CクラスとDクラスの揉め事は、狡噛には関係ない事であるため、いつも通りの日常を謳歌していた。少し違うのは、あの図書室での一件以来、狡噛はどうやら森下に怖がられてしまったようで、距離を置かれている。
だが休み時間に、チラチラと森下が視線を向けてきているのを狡噛自身、分かってはいるが、特に反応はしなかった。向こうから話しかけてくるのを待ってるのだ。
今日のお昼休みでも、森下の視線を感じ取ってはいるものの、狡噛は一人、食堂へと歩いて行った。
「狡噛君」
教室を出て行った側から、後ろから坂柳が話しかけて来た。その隣には神室の姿もある。
「どうした坂柳?」
「もしよろしければ、ご一緒に昼食でもどうですか?」
無派閥の俺が坂柳と共にいるのは、あまり良くないとは思うが、せっかくの誘いを無碍にするわけにもいかない。
「そうだな、一緒に食べよう」
俺の返答を聞いて、坂柳は満足したように笑顔を見せる。方や神室の場合は、どうでも良いような感じで窓の外を見ている。
「橋本は呼ばないのか?」
「橋本君には仕事を与えていますので」
橋本はしっかりと坂柳の足として情報をかき集めているようだ。熱心なことで何よりだ。
プライベートポイントに余裕がある狡噛は、スペシャル定食を食べる為に発券機で券を購入した。後ろから神室から何か言いたそうな視線を向けられたが無視した。
狡噛は、厨房にいる中年の女性に2枚の食券を渡した。ひとつは狡噛の分、もうひとつは坂柳の分である。坂柳には先に席へ座ってもらっている為、狡噛が2人分の料理を運ぶ事になる。
「アンタ、豪華なものを食べるのね」
席に向かう途中、神室が俺が買った定食を見てそう言った。
「羨ましいか?」
「別に。ただ、プライベートポイントを節約しないのかなと思って」
「それについては心配ない。臨時収入が入ったからな」
「は?」
あの夜の出来事について教えることが出来ないため、俺は誤魔化して伝えた。故に、神室からは眉を顰められた。
「すまない、待たせたな」
「とんでもありません。ありがとうございます、狡噛君」
俺は坂柳の前に料理が乗ったトレーを置く。そして神室は坂柳の隣に、俺は坂柳の対面に座った。
「おや?狡噛君のはとても美味しそうですね」
席に座ると、坂柳は俺の定食に興味を示したようだ。確かにこのスペシャル定食は、1000pp以上する食事だ。目を引くのも仕方ない。
「ああ、一度食べてみたいと思ってな」
そんなたわいもない話をして、俺たちは手を合わせて食べ始める。俺はスペシャル定食を堪能しながら、ふと対面に座る坂柳に目をやった。
坂柳は箸で細かく切り分け、口に運ぶまでの動作にとても品位を感じる。高校生とは思えない頭脳、洞察力そして気品のあるその様は、何処かの国のお嬢様ではないかと思ってしまうほどだ。
「どうかしました?」
「いや、何でもない」
俺の視線に気づいたようで、坂柳は顔を上げてコチラを見る。俺は誤魔化すように味噌汁を飲んだ。
「オイオイ、また新しい駒を増やしたのか?坂柳」
すると、食べている俺たちの側に、いかにも不良ですと自己紹介するような風貌の男が近付いてきた。男にしては後ろで結べるぐらいに髪が長く、その目つきの悪さは、人を萎縮させてしまうほどだ。
「おや?龍園君何のようですか?」
龍園?聞いたことがあるな。確かCクラスのリーダーだった筈だ。
「見たことない奴がいるからな、俺に紹介してくれないか?」
龍園と呼ばれた男は、坂柳から俺にギロッと視線を移した。近くで見ると、すごく目つきが悪いな。
「龍園君、人を駒と言うのは失礼ですよ」
「ハッ、お前がそれを言うかよ。で、コイツはなんだ?」
「彼は同じクラスの狡噛慎也君です。それと龍園君、彼は私のお友達ではありますが、駒ではないですよ」
鼻で笑う龍園に、坂柳は答えた。
「へぇ、コイツはお前の駒ではないと?それに狡噛慎也、聞いたことあるな。確かAクラスのどの派閥にも所属していない一匹狼」
龍園は俺を値踏みするかのような目を向けてきた。俺はそんな目を横目に、止まった箸を動かした。
「無視かよ。連れねぇなオイ」
「龍園君、そもそも私たちは食事中だったのです。途中で中断させた貴方に非があるのでは?」
「んなもんあとで食えばいいだろ?………オイ、いつまで無視してんだお前?」
龍園はテーブルをバンッと手で叩き、俺の顔を覗くように見ていた。俺は噛んでいた物を飲み込むと、龍園と目を合わせる。
「さっき坂柳が言ったが、改めて自己紹介するが狡噛慎也だ。それでお前は?」
「龍園翔。Cクラスの王だ」
リーダーではなく王ときたか。余程自分に自信があるようだな。
