こん、とその時、扉をノックする音がした。
マーゴが「誰かしら」と小さく呟きながら立ち上がって、来客に対応する。
「ごめんなさいね、今カウンセリングの・・・あら」
陰から覗いた黒いリボンに、ナナもおやという顔になる。
マーゴはちょっと迷ったあとで、本来閉め出すつもりだったはずの訪問者を入室させることにしたようだった。
現れたのは、最近一緒に事件を解決したこともある見知った少女だった。
「ナノカさんでしたか」
「また会ったわね、明石ナナ」
頷き返してから、ナノカはその向かいへと視線を移す。
「そちらは私のことは知っている?」
「・・・・・・黒部。黒部ナノカでしょう」
「そうよ、よろしく。牧島ダリア」
「・・・」
そんな風にすらすらと挨拶をすませるナノカ。
流石にこの島ではマーゴに並んで有名人なのでダリアも知っていたらしいが、態度は相変わらず。
「・・・ナノカちゃんなら心配ないかしらね」
そう言って、マーゴが譲るように席を立った。
カップを持って部屋の隅にある小さな椅子へと移動したマーゴは、ナノカに座るようにと促す。
ナノカは毅然とした足取りで歩み寄ってきて、ナナの隣に腰かける。
そして、ナノカは口を開いた。
「氷上メルルの話でしょう」
お前もか、とダリアが下瞼を膨らませるのが見えた。
「聞いていたんですか」
「いいえ。でも今日貴方達が会うことは知っていたし、大体のことは分かるわ」
ナナの問いに首を振るナノカは、ダリアの警戒の視線など全く気にしていないかのように話を続ける。
「貴方達のことは囚人名簿で読んだことがあるし、全てが終わってからもよく読み直したから」
「なんだか恥ずかしいですね」
「・・・気持ちが悪い」
憎々しげに言い放たれるのは最早ただの罵倒だったが、ナノカは鋼の精神を持ち合わせているらしい。
「そう、その囚人名簿を初めて目にした時も、氷上メルルが関わっていたわね。そのときの私は、黒幕が誰なのかを突き止めたくて仕方がなかったから」
地下の冷凍保存室にそれはあったと云う。
そこまで辿り着けなかったナナとしては、共感すると同時に、羨望と、一抹の嫉妬も覚えてしまう。
ひょっとしたら、その時ナノカは氷漬けのなれはてと化しているナナの姿を見ていたのかもしれないと思うと、尚更だ。
ナノカは思い返すように目を閉じながら言った。
「私も彼女には一杯食わされたわ。最期は銃弾を二発撃ちこまれて」
「へ、へえ・・・よく生きてましたね」
当たり前のように言ってのけるナノカに、ナナは若干引き気味の笑みで相槌を打つほかない。
が、首を振られた。
「いいえ、死んだわ」
「へっ?」
そしてナナが素っ頓狂な声を上げたのも聞こえていないかのように、ナノカは先を続けようとする。
「挙句の果てに、その死体をバラバラに切り刻まれて」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください、全然話が頭に入ってこないんですけど?!」
「なに?」
「いやなにじゃなくて、え、なに、ナノカさん、いま生きてますよね?死んだってどういうことですか?」
混乱のままに当然の疑問をぶつけると、何故かナノカは困ったような顔をした。
困ったような顔をされてもこちらも困る。
「それを説明すると長くなるのだけれど・・・」
「いやそれ省かれたら、いまのところ字面通り受け取っても全部作り話にしか聞こえないですよ!」
「嘘じゃないわ。私、嘘は嫌いだもの」
「そ、そう言われてもですね・・・?」
「・・・じゃあ、そうね」
少しの間、顎に指をあてて何事か考えていたナノカは、仕方がないとでも言うかのように溜息をついてから、言った。
「私の魔法は【死に戻り】だったの」
「ん゛ふっ」
部屋の隅から第三者の呻きが聞こえた。
驚いて見やると、マーゴが紅茶でむせている。
「ごほっ、んぐ、けほ、ん、んんっ・・・ごめんなさい、続けてちょうだい」
苦しげに咳込みながらも、マーゴは気にしないようにとこちらに手振りしてみせる。
それはいつも落ち着き払った雰囲気の彼女とは違っていて、何故か随分と動揺しているように見えた。
(め、珍しい・・・)
ナナはきょとんとそれを見つめていたが、それさえも意に介していない様子のナノカが続けた話に意識を戻される。
「そういうわけで、私は一度死んだけれど、魔法の力でその死は無かったことになった。これで矛盾はないかしら?」
「えーと・・・そうですね、それなら・・・」
「実は、大魔女を倒すことが出来たのもその【死に戻り】のおかげなの・・・そうよね、
「・・・そうね、
なんだか口端がひくついているマーゴの何か言いたげな表情は少し気にはなったが、それでもそう証言してくれるのなら本当なのだろう。
ナナは信じることにして、話の腰を折ったことを謝罪した。
「疑ってすみませんでした。凄い魔法の持ち主だったんですね」
こくり、と頷くナノカのポーカーフェイスは相変わらず読めないが、それこそが大魔女の呪縛を打ち破った者足る風格なのかもしれない。
気を取り直して、ナナは先を促した。
「メルルさんの話に戻りましょう。続きをお願いします」
「ええ」
「・・・知った事じゃないわよ」
うんざりとばかりにダリアが顔を背けてそんなことを呟いていたのだが、それにはナナもナノカも、聞こえなかったふりをして話を続けるのだった。