ろうやしきノそのご   作:緋色鈴

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原罪【未来への伝達者】

 

「ねえ」

 

声をかけられて、星見カナタは振り向いた。

 

「今の、どういう事?」

 

そこにいたのは、牢屋敷に来てから一番、否これまでの人生で数えても最も親しくなれたと思えていた、たった一人の友人。

しかし彼女は今、友としてではなく、牢屋敷に囚われた魔女候補の一人として、カナタに疑念の視線を向けていた。

彼女はカナタを問い詰める。

 

「黒部ナノカって誰?なんでこの島にいない人のことを知っているの?なんでこの先の事をまるで予定調和みたいに話していたの?」

 

矢継ぎ早の質問攻めは、動揺している彼女の余裕のなさの表れでもあって。

 

「・・・それに、なんで知っているの?私がずっと、ずっと隠してきた・・・この銃のことまで!」

 

そしてその言葉とともに、彼女はその先端をカナタに向けたのだった。

対してカナタはそのことに動揺しない。

しない、つもりだった。

 

「・・・何故だと思いますか?」

「はぐらかさないで!!」

 

銃の引き金に指をかけて、彼女はヒステリックに叫んだ。

彼女自身、信じられない、そうは思いたくないのだという苦渋の表情をしながらも、問う。

 

「あなた・・・あなたが黒幕だったの?」

 

事実、傍から見ればカナタのとった行動はとても拙いものだった。

何もないところで知りえるはずもない情報をぺらぺら話し、友が隠し持っていた凶器の在処を、自分がどこかへ隠すのだなどと言い添えて。

そして最後に、後のことをよろしくと呟けば。

それをなんらかの連絡手段を持った、黒幕側との内通と取られても無理はない。

 

「ねえ、何か言ってよ。あなたは・・・私の、敵なの?」

 

・・・それでも友人である彼女にならまだ、弁明の機会はあったのかもしれない。

しかし。

 

「・・・なんで否定しないのよ!!」

 

怒りと悲しみが綯い交ぜになった叫びを、友は吐く。

対してカナタはただ、涼やかに、無感情に。

そしてそれ以上に場違いな、まったく意味のない薄い笑みを浮かべていたのだった。

 

「だって、無駄だと分かっているからです」

「何が・・・まさか・・・認めるっていうの?」

「認めようが認めまいが、変わらないんですよ」

 

カナタは諦めていた。

この島で過ごした日々のせいで、すでにお互い魔女化は進んでいる。

もはやこの場面ではどう言っても収まりがつかないだろうとカナタは思っていたし、何よりこの先に起こることを、カナタは全て知っていた。

魔女化によって強まった【未来視】はすでに不確実だった発動ではなくなり、近い時間であればほとんど全てそれを見ることができるようになっていたのだった。

 

「・・・こんな時まで笑って、なんなの?全部思い通りになってるつもりなの?」

「思い通りですか・・・ふふ、そうだったら良かったんですけどね」

「ねえ、やめて・・・私は全部知ってますってその顔、やめてよ、薄気味悪いのよ!!」

「まあ、知っているので」

「・・・なによ・・・今更取り繕えないからって、開き直るんじゃないわよ!!」

 

直後。

カナタの右肩に、ぱっと赤色が散る。

 

「・・・あ」

 

彼女もまた、魔女としての衝動に抗っていたのだろう。

ただ芽生えた猜疑心と、飄々とし続けるカナタに対する憤りが、その背中を押してしまったのだ。

多分その瞬間は不本意ではあったのだろうとは、カナタでも分かっていたつもりだった。

しかしそれが、決定的な出来事でもあった。

 

「・・・ああ、やっぱり、こうなるんですね」

 

びし、と、撃たれた場所を起点にして放射状に、カナタの肌表面に黒いひび割れが走る。

一気に顔にまで広がった網目状のそれは、まるで自分自身を絡め取る蜘蛛の巣のように。

同時に異常に長く伸びた爪をまじまじと眺めたあとで、カナタは友に再び視線を向けた。

これから先に起こると確定している未来を、実行するために。

 

