中間テスト当日。ピリピリとした空気がクラスを包み込む。それはあの森下も例外ではなく、その表情には緊張が見える。珍しい顔が見れたと思い、狡噛はフッと笑う。
「ただいまより、中間テストを始める。私語はもちろん厳禁。カンニングを行った人間は、すぐにテストを中断し、即刻退学となる」
教室に入ってきた真嶋先生が教卓に立ち、中間テストの説明が行われる。中間テストは、国語・数学・英語・社会・理科の5科目の各100点となっている。いままで勉強した成果を、この瞬間に全てを出すのだ。問題用紙と解答用紙がそれぞれ、裏を向けたまま配られる。一番後ろの席の生徒に、用紙が回された時、
「それでは、テスト開始」
真嶋先生の言葉で、皆が一斉に用紙を表面に返す。ペンの走る音だけが、この教室に響いている。
(さて、何点を取るか…………)
問題を一通り見終わった狡噛は、点数の調整をし始める。満点を取ることなど造作もないが、それでは目立って仕方がない。よって狡噛は、またも一問目を空欄にし、二問目から解き始めた。
(単なる作業だな……)
問題は、テスト開始の合図から約10分程で解き終わってしまった。狡噛はそっとペンを置き、目を瞑って終わりを待った。
5教科最後の科目、英語が終わった時、クラス全体の緊張が一気に解けた。グッタリと机に突っ伏す者や、グッと背筋を伸ばす者。隣のクラスメイトと笑い合う者など色々だ。
「これで中間テストは終わりだ。皆、よく頑張ったな。結果は数日後に分かる」
テスト用紙を回収した真嶋は、教室から出て行った。続々と席を立って話し始めるクラスメイト。狡噛は、その様子をジッと眺めていた。
「お疲れ様です、狡噛くん」
隣人である白石が、労いの言葉を掛けてきた。
「ああ、お疲れ白石。テストはどうだった?」
「多分大丈夫だと思います」
白石の学力が高いことは知っている。赤点を取る事など無いだろう。
「お疲れ様です、狡噛慎也」
「お前もな、森下」
「私にかかればあんな問題、チョチョイのチョイですよ」
テストが始まる前までは緊張した顔をしていたのに、終わった途端に元気になりやがって、まったく調子のいい奴だな。
「試験の結果までドキドキしますね」
「このクラスから赤点が出る事はあり得ないでしょう。もしそんな人間がいたとしたら、それは狡噛慎也でしょう」
「オイ、何で俺なんだ」
中間テストの結果が知らされたのは、試験当日から二日後であった。ホワイトボードに張り出されたクラス全員のテストの結果を見だが、やはり赤点を取った人間はいなかった。
「今回の中間テストで、赤点を取った者はいなかった。よくやった皆んな。この調子で、次の試験も頑張ってくれ」
クラスメイト達の安堵の声が聞こえて来る。学力が高くても、不安な者は不安なのだ。狡噛は、今回の自分のテストの点数を見て、満足したかの様に目を瞑った。
「これで今日は終わりだ。それでは皆、また明日」
真嶋先生が教室から出て行くと、続々と席を立ち上がり、会話が始まるクラスメイト。皆で喜びを分かち合う姿を、狡噛はジッと眺めていた。ホワイトルームでは見られなかった光景だ。
「狡噛君」
座っている狡噛の側に近づいて来たのは、真田康生であった。
「どうした真田?」
「放課後に、クラスの皆んなで中間テストを無事に乗り切ったことを祝って打ち上げをするんだけど、良かったら来てくれないかい?」
「分かった、俺も行こう」
「皆も喜ぶよ」
「ああ、そうだな……………ん?」
ポケットに入っているスマホが震えた。狡噛はスマホを取り出して確認すると、一件のメッセージが飛んできていた。
(清隆……?)
