翌日、マーゴは二階へと足を運んでいた。
マーゴが世話をしなければならないのはなんと、蘇生された少女達だけではないのである。
「お邪魔するわね」
そこはノアのアトリエ、と名のついた部屋だった。
こんここん、と特徴的な叩き方のノックと共に扉を開けると、色とりどりの世界が目に飛び込んでくる。
同時に小さく「うぐ」という呻き声が聞こえたが、マーゴはあえて聞こえなかったふりをした。
そこには予想通り、そしていつものように、二人の小さな少女がいた。
「おはよう、ノアちゃん、アンアンちゃん♪」
「あ、マーゴちゃんだ。おはよ~」
「・・・お、おはよう」
城ケ崎ノア、夏目アンアン。
マーゴやナノカと同じ、この島に囚われた最後の十三人だった少女達にして、マーゴとは同じく、全てが終わって尚この島に残ることを決めた二人だった。
部屋に踏み入ろうとして、マーゴは若干眉をひそめる。
アトリエ内は足の踏み場もないほどに散らかっていた。
マーゴは一旦それらには言及せず、闖入者がやってくる直前までそれぞれ己の手元に集中していたらしい二人の顔を窺う。
「特に変わりないかしら?」
ここのところ忙しくて様子を見に来れなかったので、まずはそう訊いた。
すればアンアンはこくこくと無言で頷き、ノアも同様に。
「うん。あ、でも」
と、一瞬マーゴが身構えたのには気づかず、ノアはへらっとした笑みを浮かべて言った。
「最近来るようになった子がね、のあの絵、褒めてくれたんだ~♡」
「・・・そう、それは良かったわね。ふふ、本当に」
「うん~」
ノアの今の言葉には、字面以上に深い意味が含まれていた。
ヒロが聞いたら喜んだに違いない。
一方、それに対するアンアンの反応は渋いものだった。
「・・・奴はうるさい。出禁にしろ」
「えー、アンアンちゃん、いじわる・・・でも、うん、ちょっと賑やか、かなあ・・・」
珍しいノアの苦笑いに、マーゴもクスリと笑ってしまう。
さらに言えば、ノアはアンアンより道理を弁えていた。
「それに出入り禁止とか、のあが決めちゃダメだもん」
「・・・それは?」
「のあのアトリエも、もともとは誰かのアトリエだったんだもんね」
この部屋を見つけたのはノアだったが、ここは見つけた時点でたくさんの画材が並んでいたので、かつても利用者がいたのは間違いない。
しかし幸か不幸か、出入口となる扉を消し、この部屋を封印していた魔法の持ち主は蘇生した少女達の中には居ないようだった。
故に依然としてここはノアのアトリエのままであり、ほとんどをこの二人が専有している現状だ。
「そういう意識でいてくれるのは助かるわ、ノアちゃん。今のところはどの部屋も共用しなければならないから・・・」
マーゴが礼を言うと、ノアはその笑顔を照れが混じったものに変えていた。
一方アンアンは憮然としつつも、部屋の隅に目をやりながら口を開く。
「実際、くりえいたー気質の者は此処を使いたがる」
つられて見やれば、どこからか持ち出してきたらしい丸椅子が積まれていて、それは以前よりいくつか数が増えていた。
「まあわがはいも、そいつらと鎬を削るのはやぶさかではないがな」
「うーん、アンアンちゃんは偉そうに言ってるけど、みんなの方がすごいかも?」
「んな、ノア・・・!」
「だって、のあも知ってる有名な画家とか、音楽家の親戚とかだって言うんだもん。ぎゃるこちゃんがね、みんな
「・・・ぎゃるこちゃんとは何者だ・・・?」
「昨日、のあに晩御飯もってきてくれたひとだよ?」
「そうか・・・」
ノアのペースにやや巻き込まれ気味のアンアンが肩を落としつつ、マーゴ向けに注釈を加えるようにスケッチブックを見せてきた。
既にアンアンは必ずしもそれを必要としていないはずだが、そもそも長文を話すのが疲れるらしく、時折こうして従来通りの筆談に使われている。
『極めつけは、歴史の教科書に載っているような歌人の孫娘だそうだ。もはやそれ自体が御伽噺だな』
「なるほどね」
蘇生された少女達は時を超えて現代にやってきたにも等しいので、そういうこともあるのだろう。
ノアやレイアのように元より類稀な素性を持つ場合が多いことも加味すると、ともすれば彼女達は文化的に想像もつかない重要人物に成り得るのかもしれない。
「そういう子たちは逆に、現代アートとか、スプレーとかペンキとかの画材に興味津々なの。のあもたくさんお話するんだ~」
「そう。それなら結構、賑やかになったのね・・・仲は良いのかしら?」
「うん!仲良し!」
『やぶさかではない』
それなら良かった、とマーゴは安心したのだが。
「昨日も夜まで一緒だったんだけど、みんな起きてきたらまたお勉強会かも」
「おいっ、こら、ノア!」
「あ」
その台詞だけなら、単に早起きなのだな、と思わせることも出来たのだろうが。
アンアンの慌てぶりと、しまった、という顔をしたノアの反応が、マーゴの表情を変えさせた。
「・・・・・・貴方達、夜通し作業しているの?」
マーゴの一言で、さっと緊張が走った。