もう一人のホワイトルーム生です   作:パクチーダンス

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第七話 無人島終了

 

 〜狡噛慎也の視点〜

 

 三日目昼

 

 綾小路は、今回の特別試験でDクラスを勝利に導かなくてはいけない。俺が思いつく事などアイツはとっくの前に気付いている。俺が手を貸さずとも勝利を収めるだろう。故に、俺は今まで通り変わらない。自分の思うままに動くだけ。

 

(俺はもう用済みか…………)

 

 本当に綾小路先生が俺を必要としないのなら、俺の卒業後はどうなる? もうホワイトルームに戻ることも出来ず、帰る場所を失った俺は一体何処へ………。

 

「…………………」

 

 綾小路と一緒にいられるのも、この3年間で最後なのかもしれない。アイツはホワイトルームで新たな指導者となり二度と会えなくなる。そう思うと、寂しくもあり悲しくもある。

 

 綾小路はどうだろうか? 感情を何処かへ落としてしまったアイツは、俺との別れを悲しむだろうか?

 

「いや、それは無いな………」

 

 綾小路のことは誰よりも俺が知っている。俺が居なくなったところで、綾小路は悲しんだりしない。眉一つ動かしはしない。ただの情報として頭で処理するだけだ。それこそが、綾小路清隆なのだから。

 

 

 

 何にせよ、俺の未来は不確定なものになった。ホワイトルームに戻らない自分。考えられないな。俺があの施設以外の場所にいる未来を想像出来ない。

 

 真っ暗になった俺の未来。不安はある。今考えても対策は講じれない。ならいっそ、この学校生活を、今よりもっと楽しんだ方が俺の為になる。

 

 今から先の未来に怯える必要はない筈だ。

 

(あの話、受けても良いかもな………)

 

 その日が訪れてから考えればいい。

 ならば、今はただ、この学校生活を…………。

 

「見つけましたよ、狡噛慎也」

 

「森下………」

 

 誰かが近づいて来る足音が聞こえていたが、その人物は森下だった。

 

「どうかしたか?」

 

「的場信二の探索グループが、トウモロコシが生えた場所を見つけたようです。なので力のある男子を数名連れて来いと……………………」

 

 流暢に話していた森下の言葉が途切れた。続いて、

 

「何かありましたか?」

 

「何かって?」

 

 俺は聞き返す。

 

「いえ、何故か今の狡噛慎也から、どこか哀愁漂う感じがしたものですから」

 

「………‥別に、なんでもない」

 

「そうですか。そう言うなら、私の勘違いでしょう。

 変な事を聞きましたね」

 

 そう言う森下だが、どこか納得してない顔である。

 変に鋭い奴だな、コイツ。

 

 しかしトウモロコシか、良いのを見つけたな。

 これでポイントは大幅に浮くだろう。

 

「俺じゃなきゃダメか?橋本や鬼頭がいるだろ?」

 

「鬼頭隼は参加します。

 橋本正義は探しましたが見つかりませんでした」

 

 橋本が居ない? アイツ何処行ったんだ。

 

「そうか、分かった。

 とりあえず洞窟に戻れば良いか?」

 

「はい。案内役が待っていますので、すぐに来てください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺とAクラスの他数名は、案内役の帆足に連れて行かれて、トウモロコシを取りに駆り出された。だがその場所では、的場が誰かと揉めている光景が目に入った。

 

「ここは俺たちAクラスが先に見つけたんだ。

 お前達クラスに渡すわけにはいかない」

 

「そうはいかねぇよ! ここを先に見つけたのは俺達だ! お前らなんかに渡さねぇぜ!」

 

 的場に反論しているあの生徒は須藤か。それに、後ろには昨日見たDクラスと思われる生徒数人。その中にはしれっと綾小路もいる。

 

「待ってください。ここは3クラス均等に分けるべきです」

 

