毒使い   作:キタノユ

94 / 119
ep. 48 龍と寒梅

 七重塔を出てから、青は藍鬼の小屋へ直行した。

 

 底冷えする室内に火を入れぬまま、棚の奥へ手を伸ばして束ねられた資料を取り出す。

 五大国を含むいわゆる「東方」側の地図と、チョウトクによる「西方」側の地図とを組み合わせ、青が自らも追記を行った自作の万邦地図だ。

 

「炬之国がそんな悲惨な状態だったなんて……」

 己の視野の狭さに改めて、自責の念にかられた。

 

 卓に広げた地図の上、炬之国の篝州から南西へ指を滑らす。露流河をもって東西の境界とするならば、五弁の花を象る五大国のうち、西方に最も近いのは凪、次いで炬となる。

 

 凪にとって西方で最も近しい隣国が、寛容な統治者と穏やかな民を擁する翡翠ノ國である事は、これ以上ない幸運であったのだ。

 

 一方、炬にとっての西方の隣国は、燃え盛る火の山が聳え、炎蜥蜴や人喰い火龍が跋扈するなど、子どもたちの間にまで奇譚怪談の類で伝わって「世にも恐ろしき地」とされていた。

 

 妖獣・妖魔の中でも、蜥蜴や蛇といった爬虫の眷属は殊更に獰猛で好戦的だ。妖瘴の毒素も強く解呪の技量が問われるため、難敵に分類される。

 

「戦力になる毒術師の数が足りなくなるかもしれない……ということは必要なのは裾野の拡大と人材の底上げ……か」

 

 いま自分が取るべき後進育成の方策とは何か、考えを巡らせる。

 

 優れた者をただ一人選び正弟子として育てることが本道ではあるが、現状において効率が悪いと言わざるを得ない。

 春が巡れば、青もまた幾度と西方へ赴くことになる。全てを手ずから導く育成法には無理があった。

 

「……実地も踏ませないと身につかないしな……あと戦闘向きではない人は……」

 

 凍える室内、青の呟きとともに白い息が漂った。

 かじかむ指先に気がついて、火鉢を探そうと振り返る視界に、蓋が浮いた文箱が目に入る。そこには、水蛇草の課題に対して最終的に集まった解答の束が仕舞われている。

 

 次に、青の視線は文箱の側に置いた額当てや覆面――小屋に帰宅して取り去ったもの――に向く。

 

「……」

 そして最後に、青の視線は棚の角に置かれた焼き物の徳利に辿り着いた。

 

 小屋の修繕を手伝いに来てくれた豺狼が土産にと持参した名酒だ。一晩では空にならず、「また遊びに来る」と彼が置いて行った。

 

「――そうだ」

 閃きと共に青は再び作業卓へ向き直って別の文箱を手元に引き寄せ、中から筆と書状用の白紙を取り出す。

 

 火鉢の存在を忘れ去ったまま、青は一心不乱に筆を動かした。

 修繕したての格子窓の外から差す冬晴れの光が、少しずつ室内の冷気を溶かしていく。

 

 結局、一度も火を入れることはなく、数通の書状を書き上げた青は慌ただしく小屋を後にした。

 

 

 七重塔の一隅には、高位技能師の詰所と同様に、高位職位者の詰所が設けられている。

 

 前者と同様に諸々の事務手続きを司る窓口の他、特徴的なのは軍議を執り行うための幾つかの会議室が配されているところだ。

 

 白漆喰と板張りの壁が連なる長廊下を突っ切り、高位技能師の詰所と向かい合うその一画へと、青は足を踏み入れる。

 

 規則としては高位者同士、互いの詰所を訪れることは許されているものの、その実、行き交う者は少なく交流の気配は薄い。

 

「……どなたかお探しか?」

 開け放たれた広間の入り口付近に立っていた上士が、青の気配を察して振り返る。

 

 手甲にある龍に一瞥をくれ、訝しげな色を目元に滲ませながらも礼を失せぬよう迎え入れてくれた。

 

「毒術師、龍の位シユウと申します。峡谷豺狼上士がこちらにいると伺いました……お、お取次いただけないでしょうか」

 

 条件反射で過度に丁寧な口調になり、かえって不遜な印象を与えていないかと内心で冷や汗が滲む。

 さすがは上士や特士ばかりが集まる場所とあって、そこにいる誰もが歴戦の猛者に見え、気圧されそうになる。

 