『すまない、お前の助けが必要だ。屋上に来てくれ』
まさか、清隆が俺に助けを求める日が来るとはな。この学校は退屈しなさそうだな。
「どうしたの狡噛君?」
いきなり席を立ち上がった狡噛に、真田は問いかける。
「電話だ、すぐ戻る」
そう言って狡噛は、教室を出て、急いで学校の屋上へと向かった。階段を登ると屋上のドアは開いた状態だった。狡噛は屋上へ出ると、そこにいたのは綾小路、堀北鈴音そしてDクラスの担任である茶柱先生であった。
「アナタ、あの時の………」
「Aクラスの狡噛か」
「済まない慎也、いきなりで悪いが、お前のポイントを貸してくれないか?」
「……貸すのはいいが、理由を教えてくれるか?」
狡噛がそう言うと、綾小路は淡々と説明し始めた。クラスメイトの一人が赤点を取ったこと、それを回避するために茶柱先生に点数を売ってもらうこと。
「それで、いくら貸せばいい?」
「5万pp貸して欲しい」
「分かった」
決して安い額ではないが、狡噛は即答した。端末を操作して、綾小路に5万ppを貸し与えた。
「茶柱先生、これで、須藤の1点を売ってもらえますね?」
「……綾小路、お前に他クラスの友人がいたとは驚きだぞ。いいだろう。これで交渉は成立だ。今から手続きを行なってくる」
そう言うと、茶柱先生は綾小路の横を通りすぎて、そのまま屋上を去っていった。
「ありがとう慎也、助かった」
「お前が俺に助けて求めてくるなんて、明日は槍でも降るかもな?」
そんな二人の会話に割り込んできたのは堀北だった。
「……狡噛君、だったかしら?助けてくれたことには礼を言うけど、Aクラスのアナタが、何故Dクラスの生徒を助けるの?」
何を企んでいるんだ?そんな顔をしている堀北に、狡噛は答える。
「何も企んじゃいないさ。俺は清隆に助けて欲しいと言われて、ここに来ただけだ」
「敵対するクラスの生徒を助けるメリットは無いわ」
堀北のその言葉に、俺は鼻で笑った。どうやら彼女は勘違いをしているようだ。
「敵対ね。悪いが、俺のクラスのリーダー達は、お前たちDクラスを敵と思っちゃいない。クラスポイントを全て吐き出したバカの集まりと認識している」
「クッ…………」
堀北の悔しそうに拳を握り締める姿が狡噛の瞳に映る。事実その通りである。葛城も坂柳も、Dクラスは眼中にない。堀北は一度、目を瞑り深呼吸する。
「アナタの言う通りよ。でもね、私は必ずAクラスに上り詰めるわ。それまで、首を洗って待っていなさい」
堀北の瞳には決意の炎が籠っていた。
「期待しておく」
狡噛はフッと笑い、その場を後にした。早く戻ってクラスメイトと打ち上げに行かないといけない。狡噛は、足早と帰っていく。
Aクラスの打ち上げには、クラスの半分以上が参加していた。その中には、坂柳の姿もあった。こういう場所には姿を現さないと思っていた狡噛だったが、クラスメイトと親睦を深めることも戦略の一つという考えに落ち着いた。
「ねぇねぇ、狡噛君は休みの日は何してるの?」
隣の席に座ってきた西川亮子から、質問が飛んできた。
「読書だな。そういう西川は何してるんだ?」
「クールだね。私は、友達とケヤキモールの中で洋服を見たり、アクセサリーを見たりしてるかな」
「外で遊ぶのが多いんだな」
狡噛は、外で遊ぶことは滅多にない。そもそも、遊ぶ友人がいないのだ。
「ねえ、今度一緒に遊ばない?そろそろ夏用の服とか買いに行きたいからさ。ついでに選んであげるよ。狡噛くんに似合いそうな服」
「………二人でか?」
俺は視線をある場所に移したのち、西川にそう告げた。
「私はそれでも良いけど?」
狡噛の顔を覗き込んでニコニコと笑う西川。左右の三つ編みと口元にあるホクロが特徴的な女子生徒。話した事はなかったが、白石の情報によれば、どうやら揶揄うことが好きな性格らしいのだ。
「……いや、やめておく。夏用の服は自分で選ぶ」
さっきから、少し遠くの席で俺と西川の様子をジッと見てくる清水から、「断ってくれ」という念が飛んできた気がした。
「つれないなー。まぁいいか、また今度遊ぼう」
西川はそう言うと立ち上がり、女子で固まったグループの方へ歩いて行った。アッサリと引き下がるため、先程のは揶揄われていたに違いない。
