毒使い   作:キタノユ

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ep.41.4 龍の心得

「ずっと、胃が痛いんです……」

 蟲之区。

 久々に開かれた、三人の技能師が集う同期会。

 この日の青は朝から、肩を丸めて猫背になっていた。

 

「一師様が何を仰っているのやら」

「うっ……それ……まだ慣れなくて……」

 

 要の容赦ない叱咤に青は黒外套の中、両手で腹部を抱える。丸まった姿は遠目から見れば在りし日の朱鷺と同じで、萎れたホオズキようにも見えた。

 

 蟲之区の、この日は薬草園の温室の一角で、三人は作業員用の休憩所を間借りしていた。

 

 三人が囲む卓の中央に、薬草園で採取された薬草と香草の混合茶を淹れた土瓶が置かれている。

 外景に面した硝子壁の向こうに広がる、寒々とした冬の禿山の景観とは裏腹に、温室内は小春日和の居心地だ。

 

「どこに行っても、誰に挨拶してもだいたい無視されるし…」

 そんな麗らかな空間にあって、青だけが薄灰に湿った気配を放っている。

 

 龍の位――たった一人の麒麟を除いて実質的に技能師における最高峰の位ともなると、そうした上位者や各種責任者たちとの会合の場も増えてくるが、新米として一人一人に丁寧な挨拶を向けるも、

 

「あからさまに嫌そうに「若造が」って感じであしらわれて相手にされないし……」

 という有様だった。

 

 理由は青もよく分かっている。

 凪史上最年少の龍の位授与者である事が、まず嫌悪の対象とされてしまうのだ。

 

 研鑽の年月が尊ばれる師道において、二十代前半の龍など言語道断と考える技能師のお歴々は多い。

 二十代後半の藍鬼や禍地の時でさえ、大きな波紋であったと聞くので尚更だ。

 

 年齢の問題だけではない。

 周知の通り、毒術は麒麟が国抜けの大罪を犯して不在とあり、後続の毒術志願者が激減。毒術は空前の人手不足の時代である。

 

 よって青が龍を授与されたところで到底、正当な実力で得たものではない、毒術の質も落ちたものよと、疑念を持たれること必至だ。

 

「未熟なのは僕がよくよく分かってるんですけど……こんなに歓迎されないとは、もはや悲しくなってきます……」

「そりゃあ……大変なんだな、一師って立場は」

 

 他人事に興味が薄い庵ですら、青のあまりの萎れ具合に同情を覚えざるを得ない。

 

 ちなみに、武具工は技能師の中でも人気が高く安定的に志願者が多いため、層が厚い。師道の中で最も「古き良き師道の世界」を保っている。

 二十代半ばの庵は虎の位であるが、本来はそれくらいが年齢相応と考えられるものなのだ。むしろそれでも早い方で、特に武具工は虎の層が最も厚く、獅子に進む年齢は四十前後になる場合もある。

 

「堂々となさい。ちゃんと実力でのし上がってるんだから」

 めそめそする青の前に、要は開いた冊子を勢いよく置いた。

 

 それは法軍の毒薬目録の最新版。

 幾つもの薬品や毒物において、シユウの名前を散見する事ができる。

 旧品の改良から、補助薬の追加、新薬の開発の他、式符や薬剤符の応用、要と共同で生み出した幻術符の応用、庵と共同で生み出した道具など――多岐にわたっていた。

 

「半分くらいお二人がいないと出来なかった事ですし……」

「あのね、それはお互い様よ」

 

 要や庵も、青の毒術の知識や技術を借りて成し遂げられた事は多いのだ。

 

「それに一人で城塞を落としたって聞いたけど、そんなこと、お偉いさんたちにはできっこないでしょ??」

「……正確には一人じゃないし色々と失敗もあって迷惑もかけたし……」

「結果が成功してればいいの!」

 

 だが今の青はどう慰めても発破をかけても、効果が薄い。俯いて動かないまま、左右両側から同期二人に背中をよしよしと撫でられている。

 こんな姿を技能師の若手に見られては龍としての威厳も何もあったものではない。

 要と庵は肝を冷やしながら、周囲を見渡した。

 

「はい、まず背筋を伸ばす! 血流が悪くなると気分も落ち込むでしょ」

 

 今回の同期会の場所に、薬草園の温室を選んで正解だった。

 人気が少ない事に加えて、栽培されている背丈の高い多年草の花や葉が、三人の姿を隠してくれる。

 

