食料を運ぶヘリの音が、おおよそ静寂を保っていた島の外縁の空気を震わせる。
かつては極めて秘密裏にごくごく少数で行われていたそれも、島人口が急激に増えたことで随分と数が増えた大規模な輸送となっていた。
そしてその一団の中に紛れ込む形で、島を訪れる客人がそこにはいた。
「・・・」
風に煽られた長い髪を押さえながら、少女は降り立つ。
小高い岬になっている此処から牢屋敷を望むその顔には色んな感情が去来しているように見えて、人の表情を読むに長けた自分でも、その内訳を判別しきることは出来なかった。
宝生マーゴは、その横顔に声をかける。
「無事に着いて何よりよ」
マーゴは彼女を出迎えるべく、ヘリの一団の到着を待っていたのである。
彼女は振り向くと、怜悧な顔に一片の微笑みを乗せて、マーゴに頷き返してみせる。
「ああ。輸送中ずっと目隠しされるのは正直不安しかないが」
「あらそうなの、ふふ、不安そうに縮こまるヒロちゃんも見てみたかったわね」
「勘弁してくれ」
二階堂ヒロは、マーゴの軽口にも鷹揚に応じ、肩をすくめてみせるのだった。
「おかえりなさい・・・と言うのは、ちょっと不適切かしらね?」
「・・・ああ、それは正しくないかな」
「島の土を再び踏んだ気持ちはどうかしら?」
「とても一言では言い表せないな・・・」
少しの間があってから。
二人はどちらからともなく、笑った。
「会えて嬉しいよ、マーゴ」
「ええ、私もよヒロちゃん。監獄島・・・いいえ。私達の島へいらっしゃい」
そしてそこへ、ヒロの到着を心待ちにしていた者がもう一人。
「ヒ~ロ~ちゃ~ん!!」
「ノア!」
ぱたぱたと駆けてきた小さな少女の姿を見るなり、ヒロがぱっと顔を綻ばせたのをマーゴは見逃さなかった。
その名を呼ぶ声も心なしか弾んでいて、やっぱり仲が良いのね、とマーゴは頷く。
ほんの少しの逡巡を見せたヒロを見やって、ちょっとだけその背を押してやることにする。
「ふふ。あの子、運動不足だから、あの様子だと転んじゃうかも♡」
「なっ」
慌ててヒロが走り出し、マーゴの横を抜けて駆けていく。
「わわっ」
そしてちょうどそこで本当に転びそうになったノアを抱き止めるようにして、二人は座り込む形で再会していたのだった。
「ありがと、ヒロちゃん!」
「久しぶり、ノア」
「うん!こんにちわ!」
「ああ、こんにちは。元気そうで良かった」
「うん、ヒロちゃんは?」
「元気だとも」
「えへへぇ」
歩いて追いついたマーゴは、そんな風に笑い合っている二人を見下ろす。
マーゴの前ではまだしも体裁を取っていたヒロのクールさはどこへやら。
ノアが何のてらいもなく気ままに感情を表すので、ヒロも彼女に対しては素直に言葉を返すらしい。
そんなに微笑ましくては、マーゴとしてはつい揶揄いたくなってしまう。
「ノアちゃん、抱っこすると良い香りがするでしょう?」
「は?・・・いや、他人の匂いを嗅ぐような真似は正しくないし、しないが」
不審者を見る目でヒロがマーゴの方を睨み上げる。
「ノアちゃんね、ヒロちゃんに会えるからって昨日は自分からお風呂に・・・」
「わ、わ。マーゴちゃん、それ言わないって、したよね、約束!」
「そうだったかしら?」
顔を赤くしたノアがわたわたして、一転してヒロが半目になっていた。
「ノア、私とも約束しただろう。風呂は毎日入るんだ」
「む~、入ってはいるもん・・・」
「本当に?」
「・・・だってサボるとマーゴちゃんになんかヘンな手つきで洗われちゃうし」
「マーゴ、後で話がある」
「あら藪蛇♡」
能面のような顔で振り向いてきたヒロからの刺すような視線を、甘んじて受けるマーゴ。
思わぬ反撃を受けたのが可笑しくて、マーゴはくすくす笑っていた。
「まったく・・・そういうところも相変わらずか、二人とも」
「正しいでしょう?」
「ああ、はいはい・・・ほら、ノア」
「うん」
ヒロがぼやきながらノアを立たせ、ノアは反対に、くい、とヒロの袖を引く。
そして二人は顔を見合わせ、気を取り直したように。
「いこ、ヒロちゃん。話したいこといっぱいあるんだ~!」
「ああ。私もだ」
向かうはヒロにとっては懐かしく、そして様々な思い出があるはずの、牢屋敷。
すっかり蚊帳の外のマーゴは肩をすくめて微笑み、大人しくその後ろをついていくのだった。
歓迎は、熱烈なものだった。
「「キャー!!ヒロ様―!!」」
牢屋敷の正面に隣接するほぼ全部の窓から、喜色満面の少女たちの顔が覗き、黄色い声が飛んできたのだった。
「わあ、ほんとにヒロちゃん、人気者だ」
ノアが目を白黒させている横で、辟易とした様子で、ヒロはぼやくように言った。
「レイアあたりと間違えているんじゃないのか?」
「これを見たら悔しがりそうねぇ」
ちなみに島に滞在している間は案の定というか、レイアに対してもファンクラブのようなものが結成されていた。
様々な想いを抱えてそれどころではなかったはずの少女達から、それでも一週間ちょっとで注目を集めていたのは流石の手腕と言うべきだったかもしれない。
ただおかげで、俗世へ戻ったレイアを見たいがために島にテレビとアンテナを設置してくれという要望が時折寄せられるようになってしまい、そんな権限があるはずもないマーゴは、そうした無茶に悩まされた今では彼女に若干恨みがあったりもするのだった。
閑話休題。
「それこそレイアも連れてくれば良かったよ、ファンサービスはお手の物だったろうに」
「あら、ヒロちゃんも人気者なのは事実よ?あの子たちにも癒しになるみたいだし、ちょっとは愛想を振りまいてもらえると助かるわ」
「あんなにヒロちゃん歓迎されるなんて、のあも嬉しくなっちゃうな~」
「・・・はあ。それなら、まあ、少しはレイアに倣うとするか」
ヒロは最後に一つ溜息をついていたが、それでも次の瞬間には、にこやかな余所行きのスマイルを浮かべて、牢屋敷の窓から見える少女達に手をひらひら振ってみせていた。