毒使い   作:キタノユ

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ep.35 翡翠の扉(5)

 翌早朝。

 

 村長には早朝に立つので見送り等は一切不要と伝えていたが、旅支度を終えて村の出口へ来てみれば、ほぼ村人総出で盛大な見送りが待っていた。

 

「え」

「にーちゃんたち、妖退治がんばってね!」

「また来てよな!」

 

 固まる三人を、主に子どもたちが取り囲み、その外周から親たちが「邪魔しちゃダメでしょ」と慌てて引きはがす。

 

「おにーちゃん、ありがとう、またきてね」

 (りん)が青に駆け寄ってくる。今日は頬かむりをしておらず、頭部に犬か狼に似た獣の耳が露わになっていた。

 

 昨晩、檜前から聞いた話によると、西方において、身体の一部に獣の部位が残っている状態の人間は、成人前であれば「少し成長が遅い獣血人」か、成人していれば「半獣人」と類されるのだそうだ。

 

 鈴は、手にした小さな容器を青へ差し出した。

 中に、薄紅色の軟膏(なんこう)が詰められている。

 

「これは?」

「おくすりだよ、鈴が作ったの」

「薬草の森でとれた植物で作った、傷薬です」

 

 後ろからシズネが、遠慮がちに補足した。

 コウが事情を説明したのか、獏討伐の帰還以降、シズネの警戒は氷塊している。

 

「家庭薬なので、専門家の方にお渡しするのはおこがましいのですが……ドクダミで作った傷薬に、色と香りづけで野苺の一種の実をすりつぶして混ぜたものです」

 

「本当だ、色もきれいだし、良い匂いがする」

 シズネの説明に頷いてから、青は鈴に視線を合わせた。

 ドクダミの臭いにはクセがある。こうして色と香りを加えて、使いやすくなるよう工夫がなされているのだ。

 

「ありがとう、大事に使うね」

「!」

 

 鈴はぱっと笑顔を咲かせ、最後に手を振って両親の元へ駆けて行った。

 

「おにいちゃんに、お薬渡せたよ」

 脚に抱きつく鈴の報告に優しく頷くシズネと、頭を撫でるコウ。

 

「……」

 幸せそうな家族を見つめる青の胸裏に、藍鬼が浮かぶ。

 

 彼も実はどこかで、こうして幸せに暮らしている可能性は無いのだろうかと。

 

「二師」

 呼ばれて青は振り返る。

 

 村長らと挨拶を終えたキョウが手を振り、その隣で檜前も待っていた。

 

「はい、ただいま」

 鞄を手に立ち上がり、青は仲間の元へ歩を進めた。

 

 

 翡翠各地に散った凪隊の活躍は、またたく間に首府に届き広まっていた。

 

 各班がそれぞれの分担任務をこなし、再び首府へ全員が生還し集合。

 猪牙隊長とキョウが代表し長へ任務完了報告を行った時にはすでに、長は心を固めていたという。

 

「皆さんのご活躍は、毎日のように耳に届いておりましたよ」

 

 大仕事から帰ってきた孫たちを労うように、翡翠の長は目尻に皺を作って笑顔で二人を出迎えた。

 

「民たちを助けてくだり、ありがとう。今晩は、宿におごちそうを運ばせるわね、お風呂も用意させますから、ゆっくり休んでいってくださいね」

 

 活躍に対する賛辞と感謝を述べられ、

 

「皆さんとはこれからも協力関係を結べたら、嬉しいわ。転送陣を我が国へ敷く事を許しましょう」

 

 凪一同が最も欲していた言葉が、翡翠の長から発せられた。

 

「お許しをもらったぞーーー!!」

 宿の広間に駆け込むなり轟いた猪牙の絶叫。

 

「おおおおおお!」

「やったーー!」

 

 報告を待っていた隊員たちが立ち上がって、飛び上がる者、拳を握る者、静かに頷く者、みな其々の表現方法で喜びを表す。

 

