毒使い   作:キタノユ

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ep.30.3 三葉医院の、ある日

「入院中の飲酒はご法度だって、何度も言いましたよね」

「はい、スミマセン」

「血管が膨らんで、ケガの治りが遅くなりますよ!?」

「分かってるんですが、つい」

「つい、じゃありません!」

 

 三葉医院の風物詩「三葉センセイのお説教」が今日も院内の空気を震わせる。

 

 法軍御用達の医院には、一癖も二癖もある患者ばかり。三葉医師いわく「これくらいピシャッと行かないと言う事なんて聞きゃしない」。

 

 そこへ、

 

「先生、包帯の替えを用意しました」

 今日は医療士として医院に出勤している青が、薬や包帯を届けに四人部屋へやって来た。

 

「悪いね、大月君。塚原准士がこっそりお酒なんて呑むから、傷が開いちゃってね」

「傷が開いたのは酒のせいじゃないっすよ先生」

「開き直るんじゃないの」

 

 青と四人部屋の他の入院患者たちが、医師と不良患者のやりとりを、苦笑で見守っている。

 

「でも長く任務で好きなお酒を断っていたのですから、もう我慢できないですよね」

 

 患者の脚の包帯を、青が丁寧な手つきで取り替えていく。

 

「やっぱり大月先生は優しいなぁ」

「大月君、甘やかさなくてもいいの」

 

 こうして三葉医院に入院した患者の間では、姐御肌の三葉先生派と、優しい大月先生派とで好みが二分するとか、しないとか。

 

 そんな風物詩の真っ最中、三葉医師が回診中の四人部屋へ、受付係の医療士が新たに顔を覗かせた。三葉医師の耳元へ何やら耳打ちをすると、

 

「!」

 三葉医師の表情に刹那の緊張が横切る。

 

「大月君、取替が終わったら、ちょっと」

「はい」

 青は状況を察して、極力表情を変えない。

 

 十中八九、救護要請だ。

 

 任務から帰還した隊に怪我人がいる場合、都の各医院へ救護要請の式鳥が飛ぶ。

 帰還場所である大門前で出迎える場合や、都外へ出張が必要な場合など、状況に応じて対応は様々だ。

 

 三葉と青が応急道具一式を持って大門へ急ぎ向かうと、すでに帰還した一隊と、他の医院から派遣された医療士たちが、帰還兵たちの応急処置にあたっていた。

 

 大門前に敷かれた遮水布、その上に寝かされて手当を受ける士官がいる。肩当てや胸当ては外されて、黒の上衣の前が裂かれていた。そこから覗くのは、赤黒い痣を通り越して、黒く変色した肌。

 

「あ……三葉医院の……」

 他医院の医療士が、三葉の姿に気づいて顔を上げる。若手の女性医療士は、今にも泣き出しそうに瞳を赤くしていた。

 

「容態は」

「妖瘴がかなり強力で……わ、私では、払いきれません。同行していた薬術師も…解呪を試みたそうですが、悪化を防ぐのがやっとであったと……」

瘴種(しょうしゅ)になっているのかもしれません」

 しゃがむ三葉の隣から、青が患部を覗き込む。

 

 瘴種とは――通常の妖瘴は患部にとりつき表層的に拡がっていくものだが、強い妖瘴は時に生命の体内に潜り込んで留まり腫瘍化する事がある。そうなれば、初歩的な解呪では取り除くことができず、かといって外科手術で取り除けるものでもないのだ。

 

「できそう?」

「任せて下さい」

 青は、持参した道具入れを手繰り寄せた。

 

 大門を行き交う人々は、即席の野戦病院と化している一画を一瞥しては、通り過ぎていく。都の東西南北四箇所の大門広場はこのような状況を想定して設計されていて、通行者や物流を阻害する事はない。

 

 バチッ

 

 帯電した雷が弾けたような音と共に、刹那、閃光が白黒に瞬いた。

 

「!?」

「何だ?」

 

 行き交う人々が足を止め、音と光がした方へ顔を向ける。寝かされている体が痙攣して大きく一度跳ねて、医療士が衝撃に弾かれたように顔を仰け反らせた瞬間が映った。

 

「あれ、タイと大月君か……?」

 都外から帰還する人の流れの中で、長身の人影が足を止めた。

 

「どうした、峡谷。ああ、帰還隊か。知り合いでもいたか」

 同行者の上士も立ち止まる。

「ええ、友人が」

「そうか。報告は俺がしとくな。お疲れさん」

 

 立ち去っていく同行者に「ありがとうございます」と短く声をかけ、キョウは人の流れから抜けて歩道脇に逸れた。音と光に驚いたものの、往来は再び流れ始めている。

 

「どう? どう?」

 

 側で三葉や他院の医療士が見守る中、患者の体の上で組んだ両手を掲げている青が顔を上げる。

 

「とれました」

 組んだ両手を静かに開くと、手の平に黒い煤の塊が山になっていた。「ふっ」と息を吹きかけると、煤は溶けるように消失していく。

 

「やった! さすが!」

「ぐえっ」

「あああ、良かったです、ありがとうございますぅう!」

 

 三葉が青の首に抱きつき、女性医療士はボロボロと泣き出す。患者の体は肌色を取り戻しており、呼吸も落ち着いていた。山を越えたと判断するやいなや、三葉医師が動く。

 

「この方、うちの医院に搬送するわね」

「承知しました!」

 手際よく青や周囲の医療士に指示を出しながら、自らも動き回る。

 

 キョウが見つめるわずかな時間のうちに、重傷者は運び出され、軽傷者もその場で処置がされていった。

 

「さーすが」

 こういう光景は、何度見ても胸がすく。

 

 任務の疲労を忘れて、キョウは満足げな笑みを形の良い口許にたたえて歩き出した。

 

 

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