言い終わって、ルカは気が済んだとばかりに肩をすくめていた。
ただ、いままで誰かに言ったことはなかったのだろう、様子を窺うようにカナタを横目で見ている。
そしてカナタは正直、どう言ったものか迷っていた。
相談役に自分は適していなかったのではないかと我ながら思う。
ただ、そういう告白をしてもらったのなら、自分また同じだけの心の内を語るのが、せめてものお返しになるのではないか。
カナタはそう考えた。
「私は、私も以前は、この島でずっと暮らそうと考えていたのですが」
「・・・今は、違うの?」
ルカは普通に興味を持ったようで、きょとんとした顔で訊く。
蘇った少女達の中で、この島の外に出たい者と、牢屋敷に残りたい者は同程度の割合で存在する。
そして理由は奇しくも同じで、環境あるいは将来への興味と不安、そのどちらにどちらを抱いているかが違うだけ。
そのため意見を違えている思春期同士という、いかにも問題が起きそうな立場でありつつも、その両者は不思議と融和している。
そして、まだ少ないながらも既に島外へ出ることの出来た少女達がいる一方でその割合が変わらないのは、カナタのように、時を経て考えを改める者も一定数存在するからだ。
「少し前までは、過去を振り返っている間の方が好きでした」
「・・・どうして?」
文脈をやや無視した心情の吐露に対して、ルカは訝しむことなくただ訊いてくれる。
そうしてカナタもまた、かつて自身が持っていた魔法を話す。
【未来視】という、余人が欲する便利な力。
自身がこれから先何をすべきなのかを教えてくれる、頼れる魔法。
カナタはそれを失って、未来そのものが無くなってしまったかのような不安に苛まれていた。
「ですが一足先に外に行ってしまった方と、約束をしたので」
「約束?」
「ええ、また会いましょうと」
カナタにとって、その約束は。
霧がかり見えなくなってしまった行先の中に、一つだけ輝く道標のようだった。
それはまるで、今見上げれば瞳に映る、雲間から覗く月のように。
「私はその人と話して以来、これから先どうなるのかが分からなくなったことを、むしろ嬉しく感じるようになりました」
それこそが心変わりの切欠だったと思う。
未来を予め知ることは、窮屈だったのだと知った。
それは決められた道筋を辿るしかできない事を、ただ思い知らされるだけの魔法だったのだと。
「だから私は、追いかけたいんです」
過去を断ち切って未来へ歩み出せた、あの人の背中を。
言ってからカナタは、ふと気がついた。
ルカにとってのヒロのように。
それこそ、彼女がいつの間にか、自分の憧れの人になっていたのだと。
琴宮ルカはそんな告白を聞き終えるまで、なんだか呼吸の仕方を忘れてしまったような気がしていた。
自分が抱えていた気持ちの裏側を語るのも初めてのことなら、誰かのそんな想いを知るのもまた同様で。
いったん口を開いて、声なく、そのまま閉じて。
次に言葉を発する時は、彼女から視線を外していた。
「・・・眩しいな」
空を見上げて、そう呟いた。
月明かりのことだと思ったのか「そうですね」とカナタが返したので笑ってしまう。
初対面だからという以上に、どうも彼女とは会話が嚙み合わないような気がする。
ただむしろそのおかげで、こうして互いを知れたような気もした。
「あの、ありがとう」
「はい?」
「聞いてくれて、聞かせてくれて」
「はい」
首を傾げて、戻して、頷いて。
カナタは淡く微笑んでみせる。
本心を言えば、彼女の話を聞いたところで、ルカの心の内が大きく変わったわけではなかった。
なるほど、そういう人もいるだろう、と思った程度。
けれど、私を見習いたいなどと言ったその口で語った彼女のそれには、淡白な口調の中に確かな
自分もまた自分の【好き】に、もう少し前向きになってもいいのかもしれない、という気にさせてくれた。
「・・・寒くなってきたし、そろそろ戻ろうかな」
話しているうちに、月も傾きつつあった。
伴って伸びた塀の影は、もうすぐ二人を覆い隠してしまうだろう。
そうなる前に、ルカはお別れを告げておきたくなった。
「それじゃあ、あなたが島を出られることを祈っているから」
「はい、有難う御座います」
「うん、元気でね」
「そちらこそ」
良く知らない相手とこうしてごく普通の友人みたいに喋れることを奇妙に感じながら、ルカはひらひらと手を振ってその場を立ち去ろうとする。
そして、カナタがそこに投げた言葉で、ルカは足を止めざるを得なかった。
「またお会いしましょう」
はじめ、ぽかん、とルカは口を開けて呆けていた。
向き直った先には、どことなくしてやったり感のある薄い笑みを浮かべているカナタ。
それを見て、ルカは彼女の意をなんとなく察した。
相手が島を出るのを望んでいないと聞いたばかりなのに、自身が島を出たくなったという切欠である言葉を、まるでわざわざ押し付けるかのように残していく。
それはむしろ、約束というよりも。
「呪いね」
「ええ、呪いをかけました」
カナタは頷く。
悪戯がばれたような顔をしているので、ルカは呆れ半分、当惑半分に問いかける。
「なんでそんなことを?」
「なんでしょう、勇気のおすそ分けと言いますか。お節介だと怒って頂いて構いませんが、先日の一件以来、ルカさんは大人しくしているという以上に、元気がなさそうに見えたので・・・」
どう言ったものかと思い悩む素振りをしている割には、思っているそのままのことがすらすら口から流れ出ていることに、カナタは気づいていないようだった。
「夜空を見上げていたルカさんを見かけて声をかけ、こうしてお話を聞かせてもらい、聞いてもらったからには・・・ちょっと背中を押してあげたいと思った次第です」
ルカは聞き終えて、思った。
なるほど、お節介だ。
「・・・あのね、私たち初対面なんだけど」
「はい、私も初対面の方に貰った言葉です」
無敵かなこの人、とルカは今度こそ完全に呆れた。
自分も時折そうなってしまう自覚はあるが、彼女は明らかに人との距離感がバグっている。
どのくちで人のことを、気持ちに正直だなどと言ったのだろう。
しかし、あまりに表裏が無さ過ぎて真意を疑う余地もないその言葉にはどうしたって、悪い気はしなくて。
ルカは諦めて、肩をすくめて返したのだった。
「分かった。呪われてあげる。残念ながらあなたへの憧れは、ヒロ様ほどじゃないけどね」
「貴方からの好意は怖いのでそれぐらいでちょうどいいですよ」
「励ましてるのか突き放してるのかどっちなの?」
くすくす笑ったあとで、カナタは居住まいを正し、折り目正しくお辞儀をしてみせる。
「幸か不幸か、私が旅立つのはきっとまだ先の話です。それまで仲良くしてくださいね」
「ちょっと自信なくなってきたけど」
「ふふ。それでは、おやすみなさい」
そうしてカナタは言いたかったことは全て言い終えたとでも言わんばかりに、満足げに頷いて、踵を返し。
さく、と草を踏む小さな音を最後に、夜の闇へ消えていったのだった。
そうして、月明かりが見せた幻みたいに、ふらりと現れて、ふらりと立ち去った彼女。
ルカは最後にその背中が見えていた木立の隙間を見つめながら、率直な感想として、呟く。
それはむしろ自分がよく言われてきた言葉だったが、自ら吐くのは、ルカにとって覚えのないことで。
それはともすれば個人に向けるものの中で、初めて抱くフラットな感情かもしれなかった。
「・・・変な人」