ツキが密かに作り方を習得していた、御主人御執心の甘味。
ヒメコはそれが特別な日ゆえにお許しが出て、そしてお祝いにと贈られたものなのだと、ようやく気がついたらしかった。
「そうか、もう妾の・・・うむ?」
破顔しかけたヒメコはしかし、ちょっと怪訝そうにツキと巾着を見比べていた。
「・・・にしては、わずかばかりズレておらんか?」
なるほど自然そのものと縁深かった彼女は、季節を肌で感じ取るに長けるらしい。
確かに、日単位で合っているどうかはツキにも分からなかったりする。
「ですが今は暦からして違うそうですよ」
「なんと・・・」
故に多少は誤差でしょう、とツキはその時ばかりは雑にその問題を片付ける。
遠く離れたこの時代、そもそも正確な日付も分からぬ日々の中で、自分達がいつ生まれたのかを計るのは無為に等しい。
「それに・・・」
一方で、祝うことそのものは、大切なのだとツキは思っていた。
「・・・あなたが生まれたのは、
見上げて、言った。
またつられて、ヒメコも天を仰ぐ。
この時期に最も美しいとされる、煌々と輝く満月。
それを祝うもまた、一年に一度の特別な日だった。
「・・・知らなんだ。なぜツキの方が妾に詳しいんじゃ」
「従者だもの」
「言うわりに口調崩れとるが」
ツッコまれたものの、ツキは肩をすくめるに留めた。
以前からヒメコとこうして昔話をする時に限って、ツキは
そもそもがごっこ遊びの延長線にある以上、ツキにとってヒメコは、姫様である前に、幼馴染だった。
しかし、十五夜か、とヒメコは独り言ちて、また夜空を見上げる。
その時ちょうど月が雲に隠れて、代わりにその輪郭を淡く金色に縁取るところだった。
「ま、豊穣の姫巫女たる妾には、相応しく縁ある日じゃったな」
「・・・」
それには不覚にも、頷き返すことに失敗した。
今度はその沈黙の意味がちゃんと伝わってしまったらしく、ヒメコはツキを見て苦笑する。
「そんな顔をするな。妾は己の役割に納得していたのじゃから」
「・・・私は、納得できなかった」
「過ぎたことじゃ」
仮面を被り損なって本音を見せるツキを、対してヒメコは可笑しそうに笑う。
自分達がいた村にも、この牢屋敷と同じようにろくでもない運命があった。
ヒメコはそれに絡め捕られて贄となり、ツキはそれに怒り狂いて鬼となった。
普段はわがままお嬢様なヒメコは、その話をするときだけ、自分よりよほど大人びて見える。
「ホウショウも言っておったろう。それは妾たちに降りかかった呪いなのじゃと」
肩をすくめてヒメコは言った。
ツキもまた目覚めた時、少女達の取りまとめ役となっていた宝生マーゴから聞かされたことを思い浮かべる。
「姫巫女などと崇められてよい力ではなく、またその運命も妾たちが捻じ曲げてしまったのではなく。全ては妾たちよりも更に古なる因縁が呼んだ、なるべくしてなった不幸なのじゃと」
「あの方は・・・上手に言葉を選んでいたと思う」
「呵々、然りじゃな」
我々がどのようにして成れ果てなる存在へ堕ちたのか、その内を彼女は聞いただけである程度は看破していたようだった。
決してヒメコが口にしてはいない闇を、それでも彼女は正確に慰めていた。
それが自分達だけではなかったのだとも。
「言われずとも分かっておる・・・と口にすることは出来るがな、正直有難くはあった」
「・・・私も」
「んむ。いずれ返さねばな。恩には恩を、じゃ」
「・・・ヒメコのうちの家訓だものね」
「とっくに滅んだ家じゃがな」
と、ようやくツキはそこで笑うことができて、ヒメコも満足そうに頷いていた。
はあ、とヒメコが息を一つ吐いて、話を区切る。
「そして、そんな妾も今日で十六になった・・と言ってよいのか分からんが」
「まあ、なにせ時代を越えているものね」
「そう、前にその話になってな、妾を
「そうですか。その者の名前を教えてくれますか?」
「なんで急に口調戻ったんじゃ?」
きょとんとしてヒメコはしかし、ツキがおおよそいつも通りに戻ったのを見て安心したらしい。
これぞと小さく呟いて、ヒメコは柔らかく笑うのだった。
「まあよい。妾達はまだ、これからじゃ」
言ってひょいと巾着を持ち上げてみせるので、ツキは了承する。
お許しを得た彼女は紐を緩めて、中に入っているものをひとつまみ。
「嗚呼、それにしても」
団子代わりに、チョコを一つ、口にして。
「好い月じゃのう、ツキ」
満足げにそう言ったのだった。
同意して、ツキは思った。
自分達はこれからだ、というヒメコの言葉。
きっとそれは二人だけではなく、時を隔てて似た呪いを受け、また乗り越えてきた他の少女達のことも含めたのだろう。
ヒメコはそういうところがあるから、と。
ツキは微笑みを浮かべて。
「洒落のつもりで言ったなら殴るからね
「いや言っとらんが!?逆鱗がでか過ぎて怖いんじゃが!?」
急に子供時代の勘癪を見せた幼馴染に震え上がるヒメコ。
慌てて仰け反った彼女はバランスを崩し、こてんと倒れていた。
そして起き上がろうとするのだが、自らが着る巫女服モドキの妙に長い裾を踏んづけたせいで再び転び、さらに絡まってわやくちゃになっていた。
「ぬああ!!ねえちょっとツキ起こしてってば・・・じゃない、起こしてたもれー!!」
見下ろしてツキは、再び、思う。
ああ、本当に。
「・・・世話の焼ける人」
「それ当人に聞こえるように言う台詞ではないと思うんじゃが!じゃが!!」
静謐だった空間を最後にそんな喚声がぶち壊しつつ、ちょうど一日は終わりを迎え。
南の空に満月は昇りきり、そしてまた次の一日が始まる。
それは誰が示し合わせたわけではなくとも、各々にとって一つの節目の日だった。
そんな平穏無事な日常を過ごすは、時を隔てて行き場のない少女達。
彼女達は出会い、惑い、憂い、互いの情緒を揺らして。
けれど気づけば暗闇は月光に払われていて、照らされ見えてきた行先はきっと、明るく。
そんな秋の月の夜。
あとがき:投稿時期が春なのにがっつり秋のエピソード?だって待てなかったんだもん。
ということで「十五の夜に琴詩酒は」オリキャラたちが主役の話はこれでおしまいです。
単発のはずだった子たちにもこう書いていくと愛着が湧いてしまって、全部終わったらあとがきでキャラ設定とか勝手に語りたい気もしています。
そして最後のお話の主役は、やっぱりあの人に。