毒使い   作:キタノユ

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ep. 46 黒い眼(4)

 憎悪とは人の容貌をこれほどまでに変えるものか。

 陽乃は恐怖の片隅で、呆れにも似た驚きを感じていた。

 

 温かな薬湯のような優しげな老女の面持ちが、幕を落とすほどの瞬間で酷く歪んだ。幼い頃、父に連れられて観劇した舞台に登場した妖魔の面に似ていると思った。

 

「覚えておるだろう、州都に恐ろしい流行病が蔓延した年のこと……旦那様はお前のために、州中の名医を呼び寄せられた。するとどうなる、あちこちの街から医者が消え、薬も足りず、大勢の子どもたちが死んだんだ。儂ら下人らの子はみな苦しんで……なのにお前だけが」

 

 歯が抜け落ちた老女の窄んだ口から、つらつらと積年の恨言が吐き出される。

 

「それだけじゃないよ。お前の他愛のない我儘によってどれだけの人間が不幸な目に貶められたか」

 

 老婆の声が低く、静かに、だがあらわな憎しみをもって恨みつらみを捲し立てる。

 

「州侯様はお優しい方であったが、娘に甘すぎたのだ。それが唯一にして致命の疵となってしまわれた。葦火の若旦那もそうであろう。二の舞を踏まれてしまったな」

 

 老婆よりは幾分か冷静な、老女の夫は、しわがれた溜め息を吐いた。

 

「わ……わたくし、は……そんな……」

 そんなつもりはない。

 知らない。

 だって幼かったのだもの。

 

 そう言いかけて陽乃は口を噤む。

 己の無知の積み重ねが、この理不尽にも思える老夫婦の怒りを産み出したのだと、死の際で学んだばかりだった。

 

「おおい! 蜥蜴の毒婦だ! 葦火の呪われた寡婦がここにおるぞ!」

 

 唐突に、老女が背後に向けて叫んだ。

 嗄れた声が乾風に運ばれて、近くの家屋や堂の(ひさし)の下で火にあたっている避難民たちが、次々と振り返る。

 

「騒がしいわね。ケンカ?」

 村の中ほどで、薬湯を煮出すため鉄瓶を凝視していた蓮華と出流も、顔を上げた。

 

「蜥蜴女だって?」

「処刑されたって聞いたのに!」

 数名の難民たちが、遠巻きに陽乃を取り囲む。

 

「凪の軍人さんたちに引き渡した方が良いんじゃないか」

「誰か、早くこの女を追い出して! やっぱり呪われた女なのよ」

 

 小さな子どもを抱いた若い女たちから悲鳴が上がり始め、母親の恐怖心に共鳴した赤ん坊の泣き声が、難民たちの恐怖心を煽りたてた。

 

「何をしているの!」

 作業を中断した蓮華が駆けつける。

 出流も続いた。

 

 騒ぎの中心に陽乃がいると分かり、状況を察して頭巾の中で顔を曇らせる。「隊長を呼んで来ます」と外野にいた若い救援隊員が早足で村の北側へ駆けていった。

 

 先生、と蓮華により集まる難民たちの訴えを、蓮華はただ静かに聞いた。一人一人に一つずつ、小さな頷きを返しながら。

 強引に感情の火種をもみ消そうとすれば、却って大火となりかねない。

 

 喧喧と喚く声を要約すれば、陽乃が反乱の要因を作り出した張本人であり、いかに悪逆非道を尽くした毒婦であるか、に終始していた。

 

 蓮華の耳に、彼らの訴えの大部分は根拠の薄い膨れ上がった風聞の成れの果てに聞こえる。

 誰もが冷静ではない。

 それほどに難民はみな祖国での混乱に疲弊し、不安に苛まれているとも言えた。

 

「あ……あの……」

 陽乃は覚束ない足取りで立ち上がる。

 体力と筋力が落ちて体を支えられず、半歩ずつ後ずさり、竹小舞が露出した土壁に背を預けた。

 

「蜥蜴女が逃げる気だぞ!」

 誰かの一声で、場が再び騒然となる。

 

