毒使い   作:キタノユ

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ep. 51 月籠る魂魄(こんぱく)(2)

 幻術のヌシ討伐事件は、ぎこちなかった師弟の距離を確かに縮めた。

 

 以来、ハクロに心を開いた青が「質問攻撃」を繰り出すようになったのは、言うまでもない。

 

「なるほど……これか……一師が仰っていたことは……」

 

 指導の合間、ハクロは深いため息にまぎれて弱音を漏らす。

 気づいているのか、気づかない振りをしているのか、青の攻勢は緩まなかった。

 

 この頃の青が最も興味を抱いていたのは「光と闇」の性質についてだった。

 学校で習うことができない、という制限がなおさら、好奇心を駆り立てているようだ。

 

「ハクロ様、次は闇の性質について教えてください!」

 

 蟲之区の資料室の片隅で、青はハクロと机を挟んで向き合っている。

 幼い弟子と、鳥仮面――この奇妙な組み合わせは、たびたび職員たちの関心を引いていた。

 

 机上には、薬術、毒術の上資格取得を目指すための学習資料が並んでいる。

 

「闇は、そうだな……毒術の解呪は『消滅』『減衰《げんすい》』。幻術では『遮断』『閉鎖』……そうだ、血判通行証、薬剤符、式符といった技法は、闇の『封印』『吸収』の性質をもって、術や薬剤を媒介に封じ込めている」

「そうだったのですね! だから小松先生は、『縁の下の力持ち』って言ってたんだ……」

 

 青は独りごちるように呟き、ハクロの言葉を半紙に書き写す。

 一言も漏らさまいと勢いに任せた筆圧で、紙にところどころ穴が空いていた。

 

「あの、光は『生きる力を高める』でしたよね。では、闇は、どうなのですか?」

「うーむ……」

 

 青の質問に白き妖鳥はしばし思案し、視線を宙に泳がせる。

 どんなに些細な疑問にも、毎度毎度、真正面から誠心誠意向き合う――それが、ハクロだった。

 

 考え込んだまま、しばらくの沈黙が続く。

 青は毎度、大人しく待っていた。

 

「光は『生きる力を高める』というのは、あくまでも、俺が関わる範囲での解釈なのだ」

「……?」

 

 青が首を捻ると、ハクロは再び「うーむ」と小さく唸る。

 

「光も闇も……特に闇は、だいぶ複雑なことになっていてな……異説……ええっと、つまり、色々な解釈や、違う考えが、たくさん存在するということだ」

 

 ハクロのこの不明瞭な答えの意味を、青は後々に理解することとなる。

 

 五神通術と異なり、光と闇の性質は体系化されぬまま、五大国では解釈や流派、技法が乱立している。

 

 そんな中で、治癒術や薬術だけは例外だった。

 

「人命を救う」という崇高《すうこう》かつ実質的で明確な目的があるからこそ、各国で医療現場における光術の体系化が進んでいる。

 凪では医学分野との連携も進められていた。

 

 ハクロいわく「俺が関わる範囲での解釈」とは、このことを示していた。

 

「他に、どんな考え方があるんですか……?」

「そうだな、例えば」

 

 ハクロは、指を半紙の上に添えた。

 紙面には青が書き取った、光の性質と、闇の性質を表す語彙が並んでいる。

 

「光は『構築』、闇は『破壊』。もしくは光は『進化』闇は『停滞・退行』――そんなふうに考えて闇を嫌悪される御仁もいるし、闇は『鎮静《ちんせい》』『静寂』『中和』と解釈して、光とは異なる安寧《あんねい》や救いをもたらすものと考える方もいる」

「破壊と考える人も、救いと考える人もいるんですか……正反対の考えなのに……」

 

 青がハクロの言葉をなぞる。

 

「そう。それぞれ、色々な考え方があるのだ。それでも総じて共通するのは、光と闇は相反……陰陽……ええと、表と裏のような関係である、というところだな」

 

 いや……、とハクロは一旦、短い呼吸を挟んだ。

 

「それすら、俺の浅見《せんけん》……つまり浅はかな考えかもしれない」

「ハクロ様も知らないことが……たくさんあるのですね」

 机越しに身を乗り出す青へ、ハクロは深く頷いた。

 