 メガネをかけた生徒がそう発言する。見たことがない生徒だ。Dクラス以外の他クラスの生徒もいるようだ。龍園率いるCクラスは、ほぼ全員リタイアしているのでBクラスの生徒だろう。どうやら、3クラスが同時にこの場所を見つけたようだ。

 

「的場君、連れて来たよ」

 

 案内役の帆足が的場に声を掛けた。

 

「済まなかったな帆足、ご苦労だった」

 

「おい、仲間を連れて来て何するつもりだ?」

 

 Dクラスの生徒の一人が的場に問い掛ける。

 的場はその生徒を見て鼻で笑った。

 

「何するかって?トウモロコシを取るために呼んだんだよ。そんな事も一から全部言わないといけないのか?Dクラスの生徒は?」

 

「何だと!?」

 

 鼻で笑われた生徒は声を荒げる。学校で不良品と呼ばれるDクラスを嘲笑う的場。少しやり過ぎだな。こうなると向こうも一歩も引かなくなる。

 

「お前達と話しているだけ時間の無駄だ。

 おい、ここのトウモロコシを全て取り尽くすぞ」

 

 的場は連れてこられた俺たちを見てそう言った。

 

「なっ!?ふざけんじゃねぇ!そんな事させるかよ!」

 

 須藤が的場の前に出る。だが的場は笑みを崩さない。身長的には赤髪の生徒に見下ろされているが、内心では見下しているんだろう。

 

「や、やべぇって健! まずいよ!」

 

「何だ?また暴力を振るうのか?

 存分に振るうが良い。証人はここにいる全員だ」

 

「……ッ!……クソ!」

 

 ギュッと拳を握りしめている須藤。事態は悪化するばかりだ。俺は綾小路の方を見るが、事態が勝手に収束するのを願っているのか、目を瞑って立っている。仕方がない。

 

「的場、流石に俺達だけ取るのは不公平だ。

 他のクラスにも分けるべきだ」

 

 俺は揉めている2人の間に入った。

 ここで、的場が俺に喰いついた。

 

「何を言う! これだけのトウモロコシがあれば食料にポイントを使わなくて済む」

 

「お前の言う通り、ポイントを消費する必要は無いかもしれない。だが、他のクラスも同じ事を目的としてここにいる筈だ」

 

「だからどうした?これは特別試験だ!これは戦いなんだ!まさかお前は、不良品の方を持つのか!」

 

 Aクラスというプライド故か、的場も引くに引けなくなっている。4月の時点では、的場はこんな奴では無かった気もするが、たかだか最初に配属された先がAクラスだったというだけで、こうも人は変わるものなのか。

 

「BクラスもDクラスも済まないな。

 お前達も好きにトウモロコシを取ってくれ」

 

 無意味な衝突は避けた方がいい。この特別試験が全てじゃない。いつかは他クラスと協力する試験もあるかもしれないからな。

 

「おい!何を言うんだ狡噛!」

 

「良いのですか?」

 

 Bクラスの生徒が的場をチラッと見た後、

 俺に視線を合わせてそう言った。

 

「そもそも、ここは占有スポットでも無いから何処のクラスの場所でもない。口論しているだけ時間の無駄だ。キレイに3等分にはいかないだろうが、各々持てる分だけ取ればいい」

 

「狡噛!勝手に話をー」

 

 的場がさらに俺に食ってかかろうとすると、

 鬼頭が後ろから的場の肩に手を置いて静止させた。

 

「俺達も休憩を削ってここにいる。

 削られた分、お前が代わりに働くか?」

 

「鬼頭!………クッ……!」

 

 鬼頭の圧に気圧されたのか、的場は怯んで一歩後ろに後退した。話は終わったな。

 

「俺達も取ろう。鬼頭手伝ってくれ」

 

 Dクラスの生徒がトウモロコシを取り始めているのを見て、俺達も混ざろうと鬼頭に呼びかける。

 

「あぁ」

 

 鬼頭は短い返事をしてトウモロコシを取り始めた。いつも口数の少ない鬼頭だが、俺に賛同してくれたことに内心感謝した。

 

