ろうやしきノそのご   作:緋色鈴

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原罪【着飾る聞か猿】

 

 

その裁判の、前日。

空気を動かし、突風を起こす魔法を持っていたある少女が、その力を利用してこの島を脱出できないかと画策していた。

しかし彼女はおよそ、空力学や物理学のことは年相応に知らず・・・理科についても少し、勉強不足で。

扱いを間違えれば、自身の魔法がとても危険な現象を生むこと。

そのうえそれがさらに魔女化によって強まっていて、そのぶん加減しなければならなかったことを、失念していた。

 

彼女が吹き飛ばされた時、本来ならば少なくとも、その爆音が屋敷の反対側まで轟いたはずだった。

しかしそれはなぜか誰の耳にも届かず、その時点では一命を取り留めていたはずの彼女は誰にも気づかれないまま、人知れず息絶えてしまったのだった。

 

そうして。

その謎が解き明かされた時、誰も裁く必要はなかったはずの、その裁判で。

 

「は・・・なん・・・それ」

 

ルコは、かすれた声で訊き返した。

 

「ですから、その・・・もし、そのときルコさんの【  】の魔法が発動していなければ・・・    さんは助けられたのかもしれないと思うんです・・・」

 

ある少女が、おずおずと、申し訳なさそうに言う。

途中ルコは言葉の一部を聞き取れなかった。

文脈から、それが自分の魔法のこと、そして先日事故死してしまった子の名前だとは分かったが、しかし。

頭の中でそれらの事柄を結びつけることを、心が拒否していた。

 

「か、カンケーないじゃん・・・だってあーしは、そんなの・・・」

 

気がつくと、口元が勝手に半笑いの形をとっていた。

しかし、少女は首を振ってみせる。

 

「私の魔法が、どれほど効いたかは分かりませんが・・・」

「・・・は、いや、だって、もう死んでたんでしょ・・・?」

「いえ、彼女のあの様子なら、即死ではなかったはずですから・・・もしそのとき、誰かが気づいていたら・・・事(・)故(・)の(・)音(・)が(・)聞(・)こ(・)え(・)て(・)い(・)た(・)ら(・)・・・」

「そっか。それなら【治癒】が間に合ってたかもしれないんだ」

 

と、他の子が納得したように言う傍らで、ルコはふるふると首を振っていた。

確かにルコはその時、自室で【遮音】の魔法を使っていた。

一人きりの時間が欲しくなった時の、いつもの癖。

取り立ててそれ以外に目的はなかったはずのその魔法は、ルコの与り知らぬところで影響を及ぼしてしまっていたのだった。

 

呆然と、ルコは呟いた。

 

「あーしの・・・せいだって言うわけ?」

「そっ、そういうわけではないのですが・・・!」

「いやまあ、そう言ってるようなもんじゃないかな・・・」

 

と、彼女が否定する声、そして誰かが気まずそうに突っ込みを入れるその声が、遠い。

各々はルコを見やる。

とはいえその視線は、嫌悪や憎悪ではなく。

どちらかといえば同情の色を帯びた、気の毒そうなそれだった。

 

「まあ・・・でもさ」

「そりゃあ、確かに、無関係ではない、んだろうけど」

「ルコちゃんが何かあの子を唆したとか、わざと事故を隠したっていうんじゃないんなら・・・」

「仕方がないよ・・・」

 

口々に、彼女達はそう言う。

事故そのものにルコ自身が関わっていないことが明白で、ただそれを後から助けることができなかった遠因でしかない、ということが皆に知れ渡っていたために、それ以上疑う余地もないのだ。

故に、ルコが無実の罪に問われるようなことはなかった。

 

「結論は変わらず、不幸な事故、ということでいいのでは?」

 

そうして一人がそう言って、皆がうなずく程度には、その裁判に禍根は生まれ得ない状況だった。

そのはずだった。

 

 

 

「あーしの・・・せいじゃないし」

 

 

 

震える声で、呟く少女がいた。

銀屋ルコ。

意図せず人の死に関わってしまい、しかしてそれを皆に正しく哀れまれていた彼女は、言い訳のように同じことを言う。

それを耳にした一人が苦笑し、肩をすくめて言った。

 

「大丈夫だって、話(・)聞(・)い(・)て(・)た(・)?」

 

ルコが、びくりと震える。

宥められたはずの言葉によって、逆に追い詰められたかのように、彼女は顔を強張らせていた。

 

「・・・ルコちゃん?」

「あ、あーし、は・・・あ(・)た(・)し(・)は・・・」

 

ルコは既に、周りの言葉が耳に入ってはいなかった。

 

自分の魔法で、人が死んでしまった。

音を消すだけの、たったそれだけのせいで、助かったはずの命が助からなかった。

それは。

だって、それは。

 

「知らない・・・!知らない!あたしのせいじゃない!!」

「え、いや、さっきからそう言って」

「聞(・)き(・)た(・)く(・)な(・)い(・)!!」

「ちょっ・・・ルコちゃん、どうし  !?」

「待って、様子がおか   ・・・?」

「    !?   【  】 !」

 

衝動のままに、ルカは魔法を発動した。

心の内から語りかけてくる【禁忌】を、自らかき消そうとするように。

 

◆◆◆◆

 

家の中では、両親の口喧嘩の声が絶えなかった。

仕事で疲れている父。家事で疲れている母。

ありふれた家庭の、ありふれた不和だった。

 

