ろうやしきノそのご   作:緋色鈴

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帰ってきたヒーロー -5-

 

「ちーっす。ノアちー、入っていーかな?」

 

ごん、とアトリエの戸を肘で小突いて、ギャル子は間延びした声で中に呼びかける。

次いで「どうぞ~」という返事があったので、ギャル子は荷物を片手に抱えつつ、もう片方の手でドアノブを回す。

 

「あっ、ぎゃるこちゃんだ。こんにちは~」

「ういー・・・ってノアちー、まさかだけど、ソレがあーしの本名だと思ってる?」

「え、違うの?」

「いや・・・まいっか」

 

ギャル子の姿をみとめて手をひらひら振り、その問いにはきょとんと首を傾げるノア。

肩を落としつつも笑って、ギャル子は抱えていたものを空いていた丸椅子の上に載せた。

 

「ほいよ、今日のお昼ご飯」

「わーい、ありがと~」

 

ノアは己が生活の最上位に『お絵描き』があるため、放っておくと頻繁に食事を抜かしてしまう。

それは良くないということで、少女達のうち誰か一人がこうして食事を運んでやるのが、いつの日からか常態化していた。

ちなみにマーゴはこれを快く思っていないので、ここ最近では先生の目を盗んで持っていくのがある種のミッションと化している。

 

「あーしのも持ってきたんだけどさ、ここで食っていっていいかな?」

「いいよ~。そこアンアンちゃんの机だから使って~」

「・・・良いんかな。まあ良いか」

 

最低限、雑多に広げられている原稿用紙をよけてやってから食事を置くギャル子。

そして片隅に積まれている丸椅子を一つ取ってきて、そこに座った。

 

「ただきまー。あったかいうちにノアちーも食べな?」

「うん、そうするね。いただきま~す」

 

勧めるまで、ノアは筆を手にしたままだった。

ギャル子がそうしなければ、ご飯も冷めていたかもしれない。

正しい食生活を送って欲しいものだ・・・と、そこでふとギャル子は思い出す。

ここには、今はノアと自分しかいない。

 

「今日はヒロちーは一緒じゃないん?」

「昨日のお昼に帰ったよ~」

「えっマジ?」

 

ギャル子は思わず口に運びかけていたフォークを止めてしまった。

逆にノアはきょとんとギャル子の方を見返しつつ、スプーンにひと匙すくった甘口カレーをぱくり。

 

「あ、おいしー・・・うん。ちょっとした様子見に来ただけだーって、ヒロちゃん言ってたし」

「そりゃ聞いてたけど、いや、なんつーか・・・そんな、アッサリ?」

「ヒロちゃんも学校あるしね~」

 

それもそうだし、それもそうだが、とギャル子はノアの説明に逐一頷きつつも納得しきれない。

なぜなら彼女の来島は中々大きな出来事だったはず、とギャル子は認識していたのだ。

この島に訪れるのが言うほど簡単なことではないというのはギャル子も知っている。

ノア達はもちろん一部の少女達も大歓迎だったので、てっきり暫くはここに留まるか、それでなくともお別れの時はもっと大々的にやるものだと思っていた。

二階堂ヒロと少し話した時にはなんともサバサバしているなと思ったことはあるが、それにしたって素っ気無いような。

ギャル子は知る由もなかったが、それはヒロの来島当日にマーゴもまた抱いていた、どうにも釈然としないという思いと似ていたりした。

 

「ヒロちゃん相変わらずだよね~、ファンの人達に見つかるのは御免なんだって」

「いやまー、めっちゃ引き留められるか、ドデカい送別会ぐらいは開きそうだけどさ」

「うん、そういう派手なのキライなんだぁ、ヒロちゃん。最初に島から出る時もね、みんなに黙ってこっそり出て行こうとしたんだよ?」

「え、そりゃあ・・・ちょいヒドくね?」

「うん、ヒドいかも」

 

そう言いながらもノアはくすくす笑っていた。

 

「でも、今度はのあたちには挨拶していってくれたの。ヒロちゃんもちょっと、成長かな?」

 

面白そうに言って、満足げに微笑みながらカレーをまたひとくち頬張っているノア。

ギャル子はなんだかちょっとした感銘を受けた気分で、その横顔を見つめていた。

 