「済まないな、狡噛」

 

 トウモロコシを取る最中、綾小路と気付かれずに会話する。

 

「そう思うなら、お前がどうにかしたら良かっただろ」

 

「事なかれ主義の俺には無理だ」

 

 各クラスがトウモロコシを取り終えて解散する時、メガネを掛けたBクラスの生徒が俺に話しかけて来た。

 

「ありがとうございます。君が来てくれなければもっと時間が掛かっていたでしよう」

 

「別に構わない。そっちは十分取れたか?」

 

「はい。あっ、そういえば名前を言っていませんでしたね。僕の名前は浜口哲也です」

 

 浜口が右手を差し出して来たので、俺も右手を出して握手を交わす。

 

「狡噛慎也だ」

 

「君が狡噛君でしたか、会えて良かったです」

 

 どうやら以前から俺の名前を知っていたようだ。ランキングから俺を知ったのだろうか。その後、Bクラスが去ると俺は的場達へと戻っていく。

 

「狡噛、この事は葛城に報告するからな!」

 

「勝手にしろ」

 

 怒りを抑えられない的場が俺を睨みつけて来るが、俺はどこ吹く風のように軽く受け流す。そんな事より、俺は鬼頭に声を掛ける。

 

「鬼頭、さっきは感謝する」

 

「………感謝はいらない」

 

 俺にそう言って鬼頭は歩き出した。素直じゃない奴だ。俺も鬼頭の後を追うように歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四日目朝

 

 俺は少し早い時間に起床した。隣には橋本が背を向けて寝ている。俺は橋本を起こさないようにテントから出ると、洞窟の外へ歩いて行く。

 

 空が明るくなり始めている頃に外へ出ると、森の奥から鳥の鳴き声が聞こえて来る。この無人島にも、少なからず生き物がいるようだな。

 

 無人島試験も折り返し、あと三日でフカフカなベッドに眠ることが出来ると思うと、俺は自然と口が綻ぶ。

 

 点呼の時間が来るまで周辺を散歩しようとした時、俺は感じた。何処からか見られている事に気がついた。小動物ではない。警戒心を抱きながらも、その場で首を動かし辺りを見渡す。

 

「あ、あの……」

 

 声が聞こえる。俺はその発生源へ歩いて行く。すると、人が一人隠れるくらいの大きな岩の陰からヒョッコリと顔を出したのは、

 

「お前は……」

 

 同じAクラス所属の山村美紀であった。

 

「お、おはようございます」

 

 山村は俺の目ではなく足元を見て挨拶する。

 俺の顔はそんな所にないぞ。

 

「あ、あの、ジロジロ見てしまってすみません」

 

 山村は俺を見て何度も頭をペコペコ下げている。別に謝る必要ないし、そんなに頭を下げられたら申し訳なくなってしまう。

 

「早いな、あんまり眠れなかったのか?」

 

「は、はい。そう、なんです」

 

 あんまり人と会話をした事がないのか、

 山村の言葉は辿々しい。

 

 しっかし影が薄い奴だな。

 目を離すと見失ってしまいそうだ。

 

 山村の気配に気づいたのは偶然だ。もしかすると、綾小路でさえも彼女の気配を感じ取るのは難しいかもしれない。

 

「さっきは……」

 

「?」

 

 声が小さくて何を言ったか聞き取れなかった。

 俺は山村に近づくと彼女は体をビクッと震わせた。

 

「済まない、怯えさせるつもりはなかったんだ。

 もう一度言ってくれないか?」

 

「……さ、さっきはなんで、笑っていたんですか?」

 

 山村は先程よりも大きな声を出した。

 笑った? あぁ変なところを見られてしまったな。

 

「あれか、早くベッドで寝たいな、とな」

 

 どうやら彼女に笑っている所を見られていたようだ。少し恥ずかしさを覚えながらも、俺はそう伝えた。

 

