毒使い   作:キタノユ

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ep. 41 一蓮(3)

「我はハク。白狼邦で官吏の末席を担っている」

 女はそう名乗った。

 言葉遣いが堅いのは、職業柄であろうか。

 

「力を貸して欲しい事、とは?」

「要塞から、子どもらを救い出したいのだ」

 青の問いに、ハクは身を乗り出した。

 

「子ども……」

 こめかみに差した痛みに、青は目端を細める。

 

 要塞内の調査を前に、危惧していた事が明らかになってしまった。

「あの中にやはり子どもがいるのか……」

 

 生き残りは始末する。

 長は、そう口にしていた。

 

「白狼の子が、蒼狼に拐かされたのですか?」

「……」

 

 ハクは数拍ほど言葉に迷ってから、再び口を開いた。

 

「あの要塞の一画に、幼い子ども達が集められている場所がある。身寄りの無い子をはじめ、拐かしや、孤児院が襲撃されたり、中には困窮する親から二束三文で買っているという例もある。蒼狼領の子に限らず、白狼でも相次いでいるのだ」

「他国の子を攫ってまで国がそんな事を……!?」

 

 青の語尾が思わず裏返る。

 白兎周辺の生贄の取引といい、西へ進めば進むほどに、長らく凪之国で育った青にとって理解しがたい慣習に出くわす事が増えてきた。

 

「何のために」

「要塞から逃げ出してきた子の話によれば、訓練を受けさせられているのだそうだ」

「訓練……」

 

 獣鬼隊が青の脳裏を過ったが、鏡花によればかの組織は私的機関であり、いずれの国および公的機関に属するものではない、という話だったはずだ。

 

「だとすれば、将来的に蒼狼の戦力とするため……?」

 横目で要塞の灯りを見やり、青は独言を呟く。

 

「それが……」

 急に弱々しくなるハクの声に振り向くと、俯いた顔が、夜闇の中で更に曇った様子が見えた。

 

「……どうし……」

 顔色を伺おうと、青が一歩近づき少し背を屈めた時だった。

 

「おい」

 森の暗がりから、低い声。

 

 声の方を振り向くと、要塞と逆側の森の奥から、少しずつ人間の輪郭が現れた。

 

 縦に長い影が近づくにつれ、黒髪、黒装束の長身の男の姿が顕になる。腰の両脇に、刃が変則的な形状の、双剣の対と見られる大ぶりな片手刀が差してあり、

 

「ハクから離れろ」

 

 男の両手の指が、左右それぞれの柄に触れていた。

 

「クロガネ」

 顔を上げたハクが、男の名を呼ぶ。

 

 あ、この状況は、良くない。

 

 青の本能が警告音を発した。

 かつて凪の森で、姪っ子の危機と誤解した天陽に襲いかかられた記憶が瞬時に蘇る。

 

「地神……鉄槌」

 唱えと共に、武器の柄を掴んだ男の両拳が、武器ごと硬質な石に覆われた。

 

「クロガネ、待て……!」

 ハクが止める声。

 半歩、青が身を引いた瞬間、すぐ足元の土が穿たれた。

 

「く、っ!」

 飛び散る土を払い除け飛び退く。

 重たい風薙ぎ音が腕を掠めた。

 まともに喰らえば骨ごと潰されてしまいそうだ。

 

 男の鉄槌が青の頭上を掠め、樹木の幹を粉砕する。夜目がさほど利いていない所を見ると、神獣人や獣血人ではなさそうだ。

 

「クロガネ止めろ! その御仁は――」

 ハクの声が届いていないのか、男は尚も青の気配を的確に探り攻撃を続ける。

 重たい攻撃が連続したかと思えば足払いをかけてくる。体格や武器のゴツさの割に動きが俊敏だ。

 

「ふっ……」

 僅かな月光を頼りに青は針を投擲。

 一本目、二本目を右へ避けた男の右肩に、三本目が突き刺さる。

 

「ぐ、ぅ!」

 急激な右腕の痺れに男が怯んだ直後、

 

『ガウウゥッ!』

 憤怒した獣の声が上がった。

 

「ぐへっ」

 真上から飛びかかった白狼が、男の背中に乗り上げる。男はそのまま青の眼の前の地面に張り倒された。

 

「うわわっ、ぎょ、玉」

 巻き込まれかけて後ろに飛び退き、青は指先に火を灯す。

 

 そこには地面にうつ伏せに倒された男の背中に、人間の姿に戻って馬乗りになったハクの姿。

 

「人の話を聞けと、常に言っているであろう」

「……は、はい……」

 

 さきほどまでの猪突ぶりが嘘のように、男は大人しくなっていた。

 

 

 要塞街の警備が駆けつける恐れもあり、三人は森の東側へと移動する。

 

 地面の土質が砂混じりに変わり、木々がひしめき合っていた森の様相が疎らになりはじめる堺、微かな月明りの下で三人は改めて顔を見合わせた。

 

 男の名は「クロガネ」。字は「黒鉄」と書く。名と字の如く、ハクと対を成すような黒髪と浅黒い肌の色が特徴だ。

 ちなみにハクの字は、狛と書くという。

 

