もう一人のホワイトルーム生です   作:パクチーダンス

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第六話 無人島

 

 CクラスとDクラスの暴力事件は、Cクラスが訴えを取り下げた事で幕を閉じた。

 

 俺は事件の内容を詳細に知ってはいなかったが、Dクラスが不利な状況ではあったことは分かっていた。そこからこの結果に持ってきたのは、まずDクラスの勝利と言っていい。

 

 何故、訴えを下げたのか。誰がそうさせたのか。

そう考えると、俺の脳裏には綾小路の姿が浮かんでくる。何か明確な根拠があるわけでもないのに。

 

 事なかれ主義を謳っていたアイツが面倒ごとに首を突っ込む訳がないのに、他の生徒、堀北鈴音や一之瀬帆波の策略とは考えず、俺は綾小路だと無意識に決めつけていた。

 

 どんな方法を使ったのかは分からないが、綾小路ならそれが出来る。そう確信している。

 

 何故なら、綾小路清隆はホワイトルームの最高傑作だから。理由なんてそれで十分だろ。まぁ本当は綾小路じゃなかったとしても、もう過ぎた話だしこれ以上考えても仕方ないことだ。

 

 そんなことよりも、今はただ……………………

 

 

 この壮大な、どこまでも続く青の世界をただ眺めていたいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 期末テストを終え夏休みを迎えた俺達1年生に待っていたのは、高度育成高等学校が用意していた2週間の豪華客船によるクルージングの旅だった。

 

 視界いっぱいに広がる大海原。雲ひとつない空。世界は上も下も青一色に染まっていた。太陽光を反射した海面がギラギラと輝く。俺はデッキからただ呆然とその景色を眺めていた。

 

「………………」

 

 随分と遠くまで来てしまった。あの白い施設にいた時の俺には考えられないような景色が目の前にある。

 

 風が俺の髪を優しく揺らす。その際、海の匂いをたっぷりと含んだ空気が鼻腔を掠める。この匂い、悪くないな。新鮮な空気を肺の中に満たしていく。そして大きく息を吐く。

 

「こんな所にいましたか、狡噛君」

 

 コツ、コツと杖をつく音と共に、風で飛ばないようベレー帽を片手で押さえながら坂柳が歩いて来た。普段から身の回りを手伝う神室を連れず一人で。

 

「どうかしたか?」

 

「貴方を探していました」

 

「俺を?」

 

 なら電話すれば良かったろうに。

 坂柳は俺の横に並び立つ。

 

「今、何を考えていますか?」

 

 坂柳は俺の目を見て問い掛ける。

 俺は彼女から視線を切り、再び青い海を眺める。

 

「海綺麗だなって」

 

 ただその感想に尽きる。

 

「うふふ。そうですね」

 

 坂柳は俺と共に海を正面に見据えて立ち尽くす。

 その時間が30秒ほど続いた。

 

「このまま楽しい旅行で終わると思いますか?」

 

「まさか」

 

 俺は肩をすくめる。これがただの楽しいクルージングなら、どんなに良かったことか。

 

 この客船。一流の有名なレストランから演劇が楽しめるシアター、高級スパまで施設が非常に充実している。一般人が簡単に乗れる船じゃない。

 

 そんな船に、ただの高校生である俺達がこんなセレブな扱いを受けるなんて、金を無駄に浪費していると言わざるを得ない。俺はこの国の政府に心底呆れてしまう。お偉いさん方の考えることは分からないな。

 

「何があると思いますか?」

 

 俺は首を横に振る。

 

「さぁな。別になんでもいいさ。

 今はただ、この景色を目に焼き付けておきたい」

 

「そうですよね。ホワイトルームにいた頃には、

 考えられない光景ですしね」

 

「そうだな。あの場所じゃあーー」

 

 俺は数秒、思考が停止した。やっと思考が動き始めた時には、横に立つ坂柳へ首を思いっきり動かした。

 

「坂柳……お前……………」

 

 俺と綾小路との間でしか絶対に聞くことが出来ない単語。ホワイトルーム。それがクラスメイトの、この小さな少女の口から発せられた事実に、俺は驚愕していた。

 

「それをどこで知った?」

 

 坂柳はただ俺を見て微笑んでいた。驚いた俺の顔を面白がっているように見えた。

 

 俺は坂柳により一層の警戒を露わにした。俺はこの瞬間、坂柳があえて神室を連れずに一人で来た理由が分かった。これを言うためだったのだろう。

 

「そう怖い顔しないで下さい」

 

「ならさっさと言え」

 

「立ち疲れてしまいました。座って話しませんか?」

 

 坂柳はデッキに設置された、丁度太陽から影になっているベンチに腰掛ける。そして空いてるスペースをポンポンと手で叩いた。

 

「………………………」

 

 何故、坂柳がホワイトルームを知っているのか。知らなければならない。だが主導権は坂柳が握っている。ならば、今は坂柳の言う通りにするのが最善。俺は坂柳の横に座る。

 

「さっきの、お前は何処で知った?」

 

 周囲に人の気配はない。しかし監視カメラがある。無理矢理に吐かせることは出来ない。しかしそれは、最後の手段として俺の選択肢の中にセットしている。

 

 ホワイトルームの関係者? 親が政府の人間? 

