ろうやしきノそのご   作:緋色鈴

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すみません筆が乗りました。
続きではなく設定の途中に生まれた過去編、番外編の書下ろし的なやつです。


巻末番外 ろうやしきノそのまえ
原罪【チョコレート至上主義】


 

 

■■年前。

 

 

 

「わあ・・・!」

 

その十三人が残り十二人となって、今まさに十一人となろうとしている時のこと。

雨衣チヨコは中空に吊り上げられながら、眼下から出てきた鍋の中身に釘付けになっていた。

 

茶色く不透明な液体はまぎれもなく自身がこよなく愛するチョコレート。

それが人ひとりは余裕で入れそうなほどの大鍋一杯に満たされている光景は、チヨコにとって素晴らしいものだった。

つい先ほど魔女裁判が佳境を迎え、処刑の投票が行われたこと。

足元のそれがぐつぐつ煮えていて、外側の湯に触れる端の方が焦げつき始めているほど熱されていること。

自分がその真上に運ばれていて、間もなく処刑にそれが使われるだろうということは、目の前の光景に比べれば、取るにたらない、ちっぽけなことでさえあった。

 

全身をカカオの香りに包まれて、チヨコは満面の笑みを浮かべる。

チョコレートの海に沈んで死ねるなら悪くないのでは、とまで思っていたところで。

 

「ちょっとあなた、正気なの・・・?!」

 

現実に引き戻されたのは、チヨコの処刑に投票した少女の一人から発せられた声が耳に届いてのこと。

 

「お菓子ごときでそんな、友達まで殺して・・・今度は自分が死ぬって時まで、喜んでいられるなんて・・・!」

 

彼女は信じられないという口ぶりで首を振りながら、チヨコを詰る。

確かに、常識的な考えからすればそうだろう、という判断は果たして、共有できたものだったのか。

一瞬だけその先を言ったものか迷って口をつぐんだものの。

怪訝そうにしているチヨコの顔を見てさらに愕然とした少女は、結局その言葉を吐いた。

 

「チョコばっか食べて、あたま、おかしくなったんじゃないの?!」

 

瞬間。

かっとチヨコが目を見開いた。

 

「っるっさいなクソババア!!」

 

その罵声がチヨコの口から放たれたと周囲が認識するのに一瞬間が必要なほど、それは唐突で、乱暴な響きを帯びていた。

それを直にぶつけられた少女は絶句して、戸惑うように口をぱくぱくさせている。

 

「んなっ・・・バッ・・・?」

「別に人が何食べようがどうだって良いでしょ!好きにさせてよいつもいつも上から好き勝手言ってさあ!」

「は、はあ!?あなたそんなこと思って・・・!」

「もう子供じゃないんだから!!」

 

咄嗟に言い返しかけた少女の言葉を遮るようにチヨコが捲し立てる。

そして続けられた言葉に少女は、周囲と同じように眉を寄せる羽目になった。

 

「もうあたしにだって分かるんだよ、アンタが異常だったってことくらい!いつまでも付きまとってしつこいんだよ!!」

「え・・・は?」

「うるさい!!古くさい価値観押し付けんのもいい加減にしてよ!!」

「・・・・・・何を言って・・・?」

 

先ほどの勢いで怒鳴り返すこともなく、ただ怪訝な面持ちでチヨコを見つめる少女。

そして彼女は、対するチヨコが自分と視線を合わせているようで、どこか遠くを見ていることに気がついた。

どこかずれた不可解な暴言を喚き散らすチヨコははじめから、少女と会話しているわけではなかった。

 

『だぁいぶ魔女化が進んじゃってるみたいですねぇ。幻覚とお喋りしてますかね』

 

ばさ、と肩をすくめる代わりに羽を鳴らして、ゴクチョーがあっさりとそう言った。

ついさっきまでチヨコを化け物のように見ていた少女でさえも、それを聞くと息を呑んでいた。

 

「・・・そんな・・・」

『変に暴れられても困るので、さっさと処刑しちゃいましょうか』

「っ・・・」

 

遠巻きにしていた周囲も、その末路には痛ましいという気持ちが沸いてしまうのか、ある者は目をそらし、ある者は口元を押さえて。ある二人は身を寄せ合って、肩に手を置いている。

しかしそれでもやはり、止めようとする者はいなかった。

唯一それほど親しいと言えたはずの子は、彼女自身が殺してしまったから。

 

がちゃり、と音がして装置が再び動き始め、チヨコの体が鍋へと近づいていく。

熱された茶褐色の液体に沈められようとしている少女は、しかし最早それも認識していないのか、何も聞いてはおらず、どこも見てはおらず、ただ、叫ぶ。

 

「もう・・・黙って消えてよ!!」

 

人にとっては取るに足らないちっぽけな、誰にも理解されることない執着の理由。

ただ魔女因子と共に、密やかに彼女の奥深くを蝕んでいたそれこそは、チヨコの【禁忌】に他ならなかった。

 

 

 

◆◆◆

 

「テレビを見ると気がふれる」

「お菓子を食べると頭が腐る」

 

祖母はそういうことを本気で言う人だった。

 

小中学生になってからならいざ知らず、物心がついたかどうかという子供にまでそうやって脅すのが当時の常識からしても過激だったことは、多分どこで話しても論を持たないと思う。

