帰ってきたヒーロー -1-
「ふんふ~ん♪」
その日、城ケ崎ノアの機嫌が大変良いことに少女達は気がついていた。
「あっ城ケ崎さんだ。おはようございます!」
「ノアちゃんおはよー」
「おはっすー」
「みんな、おはよう~♪」
食堂にやってきたノアに気づいた者達が朗らかに挨拶し、ノアはそれにひらひらと手を振って応じている。
自分達を呪いの運命から解放した十三人のことは(何故か)知られており、一部の層には同年代にも関わらず、なんとなく別格かなにかのように思われている。
マーゴが歳不相応に先生などと呼ばれているのも、纏っている大人っぽい物腰だけでというわけではなく、そうした尊敬の意に類するものだ。
一方、ノアは逆に背丈が低くてあどけない雰囲気もあって、みんなから妹のように可愛がられていた。
色とりどりの料理をトレイに乗せて席についたノアに、隣に座っていた少女は興味のままに訊いてみた。
「ノアちー、アトリエから出て来んの珍しいじゃん?」
「うん。今日はなんだか、うーん、開放的?・・・な気分なんだ~♪」
「ほーん?」
隣に座る少女、流行から二世代ほど昔の服を着たギャル風の少女は、片眉を上げる。
いつもアトリエに篭って芸術活動に勤しんでいるはずの彼女が朝早く起きてきて、こうして食堂に顔を見せるのは本当に珍しいことだった。
元からそういう空気を纏っているが、今日のノアはいつにも増してふわふわしている感じだ。
少し考えて、そして間もなく、その理由に思い当たるところがあった。
「あーね、分かった・・・ヒロちーが来るからか」
「うん、そう!」
ノアは素直に頷いてみせる。
言い当てたギャル子はなるほど、と納得して、一人の少女を思い浮かべる。
二階堂ヒロ。
ノアと同期にして少女達を解放した立役者の一人である彼女は、既に島を去って一般人となったはずだが、どういう訳か今日、またこの島に戻ってくるらしいのだ。
曰く一時的な用事とのことらしいが、新しい刺激の少ないこの島において、そうした出来事は否応なく注目される。
そして傍から見れば、そのこととノアの様子はすぐに結びついたのだった。
「ノアちー、めちゃ仲良そうだったもんなー」
「えへへ・・・そうかな?そうだよね~?」
どうやら言われて嬉しい事だったらしい。
語尾を上げてそんなことを宣いニコニコと微笑むノアは、見ているギャル子まで嬉しくさせられてしまうような、とても上機嫌な様子だった。
と、そこへ。
第三者の思わぬ声が飛んできた。
「ちょっとアナタ、ヒロちーじゃなくて、二階堂さんでしょ!」
「へぁ?」
そう叫んだのはテーブルの反対側で食事をとっていた、文学系っぽい少女。
一見大人しそうな印象からは考えられない声量で、捲し立てるように彼女は言った。
「いいえ足りない、ヒロ様・・・いいえいいえ、二階堂様でも良いと思うわ!!」
「サ、サマ・・・?」
「え~、ヒロちゃんはヒロちゃんだよ~?」
という、ノアの苦笑交じりのささやかな意見も全く聞こえない様子で。
きょとんとするギャル子をよそに、両手を祈りのポーズにして天井を仰ぎ、ぶんぶんと身体全体を振る彼女の様子はいっそ狂乱の域に達していた。
二階堂ヒロがまだ島に滞在していたときのことである。
蘇生した少女達をどうすべきかは火急で、極めて繊細な問題だったという。
今なお島に残るマーゴに相談が寄せられるのは、【最後の十三人】である彼女達がその当時少女達を介抱し、どうにか落ち着くまで献身してくれたからである。
その最初の頃は、みんな今よりもずっと大きな混乱の渦中にあった。
自分達が生きていた頃から大きく時を隔ててしまい、たとえ島を出ようともこれまでの生活には戻れず、親や友達に会うことはもはや叶わないという事実に、囚われていた時とはまた別種の絶望に打ちひしがれる者は少なくなかった。
あのまま死んでしまっていたら良かったのに、と嘆く者も、決して少なくはなかった。
そしてそんな彼女達に対して、最も世話を焼いてくれたのが二階堂ヒロだった。
中でも衝動的に自殺を図った少女を力ずくで止め、その説得を居合わせた大勢が聞くことになった騒動は記憶に新しい。
生きることの正しさを正しく説かんとする彼女の姿は、一本芯が通っていて、高潔だった。
その言葉に胸を打たれた者はある程度考えを改めたし、一方で当然一定数いた「何が分かるものか」と反発する者達でもまたヒロの意志を挫くには至らず、彼女はそのいずれにも真摯に向き合っていた。
それは少女達は知る由も無いが、ヒロが収監されたての頃にも見せた、厳格な風紀委員のような姿。
さらにその尖り過ぎていた部分も、あるいは誰かとの絆がそうさせたのか、いつしか丸みを帯びていて。
時に厳しくありながら面倒見もよく、柔和で優しい物腰となっていたヒロのそうした立ち振る舞いは、こうした状況にばっちり嵌まったのである。
そしてそのおかげか、そのせいなのか。
蘇生組の中でもとりわけ大人しい性格の子達を中心に、二階堂ヒロは親しまれるをやや行き過ぎて、若干カルト的な人気を得てしまっていたのだった。
そして、そのカルトの一人がこの子である。
「あの方が帰って来られるなんて、ああっ本当に嬉しい!あなたもそう思うわよね?!」
「お、おう・・・」
「ノア様もご機嫌麗しく何よりで、私も天にも昇る気持ちです!!」
「う、うん、ありがと~」
ギャル子は凄いテンションの少女にドン引きしながらも、おそるおそる気になったことを訊いてみた。
「ノアちーにも
「それはもちろん!!」
「・・・ノアちーの前で言うことじゃねーかもだけど、ヒロちー派閥はてっきり嫉妬とかしてんのかなって思ってたわ」
ノアとヒロの仲はわずかな間にも周知の事実となっており、ヒロ信者と化した少女達はノアも特別扱いしていた。
そうでなくてもノアは可愛がられているのだが、それゆえにというか、ヒロ推しの面々は思う所あるのではないかとギャル子は勘ぐるところがあったのだ。
「ええまあ、ヒロ様の寵愛を受けているのは実のところ羨ましいですけれど、そんなノア様を可愛がるヒロ様が尊いのでそれはそれで良きです!!」
ははあ、とそのド正直な想いの吐露に感嘆するほかない。
ヒロが居なくなって熱意の行き場を失った彼女達は、あるいは代わりに自分達もノアを溺愛することで、ある種のヒロへの恩返しのように考えているのかもしれない。
健全なんだか不健全なんだかギャル子には分からないが、一応納得してノアの方を見やれば、案の定というか、困り顔で笑っていた。
「のあもノアでいいよぉ・・・」
「それはともかく、本当に今日は良い日ですね!ノア様とヒロ様との再会を祝福致します!」
「まだヒロちゃんが来るのはお昼の予定だけどね~・・・でも、えへへ、ありがと」
「ああっ待ち切れない!!」
「温度差ヤバない?」
ノアの可愛らしい上機嫌に分けて貰えていた心の仄温かさは、暴風みたいな熱狂に吹き飛ばされてしまっていた。
本人が本当に帰ってくる昼頃にはどうなってしまうんだか、と呆れ果てる。
まあ、好きの火加減は人それぞれ。
彼女の強火は心配だが、先の話を聞く限りはノアの再会の邪魔もしないだろう。
それなら、それで。
みんな幸せそうならいいや、とギャル子は思ったのだった。