シングルファザーローランくん 作:なめなめろう(旧名:ELDERSIGN)
恐らくですが、今回の話も含めて残り7話で完結します。もう少し付き合ってくださると嬉しいです。
俺は、夢を見ていた。既に過ぎ去った日々。それが今鮮明に俺の前にあった。
走馬灯の様に、俺の人生を振り返る。見知らぬ老人に拾われ、育てられた幼少の頃。そして、その老人すら俺の側を離れた。その後は……ああ、そうだな。煙戦争。記憶処理も受けたのに、未だにこびりついて離れない忌々しい記憶。
たった一握りの煙のために、何万人も死んだ。結局あの戦争で俺が得たのは、都市がどんなところなのかっていう教訓だけだった。都市を動かす特異点。数多の犠牲の上に成り立つ技術。……醜悪なものから生まれたもので作られた都市もまた醜悪であるのは、必然だった。いや、それとも、都市が醜悪だから、醜悪なものでしか都市は廻らないのかもな。
その煙戦争の後はチャールズ事務所に入って、オリヴィエ達とがむしゃらに任務をこなして……今思えばこの頃が1番楽しかったな。都市の闇が俺を苛むこともあったけど、ただ目の前のことに取り組めば良かった。くだらない罪悪感も、どうしようもない葛藤もなかった。
それで、遂に俺は出会った。俺の世界を破って、断りもなく入ってきた人。そして、俺の世界になった人に。
「なんだよお前……? あぁ、お前が例の新入りか」
「私の魂が深淵の底を彷徨うときにも。苦痛はいつもそばに座り、私を守ってくれた故。どうして苦痛を恨むことができましょう」
「……イカれた野郎が当たったか」
彼女の名前はアンジェリカ。そう、アンジェリカだ。顔合わせは碌なもんじゃなかった。3発もバカみたいな力で殴られたのをよく覚えてる。
でも、都市の星級の任務だった血染めの夜を追う中で、自然と俺たちは距離を縮めていった。2年というそれなりの時間は、絆を育むのには十分な時間だった。
やがて俺は、彼女のお陰で仮面無しでも都市の苦痛から目を背けることができる様になった。どうしても外せなかった仮面。都市の前で堂々と居られなくなった証。それをようやく俺は、外すことができた。
彼女は俺の苦痛を受け入れたと言ってくれた。それは受け入れるふりをしただけだった。でも、それで十分だった。
都市のどこを見ても溢れている苦痛。その光景と、それに加担している自分からはどうやっても逃れられなかった。でも君は、そんな俺の目の前に降り立って、その美しい白い両手で俺の目を塞いでくれたんだ。俺はそれにどれだけ救われただろう。
苦痛を愛するための祈り。彼女が好きだった詩。苦しみを振り払うのではなく、受け入れられるようにしてくれる、と彼女は言っていた。結局、俺にとってその詩は苦しみを受け入れるものにはならなかったけど、気休めにはなったんだ。
アンジェリカ。俺が世界で最も愛した人。俺に安らぎをくれた人。俺に幸せをくれた人。そして、俺に最も耐え難い苦しみを与え、それでも再び生きる理由をくれた人よ。汝は苦痛だ。
私は知っている。私が死に就く日にも、汝は私の心の奥深くに入り、私と共に整然と横たわらんことを。
「夢は楽しかったか?」
夢から覚める。目の前にはビナーがいた。そうだったな。俺はこいつと話してて、それでいきなり夢を見たのか。
哲学の階の機が熟していたみたいだな。幻想体の力が俺に宿っている。……意識が朧げだ。幻想体の意志にかなり侵食されている。
「俺は深い場所で終末を奏でる人の内の1人に過ぎぬゆえ……」
「御出でご覧なさい」
目の前に現れるビナーの司書補達。オリヴィエ、ニコライ、ヤン、シャオ。随分と気合が入ってる面子だな。
……意識が再び薄れていく。水の中に身体を投げ出すように。そしてまた、夢を見る。
◇◇◇
これは、幻想体の記憶か。
暖かな森。沢山の生き物たちが仲良く幸せに暮らす平和な森。そこに一人の見知らぬものがやってくる。
彼は森に入りたがっていた。しかし、3羽の鳥はそれを認めなかった。それに怒った彼はこう言った。
「やがてこの森に悲劇が訪れるだろう。森は悪行と罪に染まり、争いが絶えぬだろう。悲劇が終わるときは恐ろしい怪物が森に現れ、すべてを飲み込んだ時だ。二度と森に太陽と月は昇らぬ。森は決して元の姿になることはないだろう」
その予言を聞いた3羽の鳥は、酷く悩んだ。そして、自らが森の番人となることに決めた。
目が沢山あった大鳥は、監視を。長鳥は審判を。小鳥は懲罰を。
これで安心。もう大丈夫。そう思っていたのも束の間、植え付けられた不安はとどまるところを知らなかった。
どんどんと厳しくなっていく森の番人達。不安は不満へと変わり、それをなんとかしようとさらに厳しくなっていく。終わらない連鎖。次第に森に近づくものは減り、仲間達も森から出ていく。
そこで3羽は思いついた。力を合わせれば、きっとこの広い森の全てを見渡し、守れるようになれると。
そうして3羽が一つになった時。森に暗闇が訪れた。
「あそこに怪物がいる!この森には怪物が住んでいるんだ!」
平和を守ろうとした鳥達は、遂に怪物へと成り果ててしまった。結局残ったものは、暗い森と3羽の鳥だけ。皮肉にも、そうして森は平和になったのだろう。
なんて、なんて寓話だろうな。平和を愛し、それを乱されることを恐れたが故に、自らが平和を破壊した……。いや、果たして本当にそうなのか?
心なき言葉を、予言を与えた見知らぬ人。一つの悪意。一つの不安。それはどんどんと連鎖していく。その連鎖は誰にも止められない。そして誰もその連鎖に加担していることに気づかない。
この話は、都市の話だ。なら、俺はこの連鎖をどうやって止める? どうやってこの悲劇を防げる?
悪には罪を。罪には罰を。そして、その先は? 3羽の鳥には、その先が無かった。罰は死しか与えられなかった。
鎖を断ち切るには、それではダメだったんだ。赦すこと。何よりも難しいことだけど、誰かがそうしなければいけないんだ。
アンジェリカが死んだこと。そのアンジェリカを殺したもの。そしてその原因となったこと。俺はその全てを、未だに許せていない。けど、アンジェラ。君のおかげで、俺は受け入れたんだ。そして、世界を少しだけ赦したんだ。
君に、苦痛の中で生きて欲しくない。だから俺の苦痛は、都市の鎖は、俺が断ち切るよ。
ああ、痛いな。夢から覚める時間か。
◇◇◇
ボロボロになった司書補達。鳥達の力を纏った俺を必死に止めてくれたんだな。
「迷惑かけちゃったな」
「どうやら気分は晴れたようだね」
「まあ……そうだな。俺が一体何をするべきなのか。俺は一体どう生きていけばいいのか。そういう迷いがようやく晴れた気がするんだ」
ビナーはその言葉を聞きながら、ティーカップを手に取った。
「もう行くと善い。私が話すべきこともないようだ。けれど、いつでも歓迎しよう。屡々茶でも飲みに御出で。益体もない話でもしようじゃないか」
「ああ。ありがとう、ビナー。今度はアンジェラを連れてくるよ」
「ふふ……何方でも善い。何方も幼子である故。無垢であることは中々得難いものだよ」
ビナーはそう言って、セイロンティーを飲むのだった。