もう一人のホワイトルーム生です   作:パクチーダンス

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第8話 名探偵 森下藍

 放課後、狡噛はいつものように図書館へと足を運ぼうとしていた。だがそれを、森下によって止められてしまったのだ。狡噛は無視したい気持ちを持ちながらも、渋々と後ろを振り返る。

 

「……何の用だ?」

 

面倒くさいことになる事は目に見えている。

 

「狡噛慎也。今から貴方を、助手一号に任命します」

 

「……………」

 

何を言っているんだコイツは?

 

「私は今から探偵になります。名探偵藍ちゃんです」

 

フンッと手を腰に当ててドヤ顔をする森下。正直、付き合ってられないが、無視すると世界の果てまで追ってきそうだ。

 

「今度は何をするつもりだ?」

 

「少し調べたいことがあります。なので助手一号、私について来なさい」

 

そう言うと、森下は俺の横を通り過ぎて、スタスタと廊下を歩き始めた。一体何処に行くんだ?俺はそう思いながらも、ポケットに手を入れながら、自称名探偵の後ろをついて行った。

 

 

 

 

 

 森下藍は、摩訶不思議な女子生徒である。一般的に、彼女はいわゆる変人に分類されるだろう。狡噛慎也は、森下藍という人間を観察し、分析しようとするが、それが一向に終わらない。というか出来ない。彼女の意味の分からない言動の数々、それらを真面目に分析しようとするのが馬鹿馬鹿しいのだ。

 

だから狡噛は、森下藍という変人の分析を諦める事にした。世の中には、解の無いこともあるのだと、初めて知ったのだ。だからだろうか?森下藍という人間に興味を持ってしまうのが。得体の知れない生き物、それが森下藍である。

 

「ここです」

 

教室から歩いて数分、森下は足を止めた。ここは特別棟、普段生徒たちが利用しない場所である。それは何故か、ここの一階には実験室があり、危険な化学薬品などがある。部活としても利用しないため、人の気配はない。そして、暴力事件があった現場でもある。

 

「森下、なんだってここに来たんだ?」

 

「もちろん、暴力事件について調査するためです」

 

他に何が?という顔を俺に向けるな。

 

「Aクラスは他クラスの揉め事に関与しないんじゃなかったのか?」

 

「確かに坂柳有栖と葛城康平はそう言っていましたが、私が探し集めた情報を、他所に伝える事はありません。単なる私の自己満足で終わらせるつもりです」

 

そう言って森下は、特別棟に足を踏み入れた。Aクラスの連中にバレたら色々と面倒くさいと思いながらも、仕方なくついて行く狡噛。

 

「私の情報では、あの階段の踊り場で事件があったようです」

 

森下は階段を登って行く。狡噛は階段を登る前に、この特別棟一階をぐるりと見渡した。気になったのは監視カメラの存在、それがあれば、この暴力事件はすぐに解決するのだが……

 

(やはり無いか…………)

 

森下が二階でキョロキョロとしているのを下の階から確認し、狡噛も階段を登り始める。

 

(監視カメラは無し、意図的にこの場所を選んだに違いないな)

 

狡噛が事件があった踊り場で立ち尽くしているのを見て、森下が二階から降りてきた。

 

「どうだ?何か分かったか?」

 

森下は腕を組んで目を瞑った。

 

「………………………」

 

「………………………」

 

「………………………」

 

長いな、しかもこの特別棟はとても暑い。誰も利用する者が居ないからか、冷房が付いていない。まだ6月だというのに、こうも気温が高いとは、これが地球温暖化のせいなのか?

 

「分かりません」

 

待った答えがそれか。

 

「分からないが、分かりました」

 

「……まぁ、お前が気にしていた監視カメラの存在も、この踊り場付近には見つからなかったからな」

 

「ほう、私がいつ監視カメラを探していたと?」

 

「違うのか?」

 

「いいえ、合ってます」

 

素直じゃない森下だが、目の付け所は悪くない。

 

「無駄骨でした、これで事件は迷宮入りです」

 

森下は暑そうに手で扇いでいる。そろそろ俺も汗をかいてきそうだ。

 

「出るぞ森下」

 

俺がそう言うと、森下は一目散に階段を降りて、特別棟から出て行った。アイツも限界だったようだ。

 

「……………」

 

この暑さ、俺であっても思考能力が鈍くなりそうだ。

 

 

 

 

 

 森下は冷房のついた図書館でグッタリとしていた。ひんやりとした机に頬を当てて心地良さそうにしている。向かいの席では、狡噛が頬杖を付いて森下を見つめていた。

 

「お前、思いのほか体力が無いんだな」

 

「フン、私がその気になれば、50メートル3秒は下らないでしょう」

 

「それはもう人間じゃないだろ」

 

だいぶ涼しんだようで、森下は顔を上げて狡噛と向かい合った。

 

「監視カメラも無いとなれば、目撃者を探すしか、この事件の解決の糸口はないようですね。名探偵藍ちゃん、これにて完です」

 

再び机にグッタリする森下に、狡噛は呆れてため息を吐いた。そして何を思ったのか、狡噛は天井を見上げる。

 

「……森下、この事件の行方はどうなると思う?」

 