「ち、違う……」

 向けられる怒号へ、陽乃は力なく首を降った。

 些細な挙動一つ、今は何をしても人々の怒りに触れてしまう。陽乃自身が、燻った火種の状態だ。

 

「事情は分かりました。彼女の身は私が預かります」

 再び蓮華が、割って入った。

 

「俺たちでその女を殺る!」

「この目で死体を拝まないと安心できねぇ!」

 

 人々の昂奮と焦燥は収まらない。処刑を逃げおおせてこの場にいる、という事実が彼らに恐怖を与え始めていた。出流が蓮華の前に立ち、詰め寄る難民たちから師を庇い立てる。

 

「ここは凪領よ。私の裁量に任せて欲しいの」

 丁寧に、そしてあくまでも冷静に。

 苛立つ人々の感情線に反比例して、蓮華の声に一切の揺れは無い。

 

「ここは皆さんの避難場所。今は心身を回復させる事を最優先に考えましょう。まだまだ急ごしらえだから不便をかけてしまうけれど、凪の救援隊も、もちろん私も、力を尽くすわ」

 

「先生がそう仰るなら……」

 蓮華の説得に一部の難民たちは渋々といった様子ながら身を退き始める。

 

 こうした場でも「龍」の位は効力を発揮する。

 出流がさりげなく村の北側を示し「炊き出しが始まっていますから、どうぞ」と誘導を始めていた。

 有能な弟子の機転もありどうにか場を鎮められたと、蓮華は悟られないよう胸を撫で下ろす。

 

「……ガキ共と同じように、山蜥蜴の谷へ落とされれば良いんだ」

 

 去り際に誰かが吐き捨てた。

 

「――え……?」

 蓮華の背後から震え声。

 

「ま、待って……! どういう、どういう事ですか……?!」

 歩行がままらない足で、壁から半歩、一歩、と身を乗り出して、陽乃が声の主へ迫るように問いかけた。

 

「あの子たちが……どうしたというのです! 山蜥蜴の谷って……!」

「耳を傾けてはダメです」

 蓮華よりも先に動いたのは、出流だった。

 

 陽乃の細い肩に手を添えて柔く押しやろうとするが、押し返される。どこに力が残っているのかと思うほどだ。

 

「ふんっ、知らなかったのかい」

 背を向けかけた難民の一人が、足を止めて振り返る。

 痩せた中年の男だ。

 

「葦火の若旦那もろとも捨てられたって話だ。蜥蜴の子が山に返されたってだけの事さ」

 悪意に満ちた冗談に、周囲から嘲弄の失笑が連鎖した。

 

「あなたたち、いい加減に……」

 行き過ぎた雑言を嗜めようとする蓮華の目が、その場に崩れ落ちる陽乃の姿を捉える。

 

「あ……あの子たち……が……嘘……」

「嘘」と繰り返しながら、縋るように両拳を胸元で握りしめていた。

 

「私……の……せい……?」

 結ばれた両拳の細い指の間から、黒い靄が漏れ出した。

 

「私……」

 靄は蔓を伸ばすように、陽乃の指の間から、手の甲、手首、前腕へ絡みついて登っていく。

 

「ひえん……あかり……」

 激しく揺れる心を苗床に、漆黒の根が陽乃の手元から上半身、足元へと拡がっていった。

 

 陽乃を取り囲んでいた難民たちも、目に見える異変を察する。

 だが、起きている現象への理解が追いつかず、誰もが凍りつき立ちすくんだ。

 

「飲み込まれてはダメよ!」

 蓮華が咄嗟に、漆黒の根で雁字搦めになった陽乃の手を掴む。

 握り込んでいる物を手放させようするが、

 

「きゃぁ!」

 白黒に光が閃いて、陽乃に触れる手に鋭い痺れが走った。堪らず蓮華は後ずさる。

 

「一師!」

 尻もちをつきかけた師を、出流が抱きとめて支えた。

 

「何事だ!」

 難民村救援隊長の月岡と、葦火救援隊の是枝も駆けつける。

 

「書状にあった「例の」女か」

「そのようだな」

 

 黒ずんだ靄の中心で震えるやせ細った難民の女の姿は、異様に他ならない。

 漆黒の靄は濃さと面積を増やしていく。

 