「そうだ。俺もまだまだ勉強が必要、ということだ」

 妖鳥の面の奥で、ハクロはそっと息を吐く。

 

「俺が龍に昇格できれば、禁書にも触れられるのだが……あ、いかんいかん」

 

 迂闊なことを口走ってしまい、慌てて首を横に振った。

 仮面の上から口元にあたる箇所――嘴を両手で塞ぐ。

 

 そんな師匠の慌てた様子に、幼い弟子はくすりと笑った。

 

「――小松先生のおっしゃる通りだぞ、青」

 気を取り直したように咳払《せきばら》い一つを挟《はさ》み、ハクロは背筋を正す。

 

「……? は、はい」

 青も、背筋を伸ばした。

 

「好奇心を持つことはもちろん大切だ。大人になれば、学ぶべきことが膨大に待っている。学びたいと思える道を選べば、いくらでも学ぶことができる」

 

 冬曇りの雲が溶け、澄んだ空から注ぐ日差しが、師弟の向き合う席を包んだ。

 硝子越しに溢れる光が粒子となって舞い、青の黒髪と黒い瞳を煌めかせている。

 

「だから今は、先生方の教えをきちんと聞き、学校で教わることを、しっかりと学び、身につけなさい。それがお前の礎《いしずえ》……土台となるのは間違いないのだから」

 

 ハクロは一言ずつを刻むように、語りかけた。

 

 

 それから八年。

 ハクロの教育方針は、首尾一貫したものであった。

 

 何よりも「基本」に忠実であること、それを血肉に刻み込むほどに反復することを、青に課した。

 

 学問においては、学校教育と資格取得を軸に据えて、徹底的に基礎を深掘りさせた。

 

 神通術においても、教育課程を踏み越えることはなかった。そして威力よりも制御と精度に焦点を置いて鍛錬《たんれん》を重ねさせた――それは藍鬼の方針を受け継いだものだ。

 

 これが後々、朱鷺の目に留まるきっかけとなることを、ハクロは知る由もない。

 

 青はハクロの教えを忠実に守り、その成果を確かに示してみせた。

 

 初等学校および中等課卒業時、学科の上位成績者として表彰を受け、法軍の士官採用試験においても、学科において首席合格を果たしたのだ。

 

 ただし、五神通術の術力は実戦基準に満たなかったため、「下士・大月青」には内勤の辞令が下された。

 

 それでも、学業成績の優秀さ、加えて薬術・毒術の甲資格を有することが考慮され、医療現場への配属が決定した。

 

 青の名が俎上《そじょう》に載せられた途端、数々の医院や診療所から手が挙がったが、三葉医院から猛烈かつ熱烈な圧力――もとい働きかけがあったことは、ハクロの耳にも届いていた。

 

 

「……これで良かったのだ」

 

 手のひらに乗せた木札の上に、ハクロは長いため息と呟きを落とした。

 

 春浅い、南の森。

 蕗《ふき》の薹《とう》や仏の座が芽吹き始めた小道へ分け入る。

 

 ふと、肩越しに振り返ると、遠ざかる小屋の戸口に、まだ青の姿があった。

 こちらの視線に気づいて、手を振っている。

 

 十五歳になっても、時おり見せる子どもっぽさが、なんともいじらしいものだった。

 

「……」

 応えたくなる衝動を抑え込み、ハクロは青から背を向けた。

 

 何度も共に歩いた道を、今はひとり、草を踏み分け進む。

 

 今しがた、青から師弟関係を証明する木札が返却された。

 これをもって、ハクロと青の正師弟関係は解消されたのだ。

 

 これからは、薬術の麒麟と、新米下士の関係――明日からは、口をきくどころか、相見える機会すら訪れることはない。

 

 ふたたびお互いの立場が変わる、その日までは。

 

「……一師……」

 不意に、鶯の初音が聞こえたようで、ハクロは顔を上げた。

 

 沈丁花《じんちょうげ》の香を辿り、西の方角へ顔を向ける。

 梢《こずえ》の向こう、空が薄く茜色に染まり始めていた。

 思わずその場で、足を止める。

 

