ろうやしきノそのご   作:緋色鈴

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不幸に微睡む眠り姫に、ほろ苦い酔い醒ましを -3-

 

「現れたな」

「いや、あなたたちが戻って来たんですけど・・・」

 

ノアに連れられるままアトリエを再び訪れたアンアンは、そこで所在なさげに座っていた少女に再び相対した。

アトリエに時折姿を見せる「創作家」の属性をもつ少女の中で、今日に至ってアンアンが最も苦手な相手と認定した者。

藤原フウカと言うらしい、と先程アンアンはノアからそれとなく聞き出しておいた。

彼女はアンアンの相変わらずの態度にちょっと気後れしたような素振りを見せつつ、隣にいたノアの方に向き直っている。

 

「城ケ崎さん、連れてきて頂いてありがとうございます」

「ううん、すぐ見つかったよ。あのね、ラウンジでギャル子ちゃん・・・」

 

余計なことを口にしかけたノアを制するようにアンアンは言った。

 

「ノアはこいつに絵を見せたことがあるのか」

「え、ううん、ないよ?」

 

きょとんとして言うノアの様子にほっとして、しかし硬い口調でアンアンは続ける。

 

「いいか、ノア、奴には見せるな。そして言う事には耳を貸すな」

「えええ、なんでかな・・・?」

 

アンアンはノアを守るためにそう言った。

自分はまだしも、ノアの絵を悪し様に言おうものならそれは話が違うからだ。

しかしフウカは肩をすくめ、首を振った。

 

「それには心配及びませんよ。なにせ私には文才はともかく絵心というものが全くないので、そんな私が良し悪しを口にするのが、いかに愚かか弁えていますから」

 

察するに、なんとなく事情を知っているのか、何なのか。

アンアンはなんだかその言い方も気に食わなかったが、ノアの方はそれで何を言われているのかようやく分かったらしい。

しかしそれはそれで哀しいものがあったらしく、丁度机の上にあった一枚の絵を見ながらノアが呟く。

 

「うーん、そうなんだ・・・じゃあ、これも何だか分からないかな・・・」

「いえ、かわいいキツネさんだと思います」

「わ、当ててくれた、良い人だ~!」

「な、おのれ批評家、わがはいと扱いが全然違うではないか!!」

「批評家ではありません。あなたと同じ物書きです」

 

そして、もちろんそれぞれの分野で言えることは違いますよ、とフウカは言ってのける。

アンアンもそれは否定できない。

アンアンの場合はノアの絵にも口出しすることこそあるが、同じように技術的な良し悪しなど分かりはしないため、口にするのは己の好みに基づく意見でしかないし、幸か不幸かそれはノアにもまったく響いていない。

・・・ノアがそれを許しているのは仲良しだからというより、何度かそういうやり取りを経た結果「アンアンちゃんのセンスは微妙」と看做して聞き流すようになった節があるのだが、さておき。

 

「・・・ノア、外してくれ」

「え?のあ、居たらだめ?」

「ぎゃるこがノアの頭も撫でたいと言っていた」

「わーい」

 

ころりと転んだノアは弾んだ足取りでアトリエを出ていく。

そうして少し静かになったアトリエで、アンアンはフウカと向き合っていた。

 

対決の時だった。

 

「あの、仇敵みたいな目で見るのやめてくれませんか・・・」

「藤原フウカと言ったな」

「名を覚えて貰えて恐縮です。そろそろ出会って数カ月経ってると思いますが・・・」

 

ちょっとげんなりした様子でフウカがぼやいている。

アンアンは先刻のやり取りを思い返しながら、苦々しく切り出した。

 

「貴様はわがはいの小説を批判した」

「・・・ええ。()()しました、非難ではないですよ。評価より批判の割合の方が多かったことは事実ですが」

 

あくまで間違えないように、と彼女は念を押すように言い返してきた。

仮にも物書きならその違いは分かりますよね、とでも言わんばかりのその態度こそ腹が立つ原因なのだとアンアンはだんだん理解してきた。

 

「そしてそれもこれも、はじめに貴方が私に見せてくれたから口にしたことです。何故怒られるのか分かりませんでした」

「・・・わがはいは見て欲しかっただけで、意見して欲しかったわけではない」

「良くないところを良かれと指摘したまでなのですが・・・」

「わがはいは好きで書いているだけだ。わがはいが書いたものの良さは、わがはいだけが知っている」

「誰にも理解されなくてよいのなら、誰にも見せなければ良いのでは?」

 

アンアンは閉口した。

対してフウカは追撃するかのように言いつつ、首を振る。

 

「ただ褒めそやされたいだけで私に見せたのなら余計な口出しをしたことは謝りますが・・・正直それはどうかと思います」

「なんだと・・・!」

 

待っている間に、フウカはアンアンが癇癪を起こした理由を看破していたようだった。

そして正直、図星だった。

アンアンはその時は全く自覚していなかったが、今なら分かる。

彼女にそれを見せた時、ただ「良いと思います」とお世辞でも言ってもらえさえすれば満足するつもりでいたし、最初からそう言ってくれると期待して見せただけだったのだ。

 

「承認欲求を満たすために物を書きたいのであれば、そのための努力は放棄すべきではありません。文章を推敲し、語彙を育て、ある時は批判を甘んじて受け入れ、日々研鑽していくべきです」

 

うるさい。黙れ。聞きたくない。

そう拒絶することは簡単だった。

実際口から出かけたそれらを飲み込むまで、アンアンは暫く黙りこくる必要に迫られた。

そしてその間に先を紡ぐフウカ。

しかし彼女は、それまでの苦言とは裏腹に、本当に他意の無い様子でこんなことを言い、手を差し伸べてきたのである。

 