「・・・魔女!」

「あなたもじゃないですか」

「うるさい!!」

 

カナタもまた殺意を隠さなくなり、もはや相容れないことを彼女もまた確信したのか、今度は迷いなく彼女は引き金を引こうとする。

 

「当たりませんよ」

「!?」

 

瞬間、カナタの後ろ、かなり離れた場所にあった木の幹が抉れる。

 

「・・・はい、次も」

 

カナタがそう言った直後、二発目はその足元に。

少女は愕然としていた。

 

「なんっ・・・なんで当たらないのよ!?」

「あなたが外すからです」

「そんなわけ!」

「あなたが全ての弾を外すことはもう、分かっているんですよ。ほら」

「っ・・・!?」

 

ちょうど彼女が撃とうとした瞬間に、カナタがふと片手を伸ばす。

するとまるで操られるかのように、指された方向に彼女は撃ってしまう。

そしておもむろに首を傾ければ、次の弾丸は髪をかすめていく。

にこにこ微笑みながら、カナタはゆっくり歩を進め、その間に語ってみせる。

 

「これは決まっていることなんです。このタイミングで私がこういう台詞を口にして、こういう動きをすれば、あなたは動揺して狙いを外す。それを私は知っているから、その通りにする。ただそれだけのことなんですよ」

「そんな・・・そんなことって・・・」

 

カナタは未来を知っていた。

自身が銃弾を避け、あるいは彼女が外して、この距離まで近づけること。

そしてここまで語り終えたところで、それ以上、彼女は撃たないこと。

次の瞬間、自分に彼女が殺されることを。

 

「さようなら。あなたと一緒の未来を、もう少し過ごしたかったです」

 

魔法で見た通り、自分が吐くと分かっていたセリフを、機械が読み上げるように呟いて。

 

「ばけ・・・もの・・・」

 

倒れ伏す友の、最期の言葉。

それを聞き流して、自分は彼女の銃を掴み上げていた。

ただ、台本通りに。

 

 

 

そして自分は急速に魔女化していく自身に抗いながら、誰にも見つからないように屋敷内をすり抜けて、銃の隠し場所へとたどり着く。

この道を通れば、誰にも会わないことは知っていた。

ここに銃を隠せば、彼女以外に見つかることはないと知っていた。

 

「思えば、なぜ私は知っているんでしょうか?」

 

今更ながら、首をかしげる。

だって自分はここに来たことがない。

この場所の存在を知ったのは未来の自分がそうしていたから、それが現在になった自分はただその既定路線をなぞっているだけ。

その未来の自分も未来を知っていただけ。

それなら始まりはどこにあるのだろう。

 

「・・・どうでもいいことですね」

 

魔法は、そんな不可解な事実さえ生み出してしまう。

そう納得するほかないし、自分はそれで納得する。

そう決まっていたから。

数秒後に自分が限界を迎えて、なれはてとなってしまうことも。

自身がそうなることが決まっていたから、そのこと自体に絶望することも。

知っていた未来だから。

 

「・・・全部分かるって、つまらないんですね」

 

カナタは最後にそう呟いて。

自分がその瞬間に何を見るかを、再びなぞる。

それは己の【禁忌】ではなく、やはり未来の出来事だった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「そういうことだったのね」

 

誰にも聞き取られない小さな声で、呟く。

置いておいた銃を手にして、再び【幻視】が見せてくれたのは、受け取った伝言のそのあとに起きた、過去の出来事。

彼女がどんな思いでそれを託したのかを知って、ナノカは唇を噛んだ。

もう、その未来は閉ざされてしまったから。

 

「ごめんなさい、教えてくれた人。私はあなたが命をかけたメッセージを、無駄にしてしまった」

「ごめんなさい、銃の持ち主だった人。私はあなたの死を、無駄にしてしまった」

 

追悼するように、ナノカは目を閉じて一つずつそう呟き。

最後に目を開けて、目の前を見て。

 

