「笹名塚さ~ん、肥料持ってきたよ~」
「有難う御座います。それはそちらに積んでおいてください・・・あ、種類の違うものがあるのでそちらと混ぜないように気をつけて」
「りょ~」
「笹名塚さん、言われた通りお水汲んできたけど、これで良い?」
「はい・・・湖の水質は問題なさそうですね、溝を掘って、そこから水を引いてくれば作業はぐっと楽になります。あとで水田班の皆さんに声をかけましょう」
「了解、それじゃあっちの手伝いに行くねー」
「はい、お願いします。それと、みなさん」
呼びかけられた少女たちが振り向くと、笹名塚ツキの涼しい笑みに巡り会う。
「わたくしのことはツキで結構ですよ」
彼女達はにっこりと笑い返した。
「はーい!」
「本当に助かるわ。こういうのは経験者がいるかどうかで何倍も違うもの」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
少し離れた湖のほとりでその様を眺めているのは、先生と姫。
作業が始まってから早一週間になる。
出来上がりつつある土壌を見渡して満足げに頷くヒメコは、鼻高々といった様子だ。
てきぱきと指示し、自身も矢継ぎ早に着手している少女の背中を見ながらマーゴは呟く。
「畑だけじゃなく田んぼも一緒に作ろうなんて、ちょっと理想が高い気もするけれど」
「案ずるな、ツキに不可能はない」
彼女がその自慢の従者とはどういった仲なのかを聞き及んでいるマーゴからすると、その信頼ぶりは苦笑ものだ。
とはいえ実際に今のところ問題はなさそうなので、その評価に否やはない。
水田の方に向かったツキの方を見ていると、畑の方の少女達のやり取りが風に乗って耳に届く。
「ねえねえ、この畑に生るものがあたし達の今後の食卓に並ぶんだよね?基本は野菜?」
「そだね」
「でもせっかくなら野菜だけじゃなくて、面白いものがある畑にしたいと思わない?」
「まあ確かに」
「・・・ねえ、ここにカカオの木を植えるっていうのはど」
「いや雨衣じゃん!?まだ懲りてねえぞコイツ!!」
「チョコ絡みの騒ぎはもううんざりよ!!」
「っていうかアナタ食料関係の区画出禁になったのにまた紛れ込んで!」
「縛り上げて懲罰房にブチ込め!」
「ご無体なー!!」
・・・やはり問題はなくもなさそうだったが、それも彼女達自身で解決している様子だった。
それを見て、マーゴは思う。
作業中である今に関わらず、蘇生された少女達の雰囲気は誰しも少し変わっていた。
当初はみな腹の内を探るような、顔色を窺うような、あるいはそれらをそもそも避けるように関わりたがらない者が多かった。
そんな風に互いにどことなくよそよそしかったのが、今は一つの目標に向けて協力し、気兼ねなく言葉を交わして、時に冗談を言って笑い合っている。
その理由には単に月日が経過したというのもあるのだろうが、それは多分、きっと。
「全員で何かをするというのは、やっぱり良いことなのね」
「ちょこ作りの事か?然り、あれは良き祭事じゃった!」
「そうね、それもあるわね」
言いながら、マーゴはそれより少し前のことを思い出していた。
気球。
演劇。
どちらもやろうとした時点で十三人の内には欠けができていたし、なんなら後者ではマーゴ自身が居なかったのだが、その記憶は、ある出来事のおかげで他人のそれを共有して貰っている。
当時、自身はそうして団結しようという試みに冷ややかな態度をとっていた。
しかし何も信じられなかったマーゴが少し変われた気がしているのも、それらが切欠の一つだったのかもしれないと、今は思う。
この思い出を他の子たちへ共有するつもりは、マーゴには無かった。
「ふふん、収穫の時が楽しみじゃな!」
「流石にまだ気が早いけれど、そうね。どんな料理にできるのかも考えておきましょう」
新しくものを作るというのは、やはり活気を呼ぶ。
まだ始まったばかりだけれど。
環境は、着実に良い方向へと進んでいる気がした。
見ている間に、水田づくりの作業は一つの節目を迎えたらしい。