「せっかく同好の士なんです。変に肩肘張らずに、互いに切磋琢磨していくことはできませんか?」

 

伸ばされた手の、中指にはっきりと見えるペンだこを、アンアンは見つめていた。

きっと本心なのだろう。

最初から彼女は、アンアンを悪く言うつもりはないのだと、薄々分かってはいた。

言い方に容赦は無いが、言っている内容自体は、そう、説教ではなく。

そこまで思って、アンアンは呟いた。

 

「・・・ヒロならこう言うだろう」

 

視線を上げ、彼女の眼を見つめ返して。

 

「貴様は正しい」

 

手を宙に彷徨わせたままなこともあって、フウカはどう受け取ったものかという顔をする。

そしてアンアンは言った後で、暫し床に目を落として。

 

「わがはいにも分かっている・・・貴様のような奴に作品を読まれること。それは、それが受けられる環境は・・・不幸では、ない」

 

自分の表現はどうせ誰にも分かってもらえないのだ、と自ら酔うことは容易い。

しかしそこに真剣に評価を下してくれる人物がいるのなら、それに耳を塞ぐことは、愚かだ。

 

そしてアンアンが再び顔を上げ、フウカを見据えた時。

その眼にはこれまでに無い、淡い灯火が揺らめいていた。

 

「わがはいは、決めた」

 

がし、と。

アンアンは諦めて下ろされかけていたその手を掴んだ。

そして、告げる。

 

「お前を終生のライバルと認めよう」

「え」

 

明らかに顔に「そんなつもりはなかったんですが」と書いてあるフウカの様子には頓着しないまま、アンアンはその意を述べる。

 

「わがはいはお前を超えてみせる。そのためならば、わがはいはどのような屈辱にも耐えてやる」

 

彼女が何も言えないくらいの作品を書き上げて、参ったと言わせてやりたいと思った。

言い放ったアンアンは、しかし直後に悔しさの滲んだ、それでも挑戦的な目つきで口元を引き結んで、小さな声で先を続ける。

 

「そのために・・・お前に、教えを乞うこともあるかもしれないが」

 

手を差し伸べてきた彼女に応えるには、こう言ってやるほかない。

しかし最後の最後でちょっとだけ意気が挫けたアンアンは素早く手を離して、引っ張り出したスケッチブックにその続きを書き殴り。

 

『よろしくたのむ』

 

と、だけ見せる。

 

対してフウカは当然、アンアンの宣言の真意を掴みかねてはいるようだった。

しかし、元々はフウカが差し伸べていた手である。

それに、やや斜め上に意気込んだアンアンがその実、甘えを捨て、自ら垣根を取り払っただけなのだということは、なんとなく察した様子でもあって。

そして、そもそも少なくともまだ、幸いにして。

よろしくと言っていいえと返されるほど、険悪な仲では、ないのだった。

 

「喜んで」

 





藤原 フウカ
魔法:【酩酊】 対象を前後不覚の状態に陥らせる (魔女化で重篤化)
原罪:酔いどれ歌人ノ孫娘

その効果は疑似的なもので、本当に酒精で酔うわけではないが、それでも未成年である魔女裁判の同期たちには彼女の魔法は強烈であり、使われた側は為す術もなく正気を失う。

はじめは己の数奇な体験を詩や文章にしたためるというノアにも似たルーティーンによって心の平静を保つことに成功していたが、その浮世離れぶりと歯に衣着せぬ物言いで、魔女化しかけていた少女の敵意を買う。
自衛のために相手を酔わせて昏睡させようとした結果、未成年相手ゆえに加減を誤って中毒症状で死なせてしまい、それが禁忌にも触れたことで自暴自棄に。
生まれて初めて自身へ【酩酊】を使いタガが外れた彼女はさらに生き残っていた同期全員をも【酩酊】させ、それまでの魔女化に抗っていた者達の自制心の崩壊、魔法の暴走などを引き起こして地獄絵図を作り出してしまった。
その時点でも彼女の魔法は明らかではなかったが、かろうじて生き残った少女1人と黒幕の二票によって処刑された。
裁判によって処刑された単独犯の最多殺人賞。

有名な歌人を祖父に持ち、自身も創作が好きな古い時代の少女。
祖父は酒が好きで、酔っている間は作家の苦悩を忘れ、孫娘をべた褒めに可愛がってくれるその赤ら顔がフウカも好きだった。
祖父亡き後、今度は父の方がその血を引く作家として色眼鏡で見られ、苦しむ羽目になった。
見かねて、父も酔えば気分転換になるのではないかと魔法を使った。
・・・優しかった父が、酔うと人が変わったように暴れること、それを知っていて結婚後は決して酒を口にしていなかったこと。
そして彼女が酔わせたその日に勢いあまり母と姉を殴り殺すことなど、酒を飲んだこともない幼い彼女には予め知る由も無かった。

余談1:前述の通り酔うと危険な人格が露わになる二面性は父親譲りであり、そんな自身をひどく嫌悪している。
余談2:バレンタイン当日、チヨコのやらかしが禁忌直撃だったので我慢ならずに鉄拳制裁してしまった。全員がフウカを支持した。
余談3:彼女の正論は作者にも刺さっている。


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作者のあとがき:サブタイについて
微睡みには酔い覚ましではなくて眠気覚ましではないかと言われそうですが、
冷たい酒を注ぐと桜や花火などの絵柄が色づく「まどろむ酒器」というのがありまして。

不幸に酔っていたアンアンが、冷や水のごとく正論をぶっかけてくるフウカに立ち向かい、やがて花咲くように、という感じで。


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