「ごめんなさい、()()()()。私はあなたを、殺してしまった」

 

焼却炉から引き上げてアトリエまで運んだ、すでに物言わぬ少女。

突き落とされた自分を心配で見にきたその時に、殺してしまった少女。

その額の穴に一瞬目を向けた後、唇を再び強く噛んで、視線をずらし。

 

「あなたは言っていたわ。あなたは別の未来を知ることができるのだと。あなたを見るものは、他のあなたも知れるのだと」

 

もう時間はないから、そういう話とは無関係に、アリバイづくりのために体は勝手に動くのだけれど。

それでもその言葉だけは、告げておきたくて。

 

「それなら今こうしてあなたを見るこの私を、他のあなたが見ているのなら、やっぱり、伝えておくわ・・・ごめんなさい」

 

中庭にその死体を放り投げ、彼女が地面に打ち付けられるその時まで。

ナノカはその虚ろな瞳を見つめ続けていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「・・・ってコトがあったらしいんだけどさぁ、本人的にはどうおも・・・ってなんでガチ泣きしてんの?!!」

「う、ぇぐっ・・・・・・だって、私が、あんなことっ、しなければ・・・あなたは死ななかっ・・・ごめっ、んなさ・・・!」

「いやあてぃし生きてる!生きてるし!」

「でも、たしかにその世界では、わたっ、私・・・」

 

予想外すぎる反応に狼狽え、両手をナノカの前で彷徨わせているココは、【千里眼】で垣間見た場面をネタに安易に煽ったことを後悔した。

そういえば彼女も似たような魔法持ちだったし、おっさん・・・ミリアの魔法でそれらはその時混ざり合って、皆が牢屋敷で過ごした記憶を共有している。

その上でコイツは、それを過ぎた話だからと割り切れるような性格でもなかったのだった。

素のナノカをまだほとんど見たことがなかったココはてっきり「そうね、それがどうしたの」などと流されると思っていたので、そこからネチネチ言ってやろうという腹積もりでいたのが、まるきり計算外だ。

 

「クッソ、あーもう、悪かったって!ゴメンナサイ!ほら、あてぃしもオマエ殺したことあるから!それでイーブンだろ!?」

「・・・ひっく・・・そういう、問題じゃ、ない、もん・・・」

「もん?!?!オマエ普段とキャラ変わりすぎだろキモ!!」

「・・・ぐす」

「だーっ、いつもの鉄面皮どこいったんだよ!泣くなってメンドいからぁ!」

「・・・・・・ねえ、なのちゃんを泣かせたの?」

「げっやばっ、ナノカの姉貴?!」

「沢渡ココちゃんだよね。前からお話したいとは思っていたんだけど・・・これはどういうことかな?」

「ちっが、これは違くて・・・お、おいナノカ、いつまでも泣いてないで説明しろって!」

「うぅ・・・・・・・・・たすけて、お姉ちゃん」

「ばっ、コイツ・・・?!今更取り繕えないからって開き直んなし?!!」

「そう・・・詳しく話を聞かせて貰うね?」

「ひっ?!」

 

 

 

そうして、ココはそのあとしばらく絞られる羽目になるのだが。

そんな会話が繰り広げられているラウンジの出入口に、人影が立っていた。

盗み聞きするつもりはなかったのだが存在感の薄さゆえに気づかれず、また話に割って入る勇気もなかった星見カナタは、迷っている間にその一部始終を耳にしてしまい。

 

そしてその中には、彼女にとって、大きな救いとなる事実が含まれていたのだった。

 

「未来は、選べるのですね」

 

そう呟いて、カナタは人知れずその場を立ち去る。

 

それならば、と思う。

もう魔法のない今ならば、自分も、また。

未来に期待してもいいのかもしれないと、そう思えた。

 

そして、もうひとつ。

かつて自身が託し、それを選び取ってくれた彼女とも、直接話してみたくなったのだった。

 

 

 

 

 

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