「王と言うが、付き従う従者の姿が見えないな」
見た所、龍園の周りには配下の人間がいない。
「生憎と、今は別行動中だ。なぁ狡噛、お前は何でどちらの派閥にも所属してねぇ?」
「争いに興味がないんだ」
俺の言葉がおかしかったのか、龍園はククッと笑っていた。
「争いに興味がないだぁ?ならお前は、Aクラスの切符なんてどうでも良いのか?」
「あぁそうだ。龍園、お前が坂柳に喧嘩を売ろうが、Dクラスにちょっかいを掛けようが、俺にとってはどうでも良いことなんだ」
俺はこの闘争に微塵も興味が湧かない。自由を手にしたこの3年間を、俺の意のままに過ごしていたい。それはきっと、清隆も同じこと。
「なぁ狡噛、無関係を決め込んでいるのも今のうちだぜ。お前の意思なんぞ関係なく、学校側はお前は競争に巻き込んで行く。その時になっても、お前は動かないつもりか?」
「その時になってから考えることにする」
俺の返答を聞いて、龍園は俺から顔を離す。
「フンッ、邪魔したな」
用は済んだのか、興味を失ったように何処かへ歩いて行ってしまった。
「坂柳、お前もあんな奴を相手にするのは疲れるだろう?」
「フフフ、ご心配なく。彼では私の相手など務まりませんよ」
俺のクラスのリーダーも随分な自信だな。
「狡噛君、一つ確認しなければならないことがあります」
龍園が去ってようやく食べ始めようとした時、次は坂柳から質問が飛んできた。
「何だ?」
「先程、龍園君が言っていたように、必ずクラスが一丸となって戦う時が訪れるでしょう。その時には狡噛君にも力を貸して欲しいのです」
"クラスが一丸となる" ね。まだクラスは二分されているというのに、坂柳は、さも当然のことのように言うな。
「そうだな。さっきは言葉を濁したが、その時が来れば、俺も力を貸そう。坂柳、お前の元でな」
俺の言葉に坂柳は一瞬目を見開いたが、直ぐに微笑み返してきた。どうやら俺の言葉に満足したようだ。そんな俺たちの様子を、神室は食べながら見つめていた。
俺の飯が冷めた……………。
坂柳との昼食、龍園との出会いから数日が経ち、俺はいつもと変わらずの日常を過ごしていた。今日はどうやら、CクラスとDクラスの話し合いが行われる日である。Dクラスの連中は、どの様にして龍園と戦うのだろうか。
まぁ、どんな結末に転ぼうが俺に影響はない。そう言えば、屋上で啖呵を切ってきた堀北妹は、話し合いに参加するのだろうか。清隆も気に掛けている様子だったし、清隆が既に裏で動いているとか。
「…………」
まさか、清隆にもガールフレンドができたのか?あの表情筋が壊死していて、人を道具としか見ていないアイツに限ってまさか……。
「……………………」
何だか気になってきたな。何処かで会った時にコッソリと聞いてみるか。あの綾小路清隆に恋人が出来たなんて知れば、先生も驚くだろうな。
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴って、本日の授業はこれにて終了した。さてと、今日の俺は、ケヤキモール内につい最近オープンしたケーキ屋に行くつもりだ。数日前、坂柳と神室と食事をしている時、その話題が上がった。
気になっている俺は、スタスタと教室から出て行こうとするが、
「ねぇ狡噛君」
後ろから西川が声を掛けてきた。
「どうした西川?」
「放課後時間ある?」
生憎と、俺にはケーキ屋に行く用事がある。ここは素直に断っておこう。
「ケヤキモール内で最近オープンしたケーキ屋があるんだけど、良かったら狡噛君も一緒に行かない?」
断ろうとした俺よりも先に、西川が話し出した。しかも行き先はケーキ屋とはな。
「偶然だな、俺も今日そこに行こうとしていたんだ」
「え?狡噛君もケーキ屋に行くつもりだったの?ちょっと意外なんだけど」
俺の見た目からケーキ屋に行くのはそんなに意外なのか?それとも世の男性はケーキ屋に行こうとはしないのか。
「じゃあ丁度いいね。一緒に行こうよ。飛鳥、狡噛君も行くってさ」
「それは良かったです。人数は多い方が楽しいですから」
どうやら白石は俺の前に声を掛けられていた様だな。
「それじゃあ、レッツゴー」
グイグイと俺の背中を押して、教室から出て行かせようとする西川に白石は笑っていた。教室を出る時、主に男子生徒達が、俺に何か言いたそうな目を向けた方が、アレは何だったのだろうか。
ケーキ屋に着くと、オープン初日だからなのか、学生が大勢集まっていて列を作っていた。主に女性が9割を占めていた。西川も意外と言っていたし、こういう場所に男性は来ないのか?