「狡噛君、隣いいですか?」
「問題ない」
次に狡噛の横に腰を下ろしたのは、打ち上げに呼んでくれた真田だった。真田とは何回か話したことはあるが、友達と呼べる仲なのかは微妙なところだ。
「狡噛君は、部活動をやっていないんですか?」
「まあな。そういう真田は吹奏楽部だったよな?」
「はい。中学の頃も吹奏楽部だったので。狡噛君は、音楽は好きですか?」
「俺はクラシックが好きだな。パッヘルベルの「カノン」、ショパンの「幻想即興曲」、ドビュッシー「月の光」そんなところか」
狡噛は、クラシックの有名どころを列挙していくと、真田が驚いた顔をした。
「同じ年で、クラシックが好きという人は珍しいですね。狡噛君は、音楽に精通した何かをやっていたんですか?」
「小さい頃にピアノをやっていた」
その後も、真田との音楽についての会話は続いていく。真田の喋り口調は丁寧で物腰も柔らかい。狡噛としても、先ほどの西川よりも話しやすくて会話も弾んだ。
「狡噛」
「なんだ橋本?」
後ろから橋本が、狡噛の肩に手を置いた。
「ちょっと外で話したくてよ。真田、狡噛を連れて行っていいか?」
「…………分かった。済まない真田、少し外す」
狡噛は席から立ち上がり、橋本の後ろをついていくことで店の外へ出る。外は既に暗くなっており、街灯が静まり返った街を照らしている。
「すまねぇな狡噛」
狡噛に背を向けていた橋本が振り返り、外へ呼びつけたことを軽く謝る。
「皆んなの前では出来ない話なんだろ?」
「ああ、そうだな。単刀直入に言うけどよ、狡噛、
坂柳の派閥に入らないか?」
派閥への加入か、なるほど、中で話すことができないわけだ。この打ち上げに参加しているのは、葛城派閥の人間が多数いる。その中で話せる内容ではないな。
「悪いが、それは前に坂柳に直接断っている」
「知ってるぜ。それを承知で頼んでいるんだ」
知っているなら、何故俺を勧誘する?
「お前がこっちに入ってくれれば、負ける事はない。俺はな狡噛、お前を買っているんだぜ」
「それは光栄だが、俺は争い事はゴメンだね」
読書をしている方が何倍もマシだ。清隆と同じく、平穏な学校生活を送るために俺はここに来たのだから。
「……なんでだ狡噛?この先、クラス間での争いは増すだろうし、いつまでも無関係を決め込む事はできないぜ」
橋本は、是が非でも俺を坂柳の派閥に加えたいようだな。そんなに信用がないのか坂柳は?それとも、俺が葛城派閥に入る可能性を恐れているのか?
「橋本、俺は坂柳派閥にも葛城派閥にも入らない。お前は、坂柳をAクラスのリーダーに相応しいと思っているんだろう?ならそれを貫き通せ」
「……確かにその通りだ。でもよ、信じてついていくってのも、中々に勇気がいるぜ」
橋本の言うことにも一理ある。信じてついて行く、口にするのは簡単なことだが、実際に行動すると不安にもなる。特に坂柳の場合は、全てを自分で決めてしまう。何も聞かされていないから、余計に不安になる。
「橋本、お前は俺を買っているんだったな?」
「あ、ああ。そうだぜ狡噛」
やっと入る気になってくれたか、そんな顔をしている橋本だが、それは間違いだ。
「なら、俺が今から言うことを信じろ」
「……………………」
信じること。不安な橋本には酷な話ではあったが、狡噛はさらにこう続けた。
「葛城如き、坂柳の足元にも及ばない。二分したクラスは一つとなり、坂柳が全てを掌握する」
俺は少し話しただけで理解した。坂柳有栖は相当な切れ者。それは高校生の域をゆうに超えている。この先、葛城が坂柳に勝てるビジョンが、俺には全く見えてこない。
「……狡噛、それは本当か?」
「安心しろ橋本。俺は普段こんな事を言わないが、100パーセントそうなる」
入学してからまだ2ヶ月程、坂柳有栖をまだ完全に理解出来ていないから不安なだけだ。この先、坂柳の実力が皆にお披露目されるだろう。
「………分かったぜ狡噛。お前の言葉を、信じてみる事にしたぜ」
「ああ、それでいい。そろそろ戻るぞ」
まだ不安な色が完全には消えていないが、今の所はこれで良いだろう。俺が平穏な学校を過ごすために、坂柳には頑張ってもらわなければ。
(お前もそうだろう?清隆)