「ベッド、ですか…………そうですね、早く船で一息したいですよね。皆さん、同じ気持ちだと思います」

 

「……そうだな」

 

 しかし遠い。山村の声が所々聞き取りづらい。

 

「もっと近づいて話さないか?」

 

「えっ?」

 

 俺は手で近くに来いとジェスチャーするが、

 山村はオドオドしていて判断に困っているよう。

 

「俺が怖いか?」

 

「えっ? いえ! そうではないんですが…………その……えっと………」

 

 今のは卑怯な言い方だったか。

 さらに山村を困らせてしまう事になったようだ。

 

「私と話しても、楽しくありませんし…………」

 

 楽しいくないか。

 自分に自信が持てない人間の典型的なセリフだ。

 

「そう思うのはお前の勝手だが、

 真にそれを決めるのは自分じゃなく相手側だ」

 

「え、えっと………」

 

「俺は山村と話して楽しくない、とは思わない。

 さぁ、早くこっちに来い」

 

「あ………はい………」

 

 山村は恐る恐るといった様子で一歩ずつ近付き、俺と一緒に平らな岩の上に腰掛ける。

 

「お前と話すのはこれが初めてだよな?」

 

「はい……そうですね………」

 

 そう。山村とはこれが初めての会話である。入学してから山村という女子生徒の存在を認識してはいたものの、席も遠く、クラスのイベント事にも顔を出さないので話す機会が全くの皆無だった。

 

「クラスの集まりにも参加しないのは、何か理由があるのか?」

 

「それは、少し苦手と言いますか……ごめんなさい」

 

「謝ることじゃないさ」

 

 イベント事は必ずしも強制ではないのだから。

 

「人と話すのが苦手というわけじゃないんです。

 ですが、私なんかと話しても…………………」

 

 顔が次第に下に落ちていく。

 

 山村は自分自身を卑下しだす。もう癖になっているのだろう。何故彼女がそうなってしまったのかは分からないが、己の価値を己で下げる行為は、いずれ自分の首を絞める事になりかねない。

 

「クラスで友人はできたか?」

 

「いえ………まだです………」

 

 もう入学してから3ヶ月と少しは経つが、、、

 

「そうか。なら俺となるか?」

 

「えっ?」

 

 山村は顔を上げて俺を見る。

 

「友達」

 

「あ、その………いいんですか………?」

 

 私なんかと、と山村は最後に小さく付け加える。どれだけ自分を卑下したら気が済むんだコイツは。俺は彼女に右手を差し出した。

 

「よろしく」

 

「その、よろしく‥‥お願いします」

 

 俺は山村の小さな手を握る。その拍子に山村の身体がビクッと震えたが、彼女も弱いながらも握り返してくれた。

 

 その後、俺は山村と点呼の時間が来るまで雑談をしていた。まぁ、俺が一方的に話しかけていただけなんだけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 点呼が終わり、各々が与えられた仕事に取り掛かろうとしていた時、俺は葛城に声を掛けられ、洞窟から少し離れた木陰で二人になった。

 

「それで、一体何のようだ?」

 

 木にもたれ腕を組む俺は、目の前の葛城に問う。

 

「昨日、的場から報告を受けてな。

 お前が他クラスの肩を持つ言動をしていたと」

 

 どうやら的場は、あれから葛城にあの日の出来事を

 律儀に報告していたようだ。

 

「的場の奴はなんて言ってた?」

 

「コチラが得る筈だった食料を、

 自分勝手に他クラスへ渡したと怒っていたぞ」

 

「そうか」

 

 質問したのに興味が無さそうな返事をした俺に、

 葛城は眉をピクッと動かした。気に障ったか。

 

「クラス間での争いに興味が無いのは理解しているが、今は特別試験中だ。Aクラス存続の為に頑張っているクラスメイトの足を引っ張るような真似は謹んでもらいたい」

 

「それ、的場から全てを聞いた上での発言と思っていいんだよな?」

 

「………どいうことだ?」

 