「まずは、我々の非礼を詫びる」

「申し訳ないっっ!」

 

 場が改まるや否や、狛は頭を下げ、黒鉄は砂地に膝と手をついた。

 

「分別を失っていた。俺、ハクやガキたちの事になるとつい……」

 黒鉄は広い肩を縮こませて、背中を丸めていた。

 

「それより、子どもたちがどうしたのですか」

 どこかで見た事のある詫びの仕方だと思いつつ、青は「良いですから」と二人を宥める。

 

「最近、要塞から逃げ出してきたガキを保護したんだ」

 土下座体勢から立ち上がった黒鉄は、説明を続けた。

 黒装束の膝には白い砂が付着したまま。

 

「そいつらの話じゃあ、要塞のガキたちの「用途」はただの使い捨てだ。火薬を腹に抱えて敵を道連れにしろだ、物乞いを装った暗殺だ、悪趣味な年寄りどもの夜伽をさせての暗殺や密偵だの」

 

「……」

 青は絶句する。

 

 想像以上の非道さに加え、即戦力としての活用が想定されている事が判明した。

 想定よりも蒼狼は何かに急(せ)いているのかもしれない。

 

「我らはあの要塞が建てられ始めた頃から観察を続けてきた」

 再び、狛が言葉を継ぐ。半歩、青へ身を乗り出した。

 

「保護した子らの証言も含めた要塞の内部構造情報や、見取り図の用意もある。貴殿が何の目的で要塞の調査を行っているのかは分からないが…それらを提供する代わりに、力を貸してもらえないだろうか」

「……」

 青は即答を避ける。

 

「「シユウ」殿。白兎の鏡花殿を、覚えておいでだろう」

「!」

 

 駆け引きを思案しかけた青の思考を蹴散らすように、狛が先手を打った。

 

「貴殿らが白兎で数多くの邪神獣を、中には上位級のものまで屠ったと聞いている。その実力を見込んでと言ってはおこがましいかもしれないが」

「……それをご存知であるという事は……」

 

 青の視線が狛と黒鉄を交互に向く。

 黒鉄の目配せに、狛が頷き返した。許可を得たとばかりに、長身の黒い瞳が青に向き直る。

 

「俺は鏡花と同じく、獣鬼隊の指導役をしている。白狼周辺が俺の管轄だ。誤解しないでくれ。俺達はガキたちを使い捨てにはしない。よく食って、寝て、遊んで、鍛えて、学ぶ! それが獣鬼隊の教育方針だ」

 

――有体に言えば、身寄りの無い子を「隠し」て戦力として、育成している

 

 鏡花はそう、自嘲を込めて答えていたが、白兎のトウキたちを見れば、如何に伸び伸びと育てられているかが伝わった。

 

 彼らであれば、子どもたちの保護を、安心して任せられるだろう。

 

 要塞落としの任務は遂行されるべきもの。

 そんな中で獣鬼隊との遭遇は、青にとって好都合だった。

 

「……子どもたちの救出、協力しましょう」

「!」

 狛と黒鉄が表情を輝かせて、顔を見合わせる。

 

 ただし、と青は覆面の口元に指を添えて、目を伏せた。

 

「一つ、条件があります」

「条件?」

 

 黒鉄が訝しげに声を顰める。

 答えによっては拳で打って出る、という空気を醸し出していた。

 

「蒼狼の子も分け隔てなく、保護して欲しい」

「もちろんだ!」

「約束する!」

 

 青の語尾に食い気味に、黒鉄と狛の声が力強く重なる。

 

「……良かった」

 顔を上げた青は、覆面の下で安堵の笑みを零した。

 

 

 翌朝。

 

 青は狛の案内で、狼の背骨の白狼領側の関へ足を踏み入れた。

 

 青々とした茂りの中にある蒼狼領側と異なり、白狼領は白い岩と砂の照り返しを受けた陽光で、空気が白く霞むほどだ。

 

 白いのは、景色だけではなかった。

 

「うわぁ……」

 両側に白い谷が聳える峡谷の入口に立った青は、荘厳な景色よりも先に、白狼の民たちに目を奪われる。

 

「キョウさんみたいな人ばっかりだ……」

 

 右を見ても、左を見ても色素が薄い肌と髪、そして地底湖と同じ碧色の瞳を持つ者ばかり。北回りの経路と異なり旅の異邦人が少ないためか、全身黒づくめの青は非常に目立った。

 

「誰のことだ?」

 前を歩く狛が振り返る。

 

「貴方にとても似ている友人がいます。名前にも、貴方と同じ犬辺の「豺(やまいぬ)」が含まれていて」

「この辺りの人間か?」

「いや……生まれも育ちも東です」

「東にも我らのような者がいるのだな。やまいぬ…サイか」

 

 狛は腰に吊るした鞘を手に、砂に「犲」の文字を書いた。

 

「遥か昔の伝承だ。谷に棲まう神獣・白狼が、戦いに敗れた流浪の民を谷に導き、国を築いたとされている。白狼邦の初代王狼の二つ名が、(サイ)であった」

「民を率いた、谷の王……」

 

