既にそれは、処刑が決まった直後のこと。
裁判所の中央からせりあがってきたそれを見て、少女達はざわつく。
それは石で出来た、異様なほど大きな
妙に扁平な足裏を下に向けているそれが鎖に吊られ・・・その下には、拘束具が備え付けられた寝台が置かれている。
その二つを見れば、どう処刑するつもりなのかは否応なしに連想できてしまう。
「潰そう・・・ってのか・・・?」
呆然と、一人が呟く。
そして、少女達は気づく。
その寝かされる部分には妙に凝った意匠が加えられており、中央を囲むように、長方形に金色の装飾がされているのだった。
それは額縁だった。
あまりにも巨大な額縁と、それを踏みしめようとする足が、そこには用意されていた。
ただそこに描かれているべき絵の代わりだけを、これから足す設計として。
「踏み絵の、真似事のつもり・・・?」
「ふ、踏み絵って・・・
「だからこそそういう造形なんでしょ・・・だからって悪趣味が過ぎるけど」
どよめく少女達の声を聴きながら、ルカは処刑台から必死に目を逸らし、代わりにその声の主たちの顔を窺う。
そんな周囲の反応は、どことなくよそよそしいとルカは思う。
惨すぎると言っている者たちのそれも同様に、そんな処刑方法を見せられる自分たちの心を守るための言葉のように、ルカは思えてしまう。
「ね、ねえ、待ってよ、おかしいでしょ・・・私、なんにもしてないったら!」
たまらず口から零れ出るのは、そんな必死の訴え。
看守に腕を掴まれ、抵抗もむなしく引っ張られながら、ルカは叫ぶ。
そしてこの裁判で取り沙汰された事件において、ルカは本当に何もしていない。
加害者でも、被害者でも、目撃者ですらなく、犯行時刻において完全なアリバイまである。
それどころか、事件の全容は裁判中に明らかになったはずだった。
使われたトリックは解き明かされ、アリバイは崩れ、犯行が出来たのはある少女一人ということで確定し、極めつけにそれを暴かれた本人が最終的に自供までしたのだ。
それなのに、投票されたのはルカだった。
そんなことはどう考えたっておかしい。
おかしいのに。
「だから・・・言ったでしょ。あなたが魔法で仕組んでいたら、直接手を下さなくったって、あなたは人を殺せるんじゃないの」
「そんなこと・・・」
「だいたい、人の心を操るなんて・・・そんなの、今までの殺し合いだって、全部あなたのせいかもしれないじゃない!!」
「違うったら!!」
とりわけ強く敵意を向けてくる彼女の言い分はそれに終始していて、そして聞く耳を持たない。
裁判中に突然ルカの魔法のことを追及してきた彼女によって、場の流れは一変したのだった。
そして彼女ほどあからさまではないにせよ、他の少女たちも似た色の眼で、処刑台へと引きずられていくルカのことを見ていた。
「・・・だってさ、分かんないじゃん・・・死んだあの子だって優しい子だったのに、急にあんな・・・」
「実際、そんな魔法があるなら当人の動機なんて、どうとでもなるよな」
「・・・そう、だよ。私・・・私、殺したくなんてなかった。あの子も私も、誰かに・・・あなたに、操られたって言うなら・・・!」
当の犯人である少女でさえ、そんなことを言う。
それはきっと、これ幸いとルカに罪を擦り付けようとしている・・・わけでも、ないのだろう。
本人でさえ、本当にルカのせいだと思い込みたいのだ。
己の中で膨れ上がった殺意が、仲の良かった子の命を奪ってしまった事実。
それを認めたくなくて、自分の意志が魔女因子だけでなく、ルカの魔法によっても捻じ曲げられたものなのだと、そんな逃げ道を選びたいのだろう。
冗談じゃない。
「証拠なんてなんにもなかったくせに!!」
「ないわよ。感情なんて目に見えないもの・・・あなたが一番知ってるんじゃない?」
完全にルカが黒幕だと信じ切っている顔で、最初の彼女は嘲るように言う。
「それに、あなたがやってないっていう証拠もなかったじゃない」
「そんなの、あるわけがないでしょ!」
「そうね、でも、そもそも、これはね・・・
彼女は、彼女自身もこの事件にまったく関わっていなかったくせに、場の主導権を握っていた。
殺された子と仲が良かったわけでも、犯人の子を庇っているわけでもない。
ただ、ルカの魔法を恐れ。
ただ、ルカを嫌っていた。