ツキの号令と共に、かこん、と堰板を外す音がした。
長い間、波紋一つなかった湖の水が、溝に沿って水路に流れ込んでいく。
作業に参加していた多くの少女達、そして畑班の方でもそれに気づいて駆け寄った少女達の視線が、皆同じようにその流れの先を追いかけていく。
その眼は誰しも輝いていて、マーゴもまた清々しい気分になる。
まるで静流と一緒に、淀んでいた空気が祓われていくように。
止まっていた牢屋敷の時間が、緩やかに動き出した気がしたのだった。
漆御門 ヒメコ
魔法:【豊穣】 植物の生長を促進する
原罪:
自然を豊かにし、植物の病を取り除き、作物を栄養たっぷりに実らせる魔法。
ヒメコは自身が身を置く領地内にこの魔法を使い続けて不作になりそうな年でも豊作にしていたが、流石に土地にかかる負荷などまでを踏み倒せるような力ではないため、知らずに使い続けていればいずれは破綻する状態だった。
案の定やってきた彼女の魔法でもどうにもならない大凶作の年、近隣から信頼を集めていた漆御門家としてどうにか打開せねばならぬと、領主やその下々の民の総意によってその身を神に捧げる生贄、所謂「人身御供」に選ばれてしまった。
責任感ゆえにそのことにはじめ悲嘆することはなかったものの、いざ土壇場になっては何故自分がという苦悩や生存本能に精神を苛まれることは避けられず、土中にて魔女化。
爆発的に強まった【豊穣】はその瞬間に凶作をなかったことにするほど不自然なまでに実りをもたらして村を救ったのだが、彼女自身は救われず、死ぬことも出来ずに苦しみ、地中より這い出て彷徨う亡者となれはてる。
そうなって間もなく、その境遇を憐れんだ幼馴染の手によって、その時代に決別を告げることとなった。
余談1:実は当時で言うところの「良家のお嬢様」程度の出でしかなく、姫なのは名前だけなのだが、周りの尊敬の視線が心地よくて誤解をそのままにしている。
余談2:傍目からはツキを振り回しているように見えるが仲は良く、お互いに姫と従者の関係はごっこ遊びの延長線上だと思っている。
余談3:時折ちよこれゐとをねだるようになった。
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笹名塚 ツキ
魔法:【氷結】 周囲の温度を奪う (まのむらと被った!)
原罪: 秋を忘れじ冬将軍
ヒメコの幼馴染。
代々漆御門家のお付きをしていた家の一人娘であり、ヒメコの専属従者となる。
本家筋が豪農であり、ヒメコが魔法を使う縁もあって頻繁にそちらに顔を出すのに付き添い、自分もその手伝いをすることが多かったため、土弄りに詳しい。
大凶作の年、人身御供に出されたヒメコが魔女化し、【豊穣】の魔法が強まったことで本当にその効果が出てしまった。
本来はその犠牲を悼みながら畑仕事に励むはずだった村人たちが、あまりの覿面ぶりに手のひらを返してヒメコの死を有難がったことに激昂、自身も魔女化。
災厄規模の大寒波を引き起こして村を滅ぼしたあと、通常の手段では死なないヒメコを休ませるべく、完全になれはてた彼女を村はずれの氷室におびきよせ、魔女化によって強まった全力の魔法で以て自身ごと全てを凍結した。
ヒメコともども、メルルの与り知らぬところ、魔女裁判という仕組みが出来るよりも前から自身の魔法によって封印凍結されていたレアケースの少女であり、それゆえ生きていた時代が他の少女達よりも遥かに昔である。
結局強すぎる魔法の力で長年凍りついたまま放置されていたため、後にその土地を訪れ二人の氷像を発見した当時のメルルが「もし技術が進んで、魔女候補を皆こうして保存できるようになれば嬉しい」と考える切欠となった。
余談1:現在の従者ムーブは戯れのロールプレイに近いところがあり、それ以外の場では意外とフランクで親しみやすい。
余談2:自分が生きていた時代では超重宝された冷凍技術が現代では当たり前なことに内心めちゃくちゃショックを受けている。
余談3:「お