 可能性はいくつか考えられるが坂柳、お前は一体どこでそれを知った?

 

 俺は坂柳の横顔を見据える。しかし坂柳は俺を見ようとはせず、何処か遠くを見て、そして話し出した。

 

「私は一回、あの白い部屋を訪れた事があるんです」

  

「…………」

 

「そこで私は、二人の少年を目に見ました。沢山の白衣を着た研究者達に囲まれながらチェスをしている所を」

 

「………………………」

 

 坂柳は懐かしい、遠い日の記憶を思い出している面持ちだった。俺もまた、彼女の言葉で昔を思い出す。まだ幼い俺と綾小路がチェスをした、あの時を。

 

「あれは貴方でした。狡噛君。たった一度きり、お父様に連れられて来ただけ。だけど私には、あの日の記憶が今もなお鮮明に思い出せるんです」

 

 坂柳の父はホワイトルームの関係者か。ならば、綾小路先生と繋がりがある人物。彼女の表情から、嘘を言っているようには見えない。

 

「見ていたのか」

 

「えぇ、見ていましたよ。

 綾小路君に負ける、貴方の姿を」

 

「そこは忘れてくれ」

 

「フフッ。残念ですがそれは出来ません」

 

 坂柳は悪戯な笑みを口元に浮かべた。俺も釣られて口元が綻ぶ。坂柳への警戒心は解かれていた。

 

「狡噛君を見た時、すぐに声を掛けたかったのですが、貴方は外の世界に来たばかり。慣れるのに時間が掛かったのではありませんか?」

 

「お前の言う通り時間は掛かった。だが、目に付くもの全てが興味の対象だった。退屈はしなかった」

 

「それは良かったです」

 

 坂柳は自分の事のように、満足そうな顔をしていた。

 

「是非一度、私とチェスで勝負しませんか? 二人の対局を見てから、チェスを嗜むようになりまして」

  

「望む所だ。ならその時は、綾小路も呼んで3人でやろう」

 

 俺が言った次の瞬間、カラーン、と坂柳が杖を離し床に落とした。俺を見て驚いた表情のまま、彼女は固まって動かなくなった。まるで金縛りにでもあったように。

 

「坂柳?」

 

 坂柳の異変に不思議に思いつつも、俺はベンチから立ち上がり、落とした杖を拾って坂柳に渡そうとするが、彼女は一向に受け取る素振りを見せない。

 

「彼が、いるんですか………?」

 

 坂柳は視線が定まらず、動揺を隠しきれない。只事ではないと思い、俺は直ぐに坂柳の肩を掴んで揺らした。

 

「おい坂柳!」

 

「この学校に、綾小路君が……………」

 

 小さく呟く彼女の瞳には俺を映していなかった。

 

 

      ピーンポーンパーンポーン

 

 

『これより、当学校が所有する孤島に上陸します。生徒達は30分後、全員ジャージに着替え、デッキに集合して下さい。私物は全て部屋に置いてくるようお願いします』

 

 アナウンスが船内に流れた。

 

「……………どうやら、試験が始まるようですね」

 

 いつの間にか平常心を取り戻した坂柳が、俺から杖を受け取った。

 

「大丈夫か?」

 

「ご心配をおかけしました。今回の試験、私は不参加となっています。次に会うのは、少し先になってしまいますね」

 

 坂柳の口振から察するに、彼女には今回行われる試験がどのような試験なのか、事前に学校側から話されているようだ。

 

「狡噛君」

 

 坂柳は座った状態で正面に立つ俺を見上げる。

 

「どうした?」

 

「この特別試験が終わった後、少しお話があります。時間を作ってはもらえますか?」

 

「…………わかった」

 

「私はもう少しここに居ますから。さぁお早く」

 

 坂柳に促され、俺は彼女を置いてその場を後にする。船内へ戻る際、一度だけ坂柳の方を振り返る。彼女は空を眺めていた。どこまでも広がる青空を。遠くを見る彼女は今、何を思い浮かべているのか。何を思い馳せているのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 船を出て、孤島に足を踏み入れた俺達1年生は、先生達の指示によって直ぐに整列させられた。何かが始まる。そんな気がしていた俺たちの前に、メガホンを持った真嶋先生が壇上に立つ。こんな暑い太陽の下、冷酷な一言が発せられた。

 

「只今より、本年度最初の特別試験を行う」

 

 真嶋先生の言葉を聞いて、生徒達がざわつく。今までただの旅行だと思っていた者達に襲い掛かる不意打ち。夏のバカンス、そんなものは幻想に過ぎなかった。

 

「期間は一週間、8月7日の正午に終了となる。君たちはこれから一週間、この無人島で集団生活をしてもらう。この特別試験は、実在する企業研修を参考にして作られた実践的かつ、現実的なものであると言っておく」