「何だろうと文句を言いたい人間ってのはどこにだっているし、そういう人たちを変えようとするのは労力の無駄なの。それよりはシユウ君が変わる方が簡単よ」

「僕が変わるほうが、楽」

 

 顔を上げた青へ、要は薬草茶を注いだ湯呑みを差し出した。青は指先で覆面を下ろして、淹れたての茶を一口啜る。

「そう。獅子に昇格した時にいくつか教えたわよね」

 

 要伝授の「威厳を出すコツ」。

 背筋を伸ばして堂々とすること。

 あまり喋りすぎないこと。

 すぐ謝らない。

 下の人間に丁寧すぎる言葉遣いをしない。

 

「できる限り、実践したつもりです、たぶん」

 白兎ノ國でトウキ少年に舐められまくった事は、黙っている事にした。

 

「龍ならそれに加えて、そうね……」

 要が思案のために視線を花壇側へ逸らしたその時、多年草の草が大きく揺れた。

 同時にその向こう側から「あれ? あれ?」と若い声。

 

 しばらく三人で見守っていると、シダに似た熱帯性植物の葉をかき分けて、小柄な人物が三人の前に飛び出した。

 

「あ」

 

 小柄な人物――鹿を象った、顔上半分を覆う仮面を身に着けた技能師で、声の高さから学校を卒業したばかり程の年齢の少女だと思われる――は、視界が開けた先に唐突に現れた大人三人の姿に固まった。

 

 少女は両手で厚みのある資料を抱えている。手甲には真新しい狼の銀板。学習のために温室を歩き回っていたところなのだろう。

 

「し、失礼いたしました!」

 慌てて深々とお辞儀をする。当然のように抱えていた資料束から大量の紙が足元に散らばった。

 あわわわ、と言葉にならない音を漏らしながら少女はその場にしゃがむ。

 

「慌てなくて大丈夫だ」

 少女から最も近い位置に座っていた青も腰を上げ、屈んで資料拾いを手伝う。少し遠い場所へ飛んだ紙を数枚拾い上げて、少女が抱える束の上に重ねて置いた。

 

「――え……龍……あばばばばば」

 青の手甲に光る龍の銀板に気がついた少女が、いっそう奇妙な音を漏らし始める。

 資料の束を胸元に抱えこんで、後ずさって尻もちをついた。

 

「もしや、シ、シユウ一師であらあらせられますますですか」

「そう……だが」

 

 唖然としながらも青は、少女の落ち着きの無さがどこか昔の自分を彷彿とさせて、微笑ましくもあり気恥ずかしさも覚える。

 

 背後で要が「堂々と!」と口を動かしている事には気が付かなかった。

 

「わわわわた、わた、ワタクシめは、つい先日、毒術の狼の位を賜りました、鹿花(ろくか)ともももう、もうします」

 

 目の前に実質上の毒術最高位の人間、しかも史上最年少の龍という異才がいる状況。新米毒術師からすれば、温室で青天の霹靂、といったところの大事件である。

 

「毒術の……。そうか」

 高位技能師が集う場で聞いた話によれば、今年も毒術志願者の若手は全師道中最下位を維持。

 人材の数も幅も狭小になっている事から、任務の現場においては必然的に高位者への依頼や指名が集中し、数少ない若手の育成強化も課題だと言う。

 

 その点においても「どこかの誰かさんは外つ国への物見遊山だの、ご自分の事で手一杯でおられるしな」と嫌味を囁かれて耳も胃も痛かった。

 

 その状況で、鹿花はあえて毒術の道を選ぶ決断をした貴重な若手の一人、という訳だ。

 

「何か、目当ての薬草を探していたのかな」

「あひゃ……、いえ、その」

 

 話しかけてみると、また奇妙な音を発して鹿花は視線を右往左往させる。

 鹿花からすれば、まさか一師の方から話題を振られるとは思いもせず。

 

「と、特定の目的は無いのですが、とにかく実物をたくさん見て、触って、匂いを嗅いで、覚えたいと思ったのです。同じ種の草花でも、環境ごと状態が異なりますから、どのような場所、時間、状況においてもただちに判別ができるようになりたいと……、それで、まずは薬草園を散策していました」

 

 急に淀み無く饒舌になる鹿花が、かつての朱鷺を彷彿とさせた。

 

