずか。その短い間の中で、堀北先輩と戦えるかは正直微妙なところだ」

 

 この学校の仕組み上、他学年と戦えることはまず無い。あっても体育祭くらいなものだろう。

 

「要するに、雅は堀北先輩の代わりになる生徒を探しているってことね」

 

「堀北先輩の代わりなんて誰にも出来やしない。狡噛が、俺の遊び相手が務まるかはこれから見定める」

 

 笑った顔が怖いな〜。絶対悪いこと企んでるよ。

 

 狡噛君、雅に目を付けられて可哀想だな。私には雅を止めることはできないし、出来るだけ彼の前では良い先輩でいよう。

 

 ガラッと扉が開く。狡噛君が戻ってきた。さっきまで話していた内容のせいで、変に緊張して肩が跳ねてしまった。雅は何食わぬ顔して食べているし………。

 

「…………何か、俺に聞かれたらマズイことでも話してましたか?」

 

 私の横に腰を下ろした狡噛君から、予想外の、

 今聞いてほしくないNo. 1の言葉が投げられた。

 

「えっ? なんの事かな?」

 

 いけない。平常心平常心。

 私こういうの苦手なんだよな〜。

 

 すると彼は、自分の顔にトントンと指を差した。

 

「顔」

 

「へ?」

 

「顔に書いてありますよ」

 

 狡噛君に言われて、

 私はペタペタと顔を触る。嘘、顔に出てた?

 

「狡噛、なずなにポーカーフェイスは無理だ」

 

「その様で」

 

「あ、あははー。参ったな〜もう〜」

 

 狡噛君ならもしかして、雅と良い勝負するんじゃないかな。まぁ、ただの女の勘だけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。俺が教室に入ると、何やら俺の席に女子が集まって久々と話している。その中から西川が俺を見て一直線に駆け込んで来た。そして第一声が、

 

「狡噛君彼女いたの!?」

 

 彼女の声は教室に響き渡り、発声源の西川と側にいる俺へとクラスメイトの視線が集まる。朝からうるさい奴だ。俺がなんだって?

 

「狡噛君、ちょっと聞いてる?」

 

「あぁ聞いてるよ」

 

「でさ! 彼女いるって本当なの?」

 

「いないよ」

 

 ぶっきらぼうな返事をし、西川の横を通り過ぎる。そして俺の席に集まる女子達を、

 

「そこをどいてくれ」

 

 少し低いトーンの口調で発すると彼女達はビクッと跳ねて一気にはけていく。俺は席についた。

 

「おはようございます、狡噛君」

 

 いつものように白石から挨拶させる。

 

「おはよう白石。ところで、これは何の騒ぎだ?」

 

「学生寮のエレベーターで、お前が女子生徒と一緒に男子の階で降りる所を見た奴がいたんだよ」

 

 俺は白石に聞いたはずなのに、何故か近づいて来た橋本が答えた。ならその目撃者は、一緒に乗っていたあの女子生徒か。言いふらすとは面倒なことをしてくれた。

 

「あの後部屋に連れて行ったんだろ? 一体何してたんだよ〜?」

 

 後ろから俺の肩に手を置いてニヤニヤと笑う橋本。俺はその手を邪魔だと払いのける。

 

「さっきも言ったが彼女じゃない。一つ上の先輩だ。飯を食わせろと言われたから食わせてやっただけだ」

 

 これは純然たる事実だ。

 

「飯を食わせろ? なんだそりゃ?」

 

 俺も知らん。

 

「一つ聞きたい。この話はどれくらい広まっているんだ?」

 

「どうだろうな。俺が聞いたのは昨日の放課後だからよ。まだ被害は少ないんじゃないか?」

 

 俺もそう願いたいよ。

 

「それはちょっと女子のネットワークを舐めすぎだね。もう学年全体に広まってるんじゃないかな?」

 

「なに……?」

 

 学年全体? あの女子生徒………根も葉もない噂を撒き散らされては迷惑で仕方ない。いつか会ったらどんな形であれお礼をしてやろう。

 

「まぁ確かに、ランキング1位の狡噛さんだからな。そりゃすぐに広まっちまうわ」

 

「あれ? なんで橋本君知ってるの?」

 

「あ、やべ」

 

「……………俺の気が変わらないうちに席に戻れ」

 

「おっと、流石にやり過ぎたか」

 

 橋本は身の危険を感じて颯爽と逃げて行った。そして、俺は西川とその他女子を手で追い払った。

 

「はぁ………ったく」

 

 俺は背もたれに体重をかけた。元を辿れば全て鬼龍院が悪い。まぁ、こうなる事を予測出来たのに手を打たなかった俺にも………いや、俺は何も悪くないな。

 

「そう邪険にしては可哀想ですよ。狡噛君には迷惑な話だと思いますが、女の子はこう言った話が大好物なんです」

 

「ならお前もそうなのか?」

 

 白石と会話しながらも、俺は今日も見もしない教科書を鞄から取り出して、机の上に広げる。授業の時間は退屈と言っていい。拘束された時間で出来ることといえば、他人を観察するか夕飯は何にするか考えるだけ。本を読んでいた方がよっぽどマシというもの。

 

「私の場合は、隣人に好きな人が出来たと知って、

 どんな人なのか興味が湧いていました」

 

「そんなこと言って、

 本当は揶揄いたいだけなんだろ?」

 

 冷たく言い放った俺。その言葉の直後、白石の取り巻く雰囲気が変わった気がした。

 

「…………狡噛君は、私が人の恋路を揶揄する人間だとお思いですか?」

 

 俺は視線を横にスライドする。そして俺は、そこにあった白石の顔を見て驚いた。眉頭が僅かに下がり、目は鋭さと力強さを持ち、口は強く結ばれていた。

 

 そう、彼女は俺に怒っていた。いつも俺に微笑み掛けてくる白石らしからぬ表情。それを作り出したのは、間違いなく俺の言葉。

 

 怒っているのは多分、自分が人の恋を冷やかす人間だと思われたことだろう。だが分からないのは、彼女の怒った表情の中に何故か悲しみが読み取れたこと。

 

 悲しむ。一体なぜ…………。

 

「いや、すまん。少し言い過ぎた」

 

「………いえ、私も少しムキになってました。申し訳ありません」

 

 チャイムが鳴って真嶋先生が入ってきて、俺たちの会話はここで終わった。真嶋先生が教卓の前に立ち、色々と連絡事項を話しているが、俺はその声に集中出来ていない。

 

 首を僅かに動かして白石を見るが、彼女は前を向いていなかった。顔は大きく下がり、何もない机を見つめていた。

 

「…………………」

 

 その後の俺は授業中ずっと、隣人との気まずい雰囲気に居心地の悪さを感じていた。

 

 

 

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