 

 真嶋先生の説明が続いていく。いまだ何が起こったのか分からず、理解が追いつかない者、覚悟を決めた者様々だ。

 

「この試験のテーマは『自由』。まず大前提として各クラスには、試験専用のポイントの300ポイントを支給する事になっている。このポイントを上手く使うことで、一週間の特別試験を乗り切る事が可能だ。そのためのマニュアルも用意してある」

 

「このマニュアルには、ポイントで入手できる物のリストがすべて載っている。堅実な計画プランを立てれば、無理なく一週間を乗り切る事ができる」

 

 最初から300ポイントを支給されてからのスタート。このポイントが、一週間の生活の鍵を握るか。

 

「特別試験終了後、各クラスに残っているポイントは、各クラスのクラスポイントに加算された上で、夏休み明けに反映される」

 

 cpが増える。そうなれば、毎月に振り込まれるppの額が増える事になる。ならば、多少無理してでもポイントを抑えようと努力しようと考えてしまうだろうが、それは罠だと俺は気付く。

 

「特別試験のルールでは、体調不良などでリタイアした生徒が出た場合、そのクラスにはマイナス30ポイントのペナルティが与えられる事になっている。よって、今回の試験で欠席がいるAクラスは、270ポイントからスタートする事になる」

 

 容赦のない通告。坂柳が欠席した事によって、俺たちはスタートする前から他クラスよりも支給されるポイントが減ってしまう。坂柳の身体では、一週間も無人島で暮らすなど到底出来るわけもない。こればかりは仕方ない。誰も坂柳を責められない。この事に関して、俺のクラスからは不満を漏らす生徒なんて…………。

 

「そんな!嘘だろー!?」

 

 一人いた。戸塚弥彦、葛城を慕う葛城派閥の筆頭。坂柳のいない今、この特別試験は葛城がリーダーとなり、皆を引っ張っていくだろう。腕の見せ所だな。

 

「今から全員に腕時計を配布する。この腕時計は試験中、外す事なく身に付けておくように。この腕時計は時刻の確認だけでなく、その人間の体温、脈拍そしてGPSも備えている。万が一に備え、学校側に非常事態を伝えるための手段も搭載されている。緊急時には、迷わずそのボタンを押してくれ。それは時に、君たちを命を守る物だ。許可なく外した場合は、ペナルティを与えるので気をつけるように、以上だ」

 

 ようやく真嶋先生の長い説明が一通り終わりを告げ、各クラスはそれぞれ集まって動き出していたが、俺たちAクラスはというと、

 

「よしお前ら、葛城さんの言う通りに動けよ」

 

「おい戸塚、なんで葛城が仕切る事が確定しているんだよ」

 

「おい文句があるのかよ。坂柳がいない今、誰がAクラスを指揮するんだよ。葛城さんしかいないだろ?」

 

 Aクラスで二分された勢力。葛城派閥と坂柳派閥。坂柳派閥の生徒は、葛城が指揮をする事に不満を持っているようだ。俺はその言い争いを一歩外側から眺めていた。

 

「全く話が進まないな。なぁ狡噛?」

 

 橋本が俺に肩に手を置く。

 

「橋本、お前は葛城がクラスを指揮をするのに不満はないのか?」

 

「不満なんかないぜ。姫さんが居ない今の状況だと、葛城が指揮をするのが妥当だ」

 

 Aクラスには、坂柳の他にリーダー足りえる人間は葛城しかいない。この特別試験でどれだけ好成績を残して、クラスの信頼を勝ち取れるかで葛城この先の行方に掛かっていると言えよう。

 

「いや、一人いたな」

 

「誰だ?」

 

「お前のことだよ狡噛」

 

 俺だと?

 

「お前なら、Aクラスを引っ張れるんじゃないかと思うけどな」

 

「……無理だよ。俺に人を動かす力はない」

 

「えぇホントかよ」

 

 本当か冗談か分からない橋本の目。俺は戯言として流しておく。

 

「皆んな聞いてくれ。俺がクラスを指揮するのに不満を持っている者もいるのは分かっている。だが今回は、力を合わせて協力しなければならない。今問おう、俺が指揮をするのに不満を持つ者は手を挙げてくれ。その者が代わりにクラスを指揮してくれるならば、俺は譲るつもりだ」

 

 葛城はクラスの目の前で演説する。そうすると誰も手を挙げる者はいなかった。先程まで文句を言っていた者もそれを受け入れる。これで一時的だが、Aクラスは一つとなった。

 

「オイ狡噛、一匹狼を気取っているお前も、今回は葛城さんに従ってもらうからな」

 

 戸塚に指を差されたことで、一時的にクラスメイトの視線が俺に集中する。

 

「あぁ、俺は誰が指揮しようが構わない」

 

「何だと?」

 

 戸塚は俺を睨みつけてきたが、俺は涼しい顔して無視してやった。

 

「ははは、お前は相変わらずだな」

 

 橋本が笑っている。それと、そろそろ肩を叩くのをやめろ。

 