「なんなら、仮にあなたが
ルカは絶句した。
それが事実だと、周囲を見回したルカ自身もまた分かってしまったからだ。
投票できるのは一人だけだから。
本当に人を殺した犯人以上に、その魔法を恐ろしいと思えてしまったから。
そんな理屈で冤罪をかぶせてもそれが正当化されてしまう、歪み切った裁きが、ルカの身に下されようとしていた。
ついに処刑台の中央の床に強引に寝かされ、手足を縛りつけられて。
眼前を占める巨大な石の平面がゆっくりと近づき始めたのを見たルカは、半狂乱に陥る。
「なんで・・・なんでよ!!」
爪が伸び、体が黒ずんでいく。
魔女に変容していく絶望、目の前に迫る死から逃れようと身をよじり、首を巡らせて。
こちらに向く、敵意や嫌悪の滲んだ視線からは必死に目を背け、逃れて。
最終的にそれは、一人の少女に行き当たる。
「あなたなら分かってくれるでしょう?!」
「えっ?」
彼女は、それまでは難しい表情を浮かべたまま黙して語らず、状況を静観していて。
しかし必死なルカの叫びで、彼女はきょとんとした顔を浮かべていた。
「私がそんなことしてないって・・・あなたなら・・・!」
その人は、共に囚われた少女達の中で、ルカが最も尊敬している人物だった。
己の行動、言動に一本の芯があり、冷静に状況を俯瞰できる性格。
実際に今も、感情を操るという魔法、そしてその持ち主に対して嫌悪の色を隠さない他の面々とは違って、彼女は中立的な立場を貫いているように見えた。
しかし、彼女は。
「いや、その・・・なんで、私なんだい?」
「・・・えっ」
当惑した様子の声を受けて、ルカは言葉を止めた。
そして彼女は首をかしげながら言う。
「私、
「・・・そ、れは」
「だからね、なぜ、きみがそう信頼を寄せてくるのか分からなくて・・・」
ルカは狼狽した。
相手目線で自分がどう見えているのか、まったく意識する余裕がなかったために。
ただ自分が信頼しているというだけで、それまでどんな関係を築けていたのかに思い至ることすらなく、ただ縋ってしまったために。
そう問い返されるのも当たり前だった。
そもそも、この切羽詰まった状況で直接話しかけてしまったことこそが、ルカにとっては暴挙だった。
なぜなら自分でも、彼女と話したいとは思ったことなどなかったから。
彼女とはそもそも他人と呼べる間柄でしかなく、自分はそれで満足していたはずだったから。
そしてごくごく普通の反応として、彼女は戸惑っていて。
充分あり得る可能性として、彼女はそれを口にした。
「まさか、私を巻き込もうとしているんじゃないよね?」
「・・・あ」
まだそれは、嫌悪ではなかったかもしれない。
困惑交じりの、窘める程度の指摘だったのかもしれない。
彼女にとっては当たり前の線引きで、それをなりふり構わず踏み越えようとしてきたルカに対して、自然と一歩距離を取ろうとしただけのことなのかもしれない。
しかしそれは既に瀬戸際だったルカの心にひびを入れるのに、十分なものだった。
「わた、しは」
そして、そこから。
彼女がずっとひた隠しにしてきた【禁忌】が覗く。
◆◆◆◆
惚れっぽい。
私の性質を身もふたもない一言で表すなら、あるいはそれでいいのかもしれない。
お世話になった人や、担任、教育実習の先生。部の先輩や、学年、クラスの中心人物。
昔から私はそういう人たちに対して惹かれがちで、その度に目をハート型にしていたりしたのだ。
その頃はまだ、アプローチもごくごく普通のものだったように思う。
好きなことは友達と共有したい。好きなあの人のことをもっと知りたい。
ごくありふれた、ちょっとミーハーな女の子。
別にそれでよかったのだ。
自分の好きなひとを悪く言う人がいた。あの人の良さを分かってくれない人がいた。
そういうことも度々あったけれど、しかしそれも、自分と話しているうちに皆は考えを改めてくれた。
普通の友達ならよくありそうな、好みがすれ違い、思い違い、ともすれば果てに仲違いしてしまうようなことは、私に限ってはなくて。
なので、ああ、言えば分かってくれるんだ、やっぱりあの人はすごいんだ、とそのたび嬉しく思っていたのだ。
私はみんなで同じものを好き合えるならそれが一番幸せだと、その頃は思っていた。
今風に言うならそう、同担歓迎!