「ちょっと意外だわ」

「ん~、意外?」

「やー・・・てっきりわんわん泣いてヒロちゃん行かないでーって言ってるもんかと」

「ええ~、のあ泣かないよ。また会えるもん」

 

期待通りにノアは頬を膨らませて怒るので、ギャル子は笑う。

 

「なんつって、ノアちーが割とオトナってか、したたかなトコあるのは、あーしも分かってきたよ」

「ん~・・・それ褒めてるのかな?」

「もち。ほら、あーしのこの真摯な顔みてみ」

 

わざとらしくしかめつらしい表情をしてみせたのは案外ウケたらしく、ノアもスプーンをゆらゆらさせながら「えへへ、それならありがと~」と機嫌を直していた。

 

 

 

と、そこで、がちゃり、とノックなしにドアが開いて。

ギャル子が振り向いたのと、入室してきた少女がこちらに気づくのが同時だった。

 

「む・・・」

「ちす、お邪魔してます」

 

やってきたのはこのアトリエのもう一人の住人、夏目アンアンだった。

片手を挙げて応じるギャル子に、はじめは胡散臭そうな目を向けていた彼女ははたと思い至った顔をする。

 

「お前がぎゃるこか」

「どもども」

 

本当にギャル子で浸透してんのなと内心呆れ笑いつつ、手をひらひら振ってみせる。

アンアンの反応は可もなく不可もなくといったところだったが、入って早々に立ち尽くしているような感じがした。

慣れ親しんだ空間に知らない人がいると落ち着かない。

というのはギャル子も分からないでもないので、精一杯のフォローに励むことにする。

 

「あーごめ、場所勝手に借りてたんだ。すぐ退くからさ」

「・・・置いてあった紙はどうした」

「あ、それならそっちに重ねといた。もち、汚したりとかはしてないんで」

「・・・ならいい」

 

憮然とそう言って、アンアンは新たに一つ丸椅子を持ってきて部屋に隅っこに座っていた。

一応、同室を許す程度には歩み寄ってくれたらしい。

ただ、ギャル子とノアがアトリエ内で食事を摂っていることには何とも言えない表情を浮かべていた。

 

「いつものことだが・・・よりによってカレーか。ノア、決してこぼすな」

「は~い」

「やー、絵とか紙の扱いにゃ、あーしよりちゃんとしてっから大丈夫だよ、きっと」

「・・・貴様もだぞ」

「ういうい」

「・・・・・・ミリアとは違ったタイプのギャルだな」

「あーね?」

 

彼女らの中でもかなり早い順で島から解放された佐伯ミリアとはほとんど話す機会も無かったので、それには曖昧に応じるギャル子。

アンアンと仲が良かったらしいことはなんとなく聞いているが、と、食べながらギャル子は横眼にアンアンの方を見やる。

 

「あのさ、アンちー」

「誰がアンチだ、おかしな呼び名はやめろ。わがはいは夏目アンアンである」

「えーと・・・じゃ、なっちーは?」

「・・・・・・・・・好きに呼ぶがいい」

 

ギャル子は少し可笑しかった。

ぷいと背けたその横顔には、台詞に反して「悪くない」と書いてあるような気がしたからだ。

 

「んじゃ、なっちーは、ヒロちーとは仲良かったん?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

かなり長い沈黙が流れて、アンアンはずいぶん悩んだようだった。

結局、傍に置いてあったスケッチブックを手繰り寄せてきて、彼女はそれに答えを書き込む。

 

『下から数えた方が早いな』

「そっかー、ま、そんなもんか」

「え~、そうかなぁ」

 

ノアは異議があるようだったが、部外者目線では別におかしいとも思わなかった。

友達の友達が友達でないことくらい、よくあることだ。

 

「わがはいは楽しく過ごしたい。だがやつはわがはいからあらゆる娯楽を奪っていく。天敵だ」

「ぷは、そりゃ言えてる」

 

怠惰に過ごしているアンアンとノアを叱りつけるヒロがありありと想像できて、ギャル子は笑ってしまう。

聞けば案の定、そういう場面は何度もあったらしい。

 

「だが・・・」

「ん?」

『嫌いでは』

 

とまで書いて、アンアンは結局そのページを隠すように仕舞っていた。

なるほどね、と笑って、ギャル子は頷く。

 