「お待ちを――峡谷、客人がいらしてるぞ。シユウ一師だ」

 広間にいた数人が「一師?」と小声を揃えた。

 

「俺に?」

 詰所の広間で数人の同僚と窓際の長椅子に腰掛けていた豺狼が、腰を上げる。

 青の姿を見とめ、長身が破顔した。

 

「一師……ってことは龍?」

「若いな。龍だの麒麟だのって爺さんや婆さんが多いと思っていたが」

「いつの時代の話よ」

「あれだろう、毒術といえば。凪史上最年少だっていう」

「へぇ」

 

 品定めをするような視線がいくつも突き刺さる中、入り口に佇む青の元へ豺狼が駆け寄った。

 

「どうしました、一師」

「峡谷上士に、ご相談したい事があります。事前の連絡もなく申し訳ありません……」

「いいえ、ぜひ。場所を変えますか」

「差し支えなければ、蟲之区へ」

 

 青の提案に、豺狼は快く頷いた。

 

 

 蟲之区の資料室区画、窓辺に据えられた机にて、青と豺狼は向かい合った。

 

 青は持参した地図を広げ、研修での一連の出来事を細部にわたり述べていく。

 青の言葉が尽きるまで、豺狼は黙して耳を傾けていた。

 

「……ふぅ」

 小さな一息と共に青の視線がふと机上の地図へと逸れた。

 

 その仕草を一区切りと見なし、

 

「俺たちが翡翠へ向かった頃よりも、状況はさらに悪化しているんだな」

 豺狼もまた、一度冬晴れの窓へと視線を流し、そして再び青へと戻した。

 

「それにしても、あの護衛任務の時からつながっていたとはね」

「やっぱりそう思うよね……」

 

 第三者の目がなければ、二人の口調は自然とくだけたものへと変わる。

 だが互いにどこか灰色の紗が被せられたような心持ちで、自然と言葉が途切れていった。

 

 豺狼の口から最後まで陽乃や侍女の名が出ることはなかったが、かつて関わりを持った人々の顛末に、少なからず思うところがあるのは明白だ。

 

「あ……シユウ一師だ。峡谷上士も」

「お二人が友達同士って本当だったんだ」

 

 若い技能師たちの視線が、書架の隙間から窓際へと向けられる。

 降り注ぐ冬の陽光がまばゆく輝く中、張り詰めた空気を纏う二人の姿に若者たちは声を潜め、息を殺した。

 

「それで」

 沈みかけた空気を引き戻すように、豺狼の声音が軽やかに続く。

 

「一師が考えた育成方法というのは?」

「――え」

 

 青が顔を上げると、

 

「俺に相談っていうのは、その事なんだろう?」

 友は朗らかな微笑をたたえていた。

 

 

 蟲之区の工房に設置された掲示板の前に、再び若手の毒術師たちが寄り集まった。

 

 そこに、新たな募集が掲示されている。

 

 

 求    指導希望者

 条件   毒術師 狼もしくは虎の位

      必須課題および選択課題一つを達成

 

 人数   若干名

 

 提出先  毒術師 龍の位 シユウ

 募集主  毒術師 龍の位 シユウ

 

 

 掲示板の脇、卓上に文箱が置かれている。

 朱塗りの蓋には龍を象った金具が施され、その中には課題が書かれた数十枚の用紙が収められていた。

 

 今回の課題は三つの試練を提示する構成となっている。

 

 必須課題、毒術を学ぶ姿勢が問われるもの――水蛇草問題に類似している。

 選択課題一、毒術の知識、技量が問われるもの。

 選択課題二、戦う力を問われるもの。

 

「難易度が上がってるぞ……」

「本格的に指導に取り組んで下さるという事じゃないか」

 

 課題の紙を手にした若手毒術師たちは、それぞれの方向へと散っていく。文箱の中は、瞬く間に空となった。

 

 

 若手たちが課題に取り組んでいる間に青は再び、高職位者詰所の広間へ向かう。そこに豺狼が待っていた。

 

「何人かの同僚や先輩方から快諾をもらいました。皆、一師のお墨付きなら何も異論はないと」

「ありがとうございます、本当に」

 

 深々と頭を下げる青の肩を、豺狼の手がそっと叩く。促されるように、青はゆるりと顔を上げた。

 

「俺は一師の提案に賛同した上で動いているんです。頼まれたからじゃない」

「峡谷上士……」

 