 許可を得たとは言え、転送陣を他国と繋ぐ工程は一朝一夕ではない。

 

 陣守村候補地から場所を決定したのち、転送術者や建築技師を護衛団を組んで派遣する。駐屯地として整え開村後にようやく陣が敷かれるのだ。

 

 陣が敷かれて終わりではなく、陣守村の運営を安定させるのも重要な課題だ。

 妖や賊からの自衛、元チョウトクのコウからの忠告にもある通り反対派への対応など。

 安全な運用を実現する成功例ができなければ、二国目にも繋がらないのだ。

 

 先行きは長いが、凪の西方進出計画にとってこれが、とてつもなく大きな一歩である事は間違いない。

 後世の歴史資料に記される事項となるほどの偉業と言えた。

 

「お取り込みちぅ、しちぅ礼いたします」

 

 任務成功の歓喜の熱が冷めやらぬ広間に、間延びした声が訪れる。

 隊員たちの視線が一斉に、訪問者に向けられた。

 

 広間の入り口に、長い耳の影が遠慮がちに佇んでいる。

 

「!!」

「あ、あれは……!」

「もふもふ様……」

 

 翡翠の高官である、兎族の獣人だ。

 

「さきほどはどうも。どうされた?」

 入り口付近にいた猪牙が応じる。

 

 この兎族の獣人は、長への任務報告の場にも立ち会っていた高官の一人なのだ。

 

「シユウさんという方は、いらっしゃいますか?」

「え」

 

 壁際で気配を消していた青が声を漏らすと、周囲の視線が一斉に振り返る。

 丸い黒目が青の姿を見とめると、ペタペタと足音を立てながら兎の高官は真っ直ぐに青へ向かってきた。

 

「我が国の郷土史資料をご覧になりたいとうかがっております。さしちぅかえなければ今からご案内しますが、どうなさいますか?」

「あ……ぜひ!お願いします」

 

 キョウが約束を叶えてくれたのだ。

 

「……分かりました。では一緒に参りましょう」

 前のめりな青の反応に若干面食らって黒目を瞬かせながら、兎の高官は頷くかわりに折れ曲がった両耳をぱたりと振った。

 

 

 案内された先は長の屋敷の一画、応接用の長机と椅子が並ぶだけの簡素な部屋だった。

 廊下に繋がる扉と向かい合う壁には翡翠色の織物が飾られており、左右の壁には何も掛けられていないが、石材の所々に埋まる翡翠石が淡く輝いている。

 

「あいにく我が国には公の資料展示しせちぅ(施設)が無く」

 

 口の構造上「つ」や「ちゅ」の発音が不得手な様子の高官に着席を促された広机の上に、古い冊子や書籍、巻物などが広げられていた。

 

「私判断の選定で恐縮ですが、いくちぅか用意させていただきました」

「わざわざ集めて頂いて……ありがとうございます」

 

 着席するなり青は、古地図と思わしき図面を丁寧な仕草で机に広げた。

 

「あの……」

 ひどく遠慮がちに、兎の高官は青の横顔を覗き込む。 

「どうしてそのように、我が国の歴史にご興味が?」

「そう、ですね……」

 

 小動物の潤んだ黒い瞳に見つめられて、青は湧き上がる「モフモフしたい」欲を抑え込んで答えた。

 

「まず最初の理由としては、恥ずかしながら私は自国周辺の事しか知らずにいたものですから……外つ世界を知るためでした」

 

 青の呼吸に合わせるように、高官の高帽からはみ出した兎の耳が、左右交互に揺れている。

 

「しかし翡翠ノ國のあちこちを巡るうちに、為政者も含め穏やかな国民性、人々が幸せな暮らしを送っている様子を目にする事が多くて、このような国がどう成り立ったのかにも興味が湧きました」

 

 青の答えは高官にとって喜ばしいものであったようで、両耳の動きが大きくなっていた。

 