「ま、叱ってくれる友達がいんのは良い事じゃん?」

「・・・たまにでいいがな」

 

叱られる側にしては不遜な態度でアンアンが同意したので、ギャル子は吹き出すのをこらえるので必死だったりしたのだった。

 

 

 

そうして、かちゃり、とスプーンを置いて。

 

 

 

「んじゃ、お邪魔しました」

「ううん、おひるごはん、ありがと~」

「邪魔をされたな」

 

アンアンの憎まれ口はむしろ親しみの証と受け取って、頷き返してやる。

食事を終えた皿を重ねつつ立ち上がり、アンアンが入れ替わりにそこに座るのを見やりつつ、ギャル子は口を開く。

 

「ノアちーの皿も持ってったげよか」

「わ、何から何までありがと~」

「そうだ、今度はなっちーのも要る?」

「・・・いや、わがはいはいい。マーゴにバレると・・・怖い」

「あーね」

「・・・・・・だが、気持ちは受け取っておく・・・あ、ありが、とう」

「あいよ」

「ぎゃるこちゃん、またね~」

 

アンアンの拙い感謝を笑顔で受け、ノアに手を振り返して、ギャル子はアトリエを後にしたのだった。

 

「やー、満足満足」

 

ギャル子はやや細すぎる腹をさすりながら廊下を歩く。

 

身体がぽかぽか温かい。

それはお昼ご飯を終えて満腹だからか、食べたのがカレーだからか、それともそれ以外の要因か。

ギャル子は独り言ちた。

 

「あーしも意外と世話好きかも、なんつって・・・」

 

まだどこか少し擦れているというか、ぎこちないところのある同期の少女達に比べれば、彼女達ののほほんとした空気はギャル子にとっても有難いものだった。

ヒロの代わりなどと言えば恐れ多いが、ノアやアンアンを構うことでお互いに気持ちの良い日々が送れるのならば、そうしたいと思っていた。

あとはマーゴ先生に見咎められない程度に立ち回るか、都合良くお許しを貰うにはどう言ったものか。

などと考えてみるのも楽しくて、ギャル子はいつしかすっかり自分がギャルらしい振る舞いを忘れてしまっていることに気づいて、またクスリと笑うのだった。

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ~~~~!!」

 

と、そこで突然大声が聞こえてきてギャル子はぎょっとした。

それはまるで、この世の終わりが訪れたかのような、絶望の滲んだ慟哭の声だった。

聞こえてきたのはギャル子がちょうど向かっていた方で、いったい何事かと足を運ぶ。

先程までの心のふわふわした部分がその大音量に吹き飛ばされてしまっていて、なんだか前もこんなことがあったな、と思いながらギャル子が恐る恐るその先、ラウンジを覗くと。

そこには。

 

「どぼじでえ゛ぇ゛!!」

 

部屋の真ん中にあるソファに突っ伏して大号泣していたのは、例のヒロ信者筆頭の彼女だった。

 

嗚呼、とギャル子はそれを見て、素直に、憐れんだ。

顔は涙と鼻水まみれ、喚く言葉は濁点まみれで不明瞭だったが、彼女が何に打ちのめされているのかが容易に想像できたからだ。

・・・大方、ヒロが既にこの島を去っていることを知ったのだろう。

 

「う゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ん゛!!ヒロさま゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!!」

 

さもありなん。

ラウンジを通りがかった他の少女たちも、また彼女の様子に気づく傍からぎょっとして、いずれもやや迂回しながら足早に通り過ぎていく。

その両方につい笑ってしまってから、ギャル子はもう一言、独り言ちる。

 

「やっぱノアちーはめっちゃオトナだわ・・・・・・少なくとも、()()()

「う゛え゛あ゛ぁぁぁん!!!」

 

盛大に泣き崩れている狂信者を眺めながら、ギャル子はしみじみと思ったのだった。

 

 





琴宮 ルカ

魔法: 【感情操作】 他者の対人感情を操作する(魔女化で反転まで可能に)
原罪: 残酷な信心者(クルエル・フォロワー)

