毒使い   作:キタノユ

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ep. 41 一蓮(7)

 翌日の夕刻。

 青、狛、黒鉄の三人は、要塞の南側の森にいた。

 

「静かすぎるな」

 平原の向こうに聳える鉄壁を見やり、黒鉄は唾を飲む。まるで荒野に放り出されたかのように、気配が丸ごと消えている事に不気味さを覚えていた。

 

「お二人とも、事前にお渡しした予防薬は服用しましたか?」

 

 青の淡々とした質問に「お、おう」と頷き、証拠品にて、空になった薬瓶を懐から取り出す。

 狛からも「もちろんだ」と頷きが返る。

 

「昼過ぎ頃に式を飛ばして確認しましたが、感知できる範囲では生存者は見られませんでした。建物内の、特に深部の一部ではもしかして生存者がいるかもしれませんが、脅威にはならないでしょう」

 

「……」

 事務的にも聞こえる青の説明を聞きながら、黒鉄は手元の空瓶に刻印された獅子を見つめた。

 

 周辺および見取り図を広げ、子ども達が幽閉されている場所、運び出す経路、刻限の確認をする。

「他に何か……狛さん?」

「狛?」

 

 薄闇の中、狛の碧い瞳が丸く見開かれた。

 右に、左に、何かを探るように瞳が二往復する。

 

「……彼奴の遠吠えだ……」

「?」

 

 空を仰ぎ、青は耳を澄ます。

 だが聞こえるのは風の音のみで、獣の声は聞こえてこない。

 

 森の鳥たちの声も、止んでいた。

 

「俺達には聞こえない、狼たちの声だ」

 黒鉄が答える。

 犬笛のようなものか、と青は理解した。

 

「彼奴とは」

「シユウ殿は覚えておいでだろう。翡翠で相まみえた官吏の男だ」

「!」

 

 狼の背骨奪還を打診する書を携えてやってきた、蒼狼の高官だ。

 

 狛によると、かの高官は要塞築城の責任者の一人であり、完成後は要塞管理統括として数月に一度程度の頻度で視察に訪れたり、移動の経由地として立ち寄る事があるという。

 

 彼が東方の国との接触を図るために翡翠へ出向く事も、狛が要塞築城前から見張りを続ける中で、耳に入れる事ができたのだ。

 

「要塞の側近を呼んでいるが……あの中で死んでいるのであろうな。反応が無い事を訝しんでいる」

「って事は、奴はいま、単独行動か?」

 

 黒鉄が色めき立つ。

 

「……そのようだ。近づいてくる」

「っしゃ!! 千載一遇……迎え撃ってぶっ殺す!」

 

 気合とともに黒鉄は胸の前で拳をぶつけ合った。

 

「ガキ共の仇だ。ガキを拐って兵器にしようなんざ、奴の指示に決まってる」

「……」

 昂然とする黒鉄の一方で、青は翡翠で目にした高官の姿を記憶から掘り起こす。

 

 陣守村を去る間際に神獣の姿で、尾を振り落ち葉を巻き上げ、翡翠の幼子たちを喜ばせていた。

 

「シユウ殿」

「――っ! はい」

 狛の平静な声が、青の意識を呼び戻す。

 

「貴殿は姿を隠すのだ。我々が彼奴と対峙している間に、要塞へ」

「え」

「貴国が、蒼狼に敵国認定されてしまうぞ」

 

 青は高官に素性を知られている。

 凪が現時点で蒼狼からの申し出を保留にしている以上、もし要塞落としの場で姿を見られれば、高官は凪が蒼狼の申し出を反故にし敵対したと認識するであろう。高官に逃げられれば、それは凪に国家的不利益をもたらす事になる。

 

「気配は東側から近づいてくる。我らが南へ誘き寄せるから、貴殿は北側の要塞へ向かうのだ」

「……しかし」

 

 相手は一国の高官の座にある、神獣人。

 狛や黒鉄を侮る訳ではないが、青にとって高官の力が未知である以上、見捨てる事になるのではという罪悪感と、凪の法軍人としてとるべき選択肢との間で、心が激しく揺れている。

