時は遡って。
「ふう・・・」
真夜中、ランタンの揺らめく明かりに照らされた、図書室の片隅で。
マーゴは深い溜息をついていた。
「参ったわね・・・」
手元の何枚かの紙をぱらぱらとめくり、それだけでは状況は何も変わらないということを改めて噛み締めると、ついついそんなぼやきが漏れる。
全てが終わったと思った矢先に、こうも面倒事が積み重なろうとは。
一応、これが今の自分の唯一の役割なのだから、と柄にもなく意気込んでいた手前、音を上げるつもりはなかった。
それに、自身がこれまで置かれていた環境を思えばこの程度、という気持ちもある。
ただそれはそれとして、最近のマーゴは流石に心労の色が隠し切れなくなってきたのだった。
「宝生マーゴ」
後ろから声をかけられて、マーゴは思わず身をすくめた。
隣人に対して油断のならない日々を送っていたせいで、気を抜いていたところへ他人に接近されるとどうしても警戒心が先に立ってしまう。
ただ今となってはそうする必要もないのだと思い出して、マーゴは微笑みを浮かべてから振り向いた。
そこに立っていたのは、この島では比較的、互いを良く知る人物の一人。
「あら、ナノカちゃん。遅くまで起きているのね。お肌に悪いわよ♡」
「その言葉、そのまま返すわ」
「有難う、心配してくれるのね」
「・・・・・・そうね」
どう返したものか暫く悩んだ様子のナノカは、結局諦めたように頷き返していた。
ふ、とマーゴは笑みを深くする。
かつては、こう気安い会話はできなかったと思う。
きっとナノカはマーゴの軽口など無視して要件だけを話そうとしただろうし、マーゴもマーゴで、言動はそのままにしても心はそこになく、さりげなく立ち上がって保身のための行動へと移っただろう。
魔女候補同士の殺し合いという呪縛から解放されたことで、確かに自分達の関係は変わった。
故に、マーゴはこんなことも言える。
「ところでナノカちゃん」
「なに?」
「その喋り方、もうやめちゃっても良いんじゃないかしら?」
「・・・」
「心の距離を感じて寂しいわ?」
ナノカはこの島に肉親の仇を取るべくやってきたが、思いがけずその姉を救うことができた今、屋敷では二人で一緒にいる姿をよく見かける。
その姉と話している時のナノカが年相応のあどけない口調であり、それこそが本来の彼女の素であろうことは、最早周知の事実だった。
しかしナノカがマーゴやその他の少女達と会話する話し方は未だに堅苦しいそれで、マーゴからすると少し寂しいというのもあながち嘘ではない。
ただ、ナノカは困ったように眉を寄せて言う。
「・・・いちど付けたペルソナを外すのは難しいのよ。分かってもらえるかしら」
それでもそれは彼女にしては随分と申し訳なさそうな、やんわりとした拒否だったので、マーゴも小さく笑う。
「ふふ、そうね、少し意地悪を言ったわ。ごめんなさい」
「ただ・・・うん」
続きがあると思わなかったマーゴはおや、とそちらを見やる。
暫し逡巡した様子のナノカは、目を僅かに逸らしつつ言った。
「善処は、してみる
「まあ、いじらしい♡」
口元を若干ひきつらせて言うナノカのそれは大変ぎこちなかったが、マーゴは素直に嬉しかったのだった。