ああ。
それが魔法の力であり、自分が無意識に他人の感情を弄っていたことに気がついてしまった事が、私にとっては最大の不幸だった。
私と同じものを好きだと思っていた子は、本当はそうじゃなかった。
本当はそれを嫌いだったのかもしれない子は、そうじゃなくなっていた。
どれが本当の気持ちだったのか、今となってはもう分からなくて。
私はそれがとても怖かった。
もし私がこの力を肯定できていて、しかも悪用する気があったのなら、ファンクラブとかを率いるのも簡単で、果てはあるいは本当に、なんだかすごい宗教団体でも作れてしまったかもしれない。
でも、私は怖かったのだ。
おまけにそれは、自分に対しては使えない。
誰かが誰かを嫌いでも、私はそれをなくしてしまえるけれど。
そんなことが出来ると知られてしまったら、私は誰かに嫌われる。
それを繰り返せばきっと最後に残るのは、みんなが私を嫌う感情だけになる。
誰かが、みんなが、私が好きなあの人が、私を見た時にどんな表情をするのか、考えただけで恐ろしかった。
嫌わないで。
どうか私を、嫌わないで。
他人からの感情を恐れ、自分の抱く感情が本当に向けていいものかさえも恐れていると、そのうち、誰もが自分と同じ魔法を持っているような気がしてきて。
いつしか自分自身さえも信じられなくなっていた私は、誰かに向ける感情を殊更に強く持ち続けることでしか。
己を保てなくなっていた。
◆◆◆◆
吊り下げる鎖が軋み、歯車が重い音を立てて回り。
石膏でできた足が降りていく。
その下に寝かされた少女を、ゆっくりと圧し潰し・・・圧搾し、なれはてに至らしめるために。
「ルカさん!何か・・・何か言ってくださいっ・・・!」
「・・・」
「せめて、最後に!」
そう声をかけてくる少女もいた。
もはや処刑を見守るだけの面々から外れて身を乗り出して、彼女は涙声でルカに声をかける。
対して、ルカは何も話そうとしない。
ある瞬間から糸が切れたかのように、ルカは抵抗をやめ、声を上げることをやめ、ただ静かにそこに横たわっていた。
あるいはそれは、観念したという風に、眺めていた少女達からは見えたかもしれない。
「ルカさん・・・!」
「氷上ちゃん、やめた方がいい」
そう口を挟んだのは、ルカの推しだった少女。
彼女はあくまで冷静だったが、しかし。
冷徹であるとも言えた。
「正直、彼女の魔法のトリガーが何かも分からないしね」
表情を失っていたルカが、僅かに目を細める。
彼女達は等しく、ルカを疑う。
疑われて然るべき魔法の持ち主であるがゆえに。
己の潔白を証明できない、魔女であるがゆえに。
「あんたがそうやって可哀想に思ってるのも、アイツに感情を弄られたからなんじゃないの?」
嘲るように誰かが口を挟んで、言われた方が言葉を失って。
「そ、そんな・・・!」
「・・・まあ、ありえなくはないかもしれないね。彼女は自分自身への感情は操作できないと言っていたが、嘘の可能性もある」
推しだった彼女もまた沈痛な面持ちではあるものの、そう頷いて、呟く。
彼女は確かに冷静で、状況を俯瞰できる人だった。
しかしだからこそ、ルカの味方にはなりえなかった。
「この、彼女の処刑を痛ましいと思う気持ちも・・・もしかしたら・・・」
と、そこまで聞いたところで。
急にルカが口を開いた。
「分かったわ。そんなに言うなら変えてあげる」
驚いた彼女達が黙って、石の足が降下してくる音だけが響く数秒。
さらに一拍おいて、何を言われたのかを少女たちは悟る。
「・・・なっ」