 

「見えてきたぜ」

「!」

 

 秋の宵空、登りかけた満月の光の中、豊かに実った稲穂のような尾が横切った。

 

「我らも後ほど合流する」

 狛は最後に青へ強く頷き、

「黒鉄」

 相棒の名を呼ぶと共に、自らも白狼へ姿を変えた。

「おうよ」

 東側へ走り出した白き影の後を、黒き影が追随する。

 

 一陣の風が吹き抜けた直後には、二人の姿は波打つ藪の向こうへと消えていた。

 

「……」

 深い呼吸を二回分ほどの逡巡の後、青は要塞に向かい走る。

 外壁と外郭を潜り、敷地内に侵入。

 そこから外郭に沿って月光が作り出す影に身を隠しながら、外郭壁の歩哨路に上がり、櫓の影に身を隠した。

 

 

 外郭の壁を越えようとした蒼い獣の横腹を目掛け、白い獣が襲い掛かる。

 グルッと短く吠えて蒼狼は中空で身体を翻らせてかわした。

 

『灰豺の娘か……貴様もしつこいものだ』

 外壁の上に立ち、蒼狼は距離を置いた向かいに着地した白狼を見据える。

 

『死の臭いに満ちておるな』

 ひくりと蒼狼の鼻先が動いた。

 要塞内の状況をすでに理解しているようだ。

『まんまと、してやられたか……誰の仕業だね。小娘一人にこれほどの事ができるものでもなかろう』

 

『グルルッ……』

 白狼――狛が低く唸る。

 

『どのような手を使ったか知らぬが、それにしても見事』

 ククッとあざ笑うような声を漏らし、蒼狼は口吻をしゃくった。

『どうだ。これをやってのけた者どもを引き渡せば、見逃してやろう。翡翠の時のようにな』

 

『グウ……ッ!』

 白狼が短く、鋭く吠えた。

 

「……」

 櫓の影から様子をうかがっていた青は、息を潜めて懸命に気配を消す。

 

『顕現した姿で言葉を発せないのは、相変わらずなのだな。灰豺どもが半端ものたる所以とはまさにこのことよ』

 

 また、ククッと蒼狼は喉を鳴らした。

 

 どうやら神獣にも人の言葉を発する事ができる種族と、そうでない種族がいるようだ。そして後者は前者から弱者――半端ものの烙印が押される。

 

『故に灰豺王は東の弱き者どもに与しようというのか。烏合の衆同士、お似合いかもしれぬがな』

 

 そして蒼狼にとって東の国々も、烙印を押すべき存在であるようだ。言葉の色に、強い侮蔑が浮かぶ。

 

「……長には既知であったのか……」

 青は奥歯を嚙んだ。

 時間稼ぎにしては苛烈な策を講じた長に対し心の奥底で僅かに燻っていた疑心が、解けていく。

 

「しゃべりすぎる男は嫌われるぜ」

 唐突に、蒼狼の真上から声が降った。

 

 かと思うと、重たい破壊音が轟く。

 石壁の歩哨路が巨大な碗型に陥没した。立ち昇る煙の中に、両手に岩石を纏った黒鉄の姿。

 

「地神……礫!」

 砕け散った石壁の破片や積み上げられた石が浮き上がり、砂煙を上げながら、宙の蒼狼をめがけて一斉に襲いかかった。

 

『オォオオオーーーーン』

 蒼狼の咆哮。

 

「っ!?」

 切れ味のある空気の震え。

 青は櫓の影で身を丸めた。

 風にはためいた外套の裾が数か所ほど切り裂かれる。

 

 咆哮一つで石礫は粉々に砕け散り砂塵となり、尾の一振りで掻き消えた。

 

「狛さん……?」

 そっと櫓の影から覗いた青の視界――登りかけた満月の逆光の中、巨大な狼の影が二つ、宙空で縺れては離れを繰り返している。

 

 その背後から、黒鉄が大刀を振りかぶり飛びかかった。両手に纏わせた岩が、斬馬刀の如き幅広な刃に変化している。

 