「皆を退避させろ!」

 部下たちへ早口で指示を飛ばしてから、月岡は陽乃の元へ駆け寄った。

 救援隊の部下たちと是枝は寄り集まる難民たちをその場から引き剥がし、押しやるように村の北側へと誘導を始める。

 

「うっ……! 落ち着きなさい!」

 雷雲のような靄から発せられる電流に眉を顰めながら、月岡は震え続ける陽乃の細い肩へ手をかける。

 

「手中にあるものを取り除かせて!」

 蓮華の声を受け、月岡も陽乃の固く結ばれた手に指をかけた。

 

「固っ……!」

 びくともしない。

 月岡は歯軋りする。

 まるで黒い糊で固められたかのようだ。

 

 是枝も加わり、男二人がかりで左右から陽乃の手を開かせようとしてようやく、徐々に、ほんの僅かずつ細い指先が開いていく。

 

「くっ!」

 白黒の閃光が走る。

 腕に痺れを感じながらも、両上士は陽乃から手を離さなかった。

 

 少しずつ開く手のひらの上に見えてきたのは、黒く平らな容器。

 

「これは……さっきの」

 是枝にとって見覚えのある薬入れだ。

 何故これがと疑問を抱くと同時に、無造作に捨て置いた己の迂闊さを悔いる。

 

 (ふた)が開いていた。

 是枝が発見した時には、固く封じられていていたはずだ。

 陽乃の両掌の中で、薬入れの中に入ってたものであろう小さな欠片が二つ、転がっていた。

 

 一見してそれは、虫の(さなぎ)(まゆ)のようであった。乳白色のそれは柔らそうな肉をまとい、端に薄い小さな鱗のような爪――

 

「指……っ?!」

 

 赤子の、もしくは幼い子どもの小指が二つ。

 

「いやぁあああああああああぁあああ!!!」

 至近距離から絶叫がつんざく。

 

「!」

 是枝と月岡が顔を上げると、陽乃が己の掌を凝視して戦慄(わなな)き、震えだした。

 

 枯葉色の瞳をひん剥き、壊れた仕掛け面のごとく口を開ききり、喉から嗄れた嗚咽を漏らしている。

 

「危ない!」

 蓮華が声を上げると同時に出流が動きだし、背後から月岡と是枝の腕を引いて陽乃から引き剥がす。

 

 直後、漆黒が爆発した。

 

 

 村からの谷風が、異変の兆しを運んできた。

 

「……何か」

「騒がしいですな」

 

 青と紅鶴(こうかく)は同時に顔を上げて、蕨道(わらびみち)の中腹から村の方向へ耳を澄ませる。

 茂みに姿が隠れていた鹿花も、大人二人の様子の変化に気がついて顔を出した。

 

 村で避難民同士の喧嘩(ケンカ)でも発生しているのであろうか。

 食料や物資を巡って起きる小競り合いや、若い女を狙った狼藉(ろうぜき)事件は、つきものだ。

 

「ぐあぁああ!!」

「!?」

 

 思案する暇もなく、今度は山腹斜面の上部から人の叫び声がしたかと思うと、文字通り人間が「降って」きた。

 

 丸太のごとく転がり落ちてきた人間の身体が、ヒノキの大樹に引っかかって止まる。バラバラと音をたてて、赤褐色の(ひのき)の実が倒れた人間の上に散らばり落ちた。

 

「う……ぐっ……ぅ」

 呻き声を漏らし体を起こそうとする人間――男の上半身からは、白い煙が燻っている。

 実地研修で紅鶴か鹿花(ろくか)が仕掛けた毒罠だ。

 

「位置的に、鹿花佳師が仕掛けたものかな」

「やったぁ! 成功――っすみません……」

 体を起こした男に鋭く(にら)まれて、鹿花は身を縮めた。

 

「毒罠とはやってくれる……」

 顔面の左半分から胸元にかけて、男は酷い火傷を負っている。自爆した男と同じ趣を持つ意匠の装束を身につけていた。

 

