「・・・・・・貴方達、夜通し作業しているの?」
マーゴの一言で、さっと緊張が走る。
よくよく見れば、絵具や墨で汚れているせいで分かりにくかったが、彼女達の目の下にはうっすら隈が出来ている。
そして露骨に目を逸らした二人のその態度は、実に分かりやすかった。
「・・・えへへ。なんのことかな?のあ、わかんないや」
なんだか聞き覚えのあるトーンで宣いつつ首を傾げたノアに、むしろアンアンの方が顔を青くしていた。
「ノ、ノア、そのすっとぼけ方はやめろ・・・背中がぞわぞわする」
「そう言うアンアンちゃんはどうなのかしら?」
『誓って何も悪い事はしていない』
「あなたそのページ前もって用意してたでしょう」
何も書かずにページをめくって見せるという稚拙なトリックを即座に暴いたマーゴは、後ろめたそうに眼を逸らしたアンアンの視線の先に回り込んでみせる。
「他の子との交流は結構なことだけど、日々の生活リズムも大切よ」
「・・・マーゴちゃん、ヒロちゃんみたい」
「徹夜は正しくない」
「ヒロちゃんだ?!」
魔法抜きの自前の声真似を披露しつつ、マーゴは諭すように言った。
「大体貴方達、この部屋に篭りきりなのもどうかと思うわ」
「わ、わがはいとノアには心血を注ぐ創作活動が・・・」
「それも結構。でも衣食住をおろそかにするのは見過ごせないわね・・・それこそヒロちゃんならなんて言うかしら」
床に散らばる紙屑を軽く蹴飛ばしながら言うと、アンアンはともかくノアはとてもばつが悪そうな顔をした。
ヒロを引き合いに出すとノアは大人しくなる。
「それに、他の子たちみたいな積極的なメンタルケアは要らないかもしれないけど、貴方達もお勉強はしなきゃいけないと思うわよ」
「・・・のあ、お勉強きらい」
『わがはいも断固拒否する』
ただ、その説教に対しては二人ともまるきり子供の反抗を見せたので、マーゴはふうと息を吐いた。
そして、柄にもないと思いつつ、袖を捲る。
ぎくり、と二人が身をすくめたのが分かった。
「そう・・・それなら強硬手段に出るしかないわね」
なんなら、マーゴが訪れた時点で既にこの展開を薄々予期し、恐れていたのだろう。
アンアンは素早くスケッチブックを抱えながら身構えて、マーゴから距離を取ろうとしていた。
「で・・・【出ていけ】」
「文字色を指定しても【洗脳】の魔法はもう無いわよ、アンアンちゃん♡」
「くそぅ・・・」
にじり寄るマーゴ。
「ノ、ノア、お前は逃げろ!」
「む、無理かも。出入口、マーゴちゃんの向こうだもん・・・!」
「くっ・・・ならベランダか、ダストシュートがあるだろう!」
「どっちも嫌な思い出があるので、のあ、拒否します!」
「・・・・・・確かにな!」
一周回って漫才みたいな茶番をしている二人に若干呆れながら、マーゴは歩を進める。
小柄な少女二人を追い詰めようとしているとなんだか嗜虐心が湧いてきて、流石にそれは良くないわ、とマーゴが内なる邪心と戦っていたりもしたのだが。
しかし、そこへ。
思わぬ闖入者の声が飛び込んできた。
「マーゴ先生ぇえ!!」
「・・・・・・あら、何かしら」
ばたばたと騒々しい足音が近づいてきて、それはただならぬ事態を予感させた。
やむなく二人の抵抗をそのままにして(二人ともあからさまに
すると、ちょうど一人の少女がこちらをみとめてやって来るところだった。
「廊下は走らないの・・・どうしたのかしら、そんなに慌てて」
平静を装ってマーゴが問いかけると、栗毛でそばかすの目立つ少女は息を切らしながらも、叫ぶように言った。
「
ぞ、と背筋が寒くなって。
彼女の続けた声が、否応なく耳に木霊する。
「裁判ですよ、裁判!!」
その台詞は、マーゴの危機感を煽るのに十分なものがあった。
まさか、本当に?
思わず振り向けば、アンアンとノアも顔を蒼白にしている。
マーゴは口元を引き締め、冷静さを失っている少女から、とにかく事情を問い質そうとする。
「落ち着いて。誰が・・・誰かが、殺されたというの?」
「ええそうです殺されたんですよ・・・あたしの、大事な!!」
そして、涙ながらに訴える彼女の言い分は、こう。
「チョコレートが!!」
「・・・?」
結局。
詳しく聞いてみれば、それは思っていたのとは正直、だいぶ違う毛色の話なのだった。
そうして、今。
彼女の強硬な姿勢により、屋敷中の少女達は裁判所へ集められていた。
ちなみにゴクチョーは内容を聞くなり『ああもう勝手にやって頂いて構いませんよ』と投げやりな調子で応じ、今までやっていた裁判所の取り仕切りも任せて退室していた。
さもありなん。
マーゴはどうにも言わずにいられず、その中心に立つ少女に話しかけてみた。
「ねえ、チョコちゃん」
「
「ごめんなさいチョコちゃん。それでね、この裁判だけど」
意に介さずマーゴは先を続ける。
「本当にやる必要あるのかしら?」
「なんですと!」
目くじらを立てる少女に臆することなく、マーゴは言う。
「これまで私達が自主的に開いた過去の裁判・・・というか会議は、まだね、もう少し切迫した事情だったから分かるのよ。あの時はまだ皆、混乱していたというのもあったのだし」
それもまた紆余曲折あったのだが、それは解決済みの出来事だ。
当事者たちがそれでも居心地悪そうにしたのを後目に、マーゴは懇々と諭しにかかる。
「でも今回の【お菓子がなくなったからその犯人捜し】っていうのは、その・・・チョコちゃんには悪いけれど、ここまで大事にすることではないんじゃないかしら?」
如何にもそうであろう、と外野の少女たちが頷く気配。
朝早くから起こされたので不満げな顔を隠していない者も多く、空気感として彼女はアウェイだった。
しかし。
「まずお菓子じゃなくて、チョコレートです!!」
「えっ?」
謎の拘りを見せる少女に、マーゴは表情を作るのも忘れ、きょとんと首を傾げる羽目になる。
「それにこれもあたしにとってはこの上なく切迫した事情で、大事なんですよ!!」
「そ、そう・・・そうなのね」
「あたしからチョコレートを簒奪した魔女が!この中にいるに違いないんです!!」
「犯人はいても魔女ではないとは思うけれど・・・」
やや気圧され、当惑するマーゴ。
彼女の主張は一片とも分からなかったが、とりあえず道理を説こうとしたことが失敗なのを察した。
彼女は御覧の通りの気の強さであるので、今までマーゴの元に心の相談に現れたことはなく、その人となりが分かっていなかったのもある。
だが少なくとも、言っても聞かない感じはひしひしと感じられた。
・・・なので、マーゴはあっさり説得を諦めることにした。
「分かったわ、とりあえず話が進展するまでは好きにしてちょうだい・・・悪いけれど、みんなも少し付き合ってあげて欲しいわ」
「有難う御座います!」
雨衣チヨコはお墨付きを貰ってぐっと拳を握りしめていた。
やや敬遠している空気だった周りの少女たちも、事実上のこの島の管理人となっているマーゴがそう言うなら、と渋々従ってくれるようだった。
収まりがつかないのなら、ある程度は好きにさせてみるほかない。
そもそも、どうせ、人が死ぬような事態に比べれば。
そんな気持ちがあるせいで、大抵のことは許せてしまう気がしていたのだった。