 相変わらずの、細氷の輝きのような笑顔で励まされる。友人ながらあまりの好青年ぶりに、目眩がしそうだ。

 

 豺狼の背後、壁際の長椅子に腰を落ち着けていた数名の上士と、ふと目が合った。一人が代表するように「押忍」と青へ笑みを向ける。

 手には、青が小屋で書き上げた書状の一つ。

 その周囲に集まっているのは、豺狼を通じて快諾を得た面々であろう。

 

「あ……ありがとうございます、どうぞよろしくお願いします!」

 

 青は改めて頭を下げた。

 目元や口元を覆われているために、こうした場面では自らの感情を伝えにくく、歯がゆさを覚える。

 

「ふふっ」

 青の思わぬ声量にぽかんと驚いていた上士たち、とりわけ女性陣が顔を見合わせ、くすりと笑った。

 

「毒術って暗〜い人が多い印象だったけど、元気で良いじゃない」

 どうやら青を年少者だと見定めたらしい年長の上士たちが、気さくに言葉をかけてくる。

 

「一師とは、俺が准士だった時分に一度任務を共にしたことがある。その頃の一師はまだ狼か虎であったかと思うが。細やかな仕事ぶりが印象に残っていてな。だからむしろありがたい申し出だ」

「仕事がしやすくて指名したかったんだけど、昔から売れっ子だったよなぁ」

 

 彼らはかつて、青と何かしらの任務を共にした事のある面々であり、いずれも青の仕事ぶりに良い印象を抱いていた。

 

 龍への昇格の際、長から伝えられた、

 

――任務の七割近くが指名によるもの

――技能師の中では上位に入る

 

 それらの評価が、まさにこの状況を裏付けていた。

 

「何やら、珍しく賑わっているな」

 詰所の奥へと連なる廊下の方から、低く重みのある声が広間に届く。

 

 にわかに上士たちの背筋が伸びて、場の空気が凛と改まった。

 

赤鷹(せきよう)特士、ちょうど良いところに」

 豺狼がその名を呼ぶ。

 

 現れたのは、顔の中央に走る傷と赤髪が特徴的な小兵な男。

 五十路に差し掛かる年齢か、皺の刻まれた顔には年季が滲むがその身に纏う気配は鋭く、冬の厚い上衣の上からでも鍛え上げられた肉体の頑強さが見て取れた。

 

「特士、ぜひご紹介させてください。こちらは毒術師のシユウ一師です。一師、こちらは俺の指南役を務めて下さった赤鷹特士です」

 

 元弟子の紹介を受け、特士は「……ほう」と短く相槌を打ち、緩やかに青へ会釈を向けた。

 

「『初めて』お目にかかる、一師。赤鷹と申す。教え子が世話になっているようだ」

「――あ、し、失礼しました。毒術師、龍の位、シユウと申します……」

 

 むしろ豺狼に世話になっているのは自分の方で、と伝えようとして、省略した。威厳を絵に描いたような存在を前に、それがひどく無粋に思えたからだ。

 

 同時に、青は気が付く。

 この気配を、知っている。

 

「特士、少しお時間を頂けますでしょうか。ご相談申し上げたいことがあります」

 豺狼は広間の奥、軍議室へと続く廊下を指し示した。

 

 

 高職位者詰所の軍議室は、室内中央に大卓が置かれ、前方と廊下側が板書可能な壁となっている。

 

 石灰石を粉末にし、特殊な粘着液で固めた筆記具が備えられていて、直前まで妖獣駆除任務の作戦会議が行われていたらしい、あちこちに消し残しが散見された。

 

「…………」

 卓を挟んだ奥側に赤鷹が立ち、青から手渡された書状を広げている。

 目を落とし、黙々と文字を追う。

 

 防音の施された室内には咳払いの一つも響かず、卓を挟んで対する青に聞こえるのは、寝不足がもたらす己の耳鳴りだけだ。

 

「なるほど」

 最後の一行、一文字までしっかりと目を通した赤鷹の目が、書状を隔てて青を見据える。

 

「つまり、一師が然るべき選考を経て選び出した若手の毒術師を、任務に指名してほしいということですな」

 

 青が小屋でしたためた書状の数々は、上士や特士ら高位者に宛てた、任務指名を願う請状(うけじょう)であった。

 青が提示した課題を高水準で達成した者を、任務に指名して欲しいと依頼するものだ。

 