完璧主義、というよりも偏執的だったその人は、自分がこうだと決めたことは必ず他人にも強制しようとして、反対は頑として聞き入れなくて。

そしておまけに、その大半がおかしな妄執から生まれたものだった。

 

特に挙げた通りに、テレビとお菓子は絶対禁止。

道行く通りの隅にあった駄菓子屋に、ふと視線を向けただけで頬をはたかれたのだから相当だ。

お菓子というのが何なのかも教えて貰えていないそのころの自分は、何故怒られたのかすらも分からなかったというのに。

 

「お前たちが甘やかすから・・・」

 

ただ何かにつけてそう言っていた辺り、幸いにして両親の教育方針はそんな祖母とは相容れないものだったらしい。

きっと幼いあたしがそういう理不尽で傷つかないように守ってくれていたのだろう。

そのことは今でも感謝している。

そして、父も母もうんざりしていたのだと思う。

ある時、おばあちゃんには内緒だよ、と言って買ってくれたのが、小さなチョコレートだった。

 

ああ、それを口に入れたときの感動といったら!

口の中でとろける濃厚な甘味に、あたしはお菓子というものを初めて知ったのだった。

 

バレてしまったらという恐怖は子供ながらにあったのかどうか、よく覚えていない。

隠れて食べている背徳感、抑圧されていた反動もあって、そしてなによりその甘さの幸福感が、すべてを上書きしてしまったのだ。

そうして、記憶にはそれだけが残っていて。

今はいくら食べてもいいチョコレートには、もはや飽きることのない執着が根付いてしまっている。

果たしてそれが本当に幸福なことだったのか、全部ひっくるめて不幸なことだったのかは、多分人によるんじゃないかな。

とにかく、あたしのチョコレート好きはそれが始まり。

 

結局、祖母はその頭に血が上りやすい性格が祟ってか、あたしがまだ小学校を上がりたての頃に死んだけど。

倒れる間際のことを思い出せる限りは、家族の生活が自分の思い描いた通りにならないことを、最後まで恨んでいたみたいだった。

 

良くも悪くも当時のあたしは幼すぎて、そのことで何か感傷に浸れるほどの思い入れもなかったし、べつに、それがどうだ、と今更言ってやるつもりも無いのだけれど。

ただ少なくとも、あれは今思うと、つくづく。

 

「化けてでてやる」

 

ふつうは孫娘に向かって言うセリフじゃなかったな、って思う。

 

◆◆◆

 

 

 

大鍋の中でもがく異形・・・なれはての呻き声を聞き流しつつ、ゴクチョーは周囲を見回していた。

 

『あーらら、みなさん途中退出ですか・・・まあ概ね終わったので由としますか』

 

ゴクチョーの宣言を待たずして皆が出て行ってしまった裁判所は、閑散としていた。

 

『そんなにひどい匂いなんですかね?』

 

フクロウは鳥類の中でも嗅覚に乏しいので自分はわからないが、と、ちらりと傍に立つ看守を見るが、当然()()もそういう素振りを見せることはないので参考にならない。

ふむ、と裁判所の中央を見下ろしながらゴクチョーは首を傾げた。

 

チョコレートは50度を超えた程度で焦げついてしまう。

人を沈めたところであえて途中から湯を排して強火で加熱させるようになっていた大鍋の中身は、すでにチョコレートと呼べるようなものではなくなっていた。

その真っ黒な泥濘の中で、同じく真っ黒になったなれはてがもがいている。

 

『それにしても人って何するか分からないものですねぇ・・・まさか飲みにかかるとは』

 

処刑途中の光景を思い返して、ゴクチョーは反対に首をひねる。

それらを全て飲み干してしまえば助かるとでも思ったのか。

それともまさか、目の前にある大量のチョコが台無しになっていくことが耐えられなかったのか。

処刑された魔女は途中から気が狂ったように、自身が浸かっている液体を己の内に取り込もうとしていたのだった。

既に液体と固体の中間のようになっていたそれらは、考案者の意図の内にあったのかどうかは定かではないが、そうして彼女を内からも焼くことになり。

チョコレートの焦げていく匂いと、激痛と絶望の中でなれはてた彼女が焦げていく匂いが混ざり合い、そんな狂気的な光景と臭気は、それを目と鼻に焼きつけられた他の少女を大いに苦しめたらしい。

ある者は呻きながら、ある者はその場で吐きつつ、やがて誰もが耐えきれずに裁判所から駆け出していってしまったのだった。

 

『んでも、()()()()()()()()()まで鼻押さえて出ていくのはどうなんですかねぇ・・・』

 

カモフラージュではなく恐らく素でやっているであろう主のダブスタな振る舞いに呆れて、溜息をつく。

そうして処刑は終わり、魔女裁判もまた終わり。

ぶすぶすと煙をあげる、焦げつき炭化したものが、地下へと送られていく。

 

『はあ、あとで鍋も洗わなきゃですか、手間のかかる・・・ま、それは看守さんにやってもらいましょう』

 

最後にそんなぼやきを入れて、ばさり、とゴクチョーが飛び立ち、静けさが訪れる。

 

 

 

あとにはひどく甘ったるい匂いだけが、残るばかりだった。

 

 

 

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