ヒロの献身に心奪われた少女達の筆頭格。
囚人時代も自身に優しくしてくれた少女に対してやや行き過ぎた畏敬の念を持ち、常日頃から発散していた。
とはいえその活動の中で対象のために他を貶したり、異なる派閥と対立したりはせず、ただただ己の好意に正直なだけ。
感情表現のアクが強いだけで基本的には無害なのだが、なにぶん悪目立ちするので若干煙たがられていた。

魔法は【感情操作】
他者が他者に対して抱く、好意や憎悪といった感情を増大・抑制する魔法。
もともと持っている気持ちをある程度プラスまたはマイナスへ動かすだけで、好きなものを嫌いにするといったことは出来ないため思うほど使い勝手は良くないのだが、魔女化でその制限も取っ払われる。
それよりもネックなのは「自分に対しての感情は操作できない」ことで、この魔法自体がかなり嫌悪されやすい類であることもあり、慎重に扱わねば孤立するばかりの力である。
囚人時代は極力バレないようにしていたが、魔女化への恐怖から起きた諍いを「互いへの敵意のマイナス」によって仲裁したことがあり、不自然に気持ちを鎮められた当人たちにはその魔法のことを半ば勘付かれていた。

物的証拠が揃い、ほとんど犯人が確定したはずの魔女裁判にて「それでもあの仲の良かった二人が殺し合うはずがない」という意見から「琴宮ルカが魔法で憎しみ合わせたに違いない」という憶測が持ち上がり、根拠もなく槍玉にあげられてしまう。
誰もその是非を確認できない魔法であり、何より「やろうと思えば出来た」という事実が不味く、その反証も出来なければ自身に向けられる敵意をかわすこともできないまま、事件とはまったく無関係だったのに処刑されてしまった。

余談1: もし何かの巡り合わせでヒロではなくマーゴの方を敬()対象にしていた場合はマーゴの胃痛の種となり、いずれは酷い目に遭う可能性があった。いつも紙一重の人生。
余談2:本人が他者に抱く暴走気味の感情は自前。
余談3:名前を並び替えると「病みカルト子」。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
銀屋 ルコ

魔法: 【遮音】 自分を中心とした範囲内の音波を消す (魔女化で範囲拡大)
原罪: 着飾る聞か猿(キカザルキカザル)

ギャル子。
だいぶ古い世代のギャルだったが、監獄島への拉致により学生時代のグループから離され、文化の異なる少女達との共同生活に追われるなど、俗世のしがらみから切り離されたことでギャル成分を維持する理由と暇を失くしてきており、地の真面目な部分や面倒見の良さが要所で表に出てきている。

魔法は【遮音】
【モノマネ】の応用で音響相殺までしてみせるマーゴが凄すぎるだけのような気もするが、
こちらは音を発生させないようにする、または聞けなくすることだけを目的とした魔法。
そのぶん範囲はかなり広く、魔女化でさらに広くなっていく。空間内では完全に無音となる。
ルコは屋内であれば自分がいる部屋一つが効果範囲と認識していたが、実際は自身を中心とした球状であり、床や壁なども貫通して向こう側まで届いている。そのことを把握していなかったことが後述の事故の遠因となっている。
両親の仲が悪く、絶えない喧嘩の声を聴きたくないために自室で魔法を使うのが常態化しており、本来聞きとれたはずの母が病で倒れる物音も消してしまったことがトラウマとして残っている。

あるとき自身の魔法の扱いを誤って大怪我をした少女がいたのだが、それがたまたまそのときルコが展開していた遮音範囲内だったせいでその音も助けを求める声も掻き消されてしまった。裁判中にそれが明らかになると、そうでなければまだ救助が間に合った可能性があると指摘される。
そのこと自体は故意か過失か、不幸な事故かどうかという微妙な線だったが、それがルコの禁忌を直撃したことで急速に魔女化、罪の是非を待たずして処刑された。
意図せず救命可能性を奪っていたことを追及される点でエマと似た境遇。
ちなみに被害者を助けられたかもと言及したのはメルル。

余談1:琴宮ルカのことは「ヒロ狂いのやべーやつ」だと思っているが、名前の読みが似ているせいで少女達の一部に自分の方がヒロ信者だと間違われていることには気づいていない。
余談2:甘いのは苦手だが、カレーは甘口派。
余談3:かつて友人に見せてもらったゲームに出てくる歯車型モンスターがお気に入り。

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