『ガルッ……!』

 白狼が蒼狼を蹴り上げ飛び退く。

 蒼狼が身体を後方へ退いたところへ、

 

「でぁあああ!」

 岩石の斬馬刀が振り下ろされた。

 

『ギャン!』

 甲高い獣の悲鳴が一声あがる。

 

「ちっ」

 黒鉄の舌打ち。

 手応えはあったが、斬馬刀は蒼狼の尾先を僅かに削ったに過ぎなかった。

 

 すかさず中空で黒鉄は刀を返し、下から切り上げる。

「ぐっ……!」

 硬い激突音。

 激しい痺れが黒鉄の両手を伝う。

 

 斬馬刀を受け止めたのは、薄青の水晶状に硬化した蒼狼の尾だった。

 尾と刀の鍔迫り合いは一瞬で、蒼狼の前足が鋭い爪が黒鉄の頭上から振り下ろされる。

 

 そこへ白い影が飛びかかり、蒼狼の前足に牙を立てた。

 

『ガッ!』

 詰まった声が月光の空に響く。

 

「……連携お見事」

 櫓の影から、青はそっと身を退き始める。

 

 ここは狛と黒鉄に任せて、自分が単独で子どもたちの救出を先行させる事ができそうだ。

 そう踏んで外郭の岩壁を降りた。

 北側の建造物を目指し歩を進めた瞬間、

 

「ぐあっ!」

『キャン!』

 背後で悲鳴が重なった。

 

 振り返り見上げると、満月を背に、さきほどまでは存在しなかった影が浮かび上がっている。

 

「新たな敵か……?」

 鋭利な棘が、獅子の(たてがみ)の如く四方八方に伸び、手足の筋骨は倍ほどに隆起、その先に伸びる爪は鈎爪状に伸びて一本一本が苦無のように大きい。

 水晶状に硬化した尾も、鬼の棍棒のごとく倍に肥大していた。

 

「……いや、変容した……」

 満月の逆光の中、蒼狼を取り巻くように青白い電光がいくつも火花を上げている。

 

『オォオオォオォーーーーン』

 

 ひときわ大きな咆哮が上がった。

 空気を伝い壁を伝い、青の身体を電気が通り抜ける感覚。

 

「くっ」

 咄嗟に青は土の地面に両手をつく。

 神経に障る静電気を地中へ逃がすためだ。

 

『良い気になるでないぞ!』

 怒声と共に、蒼狼が鈎爪の前足を左右交互に振り抜く。

 風鎌がそれぞれ、黒城壁の歩廊に立つ黒鉄と、逆側に立つ狛へ、別々の生き物のように襲いかかった。

 

「!?」

 青は足を止めて引き返す。

 

 蒼狼の鈎爪、尻尾の一振り、一鳴きの咆哮、ただそれだけで、上位神通術ほどの威力をもった風や雷電が二人に襲い来る。

 

 しかもそれぞれが意思を持った下僕であるかのように、避けても避けても標的を追従。

 

 状況は一転し、黒鉄も狛も防戦一方となっていた。

 

 繰り出した鎌鼬と共に襲い来る蒼狼。

『アオォオオオオ!』

 白狼――狛は全身を撓らせ襲撃をかわし一声吠えた。

 眩い光が閃き、曼荼羅図のように狛の周辺に大輪の花々が開いた。

 

『ガウッ!』

 一声に応じて花吹雪が起きる。

 

 花弁の渦に呑み込まれた蒼狼は悶え、剃刀と化した無数の花弁が蒼い毛や皮膚を削り、切り裂き、中空に散った。

 

『コォォォオオオ……』

 空気を吸い込むような音。

 

「狛! 下がれ!」

 黒鉄の声。

 

 白狼が身を翻すと同時に、曼荼羅の花々から無数の蔓が繰り出される。

 蔓は渦を描き、花吹雪に巻かれる蒼狼目掛け大蛇のごとく襲いかかった。

 

 瞬間、冷気が奔る。

 