「何者だ」

 両手に武器を構え、紅鶴が青の前に立ち塞がる。一人目の重要参考人を自爆させた手前、慎重さがうかがえた。

 

「先の男といい、()の法軍の者ではないな」

 青が問いかけを継ぐ。

 男は何かを悟ってか、いっそう視線が鋭く光った。

 

「『あれ』を取り除いたのはお前らか」

「何の事だ」

 青はあえて濁して応えた。

 

「しらばっくれるな!」

 言うが早いか、男の足が地を蹴る。

 同時に紅鶴も飛び出した。

 

 甲高い金属音が火花を散らす。男の刃を受けて弾き返しがてら、紅鶴の足が男の腹に蹴りを食らわせて距離を取る。

 

「ちっ……」

 男は腹部を抑えぎこちない呼吸を数度、繰り返した。

 未だ損傷部表面からは白煙がくゆる。

 人相の判別がし難いほどに、顔面片側が爛れていた。

 

「凪の温室育ち共が……邪魔をスルナ!!」

 語尾がひどく掠れた。

 男が頭を一振りすると共に首が伸び、胴と手足が膨張――男の姿が靄のように揺らぎわずか一呼吸の間に、巨蜥《おおとかげ》が立ち現れた。

 乾いた炭のような黒ずんだ鱗が全身を覆っている。

 

「獣血人!?」

「ひぃぇっ! げ、幻術??? 式??? じゃ、ない???」

 

 いつの間にか身を隠していた鹿花の悲鳴が、茂みの影から漏れる。

 対照的に紅鶴の感情は凍結した水面のごとく、微動だにしていない。

 

「シュゥウウウ!」

 鋭い息と共に唾液が噴出される。

 青と紅鶴が左右に割れて回避した跡地に白煙が昇った。唾液が芝と土を焦がす。

 

 着地した足で紅鶴がただちに地を蹴った。

 蜥蜴男が体を捩じり、連動してしなる巨大な尾が紅鶴を狙って叩きつける。薙ぎ倒される木々や粉砕された岩が凶器の礫となって散弾した。

 鋭い身のこなしで暴れまわる尾と礫をかわしながら、紅鶴が巨蜥へと距離を詰める。

 

「雷神……」

 双刀の柄を連結させた双刃刀に青雷が宿り、

雷撃斧(らいげきふ)!」

 一閃が暴れ狂う黒い鱗尾を断ち斬った。

 

「グァアアアア!」

 根元の断面から赤黒い血液を噴出させ、大蜥蜴は咆哮を轟かせる。

 舵の役割を担う尾の消失に、固鱗に覆われた巨体が覚束なく揺らいだ。

 

「水龍」

 指先に符を挟んだ青の手に、水術が発動する。生まれ出た水蛇は符を飲み込み、毒龍へと変化を遂げながら中空へ昇った。

 

「行け」

 短い指令に従い毒の水流が大蜥蜴の長い口吻へ巻きついた――瞬間を狙って青が拳を握ると同時に毒水が凝固し、大蜥蜴の口を塞ぐ。

 かつての護衛任務時に遭遇した大蜥蜴との戦闘経験から編み出した、毒液封じの攻略法だ。

 

「お見事」

 覆面の下から紅鶴のほくそ笑んだ声。

 着地した足を軸に体を直角に翻し、刀を背の鞘に収めながら再び獲物へ飛び掛かる。重力と脚力の限りを込めて巨蜥の背へ踵を叩き落とした。

 肉が潰れ、骨がひしゃげる鈍い音が響く。

 

「ひぃいぃいぃっ!!」

 茂みから戦いを眺めていた鹿花がくぐもった悲鳴を漏らす。

 目許を覆った手の指の間から恐る恐る様子を窺うと、尾を分断されてのされた大蜥蜴の前で、紅鶴が着地する後ろ姿があった。

 その脇に青がしゃがんで、大蜥蜴の様子を確認している。

 

「し、し、死んだのですか……?」

「いや、昏倒《こんとう》させたつもりであるが、どうですかな」

「鱗と硬質な外皮のおかげで致命傷にはなっていないはずだ」

 