 俺は葛城に、あの日何があったのかを懇切丁寧に説明してやった。すると、葛城は腕を組み始め目を瞑った。

 

「そうか、なるほど………」

 

 頭の中で整理し終えたのか、葛城は腕を解いた。

 

「お前の言うことが本当なら、俺もお前と同じくそうしただろう。改めて的場に、お前との齟齬がないか聞いて来るとしよう」

 

 リーダーもご苦労なことだ。

 

 余計な衝突を避けること。穏便派の葛城なら、俺のやり方に文句をつけないことは分かっていた。

 

「別にいいさ、的場の言う通り俺が勝手にやっただけだ。それにこんなのに構ってないで、お前にはもっとやるべき事があるんじゃないか?」

 

「何が言いたい?」

 

「この特別試験、どうやって勝つつもりだ?」

 

「なぜそんなことを聞く? お前はクラス間の争いに興味がないんじゃないのか?」

 

「あぁ。だがこの試験、お前がどうやって他クラスを出し抜くのか興味がある」

 

 特別試験も残り三日。BクラスとDクラスは分からないが、Cクラスは既に策を講じている。なら葛城はどうか。

 

「無論、既に手は打ってある。見事ハマれば、Aクラスは大量のクラスポイントを得ることが出来る」

 

「ほぅ……どんな?」

 

「悪いが教えられない。お前を疑っているわけではないが、何処で情報が漏れるか分からないからな」

 

「そうか」

 

 聞けなくともそれはそれで構わない。今回の特別試験、俺にはどのクラスが勝つか結果が見えている。そう、俺だけにしか分からない。

 

 俺は体を預けていた木から離れて、洞窟に戻ろうとした。

 

「少し待て」

 

 葛城が呼び止める。

 

「なんだ?」

 

「一つ聞かせてくれ。お前はこの先も、クラス間の争いに対し無干渉を決め込むつもりか?」

 

「そのつもりだが」

 

「今後、Aクラスが本当の意味で一つになった時、

 その時はお前にも力を貸してもらいたい」

 

「………そうだな。もしそんな時が訪れたら、俺も力を貸そう」

 

 Aクラスは一つになる。あぁなるとも。それも近い未来確実に。その時になって葛城、お前は果たしてクラスのリーダーとして立っているのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五日目昼

 

 この日は特に仕事も割り振られておらず、完全に手持ち無沙汰になっていた。

 

「橋本、お前三日目は何処にいた?」

 

 同じく仕事がなくてボーッと座っている橋本に声を掛ける。

 

「えっ?……あぁあれか。ちょっと一人で散策してたんだ。悪いな、手伝ってやれなくて」

 

「そうか」

 

 なら俺もそうするとしよう。

 俺は立ち上がり尻についた砂を叩いて落とす。

 

「んぉ? 何処に行くんだよ?」

 

「散歩だ」

 

「そっか。気を付けろよ」

 

 橋本は手を振って俺を送り出す。いつもと違って声に覇気がなく弱々しい。この五日間で体に蓄積された疲労が一気に噴き出したのだろう。さっきもボーッとしていたし。

 

 俺は洞窟から出て森の中に足を踏み入れる。俺は初日に見つけた川のスポットを横断し、さらに奥へと歩いていく。途中で大木を発見した。立派な大木だ。だが強風や豪雨で倒れたものではなさそうだ。この証拠に木の断面がスパッと何かに切られ綺麗だった。

 

 学校側がわざと切り落としたのか。この人為的なものは、学校側が近くにスポットがあることを示唆しているのか。俺はそう考察して歩くこと5分、地面に足跡の痕跡を見つける。そう遠くない距離から声も聞こえて来る。

 

「ここは………」

 

「だ、誰!?」

 

 森の中から現れたのは、焚き火用の小枝を抱えていた女子生徒。俺の存在に気付いて声を上げた。

 

「なんだなんだ?」

 

「どうしたの千尋ちゃん」

 

