ろうやしきノそのご   作:緋色鈴

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裏切られたる八重咲き花よ -3-

 

「まったく、ほんとうにひどい人ですね!」

「ええ、本当に。血も涙もない子だったわ」

 

途中から、それはもはや愚痴大会と化していた。

氷上メルル。

彼女が行ってきた所業の数々を、人より多くの出来事を知るというナノカから聞くナナと、聞かされているダリア。

ナナは自身が嵌められるまで彼女の悪行を知らず、自身に対してやられた仕打ちの分しか実感がなかったので、ナノカが語る様々な時間軸の話は新鮮に聞けるものだった。

特にメルルが他の子たちの殺人教唆までしていたことには、普通に憤慨していた。

 

「可愛い顔してあくどいというか・・・ずっとそんなことを繰り返していられる精神性は、ちょっと普通じゃないですね」

「そうね。彼女だけがずっと魔女化しなかったのもそれに起因するものかもしれない」

「なんというか、腑に落ちました。一探偵が敵う相手じゃなかったんだなって・・・」

「擁護できるとしたら、愉快犯ではなかったことね・・・あの子は大魔女の為にずっと」

 

と、ナノカが言いかけたところで。

 

「もういいわ」

 

暗い声で、それを遮る者がいた。

 

「・・・ダリアさん?」

「もういいって言ったの。貴方達がメルルを嫌いなことはよく分かったわ」

 

それはにべもない拒絶だったものの、何故か今までで一番会話らしい会話のように思えた。

そして一方で、ナナは眉根を寄せる。

 

「・・・いや、嫌いっていうか」

 

その評はまた少し、ずれていると思った。

事実として彼女は私達に対して酷い仕打ちをしたし、自分達はそれを語り合ったに過ぎない。

善悪の話に絡んで、その罪を糾弾するようなことは言ったが。

個人の好悪についてはまた別問題だ。

けれど、ダリアは首を振って、力無く呟いていた。

 

「私は・・・私は、メルルと友達だった。友達だったと・・・私は思っていたのよ」

 

初めて聞ける、ダリアから見たメルルの話。

彼女は、先程あんな女とまで言っていたその名前を今は気安く呼んでいることに、自分で気がついていない様子だった。

 

「メルルには何度も助けられた。怪我を治してくれて、他の子達の敵意から庇ってくれて・・・」

 

過去を想い、ほんの少しだけ懐かしむような声音だったダリアのそれは、すぐに歪んで。

 

「なのにあの子は最初から、大魔女のことしか考えてなかった。私のことなんかどうでもよかった。そもそも、この島に私を閉じ込めた張本人だったなんて・・・」

「・・・貴方もまた、裏切られたのね」

「いいえ、メルルは言ったわ。『裏切ってなんかいません』って」

 

部屋の隅で、マーゴが目を伏せたのが見えた。

ナナは知らないが、それはかつて彼女が聞いた台詞でもあったから。

 

「でもきっとメルルには結局、友達なんて要らなかった・・・私は、要らなかったのよ」

 

それがきっと、彼女の抱えている傷だった。

言い終えたダリアはまたも俯こうとしていたが、そこでふと息を吸ったナノカに気を取られて動きを止める。

 

「話の途中だったけれど」

 

相変わらず口調は素っ気無いながらも、少し労わるような視線をダリアの方に向けて、ナノカが言った。

 

「大魔女に会うという目的がなければ、彼女もあそこまで非道なことはしなかった」

 

それはナナの考えていたことと、ダリアに投げかけた言葉とよく似ていた。

 

「彼女の優しさまでは偽りじゃなかった。何かの巡り合わせが違えばきっと、私たちとも友達になれた・・・と、私も、そう思いたいわ」

「・・・」

 

それに対して、ダリアは顎を引き、迷うように瞳を揺らした。

少なくとも、それを嘘だ、間違いだと撥ねつけるほど、今の彼女は頑迷ではない様子だった。

そして、やがて。

 

はあ、と。

吐き出された溜息に吹き消されるかのように、それまで彼女の内に燃えていた火がふっと消えたのが、なんとなく分かった。

 

「どうでもいい・・・もうどうでもいいわ。メルルはもういないんだし・・・私にはもう、何も考える気が起きない」

 

無気力に、ダリアは吐き捨てるように言った。

 

「何が良かったとか悪かったとか・・・そういうの全部忘れて、私は死ぬことも出来ないまま、ここで無駄に残した生を終える。それだけよ」

 

そのあまりに捨て鉢な様子を見かねて、ナナは流石に口を挟む。

 

「それじゃあ、なれはてと変わらないよ・・・せっかく戻れた僕らはもっと・・・」

「それで良かった」

「え?」

「私はそれで良かったわ。蘇りたくなんかなかった・・・なれはてのまま、思うままに暴れて、殺して・・・何も考えずにそうして、罪を抱えて、そのまま消えられたら良かった」

 

そこで何かに気づいたように、ダリアは目を見開いた。

 

「・・・いいえ、きっとまだ、そう」

 

ナナが訊き返すまでもなく、そして彼女はもはや誰に向けるでもなくその続きを口にする。

 

「そうなのよ・・・今の私が、そうなのよ。ここに集められた魔女の()()()()()が、今の私達。私は今も・・・なれはてなんだわ」

 

うわ言のようにそこまで呟いたダリアは、唐突に立ち上がった。

そこで彼女は一度、ようやく目と目を合わせる意図でナナとナノカをそれぞれ一瞥したようだったが、しかし疲れたような声で彼女は言う。

 

「傷の舐め合いは、私抜きでやってよ。もう放っておいて」

 

