毒使い   作:キタノユ

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ep. 41 一蓮(10)

 キョウたち調査隊が凪に帰還するより前の、ある日の夕刻。

 青は凪に帰還していた。

 

 暦は霜月の下旬に差し掛かっており、凪は本格的な冬を迎えようという季節に移り変わっている。

 

 西に出向く任務を請け負うようになってから、出発前と、帰還時で季節が変わっている事が多くなっていた。

 

 調査隊が帰還の途についた後、青は残処理対応のため要塞と白狼に数日間ほど居残りし、帰路についたのは調査隊より遅れる事、二日後。

 

 だが再び北回りの経路を通った調査隊と異なり、青は狛の口利きで白狼王より「狼の背骨」の通過を許された。

 

 思いがけず青は、翡翠の陣守村への最短直線距離の路を体験する事となったのだ。

 北経路よりも実に四日も、旅程が短縮された事になる。

 

 キョウと口裏を合わせた「調査隊よりも先に要塞から離れた」という設定の辻褄が、思いがけず守られたというわけだ。

 

 帰還して最初に青が行う事は、長への報告よりも先に、朱鷺との面会の申請だ。

 ここ数回は、申請後に面会が叶うまでに数日を要する事が多いためだ。

 

「ご無事のお戻り、お慶び申し上げます」

 

 医院の玄関にて、いつもの受付係が、任務帰りの青を出迎えた。

 帳簿を開いた受付係は、紙面に目を落としたまま、しばし思案に沈黙する。

 

「……申し訳ありません、シユウ二師。現時点ではハクロ特師より言伝がなく。近日中に式をお送りいたします」

「お忙しいのですね……承知しました」

 

 麒麟、特師ともなれば、立場に応じた役目も多いであろう。

 青は諦めて、医院を後にした。

 長期任務の後とあって、しばらくは凪に滞在できるはずだ。

 

 面会日までに、また旅の記録をまとめておこうと決めて、青は任務報告のために七重塔へ向かった。

 

 

 長室にて。

 

「「一蓮」は見事に効果を上げたようだね」

 長は報告書の表面を、指の背で軽く叩いた。

 

「それに、蒼狼の高官である神獣を屠るとは。思いがけない土産話だ。素晴らしい」

 

 痛快さと安堵が混在した笑みをたたえた長は、手放しで青を褒め称えた。

 

 要塞築城の統括役であった高官の死によって、ますます再建の目処が遅れる事になる。

 時間稼ぎの成果は十分に果たされたと言えよう。

 

「……ありがとうございます」

 複雑な心持ちを抑え込んで、青は静かに頷いた。

 

 白狼ノ國の王族と交流を持った事は、報告から伏せている。

 この件を国同士の問題としたくない長にとっては余計な憂い事となり、また青にとっても誤解を持たれる危うさがあった。

 

 黒鉄ら獣鬼隊との出会いについても、言及を控えた。

 子どもたちの件は知る由もない事と、キョウとの口裏合わせに影響が出かねないからだ。

 

 蒼狼の高官を討ちとった手柄を独占しているような今の状況が、青を罪悪感に苛めている。

 

「さすがに疲れたかな。大変な任務であっただろう」

 

 意識がどこか浮遊しかけている様子の青へ、長は柔らかく笑いかけた。

 

「――っ、失礼しました。いえ」

 青の、揺り起こされた子どものような反応に、長はまた苦笑する。

 

「本当に、ご苦労だったね」

 執務机の前から立ち上がり、直立する青の前に歩み寄った。旅の汚れを落とさぬままの、青の外套の肩へ、手を添える。

 

「凪の命運に関わる大きな任務を成功に導いてくれたこと、感謝する」

「……もったいないお言葉です」

 

 肩に添えられた手の温度を感じながら軽く目を伏せる事で、青は礼を表す。

 

 凪に来たばかりの、長を「おじちゃん」呼ばわりしていた頃から、もうどれほどの時間が経ったのか。

 

 目尻や目元に刻まれた影や彫りが深くなっている長の面持ちを見つめ、青は不可思議な感慨に渦巻く胸騒ぎに息苦しさを覚えていた。

 

「要塞の調査報告は、調査隊から聞くことになっている。君はしばらく、凪でゆっくりするといい」

 

 報告を終え、久々の休暇を手土産に、青は七重塔を後にした。

 

 

 灰色の重たい雲が覆う空の下、門をくぐって外に出た青は、その場で足を止めた。

 

「キョウさんはまだ帰還してない……のか?」

 

 式鳥が飛んでくるのではないか、という期待をもって天を仰ぐが、冬の曇天模様が広がるばかりで鳥の鳴き声一つしない。

 

 そもそも、連絡をしてくるかどうかも分からない。

 

 あれほど規律に厳しく、品行方正、謹厳実直なキョウを、二重、三重の違反に巻き込んでしまっている。

 明るみになれば、罪に問われキョウの輝かしい経歴や人格を傷つけてしまうであろう。

 

「迷惑をかけたく、ない……」

 

 これまで通りではいられないであろうと気付いた途端に、晩秋の寒風が体を通り抜けていくように、血の気が引いた。

 

「………あとで蟲之区にでも行こ」

 

 嫌なことを考えたくない時は、勉強や研究をするに限る。

 旅汚れでホコリ臭い体を洗い流そうと、青は官舎への石畳を小走りで進んだ。

 

