そうしてチョコ好きの彼女にとりあえずの進行を任せて一歩引き、傍観の姿勢を決め込んだマーゴの耳に、ふと別の少女たちの会話が聞こえてきた。
「流石、食べ物の恨みで魔女化した奴は違うわ~・・・」
「しっ、聞こえるよ。【私たちの禁忌】でしょ」
「そうだった・・・」
傍聴席から聞こえたそれが気になって、マーゴは振り向いた。
そこで身を寄せ合って話し込んでいた二人の少女と眼が合い、マーゴはちょいちょいと手招きをしてみせる。
彼女たちは最初ぎくりと身をすくめていたものの、マーゴが安心させるように微笑んだので、おずおずと近寄ってきた。
「あの、私語厳禁でしたよね、すみません・・・」
「それはいいのよ。貴方達、あの子の同期だったかしら?」
「あ、はい、マーゴ先生」
「その先生って呼ぶの・・・まあ今は良いわ」
同期とは、同じタイミングで島に連れてこられた少女であるという意味だ。
今ここでは、マーゴにとってのアンアンとノア、ナノカがそれに当たる。
この場の主要人物であるチヨコ女史と知り合っていた彼女達なら、なにか事情を知っているだろうとマーゴは踏んだのだった。
「それでね、ちょっと話を聞かせて欲しいのだけれど」
「うう、すみません・・・」
「別に取って食いやしないわよ」
食べたら甘そうだけれど、などと付け加えるのは彼女達を別の意味で怯えさせそうだったので心の内に仕舞っておいて、マーゴは訊く。
「あの子は何故あそこまでチョコレートに執着しているの?」
「それがその・・・すみません、正直言って、私達にもよく分からないんです」
「多分、それを知っていた子は・・・その」
「・・・ああ」
マーゴは察して、その先は言わなくてもいい、と手で制した。
蘇った子達はいくつかの括りで互いに顔見知りであることはあるが、一方で、そのそれぞれと特に関係の深かった子ほど、生き残っていない。
魔女化に伴う殺意の矛先のことを考えれば、納得の傾向だった。
かつてのアリサが危惧していたこともある種、間違いでは無かったと言える。
「ただ、魔法は知ってます。彼女が使えたのは【甘味に変える魔法】でした」
「・・・なんというか、名は体を表すのね」
「はい、まあ」
「けれど・・・【甘味を生み出す】のではない?」
「仰る通りです」
それは、難儀だな、と思わなくはなかった。
味を変えただけでは腹は膨れない。
また、味とは口に含んだものが身体にとってどのような影響を及ぼしうるかを知らせる信号でもあるので、それを騙してしまうのは危険なことでもある。
ただ、娯楽の少ないこの牢屋敷の生活では割と有難がられたに違いない。
「それでその反動で本物のお菓子が、ということなのかしら」
「多分そんなところではないかと・・・今なら手に入るとはいえ、数は限られますし」
「そうね」
マーゴを始めとして、このことに責任を負うことを決めた者達の尽力により、牢屋敷の生活は日々改善されている。
自分達をここへ閉じ込めた某機関とやらに、それらを支援してもらう約束を取り付けたのだ。
食生活がその筆頭であり、あえてやたら不味い料理を食べなければならなかった日々は終わりを告げ、真っ当な食材を得られるようになり、たまになら市販の菓子類も届くようになっていた。
今まさにモメているのは、それが消えた、という話だった。
「ただ、犯人が私たちのうちの誰かじゃないことだけは確かですよ」
「というと?」
「それは・・・」
と、大人しそうな方の子が、隣の子を見やる。
すると彼女は言っていいものかどうか迷ったような素振りをしつつ、口を開く。
「あー・・・ウチら多分全員、チョコがもう食べれないっていうか・・・それこそある意味、あの子が原因っていうか・・・」
「それは・・・どうして?」
恐る恐るといった風に、顔を見合わせる二人。
しかしそこまで言ってしまったなら説明せざるを得ない、と分かったのか、観念したように彼女は小声で言う。
「あの・・・これ【ウチらの禁忌】に関わるんで、あんま広めないで欲しいんすけど」
「ええ、勿論よ」
【彼女達の禁忌】とは、蘇った少女たちが共同生活していく上で自然と作られた、暗黙のルールだった。
即ち「自分達の結末」について触れないこと。
魔女化した経緯や、処刑された理由を蒸し返さないことである。
それに触れれば、お互いの闇を垣間見てしまうだけでなく、個々人が未だ抱えるトラウマを連鎖的に引きずり出してしまいかねない。
