中間テストを3日後に控えたAクラスは、いつもよりもピリピリとした雰囲気を纏っていた。いや、Aクラスだけでなく他クラスも同様だろう。いかに学力が高い者でも、退学という二文字が恐ろしく響いている。慢心はあり得ない。そんなAクラスの中で、狡噛慎也は気の抜けた欠伸をして、早く終わらないかと思いながら、この自習時間を過ごしていた。
(退屈だ…………)
真っ白なノートを、何を書くわけでもないのに広げているのは、勉強している風に見せているだけだ。後10分でこの時間も終わりだ。狡噛は放課後、何をしようか考える事にした。生徒会長から貰った20万pp。降って湧いたポイント。すぐに使うか、それとも残しておくのか。思考を巡らせる。
(ん……?)
横から白石の視線を感じる。狡噛は横を向いて白石と顔を合わせる。白石は見ていることがバレてないと思ったのか、驚いた顔をしていたが、すぐにニコッと微笑んだ。
「………………」
やはり、白石飛鳥は俺の事を知っているのか?いくつか候補を挙げるか。まず、ホワイトルームで脱落した生徒。これはあり得ない。あの施設で脱落した人間は、もれなく心を壊されている。目の前の白石が元ホワイトルーム出身とは考え難い。第一に、俺が白石の顔に見覚えがない。なら次は、ホワイトルーム関係者の娘。確かに可能性はあるだろうが、ホワイトルームの内情を他人に話すか?駄目だな、想像の域を出ない………………本人に聞く以外に選択肢はないか。
「?」
白石は、ジッと見つめてくる狡噛に、どうしたのかと首を傾げる。狡噛は声を発さず、口の動きだけで白石にこう伝えた。
『お前は誰だ?』
「…………………………………」
白石の表情は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まってしまった。その後白石は、自分の机に俯いた姿勢になった。狡噛は俯く白石を気にかけながらも、前を向いてチャイムが鳴るのを待つことにした。
キーンコーンカーンコーン
狡噛は、チャイムが鳴ると同時に席を立つ。そして教室の扉を開けて出て行った。白石は出ていく狡噛の背中を見つめていた。狡噛はそれに気付いていながら何もしなかった。白石飛鳥が何者なのかは、これからゆっくりと会話を重ねて知ればいいことだ。それよりも狡噛は、真嶋先生に聞きたいことがあるので、職員室へと向かった。
職員室へ向かう途中、狡噛の目の前から歩いてくる生徒がいた。
(あれは…………)
その生徒には見覚えがあった。それは、この学校に来る前のバスの中で見た、話し方に特徴がある金髪の男子生徒。
「おや〜」
金髪の男子生徒は、狡噛の横を通り過ぎるかと思われたが、足を止めて狡噛の頭からつま先までじっくりと観察していた。
「…………何だ?」
「ほう、中々良い体をしているねぇ。服の上からでも分かる、見事に鍛えられた体だ」
最近の男子高校生は、筋肉の話をしたがるものなのか?プールといい、今といい、この学校の男共は少しおかしいんじゃないか?
