ろうやしきノそのご   作:緋色鈴

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不幸に微睡む眠り姫に、ほろ苦い酔い醒ましを
不幸に微睡む眠り姫に、ほろ苦い酔い醒ましを -1-


 

「貴様、わがはいの作品にケチをつけるのか!」

「ケチじゃありません。客観的な批評です」

「そんなもの、頼んでなどいない!」

「いや確かに頼まれたと思ったんですけど・・・」

 

ノアのアトリエから聞こえるのは、そんな言い合いの声。

今となっては少し珍しく、そこには剣呑な空気が漂っていた。

 

困ったようにアンアンのことをどうにか宥めようとしているのは、比較的アトリエに訪れることの多い、本来アンアンにとっては作家仲間の少女である。

しかし対するアンアンは、けんもほろろだった。

 

「あの、お互いに作品を見せ合ってから『どうだ?』と訊かれたら、普通はそういう流れになりませんか?」

「・・・お前の文化を押し付けるな」

「割と普遍的では・・・うーん、なら、どうすれば良かったのか教えてもらえると・・・」

「もういい!」

 

ばん!とアトリエの扉を叩くようにしてアンアンは出ていってしまう。

残されたのは、唖然として「ええー・・・」と途方に暮れる少女一人だけだった。

 

 

 

「それでアトリエを飛び出して、曲がり角で出くわしたあーしの脇腹に頭突きする勢いで廊下を走っていたと」

「すまなかったと思っている」

 

あんまりすまなかったとは思っていなさそうな声音で謝罪しつつ、アンアンはラウンジのテーブルに突っ伏していた。

 

そして向かいに座るギャル子は、脇腹をさすりながら、頬杖をついてその様子を眺めていたのだった。

 

「もうわがはいはダメだ。魔女化してしまう」

「や、もうしないし」

「気持ちの問題だ・・・」

 

ずいぶん参っているらしいアンアンの様子に、対してギャル子はふうん、という感じである。

話を聞く限り、アンアンは謂れのない誹謗中傷に憤慨し怒っているという風に言っていたのに、思いのほか落ち込み、素直にしょげているように見えたからだ。

 

「なっちー、ずっと熱心に小説書いてるもんな」

「そうだ。あれはわがはいの努力の結晶なんだ。それをああも言うことは・・・大体、わがはいは、そもそも・・・」

 

一瞬怒りを取り戻したように顔を上げてそう捲し立てたものの、言いながらアンアンはまた鬱々とテーブルに沈んでいく。

その様は何とも覇気がなく、そのうちぺしゃんこに萎れた綿毛みたいに見えてくる。

頬杖をついたまま目を閉じて、ギャル子は慰めるように言う。

 

「ま、あーしも分かるよ、それは」

「・・・ぎゃるこは字が書けたのか?」

「いや偏見エグいな。てか、そーじゃなくてさ」

 

文才など欠片も持たないと自負しているギャル子が共感したのは、そこではない。

開いた目の視線を少し遠くにやって、ギャル子はあっけらかんと言った。

 

「ムカつくこと言われたら、ついそうしちゃうよねって話」

 

アンアンがそこで視線を伏せ、居心地悪そうにした空気だけは伝わった。

説教されると思ったのかもしれない。

しかしギャル子は本当に、ただ共感したのである。

 

「あーしもさ、聞きたくない事にはぜんぶ耳を塞いでたから」

「・・・わがはいは、べつに」

 

耳を塞いだわけでは、というような言葉がアンアンの口から不明瞭に漏れる。

途中でごにょごにょと消えていくのは、本人もどこか言い訳がましいと思ってしまったからだろう。

ギャル子は笑って言った。

 

「つってもほら、聞く耳持たないって言うじゃん?」

「・・・」

 

相手を騙らせようとしたり、会話自体を打ち切ったりするのも、それに同義だ。

 

「あーしはいつだってそれが出来たし、それが権利だと思ってたから。腹立つこと言われても全然気にならなくなって、そんな会話自体が無かったのと同じに出来て・・・言った方も、あーしがマジで聞いてないって分かったら、そのうち最初から喧嘩なんかしてなかったみたいにしてくれたし」

 

それが処世術だった、と、思い出しながら語る。

ストレスを溜めない方法としては良かった、とは思う。

 

「でもさ」

 

しかしそれは、それこそが、ギャル子にとっては()ができる切欠だったのだ。

 

「あの時に何を言われたかぐらい聞いていれば良かった、ってあとで思ったりは、すんだよね」

 

きっとそうした言葉は、二度とは言われないから。

そうと気づいた時には、もうせがむことすら出来なかったから。

 

アンアンは暫く黙ってギャル子のことを見つめていて、しかし案の定、不機嫌そうだった。

 

「・・・うるさい」

「ん、それも分かる」

 

大人しく黙る代わりにそう笑いかけてやると、アンアンはなかなか嫌そうな顔をしていた。

ぷいと顔を背けてから、不貞腐れたように彼女は言う。

 

「・・・だが少なくとも、今わがはいは聞いてやった。ありがたく思え」

「あいよ」

 

こっちが感謝させられる辺り、妙ちくりんなやり取りだ。

だがそれもアンアンなりの譲歩だと思ったので、ギャル子も甘んじて頷くに留める。

そうして気まずいような、気まずくもないような、ただ空白の沈黙が暫しあって。

 

「・・・」

「ん?」

 

気だるげに顔を覆う前髪の隙間から、ちら、とアンアンの眼が覗く。

そうして、一言こんなことを呟いた。

 

「ミリアなら・・・こんな時は頭を撫でてくれた」

「・・・あー」

 

正直、ギャル子はちょっと眉を下げた。

色々と言いたくなることはあった。

他人の代替にさせられる上、それを明言された方の気持ちも慮って欲しい。

もちろん、代替されてしまう方の気持ちも。

 

しかし見やれば、アンアンの方も期待しているというよりは、ばつが悪そうな顔でこちらの様子を窺っていた。

どうやら彼女も承知の上ながら、今は今の気持ちが勝ってしまったということらしい。

そんな顔をされる方が断りづらい。

しょうがない、とギャル子は腹をくくることにした。

 

「ほれ」

「・・・いいのか?」

 

ぽんぽんと太腿を叩いてみせてやると、ねだっておいてアンアンは気が引けるような顔をしている。

畏まられるとこっちが恥ずかしくなってくる。

そして、まさかその場で手を伸ばすだけでよかったのではと思い至ったギャル子は逆に心が折れそうだったので、ほれ、はよ、と繰り返す。

 

結局、アンアンは言われるままに近づき、おずおずとギャル子の膝元にしゃがみこんで、頭を載せてきた。

 

「はいはい、よーしよし・・・」

 

毛刈り前の羊みたいな、ふわふわの髪だった。

ストレスフルだった囚人生活は、食糧事情で機関側の負担が減った分だけ他方面に余裕ができて日々改善されてきており、最近シャンプーとリンスが使えるようになった。

多分、これも本人ではなくマーゴか誰かがやってあげているのだろうが。

 

 

そうして、されるがままのアンアンも、暫くやっているうちに力を抜いていたのだった。

 

 

 

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