「流石に列が多いですね」
白石がそう呟く。俺たちの前には、8組ほど待っている状態だ。店の外でこの人数なので、中はもっと多いのだろうか?
「気長に待とう」
先頭が中に入ると、少しずつ列が進んで行く。俺たちが待つこと20分、ようやく店内に入ることができた。ガラスショーケースの中には、たくさんの種類のケーキ達が俺たちを待っていた。
「わぁ、美味しそう」
ガラスケースに顔を近づける西川。俺も近くでケーキを眺める。
「さてと、俺に食べられるケーキはどいつだ?」
いちごのショートケーキ、モンブラン、チーズケーキ、ガトーショコラ、フルーツタルト、アップルパイ、パウンドケーキ。
なるほど、何を買えばいいのかわからん。沢山あって迷ってしまうな。
「私これにしよう!」
西川が指を差したのは、レアーチーズケーキと呼ばれるもの。「レア」とは「加熱してない」という意味を持つ。
「私はこれにします」
次に白石が指を差したのは、王道中の王道。いちごのショートケーキだ。
「お客様はなににしますか?」
選んでいないのは俺だけだ。後ろがつっかえているので、早く頼まないと申し訳ない。
「コレをください」
モンブランを指差した。栗を主役としたケーキだ。
「3点で合計、1850ppですね。ご一緒で宜しかったですか?」
「俺が出そう」
一個が大体600円の計算。コレが相場の価格なのかは知らないが、この程度造作もない。
「え?いいの?ありがとう!」
「ありがとうございます、狡噛君」
こういう場合、女性に支払わずに男性が会計を済ませるのが常識だと、前にテレビで女性インフルエンサーなる者が言っていた。それが本当かは俺には判断つかないが、2人が喜んでいるのなら、コレで合ってるのだろうか。
「ねえ、何処かのテーブルで食べようよ」
「そうですね、一階に自由に使えるテーブルがあった筈です。そこで食べましょうか」
一階の噴水の広間には、テーブルと3人が丁度に座れる椅子の数があり、俺たちはそこに座った。さて、食べるか。
「あっ、ちょっと待って!」
俺が店で貰ったスプーンでモンブランを食べようとした時、西川に静止された。
「まだ写真とってないよ狡噛君、食べるならその後でね」
「写真?」
西川は鞄から携帯を取り出して、皆が買ったケーキにシャッターを切り出した。白石も自分の買ったいちごのショートケーキに写真を撮り出した。
(俺もするか………)
俺はスプーンを置いて、パシャとモンブランを一枚撮った。コレは思い出のために撮っているのか。だが西川は、違う角度から何枚もの写真を撮っている。
「よし、コレでOK。じゃあ食べよう」
西川からのお許しが出たので、俺はようやくモンブランを食べられる。スプーンでモンブランの一部を抉り取り、口に運ぶ。
「うまい………」
食べた瞬間、そう口に出てしまった。口いっぱいに広がる栗の風味。そして中の生クリームと合わさり、俺の舌を唸らせる。
「うふふ」
白石が俺を見て口元を隠して笑っている。
「すみません、狡噛君がとても嬉しそうな顔をしていたのでつい」
「……そんなに面白かったか?」
「えぇ、はい」
ニコリと笑い掛けてくる白石。俺はまた、白石に笑われる始末。そんな俺たちを見てニヤニヤとしながらケーキを口に運ぶ西川。
そろそろ日が暮れてくる頃だ。今日の俺は、確かな満足感を得て白石、西川と共に寮に帰った。