 青は改めて眼前に広がる峡谷を見渡した。

 切り立った崖が奥へ進むにつれ曲線を描いて穹窿となり、巨大な隧道へと地形が変化していく。

 所々で天を覗く穴や亀裂の隙間から差す無数の光芒が、地底湖や河を宝石のような碧色に照らしていた。

 

 見据えられると魂を呑み込まれそうになる、キョウの瞳を彷彿とさせる色だ。

 

「犲は獰猛で狡猾な山犬を意味する蔑称でもあるが、裏を返せばそれほどに敵に恐れられていたという事でもある。故に王は犲の名を気に入って、敢えて名乗り続けたという逸話もある」

 

 狛の語り口から、初代王狼が今も白狼の民に慕われているであろう事は伝わる。

 

「友人は神獣の血胤ではないけれど、遠いところで繋がっているかもしれないと感じます」

「ああ、そうであってもおかしくはない」

 

 砂地に書いた文字を鞘で撫でて消し、狛は再び前を向いて歩き出した。

 

「初代王狼、犲は放浪癖があり、たいそうな美丈夫でもあったそうだ。あちこちに胤(たね)をばらまいていたであろうな」

 

「ふはっ」

 堅物な物言いの狛から出た軽口に、青は思わず吹き出した。

 

狛姫(こまひめ)様!」

 谷の入口を塞ぐ関門に近づくと、数人の若者が狛へと駆け寄った。

 

 いずれも揃いの武装衣と思われる、肩当や腕章付の装束を身に着けており、長槍を片手に握っている。

 

「お客人ですか」

 と、狛の数歩後ろを歩く青へ、不審げな視線を送って来た。

 

「ああ。手出しは無用だ」

「承知しました」

 

 そろって頭を下げる面々の前を通り抜ける狛の後を、青は少々の居心地の悪さを覚えながら追う。

 

「こま、ひめ様?」

「我の二つ名だ。忘れてくれていい」

 

 狛は僅かに足を速めて、関に設けられた監視小屋の一つに踏み入った。何故だか少し不貞腐れたような声音だ。

 

「胤をばらまく癖は初代に限らずでな。現王、(ショウ)には十五人の妻がいて、我の母は十二人目、更に我は母の七番目の末子なのだ。姫と称されても白々しいものだ」

「お、王族の姫君だったのですか……!」

「その「姫」と呼ばれるのは嫌いだ。現王には三十人以上も子がいるのだ」

「さんじゅう……」

 

 何に驚いていいものやら分からず、青はただただ覆面の中で口を開けていた。

 

「我のような低位の後妻の末子など、居ないも同然。故に数月(すうつき)と外していても何ら咎めも受けない。気楽な身分だ」

 

 なるほど、自由に行動できる立ち位置だからこそ、黒鉄ら獣鬼隊との接点を持つことや、翡翠の方面まで足を伸ばす事も可能であったという事だろう。

 

 小屋の室内に設けられた棚から、狛は自らの腕の長さほどの巻物を取り出し、机に広げた。

 

「これが、要塞内部の見取り図だ」

「すごい」

 一目見て、青は感嘆する。

 

 鉄壁の向こうに広がる景色が目に浮かぶほどに、地図として緻密。枠外に第二十六版と記載されている事から、要塞の変化と共に更新されているようだ。

 

「獣鬼隊の鼠族や鳥族の子らに潜入させたり、ここから逃げ出した子らの証言を元に作られたものだ」

「素晴らしい仕事です」

 

 穴が開くほどに青は紙面に目を通す。

 記憶術で網膜に、脳裏に、絵図としてそのまま焼き付けるのだ。

 

「貴殿が用いていた「式術」を会得できれば、偵察の危険を侵させずに済むのだろうか」

「私は初歩的な事しかできませんが、式術の達人ともなれば容易い事です」

 

 青は紙面上に指を這わせる。空間の形状や通路の形状、距離感等を感覚的に掴みながら記憶するためだ。

 

「そうか。東の術式はとても実用性が高いのだな」

「貴方は……東の術をどのように身に着けたのですか」

 

 話の流れを見計らった青の問いに、狛は「黒鉄が教えてくれた」と、さほど慌てた様子もなく答えた。

 

「では、黒鉄さんはどのように?」

「……どうなのであろうな。尋ねてみた事はあるが、奴は出自を秘して語ってくれぬ。我が王狼の娘である以上、多くを語れない事は致し方がない」

 

 狛の声に、心寂しい色が灯る。

 

「……」

 黒鉄が狛に惚れている事は明白だが、その逆もまんざらではなさそうだ。

 

 会話が途切れた静寂の狭間に、

「狛姫様」

 武装衣の若者が一人、室内へ顔を覗かせた。

 

「そろそろか、今参る。すまないシユウ殿、少々外す。棚にあるのは周辺地域に関する資料故、好きに見てもらって構わない」

 

 言い残し、狛は慌ただしく外へと出て行った。

 

「え、やった」

 

 残された青が、らんらんと輝いた目で資料棚を見渡したのは言うまでもない。

 

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