「別に、縛られたままでも出来るから」
ルカは捨て鉢に言う。
もう誰にも信じて貰えなくても、自らの気持ちに殉じていられればそれでいいと思っていたルカは、今は。
心変わりしていた。
「
ルカ個人に利するような感情操作も、他人を陥れるような魔法も。
それは出来ない、それはしない、とずっと言っているのに。
あくまで都合良く思い込んで、自分の感情にさえ言い訳をして、ありもしない責任をルカに求めるその様に。
愛想が尽きたのだった。
「やめっ・・・」
周囲の少女達が慌てて叫ぼうとしたところで。
ただ一度、目を閉じるだけでルカは魔法を発動できた。
そしてルカはそれを、祈った。
「みんながみんなを好きになればいい。私以外みんな、仲良しになればいい」
「・・・えっ?」
「そして後から起こることはみんな、私のせいにすればいい。それで貴方達の気が晴れるなら、そうしたらいいわ」
憎悪を増幅されることを恐れた彼女達はその瞬間、それとは逆に。
慈悲深い聖女のようなことを口にした彼女の通りに、感情を形作られていた。
彼女達の視界に映る周囲の景色が、がらりと変わる。
それは目に映るものへと抱く、己が想いの色を塗り替えられて。
「え・・・あっ」
「なに、これ」
「ほら、絆を感じるでしょう。互いを信じられるでしょう?おめでとう、貴方達は結束できるわ。良かったじゃない」
ルカは祝福する。
こんな風に魔法を使ったことは初めてだった。
ああ、最初からこれが出来るのなら悪くなかったかもしれない、とも思いながら。
ただあくまでそれは、平穏無事に過ごせる日々の中でのことで。
「・・・そうよ。これは呪いよ」
口元を歪め、呟く。
それを耳にした少女達は、胸を押さえ、息を詰める。
ルカ以外の互いを全て味方としか思えなくなった彼女達はしかし、決して幸せそうではない。
ルカの思惑通り、彼女達は言い知れぬ気持ち悪さに襲われていたのだった。
「想いなんてね、くだらないのよ・・・どうしようもなく助け合って、信じ合って、好き合って・・・それでも魔女になれば、きっと殺したくなる。そのとき自分の気持ちが本当はなんだったのかなんて、もう分からないでしょう」
つくりものであると明言されてしまった、絆、信頼、好意。
それはこの魔女因子を持つ少女達にとっては、のちに起こる悲劇をより深く、長く続かせるものでしかない。
遅効性の、感情の毒。
「自分自身も信じられないまま、大好きな皆と、苦しんで殺し合えばいいわ」
その時ルカは、嫌われるという恐怖を乗り越えてしまっていた。
裁判で向けられた理不尽、処刑される間際という先の無い状況が、彼女の人並みの善性を叩き潰してしまったが故に。
もう嫌われているのなら、何をしたっていい。
どうせ憎まれているのなら、憎まれることをしてやろう。
魔女としての悪意が、彼女の魔法を最悪の形で発露させた結果だった。
「魔女因子のせい?私の魔法のせい?それとも元々の気持ち?・・・自分が誰かを好きなのか、嫌いなのかさえ、ぜんぶぜんぶ分からなくなっても笑えるなら、笑ってみせなさいよ」
処刑台の魔女は嗤う。
己の終焉を前にしながらも、自らが残していく置き土産に恐れ戦き、約束された惨い結末に絶望する少女を眺めて微笑むその姿は。
彼女らの知らぬ、元凶たる大魔女のそれに、少し似ていた。
「・・・私は笑っていてやるから」
そうして。
彼女は降りてくる石像の下に隠れ、最後に顔の下半分、その口元に浮かべるひきつった笑みを、絶句したまま見つめていた皆の網膜に残して。
見えなくなったのだった。