シングルファザーローランくん 作:なめなめろう(旧名:ELDERSIGN)
とんでもなく難産でした。
俺は、ほとほと疲れ果てた。命のやり取りにも、他者を踏み躙ることにも。決定打はシャオとロウェルを本にしたことだった。俺は、その二人に過去の自分を重ねてしまったんだ。血染めの夜を追っていた頃の自分達を。
考えてみれば随分と頑張ったような気がする。最愛の妻を失って、それでも踏ん張り続けて。一生懸命にアンジェラを育ててきた。常に現状で取れる一番いい選択をしてきたはずだ。
その結果が図書館でひたすら人を殺すことに繋がるんだから笑えもしないけど。まあ、司書も館長様も悪いやつじゃないし、なんなら友達って言っていいと思うけど、それはそれで、これはこれだ。あーあ、俺の人生っていっつもこうだよな。
とまあそんなわけで、少し休むことにした。何もしない時間が欲しかった。
でも、人はそんな単純にできちゃいない。暇な時間があれば、その分色んな考えが巡るもんだ。その結果、俺はホクマーの所に足を運ぶことになった。
「お前が自らここに足を運ぶとは、珍しいこともあるものだな」
「俺だって聞きたいことがなきゃこんな所まで来ないさ。いちいち遠いし」
「……アンジェラから既に聞き及んでいる。お前は少々の休息を求めた、と。そんなお前は一体、どんな要件でここに来た?」
無機質で、理性的でありながら、信仰に曇った目。真実を見据えているのか、あるいは虚構に気付きながらもただ見つめているのか。俺はホクマーという狂信者の、そのモノクル越しの瞳が気に食わなかった。でも、その感情をぐっと飲み込む。
「接待で俺が殺してきた連中は、死ぬ瞬間に本に変わる。死ぬ瞬間だ。俺は今まで、一度だって死んだ後に本になるところを見てない」
「…………」
「で、休んで暇な時になんとなく思ったんだ。もしかすると、生きてるんじゃないかってな。そう、俺たちが死んでも接待が終われば生き返るみたいに」
「そうだ。お前の言う通り、この図書館にやってきたゲストは全て死んではいない。招待状を通じてここにやってきたその瞬間量子化され、複写される。本として繰り広げられる準備が行われるのだ」
「量子化?だか複写?だか知らないけど、要するに本になって眠ってるってことでいいか?」
「ああ。その認識で構わない。全てのゲストは、その記憶と知識を抜き取られたまま、永遠の眠りについているだけだ」
……本当に、希望が持てる話だ。俺は、俺たちは、まだ命を奪っちゃいないらしい。まだ、取り返しがつく。生きるために、誰かを殺しているわけじゃないんだ。
「ゲストたちが生きているのは、アンジェラが悩み、迷っている証拠だ。彼女がゲスト達を生かしていると言っても過言ではない。逆に言えば、彼女の考え一つで全てのゲストは死ぬということだ」
「……なら、アンジェラが自由を得るその日。ゲスト達はどうなる?」
その質問に珍しくホクマーは目を瞑り、沈黙した。
「それもまた、彼女の選択次第だろう。そも、彼女の欲するたった一つの本は本当に意味があるのか。存在しているのか。存在していたとして、その本は一体なんなのか……ローラン。私たちにできることは信じることだけなのだ」
「なんだよそれ……それじゃあ何も言ってないのと同じだぞ。わからないことをはっきりわからないって言えないのか? ここにいる奴らはいちいち回りくどくて、アンジェラがうんざりするのもよーくわかる」
哲学の階のビナーとかいう元調律者もそれは酷いもんだった。小難しい言葉に、わざわざ長くしているのかと思うほどの言い回し。頭が痛くなってくる。
「では私の見解を話すとしよう。アンジェラがたった一つの本を手に入れ、自由を得れば、ゲスト達は死ぬだろう。逆に、その本を手放せば、全てのゲストは生きて解放される」
「そうかよ。……くそ」
じゃあ、アンジェラはどうやって報われればいいんだ? あの地獄を味わったアンジェラは、結局誰かを犠牲にしないと報われないのか?
「所詮、私の憶測に過ぎない。それに、私は彼女の選択を信じている」
「アンジェラの選択を? 一体なんの選択だ」
「過去を受け入れるという選択だ。許すか、許さないか、ではない。過去を見つめ、ただそうであったと認めることだ」
「…………」
「お前にも心当たりがあるだろう。許しを超越した所にある、赦しを」
正直、負けた、と思った。納得せざるを得なかった。過去を受け入れて、俺は今ここにいるから。
「そうだな。俺も、アンジェラを信じてみるよ。……ところで、もう一つ聞きたいことがあるんだけど」
「言ってみるといい」
「アインってやつは、どんなやつだったんだ」
その言葉を聞くや否や、ホクマーの顔が歪んだ。
「それについては、前も述べた気がするが」
「そうだな。遠くを見てるだとか、届かぬ処へ届かんとする人とか言ってたけど、どうにもどんな人だったのかわかんなかったんだよな」
「何故今になって先生を気にかける?」
何故って、そりゃあ……
「ホクマー。あんたには悪いけど、俺はそのアインってやつが心底嫌いだ。生きてたなら、殺してやりたいくらいにな。お前が知ってるかどうかは知らないけど、俺の妻は不完全な光のせいで生まれたねじれに殺された。それの責任は当然、お前が先生って呼んでるそのアインってやつにある。つまりは仇だ。そいつに関して知れる機会が今、目の前にある。ならその機会を掴むに決まってるだろ」
「ほう……アンジェラではなく、アインにこそねじれの責任があると?」
「……ふざけてんじゃねえぞ。親には子を愛する義務があるんだよ。その義務を果たさずにそのアインとかいうやつが消えたから、アンジェラは苦しんでこんなことをやってるんだろ」
「……理解はしよう。先生はそう誹られても仕方のないことをした。そして、それを承知の上で先生は進んだのだ」
「なに良いように話してんだ。結局、アンジェラに向き合えなかっただけだろ」
ホクマーと視線がぶつかる。お互いに引くつもりはない。これは信念の問題だった。
「良いだろう。私とお前では先生に対する意見は平行線になる。議論をしても特に意味はないだろう」
「……同感だな。少なくとも、お前みたいにただ信じてるやつに言っても仕方ないか」
どうやっても意見が合わない時は、そもそも無かったことにするっていうのは案外よく使う手だ。じゃなきゃ一歩もそこから進まないなんてこともよくあるからな。
「さて、お前の望み通り、先生の話をするとしよう。話を聞く中で考えが変わってくれると良いのだが」
「それはその話次第だな」
そんなわけで、その後俺はホクマーからアインの話をそれはもううんざりするほど聞いた。途中で何度遮ろうかと思ったかわからないくらい。流石に俺が話せって言ったから言わなかったけど。
そして、俺はその話を聞くうちに、一つの計画を思いついた。まあ、結局いつもやってるその時の最善ってやつだから、計画なんて大層な言い方しなくても良いんだけどな。……できれば、実行しないで済むならそれが一番だ。でも、やる羽目になる。そんな気がした。
それでも、ホクマーと話したおかげで希望が湧いた。ゲスト達は生き返せるかもしれない。まだ取り返せる。もうちょっと、頑張るかぁ!