ろうやしきノそのご   作:緋色鈴

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不幸に微睡む眠り姫に、ほろ苦い酔い醒ましを -2-

 

 

しばらくそうしていると、アンアンがむずがるように頭を動かして、言う。

 

「・・・雑だ。もっと優しく撫でろ」

「はー、注文の多いお嬢さんだなー」

 

呆れて笑って、ギャル子は口が軽くなる。

 

「こんなことしてもらえるなんてさー、なっちーは幸せ者だって自覚ある~?」

 

ちょっとした皮肉程度のつもりで言ったのだが、ギャル子はそこで、おや、と思った。

手の平から伝わってきたのは、思いのほか深刻そうな沈黙だったからだ。

ふと、手が止まる。

悟られたのを悟ってか、アンアンが呟く。

 

「・・・ぎゃるこにまで言われるか」

「までってか・・・てか、前にも言われたの?」

「わがはいの【禁忌】だからな」

 

流石に一瞬、ギャル子は口をつぐんだ。

しかし自分からそれを口にしたアンアンのその言い方は、当たり前のように淡泊で。

傷ついたというよりは、拗ねたようなそれだった。

 

「わがはいは幸せになってはいけない、と思っていた」

「・・・なん、それ」

「ああ。本当に、なんそれ、だな。お前の言う通りだ」

 

撫でられているアンアンはギャル子に後頭部を向けていて、その表情は見えない。

ただ、自嘲するように笑ったのだろうとは、肩が揺れた仕草で分かった。

彼女は語る。

 

「マーゴたちにも言われた。自分が不幸になるべきだと言いながら、お前は幸福を求めている。お前は幸福に身を浸しておきながら、不幸であると自分を誤魔化している、と」

 

それを認めたくなくて、駄々をこねて、自分を騙そうとし続けて。

 

「合っている。わがはいはその矛盾から目を背けていた。耳を塞いでいた・・・その愚かさが積み上げた負債を、結局は誰かに押しつけていた。だから、わがはいは」

 

ぽつりと、諦めたように、アンアンは呟いていた。

 

 

「わがはいは、甘えん坊なのだな」

 

 

それまでは懺悔に似た、抑揚のない低く沈んだ語り口だったのに。

最後のそれは、初めて自分が何者なのか気づいたみたいな、むしろ清々しい声音だった。

聞き届けたギャル子はどう言おうか、ほんの少し迷った後で。

 

「・・・ま、今このシチュでそれは違うとは言えんすかね」

 

おどけた調子で返したギャル子に今まさに頭を撫でられているアンアンは、今度こそ小さく声を上げていた。

なるほど、そうして笑っていられるなら、少なくとも今は。

もうアンアンはきっと、望んで不幸に身を置いている少女ではなさそうだった。

それが分かって安心したギャル子はあえて、なんということもないように言った。

 

「んじゃ、幸せを享受する練習ってことで」

「・・・享受する、練習?」

 

僅かに顔をこちらに向けて、疑問を向けるアンアンの横目が見つめてくる。

 

「何事も慣れっしょ、慣れ・・・案外、幸せに慣れちゃうってのが最大の不幸かもよ?」

「それは・・・それは、わがはいは、嫌だな」

「っしょ。ならほんのちょっとした事でも、あ、今幸せだなーって思っちゃった方が良いじゃん?そう思える練習、してみようよ」

「・・・どうも言い包められている気がするのだが」

「言いっこなしだって。ほれ、こんな状況でなっちーはなんて言う?」

 

それは【私達の禁忌】を堂々と踏み破るものだった。

しかしギャル子はなんとなく、これは必要なことではないかと思う。

アンアンもまた少しは、そう思ったのか。

暫し考えたあとで、意気込むように小さく息を吸った後、彼女は口を開いた。

 

「・・・わがはいは、シアワセモノダナ」

「めっちゃ棒読みじゃん」

 

アンアンは早速めげた。

 

「うぅ・・・心が拒否反応を起こしている・・・」

「ずっと撫でられてんのに?」

「もっと分かりやすい幸せはないのか」

「マジに贅沢じゃん」

「泣きそうだ。魔女化する」

「せんてば」

 

と、そんな茶番じみたやり取りが暫く続く。

 

それは一見、屈託のないじゃれ合いのように見えて、きっと荒療治のようなものだった。

他人事ではないけれど、いつか治ればいい、とギャル子は思う。

アンアンは己の傷がどんな形なのか、よく分かっている。

 

これはその傷口を指でなぞるような、その行為がどれくらい痛むのかを確かめるような、そんな子供じみた作業。

 

 

 

と、そこで。

ひょこっとラウンジに現れたのはノアだった。

 

「あっ、アンアンちゃん、いいなー」

「!!」

 

アンアンが飛び起きて頭でギャル子の顎を強打した。

 

「あごぉっ?!」

「っ~~!!」

「わ・・・いたそう」

 

悶絶する二人をあわわと見つめるノア。

痛みのせいか別の感情のせいか顔を真っ赤にしたアンアンが立ち上がり、勢い余ってそんなノアを睨みつけていた。

 

「な、何の用だ・・・ノア!」

「あ、うん。フウカちゃんがね、アンアンちゃんのこと心配してたんだよ?」

「フウカ?誰だその・・・ああ」

 

誰のことか見当がついたアンアンは一気に鎮火して渋面になる。

 

「もう少し話し合いたいから、アトリエに連れてきて欲しいって頼まれたんだ~」

 

どうしたんだろうね、とノアはマイペースな感じで首を傾げている。

対して少しの間、逡巡していたらしいアンアンは、しかし。

 

「分かった。行くとしよう」

 

何か決意したかのように頷いて、そう言ってみせた。

 

「大丈夫そ?」

 

顎をさすりながら事の推移を見守っていたギャル子は、つい口を挟む。

すると不敵な笑みを浮かべてアンアンは、ギャル子の方に自信ありげな視線を寄越した。

 

「わがはいを誰だと思っている」

「甘えん坊のなっちーだけど」

「・・・言っていろ!」

 

もう知らんとばかりにアンアンはそっぽを向いて、ずんずんと歩きだしたのだった。

ノアが「待ってよ~」ととたとたその後をついていくのを、ギャル子は微笑ましく見送る。

 

と、そこで、アンアンが振り向いたのが見えた。

不機嫌そうな、不貞腐れたような顔。

ギャル子は目が合って、彼女の仕草に気がつく。

 

口の形だけで、アンアンは何事かをギャル子に伝えていた。

そして反応を待たずに、すぐさま彼女は曲がり角へ消える。

それを見て。

ギャル子は目を細め、声に出して呟くのだった。

 

「どーいたしまして」

 

 

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