そのまま立ち去ろうとするので、ナナは慌てて腰を浮かせる。

 

「あっ、ちょっと・・・」

「良いわ」

 

それを制したのは、今までほぼ言葉を発することなく様子を見守っていたマーゴだった。

彼女はカルテ代わりの紙束をぱたりと閉じた後、いつもと何も変わらない調子でダリアに微笑みかけてみせていた。

 

「付き合ってくれてありがとうね、ダリアちゃん」

 

最後にマーゴにしばし視線を寄越したダリア。

彼女はしかし、結局何も言わずに退室していった。

ちらりと見えたその眼には、もう憎悪の炎はなく。

ただ代わりに、力尽きた燃え殻のような、くすんだ憔悴の色だけがあるようだった。

 

 

 

三人とも黙ってその後ろ姿を見送って、足音が離れていくのを聞き終えた後で。

ふう、とマーゴが息をついたことで、鉛のように重たく感じられた部屋の空気が再び動き出したように思えた。

 

「一朝一夕には変わるものではないわね」

 

頬に手を当てて、マーゴが憂いの滲んだ声で言う。

 

「・・・なんというか、お力になれずすみません」

「いいえ、貴方達はよくやってくれたわ。ありがとう」

「私は雑談しに来ただけだけど」

「ナノカちゃんたら」

 

しれっと言うナノカがあまりにも淡泊なので、ナナは本気でこの人は雑談したかっただけではなかろうかと勘繰ってしまう。

それはそれとして、ナナはどうしても心配してしまった。

 

「本当に良かったんでしょうか」

 

彼女の傷は見るからに深く、まだ他人が触れていいようなものではないようにも思えた。

あるいは、必死に隠そうとしていたそれを無暗につつくような行為は。

傷口を抉るだけだったのかもしれない。

 

「いいえ。無駄だったとは思わない」

 

首を振るマーゴ。

 

「だってあの子、最後に傷の舐め合い、って言ったもの。自分の傷を・・・そして、他人のそれも同じものだと認識してくれただけでも、あの子にとっては、大事な一歩よ」

 

己の【禁忌】は得てして、自覚すらしていない。

それが表に出てきた時には、既に内には傷どころか、手遅れなほどの亀裂が入っている。

ナナはふと思う。

魔女化した少女の体表に現れていたあの罅割れは、あるいはそうした心の具現なのではないだろうか。

 

「私達は今もなれはて・・・ね」

 

マーゴがぽつりと呟いていた。

ナナもその言葉を聞いて、他人事だと思うことは出来ない。

 

先刻話したメルルとの経緯で、ナナもまた思い出していた。

形さえあれば、人が化け物へとなれはてるほどに、己の内にもそれはあるのだ。

決して忘れてはならない罪。

既に自覚してしまった傷。

そしてその二つは、魔女因子と共に消え去ってくれたわけではない。

それらと折り合いをつけていくには、どうすれば良いのか。

 

「きっと、すぐに答えが出るものではないわ」

「・・・ナノカさん」

 

まるでナナの心の声を聞いていたかのように、ナノカが言った。

 

「幸い、時間ならある。私達はもう、人を殺めようだなんて思うことはない・・・魔女裁判は、もう起きない」

 

いつの間にか、思い詰めたような表情を見られていたらしい。

断言する彼女の言葉には、その通りだと思わせてくれる、確かなものがある。

マーゴもまた近寄ってナナの肩にそっと手を置き、言うのだった。

 

「みんなで考えていきましょう」

「・・・そうですね」

 

 

 

マーゴから受けた今回の依頼は、そこで終わる。

 

けれど、自分達の抱えた問題はこれからずっと付きまとうものだと、ナナは改めて思う。

ダリアも、他の子も、自分も、もしかしたらナノカやマーゴでも、まだ。

きっとまだ、何も解決していない。

 

その日の夜、ナナは眠りにつくのに、いつもよりも長く時間をかけたのだった。

 

 




牧島ダリア

魔法:【読心】 他者の考えていることを読み取る(魔女化でより深層の心理を読む)
原罪:悪意無き盗視者

ミステリーにおける禁じ手ともいえる魔法。これにより本人はかなり早い段階で黒幕が分かっていた。
他作品で言うところのよくある読心能力なので特筆すべき点もあまりないが、彼女自身の性格が災いして本人はあまりこれを使いこなせていない。
自分が読んだ心理がどの程度の深さか分かっていないところがあり、それが「本人が自身に言い聞かせている表向きの嘘」なのか「その奥にある本心」なのかを混同するなど、心を読んだのに今一つ理解できていないか、まるごと読み間違うというような失敗が多かった。

あるとき大怪我を治してくれたメルルに感激して友情を抱き、黒幕だと分かってもそれを捨てきれなかった少女。
第一の事件にて、殺されかけたメルルを守ろうとして別の少女を殺害したが、そのことを当のメルルに証言される。
裏切られたショックで裁判中に魔女化が進み、強化された【読心】をメルルに使ってしまう。
結局メルルとの友情は片一方のものであり、彼女の心をひとつ潜った先には大魔女のことしかないという事実を知って絶望する中で処刑され、なれはてとなった。

余談1:当時のメルルはまだ唆しが雑で怪しいムーブ全開だったため結局再び襲撃されたのだが、死なないので黒幕であることが即バレし、仕方ないので全員を虐殺した。それゆえ同期で生き残ったのは彼女だけである。
余談2:管理者エマのifのすがた。
余談3:エマに歩み寄られたメルルはこんなこと初めてだと感激していたが、実のところ過去にはこの子がいたし、多分ほかにも居る。人の心とかないんか?
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