ろうやしきノそのご   作:緋色鈴

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我、隣人を愛することなかれ -3-

 

「だから、何か気になることがあるなら言え・・・解決は保証しないが」

「ふふ、そうね」

 

そんなアンアンに言い含められて、マーゴは意外と想われていたのかもしれない、と少し考えを改めてみることにした。

あまり他人の事情に関わりたがらない性格だと思っていた彼女が、そうまで言ってくれるとは。

あるいはもうそれを、他人事ではないと思ってくれているのかもしれない。

そして、さらに、そこへ。

 

「のあにもだよ」

「なっ?」

 

第三者の声にマーゴも顔を上げて。

振り向こうとしたアンアンの後ろに、いつの間にか色彩豊かな少女が立っていたのが、マーゴからも見えた。

とん、とアンアンの背中をつついたらしいノアは、ひょこっとその頭越しに顔を出す。

しかしその微笑みはいつものノアらしいものではなく、どことなく。

色の無い、透明な笑顔だった。

 

そして反対に、どんな理由に因るものか、アンアンは少しだけ顔を青くしていて。

今度はアンアンが、先程のマーゴのように平静を装いながら訊いていた。

 

「ノ、ノア・・・いつからそこにいた」

「ついさっきだよ~」

 

と、その笑みを悪戯っぽいものに変えてからノアはそう宣う。

そしてアンアンの後ろを取っていたノアは彼女を翻弄するようにくるりと回り込んで。

 

「あのね」

 

と言う。

 

「ありがと、アンアンちゃん」

 

マーゴに続いての、そんなノアからの感謝。

アンアンは本当に何のことか分からなかったようで、目を丸くしていて。

そしてむしろ伝わらなかったことを、ノアはより嬉しく思っているようだった。

 

そんな風に、アンアンが頭の上にたくさんの疑問符を浮かべているのをそのままにして、ノアはマーゴに向き直ると、にへらと笑う。

 

「ね、マーゴちゃん」

「なにかしら?」

「迷ってることがあったら、とにかく早く言っちゃった方が良いんだよ?」

「・・・そうね」

 

それはノア自身が牢屋敷で得た教訓なのだろう。

同意して、マーゴは観念することにした。

隠し事は人と関わる上で必須だという考えは変わらないが、少なくとも彼女達には、マーゴはほとんどのことを知られてしまっているのだから。

ようやく、マーゴはここ最近になっていよいよ実感を伴ってきてしまった危惧を告げた。

 

「だから貴方達も気を付けてね・・・いえ、むしろ貴方達の方が危ないわ。二人とも可愛らしくて、私にも近しい存在なんだから」

「えへへ、照れちゃうな~」

「ノアちゃん」

「いや、ノアの反応が正しい」

「アンアンちゃんまで・・・」

 

普段なら冗談めかしていることも大真面目に口にしたというのに、彼女達にはあまり響いていないようだった。

 

「お前を知っていると言っただろう。お前はもう、それが()ではないことを知っている。魔女因子もない。お前はもう、誰かを殺したり、害することはない」

「そんなこと、何の保証もないんじゃないかしら」

「わがはいが保証する」

 

余りがちな袖で自分の胸をぽすと叩いて、アンアンは言う。

そしてそれをマーゴの方に向けて。

 

「お前を恐れているのは、お前だけだ」

 

と言った。

マーゴは一瞬息を詰めた後で、ふうとそれを吐いて。

自嘲気味に笑う。

 

「・・・そうだといいのだけれどね」

「煮え切らないな」

「だって、私を知っているのは私だけだって、ずっと思っていたもの」

「ミリアの魔法の後でもか?」

「・・・」

 

そう言われるような気はしていた。

自分達十三人はあの瞬間に、きっと誰よりも互いを理解したはずだ。

それを肯定した上で、マーゴは言ってしまう。

 

「じゃあ、あれが全部まやかしだとしたら?」

「お前の不信も筋金入りだな」

 

ついに苦笑されてしまって、マーゴはほんの少しムキになった。

 

