シングルファザーローランくん 作:なめなめろう(旧名:ELDERSIGN)
中層の完全開放戦はあっさり目で。まあ、この後が本番ですから。
図書館が都市の星になった後も本は順調に集まり、遂に中層の機が熟した。その結果、図書館は俺の感情を増幅し、幻想体の力を与えるとともに心を曝け出させた。
正直恥ずかしいから詳細は伏せるが、自然科学の階だと、命を奪い、都市の苦痛に加担し続けている俺に命を育てる資格があるのかという後ろめたさを曝け出した。
言語の階では、俺が決別したはずの復讐心を無理やり掘り起こされた。まあ、正直これはいいことだったかもしれない。きっといつかはこの心に向き合わないといけない時が来たはずだ。俺の怒り、やるせなさ。それをゲブラーとその司書補たちは受け止めてくれた。お陰で、俺は復讐心を強く自覚した上で、もう一度はっきりと決別できたからな。
で、今なんだけど……。
「はぁ…………」
「ローラン、どうだい? 少しはすっきりしたんじゃないかい?」
他人の窮状から目を背けたこと。俺と俺の家族をより優先すべきだったから。それは、巡り巡って俺に降りかかってきた。そんな過去を、見せつけられた。俺の罪。都市の罪。それと同じことを俺はまたやっている。俺と俺の家族の命のために、他の命を消費している。でも、それが都市だ。
「まあまあだな。すっきりした感じはあるけど、いつもの俺って感じはしないから」
「それでも、わだかまりを抱えたままよりはいいだろうね」
そういいながら、ケセドはコーヒーの準備をし始めた。
「……恥ずかしいのかもわからないまま、背を向けて、逃げてばかりの時期があったんだ。自分でそれっぽい嘘をついていただけで。逃亡者はいつまでも逃走者。自分に付けた烙印は消えなかったんだ。俺がどうしようもできなかったことに対する恥ずかしさ……俺も抜け出せなかったんだよ」
フィルターに粉をセットし、お湯を少しだけ注ぐ。蒸らしだ。
「知らんやつの苦痛は俺のせいじゃない。それはそれで、これはこれだから。どうしようもないことはどうしようもないんだ。」
「うん。どうしようもないことだから。そしてどうしようもないことはこれからもあるだろうね。そうするしかないことを今すぐ変えることはできないよ」
蒸らし終わったコーヒー粉に小さく円を描きながらお湯を注ぎ始める。手慣れた手つきだ。
「それでも恥を知ることはできるから。君が加わっている社会の中で恥を知るだけでも沢山のものが変わると思うよ」
「恥……俺はこの都市で苦痛の反復に加わっているという羞恥心……。そうだな。きっとそうだろうな……」
時々、幼いアンジェラの無垢な瞳に見つめられるとドキッとすることがある。庇護されなければ生きていけない弱い存在。だからこそ、何一つ穢れがなく、罪もない。そんな瞳に見つめられると、自分の汚れた手を、魂を自覚させられる。その度に、俺は今までの自分を恥じるんだ。同時に、この子にちゃんと向き合えるような親になりたいと、心から思わずにはいられない。
「理解してくれるとか感激しちゃうなぁ〜?」
その言葉と共に、ケセドはコーヒーを淹れ終わった。
「はい、コーヒー。今日は深煎りにしてみたんだ」
「どうも。……いつもより苦いけど、なんだか深いな」
「そうなんだ。コーヒーは深煎りにすると、苦味が強くなって、より香ばしくなるんだよね。それに、酸味も少なくなる。はい、これはチョコレート。あえてミルク多めのを選んでみたんだけど、一緒に食べてごらん?」
「どれどれ……」
苦味の強く、濃厚な味わいのコーヒー。その余韻が残った口の中にミルクチョコレートを放り込んだ。途端に広がる、まろやかなミルクのコクと甘み。そしてミルクに決して負けていないカカオの香り。それらがコーヒーの味わいをまったりとしたものに変えていく。
「……美味いな。コーヒーを飲むとチョコを食べたくなって、チョコを食べるとコーヒーが飲みたくなる……最高のコンビだな」
「そうなんだよね〜。深煎りのコーヒーにはこういう甘くてクリーミーなお菓子が合うんだよね?」
ケセドはいつもの爽やかな笑顔でそう言った。
「コーヒーご馳走様」
「またおいで〜」
空になったコーヒーカップをそのままにして、俺は社会科学の階を後にした。
◇◇◇
総記の階に戻ると、アンジェラが、ベビーベッドにいるアンジェラを眺めていた。
「アンジェラ! アンジェラ!」
アンジェラは最近、しっかりと言葉を喋れるようになった。親としては子供の成長の早さに驚くばかりだ。
「アンジー……」
アンジェラが娘の愛称を口にしながら、ゆっくりと手を差し伸べる。その手の小指と薬指を、俺の娘は小さな手で掴んだ。キャッキャッと笑うアンジェラと優しく微笑むアンジェラ。その光景がどうしようもなく尊く、同時にどうしようもなく悲しくなった。
人の命を奪うことでしか、自由になれないアンジェラ。そのアンジェラが、慈しむような表情で赤子を愛でている。なんて、なんて皮肉だ。
その時。俺の娘が、もう一方の手でベッドの柵を掴み、ゆっくりと立ち上がった。初めてのつかまり立ちだった。
「マジかよ!」
「ッ!……見ていたのね」
思わず声を出した俺に、肩をビクリと震わせて驚くアンジェラ。しかし、手を娘に掴まれているからか、動くことができない。
「あなた……趣味が悪いわよ」
「ごめんごめん。でも、邪魔しちゃ悪いと思ってさ」
つかまり立ちをしながら、とぼけた顔で俺たちを見つめるアンジェラ。あまりにも可愛い。天使か?
「アンジー! 偉いぞ! さすがは俺の娘だな!」
「ハァ……」
そうして、小一時間娘を褒め続ける俺の側で、アンジェラは呆れた顔をしながらも付き合ってくれるのだった。