 蔓が蒼狼に届くことはなく、蔓先が青白い霜に包まれかと思うと、霜は瞬く間に蔓を伝い登り、破砕音と共に一斉に砕け散った。

 

 蒼狼の口吻から吹き出された冷気が無数の氷柱や雹となり、花吹雪を蹴散らし、白狼を襲う。

 

「天嶮!」

 その前に黒鉄が躍り出て地術の岩壁を発動。

 凶器と化した氷を防ぐも、凄まじい冷気があっという間に岩壁を包み込み、黒鉄が立つ城壁ごと凍らせていく。

 

『オォオオオオン!』

 

 黒鉄の背後から再び白狼の身体が天に向かい伸び上がったかと思えば、天を仰ぐ遠吠えが満月の空に太陽を呼び、黄金色の烈光が放たれる。

 

 酷暑の熱が、黒鉄の足元にまで達していた霜を溶かした。

 

「……これだから神獣サマってやつは……」

 神々の戦いを眼の前に圧倒されつつも、黒鉄は再び両拳を岩石で纏い、天嶮の岩壁を踏み台に蒼狼の頭上へ跳んだ。

 

 

「ぐあっ!」

 鈍い衝撃音と共に、黒鉄の身体が城壁歩廊の縁に激突し、落ちていった。

 

『!』

 とどめを刺しに向かう蒼狼の横っ腹に、白狼が体当たりし軌道を逸らす。

 

「黒鉄!」

 白狼から人の姿に変化した狛は、蒼狼の動きを注視しながら、歩廊の上から城壁下を見やる。

 

『最近……あちこちで東の邪術を使う集団が蔓延っていると聞くが……その男がその一味か』

 月光を背に、宙空に浮かぶ蒼狼は悠々とした態で地を見下ろす。

 

「……っ」

 狛は空を見上げる。

 満ちた月が確実に天辺を目指して登ろうとしていた。

 

『寄り集まったところで、所詮は半端ものよ』

「……」

 長刀を抜き、狛は横目で要塞側を一瞥した。

 

 シユウは要塞内へ入り込む事ができただろうか。

 子どもたちを救えるだけの時間を、自分たちは稼げたであろうか。

 

 蒼狼は依然、悠然とそこに在る。

 如何に攻めようと痛撃を与えるどころか、消耗させる事も敵わないように見えた。

 

 どう打ち崩すかよりも、どう相討ちできるか――もはや狛の思考は捨て身を覚悟しはじめている。

 その時。

 

「蒼狼の使者殿」

 外壁の南側から、声がした。

 

「!?」

 振り向くと、壁外の南側に広がる平原のただ中に、シユウが立っている。

 

「な、何故……!」

『おや……』

 蒼狼が、シユウの姿を認識した。

 

『いつぞや、翡翠でお会いしましたな。凪邦の若者よ』

 要塞側、外郭の城壁真上を浮遊していた蒼狼が、シユウの元へ移動を始める。

 

『はて……凪邦はいつから、灰豺の手合いとなったのか』

 翡翠では秘めていた蔑みの目を、蒼狼はもはや隠そうとはしなかった。

 前脚の鈎爪に月光が反射し、白く煌めく。

 

「私を怒らせない方が賢明であろうと、申し上げておきましょう」

 微塵も怯む様子もなく、シユウは乾いた声で答えた。

 

 思いがけない強い返答に、蒼狼が「おや」という反応を見せた。

 

『なるほど。「これ」をやってのけた者とは……貴殿か。見事なものよ』

 これ――死の地獄と化した、要塞を示す。

 

「私は、高いところから物を言う者とは、対話をしたくありません」

 シユウは草原の只中で直立不動で、天の蒼狼を見上げていた。

 

「シユウ殿……?」

 これまでのシユウとは別人のような鋭利な言葉選びに、狛は驚き戸惑うと同時に、意図を察知する。

 

 自らの「価値」を囮に、南側へ、蒼狼をおびき寄せようとしているのだ。

 

『……ごもっともだな』

 若干、癪に障った声音を残しつつ、蒼狼は平地に降り立った。

 