 また、冬が明けるまで――弥生の月いっぱいまでは、いかなる任務であろうと、青が監督補助のため同行する事で任務遂行に障りが出ないよう担保している。

 

 可能な限り多くの有望かつ熱意のある若手に実地の機会を与えるため、課題は定期的に更新され、その都度、厳正な選抜を行う。

 

 戦闘ではなく研究や創造の才に秀でた若手には、高位技能師に師事の機会を請う引合(ひきあわせ)状も用意している。

 

 他道の技能師との交流も貴重な機会となるため、要や庵にも相談を持ちかけるつもりだ。

 

 要するに、青が再び西方へ赴くまでに、有望な若手毒術師を各方面へと売り込む――それが、青の考案した育成策だ。

 

 端的に言えば当初は「龍との抱き合わせ」という側面が強いが、本人の精進次第で青の手が離れた後も自ずと次の声がかかるであろうと期待している。

 

「――よく、この短期間のうちに考えられましたな」

 丁重な手つきで静かに、赤鷹は書状を畳んだ。

 

「もし有効と証明されるならば、成果をまとめ、各高位技能師の方々にもお伝えしたいと考えています」

 

 一師一弟の正弟子(せいでし)制度に加え、新たな選択肢として確立されれば、技能師道の底上げに寄与するはずだ。

 もっとも、この方法は若手に相応の熱意と努力を求めるだけでなく、高位者にも大きな負担を課すこととなる。

 拒否や反対の声が少なからず上がることは、避けられない。

 

 それでも今の毒術師道には選択肢――すなわち機会と可能性を増やす事に意味があると、青は考えている。

 

「仔細、承知した」

 赤鷹は、畳んだ書状を懐へおさめる。

 

「特士仲間にも伝えよう。この書状の写しを、用意してもらいたい」

「あ……ありがとうございます! 感謝申し上げま――っ痛!!」

 

 閉めきられた室内に、青の額が卓を打つ鈍い音が響いた。

 

 

「待て!」

「ぎゃっ!」

 

 飛び出しかけた少年の足がもつれ、積雪に転げる。

 直後、その目の前、雪塊や枯れ枝葉と共に嵬熊(がいゆう)――熊の妖獣――の巨体が叩きつけられるように落ちてきた。粉雪と砕氷片が巻き上がる。

 

 すかさず真上から准士が飛びつき、漆黒の毛並みへ逆手に構えた長刀を突き立てた。断末の咆哮と共に赤黒い血が爆ぜて、白銀の景色を汚す。

 

 少年に一瞥をくれることもなく、准士は即座に雪を蹴り次の標的へと駆け去った。

 白樺の樹々の向こうで炎が立ち昇り、白い幹がほの赤く照らされる。

 嵬熊を相手取る誰かが放った風術が、赤黒い雪煙を噴き上げた。

 

 ここは凪の北東、山岳信仰の篤い霊山の奥地。

 氷雪に閉ざされた深森に棲まう熊の妖獣が異常繁殖し、霊山を(まつ)る周辺地域の被害が深刻化していた。報告を受け、法軍は駆除隊を編成した。

 

 深山の奥に足を踏み入れた一隊を待ち構えていたのが、大木をも凌ぐ体長をもつ熊の妖獣、嵬熊の群れであった。

 

「な、何……」

 顔を覆う面や頭髪に付着する妖獣の体液を拭き取りながら、少年は身を起こす。

 足元に視線を落とせば、特殊糸が片足に絡みついていた。

 糸は苦無の持ち手に括り付けられている。

 

「何するんですか!」

 背後から、積雪の下に埋もれた落ち葉を踏む足音が近づく。

 少年は振り向きざまに抗議の声を上げた。

 

 現れた人影――青は覆面の下で聞こえないため息を漏らしながら、糸を手早く切って苦無を拾い上げる。

 

「私は、早まるなと言ったはずだ」

「でも――」

「皆の邪魔をしてどうする!」

「っ!」

 

 鋭い叱責に、少年は身を硬くした。

 

 あ

 しまった

 怒鳴ってしまった

 

 青はただちに後悔した。

 

 この度の課題を達成した者の中から青が選抜したのは、戦闘を得意とする佳師の少年であった。

 毒術を取り入れることで、さらなる戦力としての向上を図りたいと志望の動機を語っていた。

 

 妖獣討伐任務の隊長を務める豺狼から指名を受け、約束通り、青も同行して少年の監督をしている。

 