「だって、あんなの普通は信じられないような出来事でしょう?」

「まあ、一生に一度の体験なのは間違いない・・・いや、()()か?」

「もっとあるかも?」

 

どうも真面目に取り合ってくれない二人に業を煮やして、口を尖らせる。

 

「少なくともあの中で何度も死んだ私が、今ここに生きている以上・・・あの子達と過ごした日々は夢か幻だったんじゃないかって、そう思ってしまうのよ」

 

実際、記憶にある日々の大半は、今この身では過ごしていない時間だ。

現実に起きておらず、頭の中にしかない出来事だというのなら、それは。

夢となんの違いがあるのだろうか。

 

「のあ達も同じだよ?」

「ひとところに集まった人間が同じ夢を見ることは往々にしてあるそうよ」

「うーん・・・みんな同じ夢を見るなら、もっと楽しいのがいいよねぇ」

「そうだな。他のやつらもそう思っていることだろう」

「・・・どうかしらね」

 

それすらも疑ってしまう自分が嫌になりつつも、その心までを欺くことはできない。

なにせ殺し合い、殺され合った仲なのだ。

もう関わりたくないと思われていても、おかしくは。

 

「なんだ。不安の根っこはむしろそちらにあるのではないか?」

「・・・・・・そうなのかも、しれないわ」

 

言われてようやく、それが己の中で具体的になる。

自分達のように迷い惑った少女たちがこの屋敷で、ゆるやかに変わっていくのを見届けているうちに。

それとは対照的に実感の伴わない、自分と関わった彼女達との時間、そしてその関係が、そのうち薄れ行くのではないかと。

 

「ふん、そういうことなら安心しろ」

 

と、まるでその心の内を見透かしたかのようにアンアンが不敵に笑ってみせた。

そしてその時アンアンは、意味ありげにノアと目配せをしていて。

マーゴが眉を寄せたのを見てから、アンアンは勿体ぶるように言う。

 

「マーゴに頼らず、わがはいがゴクチョーを説得してから知らせようと思ったのだがな」

「・・・ゴクチョー?」

 

どうしてそこでゴクチョーが、とマーゴが訝ったのを待たずに。

彼女は懐から何かを取り出してみせた。

 

「招待状が届いている」

 

にっと、下手くそに笑ってみせて、アンアンが言った。

 

「・・・招待状?」

 

手渡されたのは、一通の手紙。

可愛らしい花を模した封蝋が捺された、淡い黄緑色の便せん。

その色合いと意匠から想起されたのは、そう。

 

 

 

「ハンナからの、お茶会の誘いだ」

 

 

 

目を見開いて、マーゴはそれを見つめることになった。

おそるおそる、ゆっくりと封を開けて、中にある黄色い紙を取り出す。

そこには柔らかく若干拙い筆致で、また島の外で集まろうという招待の文言が綴られていた。

 

「お前のそれは杞憂だと、自分で確かめればいい」

「マーゴちゃんも、これから描いていけばいいんだよ?」

 

文面を読んでいる間に、二人がそんなことを言う。

最初から何も心配なことはないだろうと言わんばかりの、気軽な声。

 

「マーゴ」

呼ばれて顔を上げると、それまでマーゴの様子を眺めていたアンアンが、言う。

「嬉しそうだな」

 

その微笑みは、あまりマーゴが見た事のない色を湛えていて。

この時ばかりは彼女の身長が少し伸びて見えた気がした。

あるいはそれは逆に、自分の方が子供っぽく分かりやすい感情を抱いてしまっていたからかもしれない。

 

「そうね。嬉しいわ」

 

素直に言う。

嘘偽りのない気持ちの吐露は、マーゴにとっては珍しいこと。

 

「行くよね、マーゴちゃん!」

「ええ、もちろん」

 