もう魔女にはならないとはいえ、いまさらその禍根をあえて再び浮き彫りにすることは、多くの者が望んでいないことだった。
「私は先生だもの。決して口外しないわ・・・言えるなら、で良いから」
そう念押すと、彼女たちは少しだけ安心したように、息を吐く。
そして少女の一人が小さな声で、恐る恐る、言った。
「・・・・・・一緒に
「・・・何が?」
訊いてしまってから、聴きたくないという気持ちが湧いてしまった。
しかし彼女は先生の質問に、正直に答えてしまう。
「あの子の・・・
「・・・・・・・・・」
マーゴの脳裏に、一つの言葉が浮かぶ。
チョコレートの釜茹で。
うっ、と隣の子がえずいて、マーゴも一瞬それにつられそうになった。
彼女たちの顔は青白いを通り越して土気色だった。
つい同情する。
その光景を想像してしまっただけのマーゴが吐き気を催しているのだから、実際にその場にいて、それを見届けた彼女たちは尚更だろうと思えた。
聞いた限りでは、昔の処刑ほど凄惨な、グロテスクな趣向のものだったらしい。
残った少女たちに精神的負荷を与えるには良かったのだろうが、それがまだしもシンプルな手段に変わっていったのは、無駄に長引く苦痛を与えるのは可哀想だという黒幕・・・
一般的なチョコレートがあるということはさほど離れた時代ではなかろうが、そうした過渡期の中途半端なファンシーさはむしろ、より狂気を感じさせるものだったのかもしれない。
「それ以来、チョコの甘ったるい香りがもうダメっていうか・・・焦げてなきゃ、あとは冷えて固まってれば、まだマシなんすけど」
「ね、ねえ・・・
「う、ごめんって・・・」
気弱そうな方の子が呻くように言いながら隣の子の袖を引っ張って、二人は身を寄せ合いながらも互いにげんなりとしていた。
やはり他人の事情などあまり聞くものではない、とマーゴは自戒しつつ、頷いてみせる。
「ごめんなさいね、嫌なことを思い出させて・・・話してくれてありがとう」
「い、いえいえ・・・しっかし、当の本人は気にしてなさそうなのが羨ましいっていうか、一周回ってなんかもう怖いっすね・・・」
「・・・それは、そうね」
各々冷めた目で場に視線を戻せば、ろくに議論が進展せず、すっかり熱くなった栗毛の少女は誰彼構わずその疑いを向けて顰蹙を買っていた。
「あたしのチョコレートを奪ったのは、お前か!」
「ひっ、ちっ、違いますよう」
「お前か!?」
「や、あーし甘いの嫌いだし」
「お前かぁ!!」
「・・・そも、
マーゴは溜息をついた。
「・・・ここに住むことを決めたのは私だけれど、もう少し落ち着いた生活を送りたいものだわ」
こくこく、と二人が追従するように頷いているのを見て、場違いにも少し笑ってしまった。
くだらない争いは、くだらないと言えるうちに終わって貰いたい。
二人に礼を言ってから、再び壇上へと戻った。
「ねえチョコちゃん、最初から話を整理しましょう、まず無くなったチョコは本当に・・・」
久方ぶりに論舌を振るうことにして、時折ナノカやもっと理性的な子達からの援護も頼りつつ、話の主導権を握る。
一方、マーゴは心の片隅で別のことを考えていた。
嗚呼。大変だ。
こうして過ごす日々は、決して悪い気分ではない。
が、それはそれ。
この島の諸問題を取りまとめる役目が、早く一息つけば良いなと思うのだった。
そして結局のところ、オチはひどいもので。
それは「裁判にて犯人は見つからず、後日、彼女のベッドの下に若干カビた状態で落ちていたのが発見された」というものだった。
強引な審議にかけられ無駄な緊張感と時間を取られた129名の総意により、雨衣チヨコには3カ月のおやつ抜きという極めて重い判決が下されたのだった。
雨衣チヨコ
魔法:【味変】ものを甘味に変える (魔女化進行で非可食物も対象にでき、より甘くなる)
原罪:チョコレート至上主義
どんなものかに関わらず、それを口に含んだときに甘い味に感じさせる魔法。ただこの甘味はチョコレートのそれには似つかないもので、本人は不満。
牢屋敷のゲキマズ料理をまだマシなものに変えることができたので同期のほとんどには好評だった。一方、見た目に反する味の料理を嫌った面子にも良かれと魔法を押し付けるなど、その性格は敵を作りやすかった。
そんな彼女のチョコレートに対する偏執は魔女化が近づくにつれて深刻化し、どうにか合わせていただけで実は甘いものが苦手だった友人との絆に亀裂を生んだ。
余談:処刑は自分が茹でられる中、目の前でチョコが焦げていくことの方に絶望した。