「このマニュアルは葛城、お前に渡しておく。さっきも言ったが、一冊しかないので大切にな。まだ、この特別試験での特殊なルールが詳しく記載されているので、皆もよく読んでおくように」

 

 俺たちの様子を見守っていた真嶋先生が話し合いが一区切りしたと思い、近づいて葛城にマニュアルを渡した。特殊なルールか、気になるから後で葛城に借りるか。

 

「先生、質問なんですが、この腕時計は水に濡れても大丈夫な物なんですか?」

 

「ああ、たとえ海水に濡れても問題はない。だが、転んだ衝撃で内部のセンサーが壊れてしまう、なんて可能性もある。十分注意するように。他に質問はないか?」

 

 真嶋先生は葛城の質問に答えると、クラス全体見渡すようにして他に手を挙げるものがいないか確認する。

 

「はい、質問があります」

 

「何だ?狡噛」

 

 橋本は俺が手を挙げたのに驚いていた。再び皆の視線が集まる。俺は説明の中で、疑問を思った事を真嶋先生にぶつける。

 

「自分たちのポイントが0よりも下、マイナスポイントになることはあるのでしょうか?」

 

「それは無いと断言しよう。もし仮に、おまえたちお前たちのポイントがゼロとなり、そこへペナルティが与えられたとしてもゼロのままだ」

 

 ポイントはゼロより下はないのか。少し緩いな。

 

「ではお前たち、健闘を祈る」

 

 真嶋先生は、船に近くに建てられたテントへと歩いて行った。

 

「それじゃあ、今から生活に必要な物を買っていく。何か意見があれば何でも言ってくれ」

 

 ついに始まった無人島サバイバル。俺達Aクラスは無事に、この7日間を乗り切る事が出来るのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺たちAクラスは、真嶋先生から受け取ったマニュアルからいくつか日用品を購入したのち、森の中へと入って行った。先頭は葛城が進み、その後ろを他の生徒が付いていく形になっている。俺はというと、

 

「森下、大丈夫か?」

 

「ハァハァ、何を言っているんですか狡噛慎也。

 私は元気百倍、藍ちゃんです。ハァハァ」

 

「そんなに元気があるんだったら、俺に分けてもらえると嬉しいがな」

 

「少し黙ってもらえませんか? 喋ると余計な体力を消耗しますから」

 

 森下は言葉にキレがなく、見るからに余裕がなさそうに肩で息をしている。最初は中列にいた筈なのに、森下のペースに合わせていると、いつの間にか最後尾を歩いていた。

 

「森下、皆んなからだいぶ離れた。もう少しペースを早められないか?」

 

「鬼畜ですか狡噛慎也。今の私の状態を見て、そんな言葉が出て来るなんて、貴方は人の温かさが欠落しています」

 

 俺達の前を歩く白石が心配そうに見ていたが、俺は「気にするな」と手を挙げる。しかし、このままではいずれ逸れてしまう。仕方ない。

 

 俺は森下の前で片膝を地面につけて、森下を背負う姿勢をとった。

 

「俺の背に乗れ」

 

「いいのですか………?」

 

「逸れるよりマシだ」

 

「そうですか。それは大変いけませんね。

 私を背負う事を許可しましょう、狡噛慎也」

 

「いいからさっさと乗れ」

 

 全体重を掛けてきた森下を俺は背負い、ゆっくりと立ち上がり、前を歩く集団に追いつくためにペースを早めていく。

 

「すぐにバテますよ」

 

 俺の体力がなくなることを懸念しているのか。

 

「問題ない」

 

 舐めてもらっては困る。森下は知るわけもないが、あの地獄のカリキュラムをこなした俺にとっては、森下を背負って不安定な足場が続く森を歩くなど朝飯前だ。

 

「それは良かった。また歩くのは面倒ですからね」

 

「……………………」

 

 俺への心配じゃなく、また歩く羽目になる自分を心配しての発言だったのかよ。

 

「おい森下、お前だけズルいぞ」

 

 集団に追いついた俺と森下。吉田は、俺に背負われ完全にリラックスしている森下に文句を吐いた。

 

「いけませんね、吉田健太。この乗り物は一人専用なんですよ」

 

 吉田に対してVサインする森下。

 

「なんかムカつくな。狡噛、お前腹立たないのかよ?」

 

「もう慣れたよ」

 

 いつもなら無視して置いていくことは簡単だが、

 今回はそうはいかないからな。

 

「それにしても、俺たちは何処のスポットを占有するんだろうな」

 

 吉田が言う『スポット』というのは、この特別試験の特殊ルールの一つ。俺たちがいるこの島の各所には『スポット』と呼ばれる箇所がいくつか設けられている。その『スポット』は、占有したクラスのみ使用できる権利が与えられる。

 

「何処を占有するのかは葛城次第だ」

 

「狡噛慎也、私は日陰がある場所がいいです」

 

「それは俺にではなく葛城に言え」

 