 これが思いのほか、神経を削るものだと思い知らされた。

 

 生半可に腕に覚えがある分、無闇に逸《はや》る。

 戦いの妨げにならないよう、青が常に目を光らせなければならない。

 

「……言いすぎた。ごめん」

 萎縮した少年のそばへ、青は身を屈め、声を和らげる。

 実地指導の経験が浅く余裕を欠いたがために、つい語気を荒げてしまった。

 

 かつて青自身も、幾度となく上官に叱られてきたものだ。

 時に理不尽な場面もあったが、今となっては、上官たちの気持ちが理解できる気がする。

 

「い、いいえ……ぼくが、一師のご指示をちゃんと守らなかったから……」

 士官して間もないと思しき少年は、視線を落とし、俯いていた。

 顔を覆っている何かしらの獣の面が、悲しげに目尻を下げているように見える。

 

「戦況がうまく回っている時に、技能師が前に出る必要はない。彼らに不測の判断を増やしてしまうだけだからね」

 

 この場合の正解は――戦いから適度な距離を保ち、邪魔にならない範囲で足止めや弱体化の補助を行う――だ。

 

「君が下士でいる時と、毒術師の佳師でいる時とでは、果たすべき役割が違う。当然、立ち位置も違ってくるんだ。逆に、君が下士として戦っている時、毒術師にどうして貰えば戦いやすいか、考えてみれば良い」

「――あ」

 

 すとんと腑に落ちたような声を漏らして、少年の仮面が青を見上げた。

 

「立ち位置が変われば、視点も変わる……」

「そう。戦闘が得手であるからこその視点は、佳師の強みになるはずだ」

 

 青が深く頷いて見せると、仮面の奥で少年の表情がほころぶ様子が伝わった。

 

「もう少し前へ移動して、戦況を確認しよう」

「は、はい!」

 

 少年は雪を払って立ち上がり、意気揚々と白樺林へと駆けて行った。

 今度はきちんと言いつけを守り、視界が確保できる位置でしっかりと足を止めている。

 

「……僕も精進が必要だな……」

 成長の兆しを目の当たりにしながら、青は湿り気のある雪を踏みしめ、後に続いた。

 

 

 任務を完遂後、一隊は転送陣を抜け都へ帰還したのち、豺狼の号令で解散となる。

 時刻はすでに深夜帯。

 冬の冷気が静けさを伴って、都を澄んだ空気で満たしていた。外灯の光が、石畳におりた霜に淡く滲む。

 

「また指名してもらえるように、頑張ります!」

 冬空に瞬く星々の下、凍りつきそうな白い息を吐きながら、少年佳師は何度も礼の言葉を繰り返した。

 

 去っていく背中を見送る青の横顔に、

「お疲れさ――」

 撤収を終えた豺狼の声がかかる。

「――うわ、これぞ精魂尽き果てたってところだな」

 振り返った青へ、豺狼は失笑をこぼした。

 額当てや覆面で顔を隠していても、全身から心労が滲み出ている。

 

「……皆さんに迷惑をかけてなかったかな……」

「ちっとも。『一師』殿が説教してる声は聞こえたけど」

 

 わずかな同情と、それを大きく上回る愉快げな笑みを浮かべ、豺狼は言葉を継いだ。

 

「……それね……ついつい怒鳴りつけちゃって……」

 青は腹部を押さえ、深く息を吐く。罪悪感で内臓が破裂しそうだ。

 

「不思議だよな。自分は怒られても平気なんだけどさ」

「相手が年下だと余計に……」

 

 そうそう、と二人で苦笑と白い息を交わすと、胃の中の鉛がすっと溶けていくように気持ちが軽くなる。

 

「そんな調子で大丈夫か? 明日からもしばらく任務同行が続くんだろう?」

 

 豺狼が心配する通り、青の予定表は春までほぼ休み無く、後進指導で埋まっている。

 任務同行、各方面への挨拶廻り、課題作成、施策成果のまとめ――やるべき事が山積していた。

 

「とにかく冬の間は後輩指導に全力を尽くすつもりなんだ。これまでサボっていた分を取り戻さないと」

「師匠が倒れたら元も子もないからな。気をつけろよ」

 

 豺狼の気遣いに「大丈夫!」と応えたものの、春を迎えるまでの約三月(みつき)と少しの間に、青は過労と風邪で二度ほど伏せる事になるのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。