「CクラスとDクラス、どちらが正しいかと言う事ですか?それは目撃者が見つからない限りわからないと思いますが」

 

「正しいかどうかは関係がない。俺が言いたいのは、どっちのクラスが勝利するかだ」

 

森下は俺の言葉にいまいちピンときていないようだ。

 

「この事件、目撃者が見つかる可能性は低いだろう。あの特別棟は、普段から生徒が利用する場所じゃない。暴力事件から数日が経ったが、今だに目撃者は現れない」

 

「なら目撃者がいない場合、一方的に殴られたというCクラスの主張が通る事になるかも知れません」

 

「それも実際、怪しいがな」

 

Cクラスの生徒である椎名から、Cクラスがどのようなクラスなのか、以前聞いたことがある。喧嘩に自信がある男子生徒が多数いて、クラスで殴り合いが起こった事があるらしい。

 

そして、そのクラスを治めるリーダーは喧嘩も立つし頭が切れると。そう考えれば、喧嘩に自信のある奴らを、一方的に殴る事ができるとはあまり考えにくいが。

 

「殴ったとされるDクラスの生徒、須藤という男子生徒ですが遠目で確認した限り、バカで喧嘩っ早い印象がありました」

 

森下にバカ呼ばわりされるとは何とも不憫な奴だな。しかし、森下の観察眼は鋭い。もし、その印象通りの生徒だとしたら。

 

「あの特別棟の暑さは、人の思考を鈍らせる。つい単純な行動に出てしまっても不思議じゃない」

 

単純な行動、それが暴力として現れたのだ。

 

「助手一号は、この事件が仕組まれたものだと言いたいわけですか?」

 

「あくまで推測だ。当人ではない俺たちに知る術はない」

 

そう言って狡噛は椅子から立ち上がった。

 

「そろそろ帰ろう。日が沈んできた」

 

「…………………」

 

だが森下は立ち上がる素振りを見せず、狡噛をジッと見上げていたのだ。

 

「どうした?」

 

「狡噛慎也、貴方はクラスのリーダーになりたいとは思わないのですか?」

 

いきなり何を言うんだコイツは?

 

「どうしてだ?」

 

「狡噛慎也は実力を隠していますよね?その証拠に、4月の小テストは77点、中間テストは全科目ピッタリ90点でした。狙って揃えたとしか思えません」

 

「判断材料としては拙いな。残念だが、あれば偶然の産物だ」

 

「私の目を見てください。狡噛慎也」

 

森下は立ち上がり、机を両手をついて体を乗り出した。そして、真っ直ぐに狡噛の目を見つめる。狡噛も視線を合わせる。

 

「…………」

 

「…………」

 

10秒ほど続いた無言の時間。互いの目を目が交わり、森下は言った。

 

「はい、ダウト」

 

「何?」

 

「その目は嘘つきの目です。狡噛慎也は嘘をつきました。あれは偶然ではありません」

 

「お前は目を見ただけで分かるのか?」

 

「藍ちゃんの千里眼は全てを見通します」

 

人差し指と親指をくっ付けて輪っかを作り、それを目を囲うようにしてくっつける。

 

「私は常々、狡噛慎也が只者でないと感じていました」

 

森下はスタスタと歩きながら、狡噛の側に近寄る。

 

「それは……お前の勘か?」

 

「勘です」

 

森下はふざけながらも、どこか真剣味を帯びた様子である。捉え所のない人間と思っていた狡噛だが、予想外に頭が切れるようだ。

 

「もし、俺がお前の言う通り実力を隠していたとしても、クラスのリーダーになる事はない」

 

「何故ですか?」

 

「そもそも、何でお前は、俺にクラスのリーダーをやらせようと思うんだ。坂柳や葛城では不満か?」

 

「不満ではありません。現に、私は坂柳有栖の派閥に身を置いています。それは葛城康平よりも、リーダーに足る器だと考えたからです。だが狡噛慎也は、その坂柳有栖にも一目置かれている存在だと認識しています」

 

「買い被りすぎだ」

 

「そうでしょうか?」

 

先程まで暴力事件の話をしていたのに、いつの間にか、俺を探そうとしているのは何故だ?

 

「狡噛慎也は一匹狼としてAクラスのはみ出し者ですが、実力的には坂柳有栖と変わらないと思っています」

 

随分な過大評価をもらっているな。

 

「それも勘なのか?」

 

「勘です」

 

「…………」

 

コイツに言い逃れ出来る事は出来ないかもな。

 

「俺は、どのクラスで卒業しても構わない。Aクラスの特権に興味は無い。確かに俺は、お前の言う通り実力を隠している。だがな森下、これだけは言っておく、俺の詮索はするな」

 

心の臓を射抜くが如く、狡噛の鋭い眼光に、森下は一歩後ずさる。その表情は、驚きと恐怖が混じっていた。少しばかり身体がこわばっている。

 

(やり過ぎたか………)

 

狡噛はそっと目を閉じ、再び目を開けた時には、通常の目に戻っていた。

 

「怖がらせて済まない」

 

「…………いいえ、ビビってません」

 

「いやビビってるだろ」

 

足が生まれたての子鹿のようにプルプルとしている。そこまで怖がらせたつもりは無かったんだが。

 

 

 

 

 

 

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