 その声に反応して次第に生徒が集まって来る。驚かせるつもりはなかったんだが。ぞろぞろと集まって来る生徒の中に、俺はその中に見知った人物を発見した。

 

「あれ? 狡噛くん?」

 

「一之瀬」

 

 その人物は一之瀬帆波。

 俺よりも先に彼女の方から声を掛けてくれた。

 

「知り合いなの帆波ちゃん?」

 

「うん! Aクラスの狡噛慎也くん。

 ほらあれだよ、ランキングの………

 

「あぁ、この人が………」

 

 最後の方はよく聞き取れなかったが、

 とりあえず落ち着いてくれたようで助かった。

 

「もしかして一人? こんな所で一体何してるの?」

 

「散歩だ」

 

「そうなんだ」

 

 本当かどうかも分からない俺の言葉を、一之瀬は疑う事なく微笑んだ。もう少し疑ってくれていいものを。

 

「ここはBクラスのベースキャンプか?」

 

「そうなの。もし良かったら見てみる?」

 

「……良いのか?」

 

「うん! 狡噛くんなら大丈夫だよ」

 

 俺ならいい理由は分からないが、案内してくれるなら拝見しようか。

 

 俺は一之瀬に連れられて、キャンプ地に足を踏み入れる。Bクラスがスポットとして活用しているのは井戸。俺は井戸の中を覗き込む。薄暗くて見えにくいが中には水が溜まっていた。

 

「これ、飲んでも大丈夫なのか?」

 

「最初は水質汚染の可能性も考えたけど、周囲の環境を見てこの井戸が管理されてると思ったの。念の為に一人だけ試し飲みしてお腹を下さなかったから、今では全員が使ってるの」

 

 なるほど。しっかりと確かめた上で利用しているのか。当然と言えば当然だが、暑さと喉の渇きで正常な判断を失わなかったことに、俺は素直に称賛する。

 

「あとこれ、ハンモック」

 

 一之瀬は俺の前でハンモックに座って見せた。

 

「狡噛くんも使ってみる?」

 

「いや、いい」

 

「そう? 中々に快適だよ」

 

 ハンモックに揺られ、気持ち良さそうに寛ぐ一之瀬に俺は笑みをこぼした。会話が途絶え、無言の時間が数秒続いた後、一之瀬が静寂を止めた。

 

「真面目な話、トウモロコシの件ありがとうね」

 

 浜口から聞いたのか。

 

「元はと言えばウチが悪いんだ。お礼を言われることじゃない」

 

「でも、争いになる前に収めてくれたんでしょ? 

本当に助かったの。私達のクラスは荒事に向いてないから」

 

「向いていたらするのか?」

 

「いやいや、そんなわけないじゃん。暴力なんて絶対にダメ。私達には言葉があるんだから、話し合いで解決するべきだよ」

 

「………それが出来なかったら?」

 

「えっ?」

 

 一之瀬は目をパチリと瞬かせた。

 

「暴力と言っても色々ある。暴力は殴る蹴るなど物理的や侮辱、脅迫などの言葉の暴力もある。今回は、その中の物理的な暴力を振るう人間と対峙した時を考えてくれ。そんな奴を、お前はどうやって話し合いのテーブルに着かせる気だ?」

 

「………………」

 

 意地の悪い質問だったかな。しかし、誰もが相手の主張に耳を傾けるとは限らない。暴力など相手との対話が失敗した末路そのものだ。一之瀬、そんな奴を相手にお前ならどうする?