 

 その数日後。

 

 猪牙とキョウ率いるチョウトク含む調査隊は、凪に帰還した。

 

「ただ、ただ、不気味だった」と最後まで隊員たちの面持ちから困惑の色が消えないまま、蒼狼領の要塞調査が終わった。

 

 再び半月ほどかけて凪へ帰還を果たしたキョウと猪牙とチョウトクたちは、旅の汚れを落とす間もなく七重塔の長室を訪れた。

 

「君たちの尽力に心から感謝する」

 一通りの報告を受け取った長の口から、労いの言葉が手向けられる。

 

 猪牙・峡谷隊の報告は非常に精緻なものであり、任務依頼で要求されていた蒼狼ノ國の軍備状況や情勢をつぶさに把握、推察できるものであった。

 

「東の方面に軍勢を送り込みやすいよう下準備をしていたのは明らかだ。どこを攻めるつもりかは分からぬが」

 

 要塞内の設備や軍事資料を確認したところ、要塞西側から広がる蒼狼領の大草原に、軍用路としての幹道を敷く計画が進められているという。

 

「蒼狼ノ國の国土を貫通して横断するほどの幹道。西から東へ、何を運ぼうとしているのやら……だね。確信は持てていなかったが、おかげで貴重な情報が手に入った。改めて、感謝する」

 

 報酬の色は期待していいよ、と長が付け加えると、猪牙とチョウトクたちは「っしゃ!」と表情を明るくしていたが、キョウは神妙に目を伏せていた。

 

「峡谷上士、何か言いたい事がありそうだね」

 気づいた長に声をかけられ、

「では、うかがいます」

 顔を上げたキョウは、微笑を象る長の瞳へ、視線を合わせた。

 

「要塞の調査を命じた別の意図を、お聞かせ下さい」

 

 キョウの問いかけに、猪牙やチョウトクたちがにわかにざわめく。

 皆、任務を拝命した時から心に引っかかりを覚えていたが、口にしてこなかった、言語化できないままでいた「違和感」を抱いていた。

 

 思えばこの任務は、知らされない情報が多く、具体的な調査内容については現地に到着するまで知ることができないという、異例事項が多いものだった。

 

 キョウは現場に到着した直後から毒術師の仕事であると推測を立て、結果、それが正しいものであったと知っているが、任務を完遂した今の段階となっても尚、長の口から真相を説明される様子が無い。

 

 消化不良を起こしている面々に代わり、キョウが長を追求しているのだ。

 

「おそらく気づいているとは思うけれど」と微笑みと共に前置きをして、長は提出された報告書を改めて手に取った。

 

「あれは凪の毒術師の仕事によるものだ」

 

「やはり……!」

「峡谷上士の言った通りでしたね」

 背後で、チョウトク達の声が弾む。

 

「そういや、それを隠す意味はあったんですかい?」

 キョウの隣から、猪牙が遠慮の無い質問で横入りした。

「最初から毒術師も同行させれば済む話じゃないかって」

 

 荒い物言いに周りの人間は冷や汗をかかされる事が多々あるが、これに腹を立てる相手であるとすれば、よほどの小物である。

 

「公平な目で見て欲しい、と」

 任務を命じた日に、長が語っていた言葉だ。

 

「よく覚えていたね」

 と目を細め、

 

「そのうち、分かるよ」

 長は手にした報告書を顔の前で小さく振った。

 

 結局、真相が明かされる事なく、報告は終りを迎える。

 

「っしゃーー久々の休暇だぜ」

 長への報告を終えて七重塔を出た猪牙は、大きく伸びをした。

 

「そろそろ初雪が来そうだな」

 雪催いの空を見上げる猪牙と対称的に、キョウは足元の灰色にくすんだ石畳を見つめている。

 

「まーたお前ぇは寂しい休日か?」

「余計なお世話です」

 

 要塞任務出立前の貴重な休暇を、結局は訓練に費やして終わったキョウを、未だに猪牙は笑いのネタにしてくる。

 

「式の一つも飛ばしゃぁ、すっとんで会いに来てくれる女くらいいるだろ?」

「それより猪牙上士はご家族のところへすっとんで行った方がいいのでは?」

「おうよ、言われなくてもな。じゃあな、お疲れさん!」

 

 キョウの皮肉返しをものともせず、猪牙は勢いよく手を振って、キョウとは逆方向へと大股で歩き去った。

 

 それを特に見送ることなく逆方向に踵を返したキョウは、懐の式符に指を伸ばしかけて、止めた。

 

「……大月君はもう、帰還してる、よな……?」

 

 いつもは、キョウの方から式を飛ばす事が慣例となっていた。

 

 だがそれは、青は三葉医院の内勤で、キョウは任務で都を不在にしがち。その立場の違いからのものだった。

 

 今は、これまでと同じ感情で式を飛ばす事が躊躇われる。

 

 そもそもどのような顔をして会えばいいのかも、分からなくなっていた。

 

「あ”~~……」

 青から学んだ知識を、得意げにシユウに話していた事を思い出す。

 

 体中がむず痒くなって、キョウはその場で丸くなりたい気持ちを抑え込んだ。

 

「走り込みでもするか……」

 

 まずは旅の荷物を片付けるため、キョウは官舎への路を急いだ。

 

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