思うに二人は、あたしが生まれる前は仲睦まじく、もっと愛し合っていたのだと思う。

子供が生まれ母になった女は、子に愛情を向けるようになり、家事に子育てが追加されてより余裕を失い。

子供が生まれ父になった男は、女からの愛情を子と分け合う羽目になったことを知り、仕事の成果からは養育費が差し引かれるようになり。

そのうちに冷えていった関係は、あたしがある程度育ってからも再び温度を取り戻すようなことはなくて。

それなら切欠は、あたしのせいだったのかもしれないと、思ったこともあった。

 

それはそれとして、あたしはそんな家の子にありがちな末路として、相応にグレた。

反抗期になって、ギャルになって、親からの干渉を嫌って。

そしてそれがまた両親の口論の種にもなっていたようで、壁の薄いボロ家の自室に引きこもっていたあたしは、それが階下から聞こえてくることが本当に嫌いだった。

 

そして似た境遇の他の子なら、イヤホンをして好きな曲に没頭したり、家出をしたりして対策するであろうところを、あたしには裏技があった。

【遮音】の魔法は嫌いな音を完全に消してくれる。

両親の争う声も、あたしを呼ぶ声も、ケータイの着信音も全部。

最後に部屋に鍵をかけ、目を閉じてしまえば、もう何もあたしを害するものはなくなるのだ。

 

そうして。

 

そうすることに慣れきってしまっていたあたしは、その日、母が心労で倒れたことに気づかなかった。

母は食器棚を引き倒していて、たくさんの陶器が割れる音がしていたはずなのに、気づかなかったのかと、日を跨いで帰宅してきた父に問われて、あたしは何も言えなくて。

結局、分からなかったんだから仕方ない、という話に落ち着いたものの、あたしはそれからもずっと思っていた。

 

本当にあたしのせいじゃなかったのかな。

 

そのことに答えを出すのが恐ろしくて、結局あたしは再び閉じこもって、耳を塞いで、それで全ては終わった。

誰かはあたしのせいじゃないって言ってくれたけれど、それは何の意味もない。

あたしにとっては、同情されても、赦されても、知り得ないことだったとしても。

知らなかったでは済まされない、と、誰かに言われている気がしたから。

 

だからそのことは、あたしにとっては、最大の地雷なのだ。

 

ただ耳を塞いでいたせいで、都合の悪い現実を拒み続けたせいで。

あたしのせいで、誰かが不幸になったんだ、って。

そう叫んでくる声は、その魔法じゃ消せなかったから。

 

◆◆◆◆

 

「    !」

「  、    ・・・!」

「  」

 

もう声は届くことはない。

 

糾弾も、叱咤も。

同情も、慰めの言葉でさえも。

それら全ては、等しく彼女を苛む音でしかなかった。

 

「    !!」

 

あらゆる音が、魔法によって消し去られる。

環境音はおろか、自分自身の鼓動や息遣いの音さえ分からなくなる完全な無音の空間。

 

その魔法の中心で、ルコは。

自身も何も聞こえないはずなのに、両手で耳を塞いでいる。

 

「    !!」

「・・・?」

 

そして暴走する彼女を止めるべく駆け寄っていたある少女は、眉を寄せた。

ルコの背中が揺れて、その肩を掴んでいた手に、微かに振動が伝わってくる。

骨伝導さえ無効化されているようで、その振動も音という形で伝わりはしないが、同時に動くルコの口を見て、少女は気がつく。

ルコは、何事かを叫んでいる。

 

「    !!    !!    !!」

 

その口の形は、ただひたすら同じ言葉を繰り返していた。

 

「    !!    !!    !!」

 

口角泡に赤い色が混じりはじめたのは、喉が裂けるほど激しく叫んでいるからか。

それがどんなに大きな声であろうと、もはや誰にも、自分にさえ、聞こえはしないのに。

 

「    !!」

 

そして隣に立っていた少女は、ぞっとした。

その口の動きが読み取れてしまったから。

 

「    !!!!」

 

うるさい、と。

自ら音を消し去ったはずの世界で、彼女はそう叫び続けていた。

 

 

 

『 ~・・・         ・・・?』

 

確実に悪化していく状況の中、しかしやり取りすらままならなくなる魔法の影響下で、少女達は途方に暮れていたのだが。

視界の端で、ゴクチョーが羽ばたいてみせたのが目に映ったのと同時、みな同じタイミングでポケットに手を当てる。

音なくスマホが震えたのを感じ取ったのだ。

困惑と共に、各々それを取り出した少女達の眼には。

『処刑』のボタン。

 

「・・・!」

 

はっと顔を上げれば、嘆息して見せるような素振りで羽を動かしたゴクチョーが、画面のボタンを押すようにと嘴で促していた。

もはや正常な裁判は進行できないと、そう判断したのだろう。

実際、すでに彼女の魔女化はどうしようもないところまで進行していて、放置できるものではない。

この場で処刑しなければ彼女はこのままなれはててしまうし、その是非も、もはや彼女が広げた【遮音】の空間内では討議することすら出来ない。

なら、選択肢は一つしかないのだ。

たとえ彼女が負ったのが、この裁判で問われるほどの罪ではなくとも。

本来は、誰も裁く必要がなかったはずの裁判だったとしても。

 

「・・・」

 

少女達は恐る恐る目配せをして、ルコの様子を見やり、各々の手元に目を落とし。

やがて誰からともなく、スマホの画面に指を添えていく。

 

「      」

 

ある少女は、呟いた。

音にならず、口の動きも彼女の視界にも入っていないそれは、伝わることはないけれど。

ごめんなさい、と。

 

そんな幕切れは、ほとんどの少女達にとっては非常に後味の悪い、胸の悪くなる結末で。

処刑が決まり、中央の処刑台が動き出し、看守がその腕を掴んで連れていき、そして、最後まで。

 

黒く染まりゆく彼女は変わらず耳を塞ぎ、無音を叫び続けていたのだった。

 

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