 シユウの元へゆるりと歩みを進めながら、人の姿へと変化する。

 翡翠の陣守村でも目にした、蒼色の装束。

 

「一つ、伺いたい事があります」

「何だろうか?」

 シユウの問いかけに、蒼狼の高官は歩み寄る足を止めた。

 

「「半端もの」というのは、貴国においてどのような存在なのですか」

「弱きものたちの事だ」

 

 簡潔な即答。

 

「持たず与えられず生まれ落ちた、力なきものたちだ。故に力あるものが導き、生と死の意味を与える。それが獣(しし)の世の理だ」

 

「……」

 シユウは黙している。

 夜の闇と、顔面を隠す覆面や目深な額当てが作る影で表情は読み取れないが、狛には静かな怒りの気配が感じられた。

 

 これまで接してきたシユウが持つ、柔らかな空気とは異なるもの。

 

 頷くように顔を伏せ、風が一吹き通り過ぎるほどの静寂をはさみ、

「強者が生殺与奪の権を握ると……」

 シユウは再び蒼狼の高官へ向き直った。

 

「では私もその流儀に乗りましょう」

 

「――え……」

 狛がシユウの言葉に耳を疑った、次の瞬間、

 

「水龍」

 短い唱えが風に掻き消え、高官の周辺八方から濁った老緑色の水柱が立った。

 

「!?」

 水柱――満月を呑み込もうかとする大口を開けた水龍は、八方で一斉に角度を変え、地上の高官に向けて急降下する。

 

「……ふん」

 避けるのは容易いとばかりに、高官は嘲笑を零し動きかけた。が、

 

「っな」

 急激に足元が泥濘に沈む感覚。

 気づけば足元周辺が黒ずんだ毒の泥沼と化していた。

 

「凝固」

 シユウの短い唱えと共に、沼の水面が急激に液体から固形へ変質。

 汚泥が高官の足元から上半身に向かって飲み込むようにせり上がり、高官の身体を地に塗り固めた。

 

『ガァアアア!』

 再び高官の身体が狼に変容する。

 全身に電光を発し力ずくで毒沼から脱出するも、直後、頭上から襲い来る八頭の水龍が同時に蒼狼へ激突した。

 

 蒼狼の姿が濁りの中に呑み込まれる。

 

「何……あれは……」

 城壁の上から見守る狛の視界の中に、(おぞ)ましい魔物の卵のごとき巨大な水泡が蠢いていた。

 

 水泡の側へ、シユウが駆け寄る。外套の内側から符を引っ張りだし、何やら唱えた直後に両手を水泡の方面に符ごと押し込んだ。

 

 蒼狼を包む半液体の中で黒い筋が奔る。

 墨汁瓶をひっくり返したかのように、濁った沼のような色の水泡が漆黒に塗り変えられた。

 

 ゴボゴボと重たい波音や破裂音を上げながら、水泡を内側から破ろうと暴れる影が見え隠れする。

 外側から封じ込もうとするシユウの何かしらの力と、鍔迫り合いをしているような光景だ。

 

「――!!」

 更にシユウが何かを短く唱えた声が聞こえたが、狛には言葉を判別する事ができない。

 

 分かるのは、水泡を破ろうとする力に真っ向から対抗するための、何かしらを施したであろう事だ。

 

 黒真珠のような水泡の内側で次第に蒼い稲光が発生し、外側にまで電光が漏れ出ている様子が分かる。

 

「ぐっ……!」

 シユウが低く呻く声が聞こえた。

 

 そして、

「黒鉄さん!」

 叫んだ。

 

「――え……」

 現れた気配の方へ狛が顔を向けると、城壁下へ落ちたはずの黒鉄が、城壁より高い宙空にいた。

 

 岩石を身長の二倍はありそうな長槍に変化させ、水泡の天辺を目掛けて落下していく。

 

『ゴボッ……ゴボ……ガァアアア!』

 黒水泡が破裂。

 

 全身が爛れた苦痛で咆哮を上げた蒼狼が最期に目にした光景は、迫る槍の刃先だった。

 

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