マーゴは笑顔で首肯して。

さっきまでの心配が半ば吹き飛ばされていることに驚き半分、呆れ半分の念を抱く。

自分が恐れ、離れていたのは結局、それが偽りだったかもしれないと思うこと自体を、避けていたかったのだろうと、気がついた。

なにもかもを疑い、自分すらも騙そうとする癖は抜けてはいない。

しかし、これもまた、然り。

自分の心までは欺けない。

 

「会いに行きましょう。みんなに」

「ああ」

「うん!」

 

二人もまた、喜びを隠し切れない表情でそう応じた。

ただそこで、ふと思い出して呟く。

 

「ああ、でも・・・さっき話があるって子がいたのよね、先に・・・」

「捨て置け」

「えっ?」

 

憮然としてそう吐き捨てられて、マーゴは目を丸くする。

言った後で、アンアンはどうでも良さそうに肩をすくめていた。

 

「もう、マーゴが全部やらなくてもいいだろう」

「それは、でも・・・」

「もうここはみんなの島だ。わがはい達が出来ることはわがはい達に・・・他が出来ることは他に、任せておけ」

 

アンアンはそう言って胸を張る。

ちょっと無責任な言葉はそれでも、敢えてそう言ったのだろうという気安さで。

確かにそうかもしれない、と少し思う。

目覚めた少女達はもう時間に置いて行かれた迷子ではなく、今の生き方を見つけ始めている。

それなら毎度その手を引いてやることは、もう正しいとは言えないのかもしれない。

ノアもまた隣で、頷いていた。

 

「たまには息抜きも必要だよね。ね、マーゴちゃん?」

「・・・そうよね」

 

言われるままにマーゴはベランダを離れて、二人と共に立つ。

思っていた以上に、二人が口にした言葉は心地よくて。

逸る気持ちのままに任せてみるのも、悪くないと思ったのだった。

 

「それなら、早速準備をしなくちゃ。またゴクチョーが面倒臭がるでしょうけど」

「あのね、それ、のあたちがやってみてもいいかな?」

「え?」

「ゴクチョーの言いくるめだ」

 

くい、とアンアンが自信ありげに顎でしゃくるので、つられるままにアトリエを後にする。

廊下に出て、ノアがくるくると回るような足取りをしつつ、面白そうに言った。

 

「アンアンちゃんと一緒に考えた、とっておきの秘策があるんだ~」

「やめろノア、ハードルを上げるな」

「ううん、あれならきっとゴクチョーも首を縦に振ると思うなぁ」

「だから・・・いや、奴の首は縦に動くのか?」

「そう・・・ふふ。楽しみね」

 

そう。

今から楽しみだった。

再会しても、直接それを口にするほど、自分は正直者ではないけれど。

 

先程も想起した光景をもう一度、脳裏に描く。

皆の顔をそれぞれ思い浮かべれば、勝手に口元が微笑んだ。

夢幻のように色褪せ霞んで見えた先程とは違って、それらは、華やかに彩られて見えた。

そしてそんな彼女達が楽しそうに、あるいは仕方がないという素振りをしつつも笑いかけているのは。

以前見た時にはすっかり仲直りしていたあの二人が、きっと皆の中心にいる。

 

嗚呼、それならば、とマーゴは思う。

彼女達との絆は確かにあるのだと、こんな私も信じていいのなら。

あの子達のように、いつか自分も変われるのではないか、と。

 

「いこ、マーゴちゃん!」

「いくぞ、マーゴ」

「ええ!」

 

マーゴはノアとアンアンに手を引かれながら、その時を想って。

何も取り繕わない、本当の笑顔を浮かべることができたのだった。

 

 

 

これから私達が行く先には。

信じさせてくれた人がいる。正してくれた人がいる。

それなら、きっと。

 

 

 

私も私を信じてみるわ。

いつか、正しく。

 

愛を知ることができるって。

 

 

 

 -おわり-





あとがき:
これにて完結となります。
後々にキャラ一覧の魔女図鑑と裏話みたいなのを掲載したいつもりでいますが、お話としては続きは考えていないので区分を完結に変えておきたいと思います。ここまでお読み頂き大変有難う御座いました。
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