「八年の間……俺は……なすべきことを、なしたつもりだ」

 

 遥か彼方の地に散った、敬愛すべき友でもあった藍鬼へ、届かない言葉を風に溶かした。

 

 振り返れば、藍鬼の最期の旅立ちの出発地点となった小屋はもう、木々に覆われて見えなくなっている。

 

 運命となった旅、その出立の前夜。

 ハクロは藍鬼に呼ばれ、ひとり小屋を訪れていた。

 

 妙に片付いた室内に、言いしれぬ不安が胸を掠めたことを、覚えている。

 

 

「少し、待っていてくれ」

 

 藍鬼は、ハクロを部屋の中央に座らせると、奥の部屋へと姿を消した。

 葛でも開いて探し物をしているのか、がさがさと硬い音が聞こえてくる。

 

 胸のざわめきを持て余しながら、ハクロは部屋を見渡した。

 やたらと物が多い印象のあった室内が、その日はやけに広く感じた。

 

 開け放たれた戸口から、雨季の名残を孕《はら》んだ風が吹き込む。湿った土の匂いに混じる半夏生《はんげしょう》の青臭さに、ハクロは仮面の下でそっと鼻を啜った。

 

「待たせた」

 

 ほどなくして、奥の部屋から戻った藍鬼も、ハクロの正面に同じように胡座《あぐら》を組んだ。

 奥の部屋から持ち出した文箱《ふばこ》を、二人の間に静かに置く。

 

 漆の艶《つや》やかさに、蒔絵《まきえ》と螺鈿《らでん》の精緻《せいち》な細工が映える見事な工芸品だ。

 いつだったか、任務先で礼だと無理やり押し付けられた品だと、聞いたことがある。

 

「……これは?」

 いっそう強くなる胸の内のざわめきを飲み下し、ハクロは短く問いかける。

 

「遺書だ」

「……」

 

 臓腑《ぞうふ》に冷や水をかけられたような悪寒が走る。

 身震いを堪《こら》えながら、ハクロは目の前に置かれた文箱を見据えた。

 

「残念ながら、お前宛てではないんだ」

「一師《いっし》……、藍鬼《らんき》……!」

 

 彼には珍しく、冗談めかした口ぶりだが、今は笑えない。

 ハクロの声には、わずかな苛立ちが浮かんでいた。

 

「遺書くらい、珍しいものではないだろう。法軍人なら誰しも、備えるものだ」

「それは、そう、だが……」

 

 実際、任務に赴《おもむ》く機会の多い法軍人のほとんどは、法務局に公的証書として遺書を預けている。

 ハクロ自身も例外ではない。

 それは半ば義務であり、事務的なもの。

 

 だがこうして美麗な文箱に収められた様は、仰々しく、ハクロの胸の内を重く押し潰した。

 

「お前に、どうしても面と向かって伝えておきたかった。同期の友として、遠慮なくな」

「同期……」

 

 その言葉が、ことさらハクロには感傷的に響く。

 

 新米技能師として、同時期に狼の位を授かった、ハクロ、ホタル、藍鬼の三人。

 蟲之区の資料室で、ホタルが書架から盛大に雪崩《なだれ》を起こして困り果てていたところに、手を差し伸べたのが藍鬼とハクロの二人だった。

 

 そこから始まった、同期のよしみ。

 十数年の後、共に命運を賭した旅へ踏み出すことになろうとは、あの頃の誰が想像しただろう。

 

「ハクロ。俺に万が一があれば……青のことを、頼みたい。そのために必要な金も、別口で用意してある」

「……縁起でも無いことを――」

 

 今度はハクロが苦笑で返してやったが、ひとつも冗談のつもりがない藍鬼の様子に、息を呑む。

 

 藍鬼の筋張った指が、文箱の蓋を押し上げる。

 

 中に収められていたのは、遺書と共に、青へ身の回りの品々を譲渡するための書類や判。

 その事務的で無機質さが、生々しい。

 

 いよいよ彼の覚悟の大きさを知り、込み上げる吐き気を抑え込みながら、ハクロは黙って藍鬼の「遺言」を聞いていた。

 