 他にもルールがいくつかある。俺が葛城からマニュアルを借りて、一通り目を通した時に大まかなルールを記憶した。今一度、俺は振り返る。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

・スポットを占有するためには専用の

          カードキーが必要である

 

・一度の占有につき1ポイントを得る。

    占有したスポットは自由に使用できる

 

・他のクラスが占有しているスポットを許可無く使用

 した場合、50ポイントのペナルティを受ける

 

・キーカードを使用する事が出来るのは

     リーダーとなった人物に限定させる

 

・正当な理由無くリーダーを変更することは出来ない

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 大体こんな所。だが俺が一番気になったのは、マニュアルの一番最後に書かれていた内容。

 

 最終日、点呼のタイミングで他クラスのリーダーを当てることが出来れば、的中させたクラスには50ポイントが与えられる。逆に、リーダーを当てられたクラスには、50ポイントを支払わなければならない。

 

「皆んな、止まってくれ」

 

 森の中を歩いてから20分が経ったか、俺たちはひらけた場所に辿り着いた。俺たちAクラスの目の前に現れたのは大きな洞窟。

 

「俺たちAクラスは、この洞窟のスポットを占有する事にする。ここが俺たちの生活拠点となる」

 

 洞窟内の気温は、年間を通してその土地の年平均気温とほぼ等しいとされている。常に気温が一定に保たれているため、一週間生活するのには最適だろう。

 

「葛城、ここを占有するのに異論はないが、キーカードをもつリーダーは誰にするんだ?」

 

「そうだな………戸塚、お前にやってもらおう」

 

「えっ!?葛城さん、俺ですか?」

 

 まさか自分が呼ばれるとは思わなかったのか、戸塚は驚いた表情を浮かべた。

 

「お前なら信用できる。お前はキーカードを持つだけで良い、指揮は変わらず俺がやる」

 

「はいっ!分かりました!」

 

 信用している、そう言われて喜ぶ戸塚は葛城にキーカードを受け取ると、洞窟の前にある機械にキーカードをかざした。機械の認証が終わり、これでこの洞窟は俺たちAクラスの占有スポットになった。

 

「森下、そろそろ良いだろう降ろすぞ」

 

「ここまでよく頑張りました。褒めてあげましょう」

 

 森下は降りる際に俺の頭の撫でる。勝手に触るな。

 彼女はテクテクと歩き洞窟の中へ入って行った。

 

「狡噛、お前も物好きな奴だな。放っておけば良かったのによ」

 

 森下、温さが欠落している奴はここにいたぞ。

 

「お前、何だかんだ言って優しいよな」

 

「仮にもクラスメイトだからな。俺達も行くぞ」

 

「へいへい」

 

 俺と橋本も洞窟の中に足を運んでいく。奥へ進むほど洞窟内は涼しか感じられる。これなら暑さを気にせず寝れそうだ。

 

「それじゃあ今から、ここでテントを張るグループと周辺を探索するグループに分けようと思う。俺は探索グループに入るから戸塚、ここは任せたぞ」

 

「はい、葛城さん」

 

「あと少し人数が欲しい。誰か来てくれないか?」

 

 この炎天下の中、歩き回るのは相応の体力を消耗する。率先して行きたいと思う者は少ない。誰も手を挙げない状況で俺は葛城と目があった。

 

「狡噛」

 

「何だ?」

 

「悪いが、探索グループに参加してもらえないか?」

 

 だと思ったよ。

 

「…………俺を指名した理由は?」

 

「森下を背負いながら歩いていたのにも関わらず、お前は息を切らしていなかった。まだ体力は余ってるんだろう?」

 

 よく見ている。伊達にリーダーしていないわけだ。

 

「分かった。俺も行こう」

 

「助かる。だが、あと一人は欲しいところだ」

 

「そうか………橋本、お前も来い」

 

「ゲッ!? マジかよ……」

 

 俺に名指しされた橋本は戸惑いの表情を浮かべる。

 お前も道連れだ。

  

「よし、このくらいで良いだろう。今からこの洞窟を中心に、半径50メートル程に何があるのかを探索しようと思う。これから少人数のグループに分けて探索を開始する」

 

 そうして、俺と橋本のグループは東、葛城のグループは西へ向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく暑いなほんと。なぁ狡噛、質問いいか?」

 

「なんだ?」

 

 草木を掻き分け、俺と橋本は森の中を進んでいく。途中、俺の後ろを歩く橋本から質問を投げかけられる。

 

「真嶋先生への質問、あれにどんな意図があったんだ?」

 

「ポイントがマイナスになることは無い。それを聞いてお前は何を思った?」

 

 会話しながらも、俺は足を止めずに歩み続ける。

 

「何をって………マイナスポイントが存在しないなら、この特別試験後には、各クラスのポイントは少なからず上がる事になるだろうな」

 

「確かにその通りだ。だがな、それはあくまでポイントが残っていた時の場合に限った話だ」

 

「………どう言う意味だよ?」

 

「俺は、クラス全員が一週間も無人島にいる必要はないと思っている」

 