 

「私は……私はそれでも、話し合うべきだと思う」

 

「俺の話を聞いてなかったのか?」

 

 一之瀬はハンモックから降り、俺の前に立つ。

 

「もちろん聞いてたよ。けどね、暴力に暴力で返したって意味がないの。私は相手が折れるまで何度でも言い続ける。話し合いで解決しようって」

 

 俺は一之瀬に覚悟めいたものを感じた。困難に立ち向かう、諦めない強い意志が伝わってくる。

 

「お前や友人が暴力を振るわれてもか?」

 

「うん」

 

 彼女は間髪入れずに答えた。

 

「全く、恐れ入ったよ」

 

 その在り方は、この先も苦労が絶えないだろう。

 だが、その気高い精神性にはほとほと感服する。

 

 この問答に先に白旗をあげたのは俺だった。

 

「すまん。少し虐めたくなった」

 

「うわひどーい。

 狡噛くんって、もしかして悪い人?」

 

「かもな。今度から気を付けろ」

 

 一之瀬帆波。彼女はただの善人ではない。そこに確かな信念を感じる。お前が言ったその言葉。この先も変わらないことを願う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六日目夜

 

 この日は夕方から雨が降り始めた。洞窟の中に避難してやむのを待つが、時間が経つにつれ雨は次第に強くなっていく。風向きによって雨が中に入ってきたので、俺達は急いでテントを洞窟の奥へと移動させる。

 

「これは明日まで降るな」

 

「明日になったらこの地獄ともおさらばだ。早くフカフカなベッドで寝たいぜ」

 

 この一週間。よく耐え抜いたとクラスメイトは互いに褒め称えていた。そのせいで緊張の糸が途切れ、また急激な気圧の変化もあってか体調不良を訴える生徒が数人いたが、リタイアするほどではなかった。

 

「狡噛、船に帰ったら何食べたい? 俺は肉!」

 

「ハンバーグかな」

 

 レストランのハンバーグは絶品だった。

 

「いやそこはステーキだろステーキ!」

 

 変にテンションが上がってるせいか吉田がうるさい。まぁ無理もないことか。吉田だけでなく、他のクラスメイトにも笑顔が増えている。俺はその後、話しかけてくる吉田に適当な相槌を打ち、一人座って壁にもたれる。

 

 船に戻ったら、一人暇そうに待っているであろう坂柳に会いに行こう。あの時の話の続きも聞かなければならないしな。

 

 ザァーーーーーーー

 

「雨、強いですね」

 

「白石……」

 

 雨見てぼんやりとしていたところに白石が現れた。

 

「隣いいですか?」

 

「あぁ」

 

 白石は俺の隣に腰を下ろすと、俺が先程まで見ていた洞窟の外に目を向ける。何か話があるのかと思ったが、彼女は一向に口を開こうとしない。無言の時間。ただ俺たちは雨を見ていた。

 

 ザァーーーーーーー

 

 絶え間なく降り続く雨の音が全ての音を覆い隠す。話し声も、足音も、小動物の鳴き声も聞こえない。時の流れさえも今の俺には感じられない。

 

「…………もしも百年が、この一瞬の間に経ったとしても何の不思議もないだろう」

 

「何ですかそれ?」

 

「三好達治の「大阿蘇」だ」

 

「狡噛君は、本当に本がお好きなんですね」

 

「本じゃなくて詩だよ」

 

「これは失礼しました」

 

 謝罪を口にする白石は俺に向かって微笑む。

 

「俺に何か用があったんじゃないか?」

 

「いいえ、特にありませんよ。

 用がなければ隣に座ってはいけませんでしたか?」

 

「いいや」

 

 どこに座ろうが白石の自由だ。

 だがなぜ俺の隣に座るのか。

 

 そしてまた、俺たちの間に静寂が続いた。しかし、今度は白石の目は俺に向けられている。俺たちは互いを見つめ合う。なんとも不思議な感じだ。

 

「狡噛君」

 

「なんだ?」

 

 再び口を開いた白石は何かを決めたような面持ちだった。

 

「夏休み、一緒にお出掛けしませんか?」

 

「俺と?」

 

「他に誰がいるのですか?」

 

 話しているのは俺だけだ。なのに自分がと確認した俺に白石は可笑しそうにくすりと笑った。

 

「今度、ケヤキモールにケーキ屋がオープンするんです。もしよろしければ一緒に行きませんか?」

 