「お上手ですね。でも素直に嬉しいです」

 丸い瞳が、瓜の形に細められる。

 

「凪の皆さまは、獣人を目にするのが初めての方が多いようですね。私のことが気になられているようで」

「それは……大変失礼しました」

 

 慌てて立ち上がり、青は頭を下げた。

 悪気はなくとも自分も含め、皆で好奇の視線を向けていた無礼には変わらない。

 

「そ、そんなちぅもりで言ったのではないのです。東方の国々では獣けちぅ人(獣血人)は稀で、ましてや獣人は皆無に近いと聞いていますので」

 

 頭を下げられて兎の高官は慌てて両手を顔の前で振った。

 いわゆる普通の野兎の前足と少し異なり、指球が縦に長く、人間の指に近い形で各指が少し長い形状をしている。

 

「……」

 などと、青はまた無意識に観察してしまった自分に気が付いた。

 額当ての影で目線が隠れていて良かったと思いながら、目を逸らす。

 

「皆さまが仰るところの「西方」の国々には、西へ行けば行くほどに、獣の血が濃くなる傾向にあります」

 

 高官の手が古地図の翡翠ノ国を指し示し、そこから西へと滑らせた。

 

「最西の……特に獅子國近辺となりますと「半端もの」と呼ばれる存在は「忌み」とされ、下層民に据えられたり、差別や迫害の対象となる事もあるのです」

「半端もの?」

 

 高官の説明によると。

 

 西方において、神獣人、半神獣人、獣人、獣血人、半獣人、人は生まれ持つ血の種類と濃淡による分類であるという。

 

 一生涯を変容する事なく獣の姿を保つ者は「獣人」。その逆は「人」。

 

 獣血人は受け継いだ獣の血の濃さにより生まれる姿はそれぞれ異なるが、成人するまでに完全に人間の姿へ変容し、意識的に自らの姿を獣化させる事ができる能力を持つ。

 その逆も存在し、これは単純に「どちらの姿でいる事が楽であるか」によるらしい。

 

 そして中には身体に人間と獣の部位が混在したまま残る場合もあり、どちらにも変容できない、そうした人々は「半神獣人」「半獣人」等と呼ばれるという。

 

「獣の部位が残る……」

 青の脳裏に、かつて保護した子狐たちや、鈴の姿がよみがえる。

 

 成長するにつれ人の姿になる事を覚えると聞いたが、もし鈴の耳がそのまま残ってしまうと「半獣人」に類される事になる。

 

「だからあの子は頬かむりを……」

「迫害を恐れて隠す者もいるかと思います」

 

 青のつぶやきから察して、高官は応えた。

 

「『半端もの』は何も血だけの話ではないのです。例えば同じ獣人でも私のように小さくて力無き種、力無きものも同様。そして双子ですら片方は『まがいもの』や『瘤』すなわち『半端もの(よわきもの)』とする思想もあり、酷いところでは枝打ちされる運命にあるといいます」

「……」

 

 枝打ち。

 すなわち殺される、という事だ。

 

「我が国、翡翠は、西から逃れた人々が流れ着く場所でもあるのです。神獣や神獣人が弱き民を救う……といった伝承が多い理由も、そこにあるのやもしれません」

「なるほど……そういう……」

 

 弱き人々が集い、築かれた小さき国。

 人々の間に流れる穏やかで優しい空気は、その歴史故なのであろうか。

 

 しばし両者の間に静寂が通り抜ける。

 両耳をそよがせていた高官は「あら」と黒目を再び丸くする。

 

「私ったらおしゃべりが過ぎまして、すっかりと長居を。どうぞごゆっくりなさってください」

 

 会釈を残し、青が礼を述べる隙もなく、ペタペタと足音をたてて部屋を出て行った。

 

「もっとお話を聞いていたかったな」

 

 青は、遠ざかる丸い尻尾を名残惜しそうに見送るのであった。

 




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