シングルファザーローランくん 作:なめなめろう(旧名:ELDERSIGN)
ビナー語が本当に難しい……不自然でも許してください……
「…………」
き、気まずい……。
今俺たちは、普段ならまず顔を合わせないであろう面子でテーブルを囲っていた。
俺から時計回りに、アンジェラ、ビナー、ホクマー、アンジェラ……。はは、2人のアンジェラに囲まれてるよ。まあうち1人は俺の腕の中にいるんだけど。
「まずは茶でも御上がり」
「……いただくわ」
「では、失礼しよう」
テーブルに紅茶が四つ置かれる。湯気が立っていて、それと共に柔らかで芳醇な香りが漂う。まずは何も入れずに一口。
「……美味しいわ」
「あれ? アンジェラ、紅茶の味がわかるのか?」
「ええ。どんどんと人間に近づいているおかげか、最近は味を感じることもできるようになったみたい」
「そりゃよかった!……これなら全部終わった後に、美味い飯を食べに行くっていう約束も果たせるかもな」
「……そうね」
俺の言葉に同意するアンジェラは嬉しそうに微笑んだ。でも、なぜかその笑顔は悲しげにも見えた。
「実は昔はコーヒーも紅茶も良さがわかんなかったけど……最近は飲む機会も多いから段々好きになってきたんだよなあ」
「嗚呼、青髪の坊ちゃんは年柄年中珈琲を勧めてくるね」
「私の元にも自ら珈琲を勧めて来たしな。昔と比べれば変わったものだ」
そんな話をしていると、俺の腕の中にいるアンジェラが指を咥えながらテーブルの紅茶をぼーっと見ていた。
「……ビナー、赤ちゃんって紅茶飲めるか?」
「ふむ。余りお勧めはしないよ。然れど」
パチンと指を鳴らす。すると俺の目の前にはクッキーと小さなコップに入ったミルクが現れた。
「この程度であれば用意はあるとも。もちろん、幼子である故、砂糖は控え目にしてある」
「流石、気が利くなぁ」
「あう!」
目を輝かせてクッキーに手を伸ばす。しかし小さな手では届かない。代わりに俺が一枚手に取って、アンジェラに手渡した。
小さな口でクッキーを頬張る。何度か咀嚼すると、花が咲くような笑顔で笑った。
「おいち!」
「そうかそうか!良かったな〜アンジー!」
優しく頭を撫でる。アンジェラはキャーと言いながら目を瞑り、嬉しそうに頭を委ねた。
……何故か視線を感じる。顔を上げると、俺以外の全員がクッキーを頬張るアンジェラを見つめていた。
クッキーを食べ終えてその視線に気づいたアンジェラも顔を上げる。そして周りにいる大人達をキョロキョロと見渡した後、ホクマーを凝視し始めた。
「……む?」
「じいじ!」
その言葉にホクマーが固まった。哀れ。全員がホクマーから顔を背けた。
ホクマーに興味津々のアンジェラ。その小さな腕を伸ばす。
「抱っこするか?」
「……では、その言葉に甘えるとしよう」
ホクマーにアンジェラを預ける。ホクマーの老成した雰囲気の通り、アンジェラを抱える手つきにはどこか慣れたものを感じる。
「流石だな。マルクトなんかは結構あたふたしながらアンジーを抱っこしてたんだけど」
「私にも赤子と接する機会があった。セフィラになる前のことだが」
そう話すホクマーの顔を未だ凝視し続けるアンジェラ。よく見ると、その視線の先にはモノクルがあった。そしてホクマーもその視線に気づいた。
モノクルを外し、アンジェラの目の前にぶら下げる。それをゆらゆらと揺らすと、それに合わせてアンジェラの顔も右へ左へ動く。そして突然真ん中でピタリと揺らすのを止め、モノクルを小さなアンジェラの掌へと差し出した。
「いいのか? アンジーがいくら利口だからって壊すかもしれないけど……」
「問題はない。私達は光で作られた存在。モノクルが壊されたとてすぐに修復できるだろう」
「直すのは私なのだけれど」
文句を口にしながらも、館長様に不満な様子はなさそうだった。
モノクルをぺたぺたと触る。ひとしきり触った後、レンズを覗き込んで少し驚くと、そのレンズで辺りを見渡す。
「ぱぱ!」
「そうだぞ〜」
俺をレンズ越しに見たアンジェラがそう叫ぶ。そしてそのまま横を見る。
「……?」
「幼子よ。私はビナーと云う」
「びなー……」
「善い」
しっかりと自身の名を呼ばれたことにビナーは満足気に頷く。
「戯れに過ぎないが、これは礼だよ」
ビナーは掌を上にし、アンジェラの前へと突き出す。すると、その掌の上に細く小さな柱が幾つか現れた。
その柱は、ゆっくりと動きながら様々な形を取る。人、家、車、ビル……。それをアンジェラはモノクル越しに楽しそうに見つめた。
「此れが都市というものだよ。ただ見つめ、其の儘を覚えると善い」
ビナーの掌で作られていく都市。暫くすると、それは消えていった。
「随分と器用だな。その柱もどうせ特異点の力なんだろ?」
「所詮児戯に過ぎんよ。然れども、其れで十分だったようだ」
アンジェラはクッキーを食べたのもあって、瞼が閉じ始めている。眠そうだ。
「……だっこ」
「私が……?」
眠た気な俺の娘。その愛する娘が抱っこをせがんだのは俺ではなく館長様だった。……嫉妬しそう。
アンジェラがアンジェラを抱える。不器用ながらも優しい手つき。ホクマーよりはたどたどしいけど、どこか安心感のある抱き方だった。
「ねえね……」
「はは、ねえね、か。良かったな、アンジェラ。アンジーにとってはどうやら姉らしいぞ?」
館長様は一定のリズムでアンジェラの背中を叩く。そのリズムが心地いいのか、アンジェラはすぐに眠りに落ちた。
「……貴方たちがこの図書館に来て、この娘の名前がアンジェラだと知った時。正直、寒気のようなものを感じたわ」
「奇遇だな。実は俺もだ」
「そうよね。偶然にしては出来過ぎているわ。でも、この子に姉と呼ばれるのなら、悪くはない気もするわね。とても、他人とは思えないから」
「……なら良かった。きっとアンジーも、あんたが姉で嬉しいだろうよ」
眠りに落ちたアンジェラは、全身を委ねていた。それは信頼の証だ。
「平和ね……」
「平和だな……」
紅茶を飲み、ただ漫然と時を過ごす。アンジェリカと結ばれた後にだってこんなにゆっくりとした時間を過ごしたことはなかった気がする。俺たちは、都市の人たちは、こういう余裕ってやつがないから。
「正直、このようにまた取り留めの無い時間を過ごすことができるとは、セフィラであった頃は想像もしていなかった」
「だが、期待はしていたのだろう?」
「……そうかもしれないな」
「今度は、全員でこうして過ごせるといいな」
「そうね。私も、そうあって欲しいわ」
この平穏が、嵐の前の静けさであっても。そして外の世界がどれほど残酷でも。この先どれほどの戦いが待っていても。今、このテーブルの上にある温もりだけは、嘘偽りのない真実だった。