 ケーキか。最近甘いものを口にしていなかった。せっかく隣人からの誘いだ。無碍にはできないが、

 

「もしかしてデートの誘いか?」

 

 俺は冗談交じりに聞いてみる。しかし、白石からの返答は俺の予想していなかったものだった。

 

「はい。そうです」

 

 ザァーーーーーーーーーー

 

 その瞬間、やけに雨の音が強く耳に入ってくる。

 再び静寂の時が訪れる。

 

 白石の目は俺を見て離さない。

 俺も彼女の目から離れようとしなかった。

 

「そうか」

 

「はい」

 

「わかった。具体的な日付は帰ってから決めよう。

 お前の予定に合わせるよ」

 

「ありがとうございます」

 

 白石は微笑む。それに釣られ俺も頬を緩ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        

 

 

 最終日。全てのクラスが集合場所で整列し、正午になるのを待っていた。だがCクラスはただ一人。

 

(アイツが龍園か………)

 

「これで終わりか。長いようであっという間だったな狡噛」

 

 俺が龍園を観察していると、橋本が声を掛けてきた。

 

「そうだな」

 

 ようやくこの無人島ともおさらばだ。早く部屋でシャワーでも浴びたい気分だ。キィィン、と拡声器のスイッチが入る音が砂浜に響く。

 

「まず初めに、この一週間大変ご苦労だった」

 

 拡声器を持った真嶋先生が、俺たちに労いの言葉をかける。その言葉でやっと一週間が終わったんだと生徒達は実感できた。

 

「ではこれより、特別試験の結果発表を行う。なお、試験結果に関する質問は一切受け付けていない。自分達で結果を受け止め、次の試験に活かしてもらいたい」

 

 俺は真嶋先生の声を聞きながら、ある方向を向いていた。それはDクラス。綾小路は目を瞑って結果を待っていた。

 

「まず、最下位はCクラスの 0 ポイント」

 

 その結果を聞き、Dクラスの生徒の何人かは龍園を見て笑っていた。当の龍園は、何故自分のクラスが0ポイントなのか理解出来ていないようだ。

 

「続いて3位はAクラスの120ポイント。2位はBクラスの140ポイント」

 

 AクラスとBクラスのポイントは僅差だった。しかし、重要なのはそこではない。

 

「なっ、どういう事だ……?」

 

 葛城の困惑した表情。いかにも自分の予想していた結果ではない。そんな顔をしていた葛城を横目に俺は、

 

(流石だな、綾小路)

 

 俺は心の中で綾小路に賛辞を送った。

 

「そして、1位はDクラスの225ポイント、

 以上で試験結果の発表を終わる」

 

 真嶋先生が話し終えた後、葛城の周りに取り囲むかの様に、Aクラスの生徒達が集まる。その表情は、とても結果を喜んでいるようには見えない。

 

「どういう事だよ葛城!」

 

「どうして私達が3位なの!」

 

「お、おい!お前ら落ち着け!」

 

 葛城を問いただすクラスメイト達を見向きもせず、俺は喜びの声をあげているDクラスを見ていた。

 

「よっしゃーー!!」

 

「うおおおおお!!やったぜ!!!」

 

 互いに笑顔を見せ合うDクラスの面々。俺の視線に気付いた綾小路は小さくコクリと頷いた。

 

「葛城!説明してもらおうか!何でこんな結果になったんだ!」

 

 もうここにいる必要はない。

 俺はクラスメイト達を置いて船に向かい歩き出す。

 

「狡噛くんは宜しいのですか?」

 

 一人歩く俺を気にして白石が声を掛けて来る。

 

「あぁ。そんな事より早くシャワーでも浴びたい」

 

「ふふ、そうですね」

 

 そう微笑む白石は、俺の歩くペースに合わせる様に後ろからついて来る。

 

「おーい、待てよ狡噛」

 

「待ちなさい狡噛慎也、私を置いてくとは何事ですか」

 

 そうして俺は、白石、橋本、森下を連れて船に戻って行った。

 

 

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