 近代文明機器も何もないこの無人島。慣れない環境の中、不安とストレスに体調を崩す人間も少なくない。40人も面倒を見るのは無理だ。

 

「それは、リタイアするってことだろ。だがペナルティでポイントが削られる。勝ちを捨てるのかよ?」

 

「俺はクラスポイントがゼロになっても、なんら問題ないと思っている。必要の物資を購入して少数精鋭を残す。そして、この無人島を過ごす」

 

「分からねぇな。狡噛、教えてくれよ」

 

「もし他クラスとポイント差を付けたいのであれば、俺なら最終日にクラスリーダーを当てる戦略を取る」

 

「ちょっと待てよ狡噛、確かに50ポイントはデカいが現実的じゃないぜ。各クラスに40人の生徒がいるんだぜ? キーカードを持つリーダーを見つけるのは至難の業。加えて、気付かれずに近付くのも難しい」

 

 橋本は納得がいってないようだ。

 

「坂柳がいない今、葛城はこの特別試験でクラス全体が認める程の成果を上げて、坂柳派閥の生徒を自分の派閥に組み込もうとするだろう。他クラスと圧倒的な差をつけて勝利する。そんなビジョンを思い浮かべるなら、リーダー当ては必須だ」

 

「ん? 今までの会話は葛城の話だったのか?

 アイツがその選択を取るって?」

 

「かも知れない、というだけだ。どうするかは葛城の自由だ」

 

 話が一区切りついた頃、俺たちは少しひらけた場所に辿り着いた。俺たちの目の前に現れたのは、幅は10メートルほどの立派な川だった。それが下流まで続いている。俺は膝をついて手を川の中に入れた。深さは大体、俺の指先から手首くらいの高さ。

 

「なぁ狡噛、それ飲めるのか?」

 

「どうだろうな、見た目は透き通って綺麗だが万が一もある。煮沸消毒で細菌を殺せば飲めると思うが」

 

 俺の目で判断した限りでは何ら問題なさそうだが、川の水をそのまま飲むのに抵抗がある人間もいるだろう。

 

「狡噛、あれ」

 

 橋本が何処か指を差した。俺は橋本が指差す方向を見つめた。そこにあったのは看板。許可のない利用を禁ずる、そう書かれていた。

 

「この川はスポットとして指定されているのか。なら何処かにキーカードをかざす装置がある筈だが……」

 

 俺たちは周辺を確認するが、それらしき装置は見当たらなかった。

 

「見当たらねぇな。ひょっとすると下流の方にあるのかもしれないが…………どうする狡噛、そろそろ洞窟から50メートルほど離れただろうが、スポットがあるか探しに行くか?」

 

 橋本は俺の判断を待っている。

 今もジリジリと暑さが体力を奪っていく。

 

「……いや、ここまでにしよう。まだ体力は残っているかも知れないが、しばらく水分を補給していない。この暑さの中、喉が渇いてなくても定期的な水の補給は必要だ。戻るぞ」

 

「そうだな。今ある情報だけを葛城に伝えるか。

 早く帰ろぜ。暑くて仕方ねぇ」

 

「………そうだな」

 

 額に汗が滲む。背中にもベタついた感触がある。まだ一日目だというのに、部屋でシャワーを浴びたい気持ちが込み上げてくる。俺は汗を手で拭う。この暑さ、慣れるのに時間が掛かるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 洞窟に戻ってきた俺と橋本は、既に戻っていた葛城に探索の結果を報告し、休憩を与えられる。既にテントは張り終えており、洞窟に残っていたクラスメイトは座って雑談を交えていた。

 

「あー喉が渇いたぜー。水貰いに行こうぜ」

 

 外にいた俺と橋本の喉はだいぶ渇いている。水分を取らなければ、そのうち脱水症状に陥りそうだ。

 

「はいこれ」

 

「サンキュー真澄ちゃん」

 

 配給担当の神室が、クーラーボックスからキンキンに冷えたペットボトル水を取り出して橋本に手荒く渡した。

 

「ちゃん付けするなって言ってるでしょ。

 狡噛、これあなたの分」

 

「悪いな」

 

 俺も神室から水を受け取る。その時には、既に橋本はゴクゴクと喉音を立てて水を飲んでいた。

 

「プハッ、生き返るぜ!」

 

 ヘトヘトだった顔が嘘のように生き生きとした顔に変わっていた。余程喉が渇いていたのだろう。再び口を付けて水を飲み始める。

 

「飲まないの?」

 

「ん? あぁ」

 

 俺は上の服に手を掛けその場で脱ぎ始めた。俺の突然の行動に神室はギョッとした顔をする。

 

「こ、狡噛?」

 

 俺はこの無人島に来てから初めての水分補給を行う。乾ききっていた喉が潤っていくのを感じる。あぁ染み渡る。まるで何日も水を飲んでいなかったかのような、これほど水を美味しいと感じた事はない。容器の中の水を半分ほど飲んだ俺は、残り半分の水を頭から豪快にぶっ掛けた。