「何故、これほどまでのものを、あの少年に……他に託すべきご家族は――」

 

 そこまで口にして、ハクロは言葉を呑んだ。

 

「……出過ぎた詮索《せんさく》だった……申し訳ない」

「気にするな」

 

 善良な友の反応に、藍鬼は仮面の奥で小さく笑う。

 

「俺の家族は少々……クセが強くてな。青の方が、よほどしっかりしている」

「……」

 

 どこまでが本気か測りかね、ハクロは返す言葉を探しあぐねた。

 

「何をすれば、いいのだ……子どもの世話など、俺には……」

 

 文箱に問いかけるように、ハクロは伏目がちに呟く。

 視界の中で、藍鬼の両手で改まったように膝へ置かれるのが見えた。

 

「青が毒術の道を選ばぬよう、導いてやってほしい」

 

「――っえぇ! っむぐ」

 腹の底からの驚きが飛び出るとともに、ハクロは弾かれるように顔を上げた。

 

 思わず前のめりに傾く。不意に飛び出した素《す》っ頓狂《とんきょう》な声に驚き、思わず片手で仮面の嘴《くちばし》を押さえた。

 

「し、しかし、藍鬼、確かあの少年は……!」

「ああ」

 しどろもどろなハクロへ、藍鬼はゆるりと頷き返す。

 

「強い闇の性質を宿している――『可能性』がある」

「『可能性』、なのか……?」

 

 藍鬼の隠し子疑惑が技能師界隈で実《まこと》しやかに囁《ささや》かれていた頃――巷の与太話《よたばなし》に疎《うと》いハクロが、青の存在を知ったのは、この小屋を訪れたときだった。

 

 負傷した藍鬼に、覚束《おぼつか》ない手際と知識ながら懸命に手当を施した痕跡が、健気に映ったのを覚えている。

 

 その後、快復した藍鬼が語ったのは「森で拾った」という少年、青との出会いと成り行きだった。

 

『ガキがてらに三つ目猪とやりあった挙句、妖瘴《ようしょう》にも平気な顔をしていたのでな。興味が沸いた』

 

 と。

 当時の藍鬼の報告を聞き、ハクロは絶句したものだった。

 

 妖は静かに獲物を喰らう。

 辺りがしじまに沈む時、それは妖の予兆――弱き獲物は音もなく喰われ、人知れず姿を消す。

 

 痕跡なき失踪者を「妖餌《あやかしのえ》」と呼び、失踪そのものを「妖の腹落ち」などと呼ぶ地域もあるほどだ。

 

 妖が吼える時――それは対象を弱き「餌《えさ》」ではなく「敵」と見定めた証である。

 

 妖瘴、は取り憑いた者の気力や生命力を削る。

 いかに肉体を鍛え抜いた強者であろうと、ひとたび蝕《むしば》まれれば、ただちに四肢が痺れ、脱力し、動作がままならなくなる。

 

 ましてや、体力も生命力も未熟な子どもならば、それは時に命取りともなる。

 ゆえに、最優先で解呪を施さなければならない。

 

 ところが青は、妖獣・三つ目猪を三度も咆哮させた。

 さらに、小屋に連れ帰って体を診るまで、妖瘴に憑かれていることに気が付かなかったという。

 

「この二年間、俺はあいつを観てきた。いくつか気がかりな兆候は掴んだが、確証を得るには……時間が足りなかった」

 

 膝に添えられた藍鬼の指先が、衣を掻き寄せた。

 

「……気がかりな兆候、とは?」

「まずは」

 藍鬼は文箱に蓋をし、そっと脇に寄せる。

 

「以前にも言ったが、妖瘴の耐性」

 これは後々、青を弟子に迎えたハクロも、たびたび目の当たりにする事になる。

 

「それから」

 と藍鬼は二本指を立てる。

 

「極端に乏《とぼ》しい五神通術の術力。二年鍛えてあの火力では恐らく……今後も劇的に伸びることはないだろう」

 

 淡々と語る鬼豹面の瞳が、ちらとハクロを見やった。

 