 胴回りに触れて呼吸がある事を確かめ、青は徐に長針を取り出した。皮膚の柔らかい部分を探り、首の付け根周りの鱗を捲って一息に突き刺す。

 針先には、対猛獣や妖獣用の強い睡眠薬が仕込んであった。

 

「鹿花佳師は、獣血人を見るのは初めてか」

 青が肩越しに、振り返る。

 腰を抜かした後輩が、生まれたての哺乳類のごとく茂みから這い出る様子が見えた。

 

「じゅ、じゅうけつじん?? というのですか、そういう方は……元は、に、人間? でしたよね……??」

 

「そうだ。獣血人。獣族の血をもつ人間だよ」

 苦笑し、青は再び視線を足元へ戻す。

 

「凪の法軍にも数名、訓練所にも在籍していると聞きます。その多くが西方の地の出でありますが、爬虫類族の獣血人は、珍しいですな。少なくとも、凪においては」

 と紅鶴。

 やはり彼に「獣血人を知っているか」という問いは必要なかった。

 

「哺乳類、鳥類の獣血人は面識があるが、私も蜥蜴族は初めてだ。炬には多いのだろうか」

「獣族の血を持つ人々……?? 凪にもいらっしゃるのですね?! ほぁ……全く、存じませんでした……」

 青と紅鶴の交互に頷きながら、鹿花は手帳にガリガリと書き留める。

 

 蜥蜴の血胤(けついん)が多く分布するのは、西方における南部域であるとされている。

 

 翡翠の陣守村で行われた北部経路開拓の決議の場において、チョウトクの天陽からもたらされた情報によれば、西方の南部は活火山群や亜熱帯地であり、巨大化した爬虫類や昆虫類が多く生息しているという。

 西方の子どもたちの間では、火の山に棲む炎の蜥蜴や人食い龍の物語が知られている。

 

「西方の地には……不思議がいっぱいなのですね……」

 鹿花はぼそぼそと独り言を繰り出しながら、伸びた大蜥蜴をまじまじと凝視していた。

 

 おっかなびっくり、だが好奇心を隠せずに頬を紅潮させている後輩の様子が、青に、初めて翡翠へ赴いた旅路の心が踊った日々を思い出させた。

 

 そこへ再びの谷風が、山裾から吹き上がる。

 ざわりと不吉な音をたて、山林の枯れ枝を撫でていった。

 凪の冬の風物詩である乾風ではない、異様な湿度を帯びている。

 

「シユウの名のもとに命ず」

 立ち上がり、青は天へ腕を伸ばして式鳥を空に放った。茶褐色の鳶が谷風に乗って急上昇し、急旋回して山裾を目掛け降下する。

 

「式鳥で、どうされるのですか……?」

 鹿花の拙い質問に対して、青は「偵察だ」と短く応えた。

 

 式の姿が梢の向こうへ姿を消したのを見計らい、青は式を放った手を額に添えて瞳を閉じた。

 意識を深く沈み込ませ、式鳥の視界を探る。常緑樹の梢を潜り抜けて山懐の村へ――そこは、闇だった。

 

「……え……」

 まるで汚泥の沼に潜ったかのように、鳶の視界は渦巻く闇に支配されていた。

 

「っ……!」

 急激に視界が途切れ、こめかみに鈍痛が走る。

 肩の重みが抜けた。

 式鳥が消失したのだ。

 

 目を開けると、後輩二人の気遣わしげな視線が青に向いていた。

 

「村で、何かが起きている」

「その前に、この男はどうされますか」

 山麓側へ身を乗り出す青の横顔へ、紅鶴が問いかけた。

 

「後で月岡上士に頼んで、人手を借りよう。それまでは目を覚まさないであろうが……」

 軽く頭を振ってから、青は周囲を見渡す。

 

 台地の斜面に削れた横穴を見つけ、紅鶴の力を借り大蜥蜴男の体を引きずって死角へ押し込めた。

 更に念押しのため幻術をかけて姿を隠す。

 

「すごい……幻術まで……」

 青の作業を見つめていた鹿花が、我に帰って手帳へ何やら書き込む。

 

「よし。村へ戻ろう」

 先んじて青は、村に向けて地を蹴った。

 

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