 

 熱くなった身体が急激に冷えていく。ベタついた汗も水と一緒に流され、地面に落ちていく。

 

「ふぅ………どうかしたか?」

 

 神室が固まったまま俺を凝視している。その頬はほんのりと赤みを帯びている。

 

「なっ、なんでもないわよ………」

 

 神室は慌てて俺から視線を切る。

 

「そうか」

 

「真澄ちゃん。もしかして狡噛の肉体に見惚れてたのか?水も滴るいい男って「うっさい!」イタッ!?」

 

 神室が橋本の足を思いきり踏みつけ、橋本が痛みに耐えかね悲鳴を上げる。

 

「フンッ!」

 

 足を抑える橋本を睨みつけて神室は不機嫌ながら何処かへ歩いて行った。俺はその背中を見送る。

 

「悪ふざけが過ぎたんじゃないか?」

 

「お前もいきなり脱ぎ始めるからだよ。俺のちょっとビックリしたぜ。やっぱしスゲェ肉体だな」

 

「あっそう」

 

 俺は顔についた水滴を手で取り払う。

 

「着ないのか?」

 

「暑いんだ。暫くこれでいい」

 

 俺はペットボトルを上下に押し潰してペシャンコにする。

 

「そうか、でも皆んなの視線が凄いんだが………」

 

 俺は一度周囲を見る。クラスメイトが、主に女子の視線が俺に集まっている。見られていると気付かれたら慌てて視線を外し、近くの誰かと会話し始める。だがチラチラと目が俺に向いている。

 

「モテる男は大変だなぁ」

 

「面倒なだけだよ」

 

 俺は少し大きめで平らな岩の上に乗って腰を下ろした。

 

(本でもあれば良かったんだがな………)

 

 俺は次の指示が与えられるまで目を閉じて休む事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二日目の朝、葛城の指示により、俺たちAクラスは活動範囲を広げる為に、探索グループの人数を増やしてスポットの発見と占有を図る。俺は橋本と共に、昨日訪れた川までスムーズに辿り着くと、そのまま川に沿って下流に向かって歩き出した。

 

「ん?何か声が聞こえねぇか狡噛」

 

 歩き出して数分後、奥から人の声がチラホラ聞こえてきた。近づくにつれ、その声の数は多くなる。

 

「ここは既に他クラスに占有されているらしい」

 

「おい、お前ら誰だよ?」

 

「どうした山内?」

 

 森の中から現れた俺たちに向かって指を差してくる男子生徒。その声を聞いて、続々とクラスメイトが集まって来た。

 

「おい、お前達どこのクラスだ! ここは俺たち占有したスポットだぞ! すぐに出ていけ!」

 

 先程俺たちを指を差した男、山内と呼ばれていた男子生徒が、声を大にして俺と橋本を追い出そうとする。コイツ、見覚えがある。確か図書館にいたDクラスの生徒だ。

 

「橋本、ここはDクラスの拠点だ」

 

「Dクラス………狡噛、コイツと知り合いなのか?」

 

 橋本は山内を指差す。

 

「いや全然」

 

 俺に指差し吠える山内。何故だろうか。

 この生徒には、微塵も話したいと思わない。

 

「どうしたんだ皆んな?」

 

「朝から邪魔して悪い。俺たちはAクラスだ。探索に出かけていた所、偶然ここに来てしまっただけだ。すぐ出て行く」

 

「なるほどそうなんだね、状況は分かったよ」

 

 コチラに笑顔で対応してくれる。話が通じそうな奴がいてくれて助かる。爽やかで気さくな男子生徒だ。女からモテそうな見た目をしている。

 

「おい平田、そんな簡単に返していいのかよ。

 俺たちの陣地に無断で入っているんだぜ」

 

「確かにここは僕たちの占有スポットだけど、他クラスの生徒が入ってはいけない、なんてルールはないよ山内くん」

 

 平田と呼ばれた生徒は、山内にルールに抵触していないと説明した。ペナルティを受けるのは、あくまでも許可なく使用した場合に限る。俺達はここに訪れただけだからルールに違反しないのも当然だ。

 

「話が早くて助かるぜ。狡噛、早くここを去ろう」

 

「あぁそうだな」

 

 このままじっとしていても時間の無駄。

 俺達は踵を返して来た道を戻ろうとした。

 

「待ちなさい」

 

 すると、俺たちを呼び止める女子生徒の声が聞こえて来た。その声を、俺は聞いたことはある。

 

「………何か用か?」

 

 周りに人を寄せ付けないような雰囲気を纏った女子生徒、生徒会長堀北学の妹、堀北鈴音。その後ろには綾小路の姿もあった。

 

「私達Dクラスは貴方達に占有場所を知られてしまった。ただ何も置いてかずに帰るのは不公平よ。帰る前に、Aクラスが何処に拠点を置いているのか教えなさい」

 

 上から目線な物言い。山内を筆頭に他の生徒も「そうだ!そうだ!」とヤジを飛ばす。知能の低さが伺える。お前も大変だな綾小路。別に拠点が知られても問題ないだろう。葛城には事後報告でいいか。

 

「この先を真っ直ぐ行った所に、俺たちAクラスが占有している洞窟がある。もし信じられないなら、俺たちについて来るか? 案内しよう」

 

「方向が分かればいいわ。結構よ」

 

「そうか」

 

 俺達は今度こそ、洞窟へ帰る為に足を進めた。だが帰り際、清隆と視線を合わせた時、清隆が俺に向かって3回も瞬きを行った。

 

(……何かあったのか?)