「光、あるいは闇の性質を備えた者は、それが強いほど、五神通術と相克《そうこく》する――それが定説であったな?」

「……」

「光あるいは闇の性質が五神通術を凌ぐほどに強ければ……光は術を増幅、変容させ、闇は術を支配し、制御する。あいつは初見で、水術と地術を掛け合わせ、水を引き込む技を成功させた」

 

 学校で五神通術の授業で成果を出せず、青が藍鬼に泣きついた日のことだ。

 

「なんと……」

 それまで静かに藍鬼の話に耳を傾けていたハクロだが、思わず驚きを漏らす。

 

 属性が異なる術を繋ぎ、自然を操る――本来その技術は一朝一夕《いっちょういっせき》に修得できるものではないのだ。

 

「あとは……俺の目で見たわけではないから、断言はできんが……」

 

 歯切れの悪い言葉を濁したまま、藍鬼は視線をそらし、床の隅をじっと見つめた。

 しばしの沈黙の後、不意に目線がハクロを捉える。

 

「なあ」

「う、うん……?」

 

 ハクロはわずかに身を強張らせた。

 

「妖獣・三つ目猪の特徴を、覚えているか」

「?」

 

 問いの意図が分からず、ハクロは仮面の下で眉を寄せる。

 

「奴の表皮は、針鼠のように硬化した毛に覆われているはずだな」

「あ、ああ、そうだな……それが、どうしたのだ」

「いくら弱点とはいえ、あの硬い表皮を、たかが五歳のガキが投げた小刀が、深々と貫《つらぬ》くものか……?」

 

 あの夜――仕留められた猪の急所に突き立った青の小刀は、刀身の半ばまで肉に埋もれていた。

 

「子どもにそんな力技が……、あの小さな少年が、か?」

 ハクロは苦笑を噛み殺した。

 

 三つ目猪は、凪の都周辺の森にて、頻繁に目撃される妖獣だ。硬質な表皮、屈強な巨体、そして怪力を誇る。

 凪の新米法軍人にとって、格好の実戦訓練・腕試しとなる相手である。

 

「青の母親は、どうやら薬草に明るかったようでな」

 

 出会った時、青はすでに、森の薬草を用いた基本的な傷の手当を心得ていた。

 ヨモギの効能について、「母さまが教えてくれた通りだった」とも口にした。

 

「小刀の刃先に、毒が塗られていた。恐らくはクサノオウとハシリドコロ――壊死《えし》や腐敗を早め、幻覚作用もある。致死《ちし》に至るほどの毒性は無いが……」

「……」

「……」

 

 二人は口を閉ざしたまま、互いに言葉を探すように、各々の視線を床や壁へと彷徨《さまよ》わせる。

 

「……藍鬼…………」

 先に口を開いたのは、ハクロだった。

 

「聞く限りでは、少年は毒術師としての資質は申し分ないように思えるが……。それだけの、闇の性質の兆候を見出しながら、なぜ、諦めさせたいのだ……」

 

 ――闇の才ある者は毒術、呪術、幻術に秀でる。

 後々のハクロも、青にそう語っている。

 

「……」

 藍鬼からの答えはなかった。

 黒い鬼豹面を、脇に置いた文箱に向けたまま、まだ何かに迷っているように沈黙している。

 

 ハクロは言葉を継いだ。

 

「お前は、よく語っていたではないか……毒術師道を、凪の未来を、特に後進育成のあり方について、熱心に……だから、あの少年の才を見出し、認め、弟子にしたのではないのか」

 

 語りあった相手――禍地《かじ》の名は、伏せたまま。

 

 ハクロは大きく息を吐き、仮面の奥で呼吸を整えた。

 一息に想いをぶつけたその熱を、鎮めるように。

 

 再びの沈黙の中、やがて藍鬼が再び口を開いた。

 

「……俺は」

 ゆるりと、黒い仮面が白き仮面へと向き直る。

 

「このまま、毒術の麒麟《きりん》の継承《けいしょう》が、断たれてしまえばいいと、思っている」

 

「――え……」

 

 思いもよらない答えに、ハクロは全身の震えを覚えた。

 

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