「実地学習か。私も未だによくやるよ」

 幼い頃、藍鬼の小屋周辺の森を、目を瞑っても歩けるほどに探索し尽くした事を思い出す。

 薬草園のように条件の良い場所で栽培されている植物は、図鑑のお手本のような姿でしかないのだ。

 

 その頃からの習慣で、現在までも新たな地での生態系観察は欠かせない。

 

「ほ、本当ですか、一師も……。今も継続なさっているのですね」

「ああ。それ、見せてくれるかな」

 

 鹿花が抱える資料の中に都の周辺地図を見つけ、手に取ると立ち上がり、同期三人で囲んでいた卓に広げた。要と庵は気を利かせて椅子をずらし、鹿花は恐る恐る近づく。

 

「ここと、ここ……あと、この辺りと、こっちも」

 都の東西南北それぞれから、一か所ずつを指し示す。鹿花は「はひっ」を連呼しながら、すかさず持参している黒鉛の筆記用具を取り出して、青が示した箇所に印をつけていった。

 

「比較的安全で、まとまった薬草の自生が確認できる場所だ。多年草も多いから、四季を通じて観察に事欠かない」

 

 かつて青自身も、自習として散策した事のある場所だ。

 

「地名の由来などもあわせて調べてみるといい。古い地名には採取の手がかりになる情報が隠れている事が多いから」

「はふふふふふっ……何て貴重なお話を……ありがとうございます!」

 

 畳んで手渡された地図を、鹿花は胸に抱きしめる。感情が高ぶると、奇妙な音を発するのは癖らしい。

 

「皆さんの憩いのお時間を邪魔してしまい、失礼いたしました」

 深々とお辞儀をして、胸に資料と地図を抱きしめ、

「あ……あの、シユウ一師」

 踵を返しかけて鹿花は足を止めた。

 

「私の務め名「鹿花(ろくか)」は「六花(むつのはな)」よりなぞりました」

 

 六花は「ろっか」とも読める。

 初めてシユウの名で登録された、毒薬と解毒剤と符が組となった開発品だ。

 主に、始末した遺骸の処理に使用するが、罠や、妖獣や妖虫との戦闘に用いる事もある劇薬である。

 

「私の身近で昔、毒薬の使用を誤り身体に障害が残ってしまった方がいて、六花が新たに登録された時、効力の性能を上げながらも、使用者の身の安全が考慮された仕様に感動したのです。私が毒術の道を選択した大きなきっかけとなりました」

 

 そこまで滑らかに語り、急に、

 

「ひょわわわわわ、わ、ワタクシめごときがこんな上から……そのようなつもりは皆無でして」

 また奇妙な音を発して、挙動不審になる。

 

「いつかお会いする事が叶いましたらこの事をお伝えする事が目標の一つでしたが、何という思いがけない幸運……っ、では今度こそ、失礼いたします!」

 

 青が言葉をはさむ隙が無いまま、鹿花は何度も頭を下げながら後ずさりして、走り去っていった。

 

「……」

 残された三人は、嵐の後の静けさの中で、ぽかんと口を開けている。

 

「何だか、昔のシユウ君を見ているみたいな子ね」

「僕、あんな落ち着きなかったですか?」

「今も割と近いぞ」

 

 三人とも椅子の位置を元に戻しながら笑い合う。

 

「でもちゃんとできてたじゃないか、若手の指導」

 庵はしみじみと、空になりかけた湯呑へ茶を注いだ。

 

 獅子以上の高位となると、技能師にはいくつかの義務と特権が付与される。

 そのうちの一つが、後進の育成。

 若手の帯同指名や、正弟子制度だ。

 

 ハクロはこの制度を青のため最大限に活用し、藍鬼を継いで青を育ててくれたのだ。

 

 毒術の人材不足と年齢が若かった事もあり、青の身近には長らく後輩が存在していなかった。

 獅子に上がってからも、自らの研鑽、修練に精一杯で下に意識が向く事が無かった。

 

「何だか、楽しそうだったぜ。なかなか様になってたしな」

「……そ、そうですか」

 

 庵に言われて、自覚する。

 新米の熱心さに触れて、助けになりたいという気持ちが湧いた。

 

「「若手の指導」も追加ね」

 要が伝授する、高位者の威厳を出す心得に、新しい項目が追加されるのであった。

 

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