 

 俺に何かしらのサインを送ってきた。流石に瞬きだけでは分からないので、一人の時間ができて抜けられそうな時、こっそりとここに戻って来ようと決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 洞窟に帰ってきた俺達は、Dクラスの占有場所を葛城に報告した。

 

「なるほど、川のスポットか」

 

「事後報告で済まないが、俺たちの洞窟のスポットも教えてしまったが良かったよな?」

 

「別に構わん。知られてしまったとしても問題ない。ご苦労だったな、しばらく休んでくれ」

 

「あぁ、そうさせてもらう」

 

 葛城の言葉に甘えて俺は洞窟内に入った。帰ってきた時間は丁度お昼時。洞窟内でクラスメイトは昼食を取っていた。

 

「狡噛君、お疲れ様です」

 

「済まないな、真田」

 

 真田から昼食を受け取ると、俺は洞窟の壁にもたれながら食べ始める。

 

「よっこいしょと。

 なぁ聞いたかよ? Cクラスの話」

 

「Cクラスがどうかしたのか?」

 

 自然と横に座った橋本が、俺にCクラスについて話しかけてきた。

 

「他の探索グループの話なんだが、Cクラスは300ポイントを全て使い果たしたみたいなんだ。浜辺でバーベキューしたり、ビーチバレーしたり、水上バイクで海を走ったりしてよ」

 

「豪遊か……なら明日にはリタイアするかもな」

 

 これも龍園の策なのだろう。硬派な葛城では思いかない斬新な考え。それはそれで面白いな。

 

「Cクラスの奴らはいつでも歓迎だって言ってたぜ。俺たちも行って遊ぶか?」

 

「ゴメンだね、そんな事したらAクラスで俺たちの居場所は無くなるぞ」

 

「ははは、冗談だぜ」

 

 今のは半分くらい本気だった気もするが、まぁいい。そんな事よりも、俺は綾小路に会わなければならない。昼食を取った後、コッソリ抜け出すか。

 

「おい、何処に行くんだ狡噛?」

 

「少し洞窟の周りを歩いてくるだけだ。。心配せずともすぐに戻る」

 

 俺は洞窟を抜けて少し森の中に足を踏み入れた。そして、誰にも見られないようにDクラスの拠点へと走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜綾小路清隆の視点〜

 

 昼食を取り休憩時間に入ったDクラスは、各々友人達と雑談していた。ろくな友人もいないオレはというと、少し皆んなから離れた場所で、木にもたれ掛かりながら待っていた。

 

「綾小路」

 

 案外早く来てくれたようだ。オレの木の反対側には狡噛がいる。

 

「狡噛、抜け出して来てもらって済まない。

 お前に伝えなければならない事があるんだ」

 

 オレはそのままの体勢で狡噛と会話を始める。狡噛に迷惑を掛けないように端的に話す。

 

「何かあったか?」

 

「あの男が学校に接触してきた」

 

「………まさか、先生が?」

 

 オレに疑問を投げるが、狡噛の声に驚きは感じられない。オレも狡噛も分かっていた事だ。いつかアイツがこの学校に接触して来る事を。

 

「オレを退学させろ。学校側にはそう伝えたらしい」

 

「そうか、先生が…………」

 

「オレは今、担任の教師に脅されている状態だ。この特別試験でDクラスが成果を上げないといけない」

 

「お前の担任が……ソイツはあの施設の関係者か?」

 

「いや、まだ分からない。アイツが接触してきた、それをお前に伝えてたくてな」

 

 茶柱先生がどの程度知っているのかまだ検討はつかないが、今のオレには素直に従う他にない。面倒だがな。

 

「Aクラスのリーダーを教えようか?」

 

「いや、それはもう知ってる」

 

「フッ、流石だな」

 

 すると狡噛が立ち上がる気配を感じた。俺も話したい事を言い終えた。狡噛もそろそろ戻らなくてはならない。

 

「いつか来ると分かってはいたが、退学させたいのはお前だけか。なら俺はもう用済みかな。俺は最高傑作でも何でもないしな」

 

 そう言って狡噛の足音が遠ざかっていく。俺は狡噛がいた場所を確認するが既に姿は無かった。

 

(用済み………あの男が狡噛を切り捨てるとは到底思えない。あの男にとって狡噛は、昔から興味深い対象だった筈………)

 

 狡噛慎也という男は、初めてあの男に『質問』をした生徒であり、『反抗』した生徒でもあるのだから。

 

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