「一応、ありがとうと言っておく」
「確かに、君の肉体は素晴らしいが、私の肉体の方がもっと素晴らしくて美しい。日々のトレーニングによって磨かれた私の肉体は、まさしく彫刻のようだ。呼び止めて悪かったねぇ。アデュー」
そう言って金髪の男子生徒は、歩いて去っていった。一体何がしたかったんだろうか。単なる自分の肉体自慢に付き合わされただけなんじゃないのかと狡噛は思った。狡噛は再び歩き始めて、職員室に向かう。
狡噛は3回ノックして職員室の扉を開ける。
「失礼します、1年Aクラスの狡噛慎也です。真嶋先生はいらっしゃいますか?」
何人かの職員は、扉を開けた狡噛へ顔を向けた。そのうちの職員の一人が、椅子から立ち上がり、スタスタと歩いてきた。
「真嶋先生に用があるの?」
「はい、ご質問したいことがあるのですが」
狡噛は、目の前の女性に見覚えがあった。確か1年Bクラスの担任教師をやっていた、星之宮智恵という先生であった筈だ。
「何の質問?先生聞きたいなー、真嶋先生じゃなくてさ、私に質問してみない?」
星之宮先生は、狡噛の体に触れるギリギリまで近づいてきた。
「………」
なんだこの女は?グイグイくるな。
「やっぱりイケメンって、目の保養になるわよねー」
ムフフと笑っている星之宮先生に、狡噛は鬱陶しそうな態度をとる。それを見た星之宮先生は、
「あっ、いけないんだー。そんな態度でいると、女の子に嫌われるよー」
「……………この学校で賭け事を行なっている場所はありますか?」
面倒くさいので、狡噛は、職員室に来た目的を星之宮先生に話した。真嶋先生は以前、この学校での賭け事は黙認されていると話していた。ならば、どこかでポイントを賭けて遊んでいる場所があるのではないかと考えたのだ。
「なるほど、それを聞きたかったのね。貴方の質問の答えはYESよ。この学校では、賭け事はそう珍しくもないわ。そうね、ボードゲーム部にいってみたら良いんじゃないかしら?」
星之宮先生は、賭け事を行っている具体的な場所まで教えてくれた。探す手間が省けたというもの。狡噛は、星之宮先生に軽く頭を下げて感謝を伝える。
「ありがとうございます、星之宮先生」
「それじゃあ、頑張ってねー」
廊下を歩いていく狡噛に、手を振って見送る星之宮先生。あの先生は少し苦手だ、そう思った狡噛であった。
坂柳有栖は放課後、カフェで神室と橋本からの報告を聞いていた。報告というのは、他クラスの内情やその動き。足が不自由な坂柳では、情報を得るために探り回るなんてことは出来ない。そのため、お友達の神室や橋本に動いてもらい、探らせていたのだ。
「なるほど。では今の所、Bクラスに注意を払う必要はないでしょう」
「ああ、一番警戒しなければならないのは、Cクラスのリーダーである龍園だ。クラスの奴らを恐怖で支配しているなんてよ。マジで同じ高校生のやる事かよって思うぜ」
橋本は、優雅に紅茶を飲んでいる坂柳に説明した。
「やり方は褒められたものではありませんが、それでクラスが纏まっているのなら大したものです」
「それに、Cクラスの連中は、Bクラスに嫌がらせをしているらしいんだ。道を塞いだり、わざと肩にぶつかったりとかしてな」
学校側に報告しても注意で終わりそうな小さな事。問題には発展しないだろう。坂柳はそう脳内で結論づける。
「Dクラスはどうですか?神室さん」
坂柳は橋下から視線を外し、今度は神室に移す。
「Dクラスで注目すべき人間は、男子では平田洋介、女子では櫛田桔梗ぐらいかしら。この二人はクラスでの信頼が厚いわ。それ以外は……高円寺六助っていうやつ。相当な問題児らしいけど」
「その生徒は私も存じています。唯我独尊を体現したような生徒だと記憶しています。その生徒も、今は注意する必要はないでしょう。他には?」
「何も」
「そうですか、引き続き情報収集をお願いしますね」
ニコッと微笑む坂柳に、神室はうんざりした顔をする。何で私がこんなことを、なんて心うちで。
「なぁ姫さん。前々から、狡噛の奴も俺たちの仲間に加えた方がいいと思ってたんだが」
仲間とは、派閥のことを言っているのだろうと、坂柳は頭で考えなくても理解した。
「前にお願いしたんですが断られてしまったんです。彼はどうやら、争いを好まない性格のようでして」
狡噛と一緒に昼食を食べた時、坂柳は自分の派閥に入ってくれとお願いした。だが狡噛には、面倒ごとはゴメンだ、そう言われて断られたのだ。
「そう言ってもよ、この先必ず否が応でも巻き込まれることになるぜ」
橋本は、葛城に奪われる前に、狡噛を自分達の方へ迎え入れたいようだ。
「それは彼も分かっている筈です。ですが、それはクラスが一つになった時でも遅くはありませんよ」
「………ずいぶんな自信ね。葛城は貴方にとって取るに足らない相手ってこと?」
「しばらくは、Aクラスの事は葛城君に任せましょう。葛城君が失脚した後に、私が君臨すればいいだけのことですから」
笑顔で恐ろしいことを言う坂柳に、神室は「あっそ」と面白くなさそうに言い返した。
(狡噛君、しばらくは外の世界を、じっくりと楽しんでいて下さいね)
「すみません、ここでポイントを賭けている聞いて来ました。もしよければ、俺とポイントを賭けて勝負しませんか?」